11.戦うメイドさん
「ふんふふーん♪
ダグラスさん、やってくれるねぇ♪」
私がふきんを片手に、喜びの舞を踊っていると、ミミ君が呆気にとられたように聞いてきた。
「アリス、嬉しそうだね。
その、ふきん……が、どうかしたの?」
「へへへー♪
ほら、昨日ダグラスさんに来てもらったでしょ?
実は、『洗浄』の魔法を吹き込んでもらったの!」
「ふぅん?
それで、どういう感じになったの?」
「汚れを拭き取っても、自動ですぐに綺麗になってくれるんだよー。
だから、いくらでも拭き放題っ!」
「へー」
ダグラスさんに魔法を吹き込んでもらった……とは言っても、元になったふきんだって、結構な代物だった。
普通の布には魔法なんて吹き込めないから、そこはしっかり、錬金術で頑張って作ったのだ。
そんなすごい逸品なのに、ミミ君はいまいち興味を示してくれない。
……よくよく考えてみれば、ミミ君はその猫人生(?)の中で、ふきんなんて使ったことが無いから……まぁ、仕方が無いのかな。
「これを使うとね、調合の効率が上がるんだよー。
ダグラスさんとは今後も、良いお付き合いをしていきたいね!」
「アリスがそう思うなら、そうすれば良いんじゃない?
向こうだって、アリスのことを認めてくれたわけだし」
「そうだね!
よーし、これからはもっと色々なものを作るぞーっ!」
……ちなみにこのふきん、とっても便利だけど、素材だけでも結構な金額が掛かってしまう。
だからまた作るにしても、依頼があったとき……くらいになっちゃうかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
お昼過ぎ、手が空いてきたところでお客さんがやって来た。
午前中はずっと拭き掃除をしていたから、今回はぴかぴかなお店でお出迎えだ。
「……あのぅ。
今、大丈夫ですか?」
「いらっしゃいませ、『錬金工房アリス』にようこそ!
ささ、お席にどうぞー!」
お店の中に案内したのは、あどけなさが残る少女だった。
ただ、どこかしっかりした雰囲気が――
……隙が無い、っていうのが一番しっくり来るかな?
私はそう思いながら、彼女の前にお茶を出した。
「ご丁寧に、ありがとうございます。
それでその、早速なんですが」
「はい、伺います!」
果たして今回の依頼は、普通のアイテムなのか、変わったアイテムなのか。
錬金術の依頼をこなすに当たって、この瞬間が一番わくわくするかもしれない。
「実は私、冒険者をやっていまして……。
その、いわゆる斥候職なのですが」
……斥候職というのは、いわゆる偵察や探索が得意な職業の総称だ。
単純にその方面を突き詰める人もいれば、攻撃面を伸ばす人もいる。
だから他の職業よりも、個性的な人が多い……なんてイメージもあったりする。
「ふむふむ。
冒険で使うアイテムをお探しですか?」
「あ、今回は違くて……。
えっと、私……最近、メイドになったんです」
「メイド……?
あ、業種を変えたんですね」
「そうですね……。
いや、そうでもないかなぁ……」
「と、言いますと?」
お客さんは少し考えるようにしてから、慎重に話を続けた。
「――……ここからは、内緒の話ですよ?」
「はい、もちろん!」
「実はですね、ある貴族令嬢の専属メイドになったんです。
ただ、戦いの腕も見込まれていまして……護衛の仕事も兼ねているんですよ」
「ふむふむ」
確かに、ずっと一緒にいるメイドが強ければ、その分ご主人様も安全に過ごせるだろうからね。
たまには離れることもあるだろうけど、そのときはそのときで、しっかり護衛を付けてあげれば良いわけだし。
「……そこでちょっと、悩みがありまして。
今までの服って、今日着てきたこんな服で……ほら、動きやすい軽装じゃないですか。
だからメイド服だと、いまいち上手く動けないんです……」
「ああ……。
メイド服のスカートって、丈が長いですからね」
貴族に仕えるメイドであれば、スカートの丈は長いのが一般的だ。
ミニスカのメイド服も存在はするけど、そういうのは別の需要……の場合がほとんどだし。
「それで、ですね。
普段はメイド服で働くわけなんですが、いざと言うとき……しっかり戦えるようにしたいんです。
何かこう、良い方法はありませんか?」
「え?
……えぇっと、もう少し具体的に伺っても……?」
「私にも良い考えが無くて……。
このお店は色々と相談に乗ってくれると聞いたんですが、こういうのは難しいですか?」
確かに今まで、それなりには相談に乗ってきたけど――
……でもそれ、どこ情報なんだろう。
「ちなみに、うちのことってどこで聞きました?」
「すいません、それは秘密で」
えぇぇーっ、そこ秘密にするのー……っ!?
……私はミミ君の頭を撫でた。
ミミ君はぴかぴかのテーブルをいじくりながら、だんまりを決め込んでいる。
「……う、うぅーん……。
それじゃ、ちょっと考える時間をください……」
「はい、是非お願いします!」
お客さんは顔をぱぁっと明るくさせて、何回もお辞儀をしてから帰っていった。
……あぁー!?
これってもう、絶対に解決できると思われてるーっ!?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……3時間ほど考えた結果、ひとつの案がようやく浮かんできた。
しかしその案は、錬金術だけで進めるならかなり難解。
難解なだけならまだ良かったんだけど、今回は掛かる費用も想像以上になってしまうから――
……そんなときは、魔法に頼ると効率的。
そして魔法に頼るときは、実力派の助っ人の――
「……ダグラスさん、ですね!」
「昨日の今日で、早速の初仕事か!
気合い入れるぞ、アリス!」
「おーっ!」
……って、あれ?
何だか私、いつの間にか呼び捨てにされてる……?
いや、別に良いんだけど……。
「それで、今回はどんなものを作るんだ?」
「昨日は『すごいふきん』を作ってもらったじゃないですか。
だからあれを応用して、これをこうして、こんな感じで――」
「それだとそっち系の裁縫士が必要だし、そもそも魔法繊維の製作が大変だと思うぞ?
コストもかなり上がるはずだし――」
「であれば、普通の服をベースにするというのは――」
「とすると、依頼者から提供してもらうことになるが――」
「そこは調整して、用意してもらうので――」
「確かに、自分で選んでもらわないと替えが効かないし――」
……結局、私とダグラスさんの打ち合わせは2時間以上も掛かってしまった。
でも、今まではずっと一人での作業だったから……何だか新鮮で、とっても楽しかったな!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――……正直、貴族という人間は、楽をしている人間だと思っていた。
空腹に苦しむわけでもなく、住む場所に困るわけでもない。
同じような貴族たちと優雅に語らい、目上の者からは庇護を受け、目下の者には無理を通す。
……しかし一旦現実を見てしまえば、それが単なるイメージだったことを痛感させられる。
確かに気楽なだけの貴族もいるかもしれないが、私が仕えることになった令嬢は違う……。
家族同士で、何で争わなければいけないのか。
家族同士で、何で騙し合わなければいけないのか。
家族同士で、何で殺し合わなければいけないのか――
「お嬢様ッ!!」
夕食後、お嬢様と部屋に戻ると――……扉を開けた瞬間、部屋の中から小刀が飛んできた。
私がお嬢様をとっさに庇うと、小刀はそのまま後ろの壁に突き立った。
お嬢様の顔を見てみれば、慌てている様子はまるで無い。
明らかに暗殺を仕掛けられたのに、この落ち着きようは凄い……。
「お願い」
お嬢様は小さく言うと、右手で軽く合図をした。
私は頷き、勢いよく部屋に転がり込んでいく。
そのまま様子を窺うが、ぱっと見では何も見つからない。
しかし、神経を研ぎ澄ますと――
……広い部屋の片隅から、微かな気配を感じた。
誰もいないはずなのに、誰かの気配を確かに感じる。
ならば、単純に姿が見えないだけ……ッ!!
私は微かな気配に向かって、全力で走って向かった。
広い部屋とは言っても、走ってしまえば一瞬だ。
私は気配を追いながら、手にした短刀で宙を切る――
「……ッ!!
貴様……ッ!!」
野太い声と共に、血が筋となって宙に散った。
直後、黒装束を纏った男が突然目の前に現れる。
……やはりコイツか。
奥様が重宝している、透明化の魔法を得意とする忠実な下僕。
監視者、兼、暗殺者――
「何のつもり!?
奥様の命令なのッ!?」
「……黙れッ!
失望されたままじゃ、ここではやっていけねぇんだよッ!!」
男の目は血走っている。
確かに以前、お嬢様絡みで酷い失態をしたとは聞いている。
私がメイドになったのはそのあとだから、正直詳しくは知らないけど――
……でも、それにしたって、こんなにも安直な暗殺を仕掛けるだなんて。
コイツは危険だ。追い込まれると、何をしでかすか分からない。
ならばこんな馬鹿を、お嬢様の近くにいさせるわけにはいかない――
「……どっせいっ!!!!」
ガシャァアアアアンッ!!
私は男の装束を掴み、窓に向かって思い切り投げ飛ばした。
窓ガラスは勢いよく砕け散り、男はそのまま、地上3階から地面へと落ちていく。
「お嬢様、片付けて参ります!」
「気を付けてね、メイ」
……緊急事態なのに、この落ち着きよう。
最初はひ弱な少女だと思っていたが、その認識は私の中で完全に消し飛んでいた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
キィンッ!
キィンッ!
私の短刀と男の小刀が、何度も何度もぶつかり合う。
いつの間にか、屋敷から離れた森にまで来てしまっていた。
……ここまで戦いを続けてきたが、やはりメイド服は動きにくい。
可愛くて個人的には大好きなのだが、さすがに戦闘には向いていない――
「隙ありッ!!」
ヒュヒュヒュンッ!!
タタタンッ!!
男の投げた短刀は、私を掠めて後ろの大きな木に突き立った。
何とかギリギリで避けることは出来たが、いずれにしてもこのままじゃ――
「……ッ!?」
木から離れようとしたところで、私の腕は、私の脚は、何者かによって動きを止められてしまった。
慌ててその方向を見ると――
……誰かがいたわけでは無かった。
ただ単に、私のメイド服が……男の投げた小刀によって、木に縛り付けられてしまったのだ。
男の方に視線を戻すと、男は小刀を突き出しながら私に迫ってくる。
「ざまぁ無いな。
この迅さの戦いの中、そんな服で来たのがお前の敗因だ!」
……しまった。錬金工房で作ってもらったものがあったのに。
追い掛けるのに夢中で、すっかり忘れてしまっていた……。
しかし、まだ大丈夫――
「……ご意見、ごもっとも。
それならね? あんたの敗因は、私にすぐ止めを刺さなかったことよッ!!」
「負け惜しみをッ!
死ねッ!!!!」
男は小刀を構え直して、私に向かって突っ込んでくる。
しかし私の身体は、木に縛り付けられたメイド服が、動くことを許してくれない。
このままでは私は何も出来ない。
でも、私には奥の手がある――
「――変ッ!! 身ッ!!!!」
メイド服は一瞬だけ微かな光を放つと、すぐに私の冒険服……着慣れた軽装に姿を変えた。
ふわっとしたメイド服から、身軽な冒険服へ――
「な、何ぃッ!!」
……身体が軽い。
しかも、服が変わる際に小刀の束縛からも逃げることが出来た。
隠れることに関しては、男の方が確かに上だ。
しかし直接戦闘であれば、私の方が実力は上……ッ!!
ギィンッ!!
私は男の小刀を弾き飛ばして、そのまま体術で男をねじ伏せた。
男は地面にうつ伏せになり、頭を押さえつけられ、背中には私の全体重を乗せられている。
「――さて。
お嬢様の安全のために、あんたには死んでもらうから」
「ま……待て! 俺が悪かった! 許してくれッ!!
俺もこれから、キャスリーンに仕えてやるから――」
「……『様』を付けろよ、無礼者」
私の手元で、血が弾け飛んだ。
お嬢様を呼び捨てにするなんて、最低な男ね。
死んで詫びを入れなさい。
――って、ごめん。
もう、死んじゃっていたね。




