10.思惑
今日も今日とて良い天気。
『錬金工房アリス』、今日も元気に開店でーすっ!!
「おはよう!」
「わぁっ!?」
……私には毎朝、営業時間になるとお店の扉を開くルーティンがある。
オンとオフの気持ちを切り替える意味で、最初の頃からずっとそうしているのだ。
しかし今までは、扉を開いたときに誰かがいるなんてことは一度も無かった。
それなのに今日は、お店の前で待ち受けられていて……突然あいさつをされて、正直ビビってしまった。
「――って、あれ?
レオノーラさん? おはようございます!」
改めて見れば、先日、剣の柄に嵌める回復剤を買っていったお客さんだった。
今日もしっかり、凛々しい笑顔が眩しく見える。
「元気にしてた?」
「はい、私はいつでも元気です!」
私の答えに、レオノーラさんは……何と言うか、うずうずするような? そんな笑顔を見せてくれた。
「この前買った、回復剤ね。
とっても役に立ったからお礼に来たの。
少しお話、していっても良いかしら」
「もちろんです!
お客さんはあまり来ませんから、是非ゆっくりしていってください!」
「ふふふ♪ それはそれでどうなの?」
「で、ですよねー……」
痛いところは突かれたものの、私はレオノーラさんをお店の中に案内した。
とりあえずお茶でも入れて、お喋りでも楽しむことにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――レオノーラさんはお茶を飲みながら、最近あった出来事を語ってくれた。
ずっと追い掛けていた敵を、何とか倒すことが出来たこと。
その代わりに、とても深い傷を負ってしまったこと。
そしてそのあと、記憶喪失になってしまったこと――
「……って、レインボーキノコで記憶が戻ったんですか!?」
私はそこで、大声を出してしまった。
あのキノコ、お茶目なだけの置物だったのに、まさかそんな使い方があったとは……。
いや、さすがにレオノーラさんだけの効果だろうけど。
「危うく、回復剤のお礼が出来ないところだったわ」
「気にするの、そこですかっ!?」
楽しそうに笑うレオノーラさんに、私はついついツッコんでしまう。
でも最終的に、良い方向に転んでくれたのは本当に良かった。
「……だからね、あなたには二度も助けてもらったことになるの。
私の、人生の恩人……ってところね」
「いえいえ。レオノーラさんの、日頃の行いが良かったからですよ」
「それならきっと、その日頃の行いがあなたとの縁を結んでくれたのね」
そう言いながら、レオノーラさんはテーブルの上に置いていた私の手に、そっと手を伸ばしてきた。
突然のことに、私は思わずどきっとしてしまう。
「……えぇっと」
「もしあなたが困っていたら、私が必ず助けてあげるから。
何かあったら、ちゃんと教えてね?」
「は、はい……。
ありがとうございます……」
……特に今は困っていないけど、人生なんてものは、いつどうなるかなんて分からない。
ただ、そう言ってくれるのであれば、そのときは助けてもらっちゃっても良いのかな?
私は一呼吸おいて、そのくらいのレベルで認識することにした。
「――……ところで、その。
あなたのこと、アリス……って呼んでも良い?」
「え?」
「い、いえ? あの、私の恩人だから……。
親しく呼ばせてもらえると、嬉しいなって思ったの」
「あ、そうですか?
そうですね、私は大丈夫ですよ!」
「本当? それじゃ、アリス。
これからもよろしくね」
「はいっ!」
レオノーラさんは自然な流れで私の手を掴み、そのままじっと目を見つめてきた。
その視線は真っすぐすぎて、どうにも照れてしまう……。
……でも、なんだろう?
嫌な気分はしない、っていうのかな。
打算が何も無い……っていうか、まるでお姉ちゃんが妹を見ているような……っていうか。
すごく安らぐ、そんな感じ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「にゃん」
……ミミ君が軽く鳴いたあと、お店の扉がゆっくりと開いた。
お店に入ってきたのは、線の細い、スマートな感じの若い男性だった。
「あら、お客様ね。
それじゃ、アリス。今日はこれで帰るわ」
「あ、すいません」
「今後はちゃんと、お土産を持ってくるから」
そう言うと、レオノーラさんは男性に会釈をして、そのままお店を出ていってしまった。
お土産かぁ……。楽しみ……。
――って、それはそれとして!
「いらっしゃいませ、『錬金工房アリス』にようこそ!
どうぞどうぞ、お入りください!」
「ああ、失礼するよ」
男性は、いかにも魔法使い……といった風貌だった。
黒を基調としたローブを着ているし、象徴的な、大きな木の杖も持っている。
だからと言って野暮ったいかと言えばそうでもなく、しっかりと適度にお洒落をしているようにも見える。
ただ、髪の黒さも相まって、全体的にはやはり黒の印象が強い。
「お茶をどうぞ」
「うん、ありがとう。
君がここの店長さん?」
「はい、アリスと言います!」
「店長さんも店構えも、なかなか良い雰囲気だね。
……さて、今日は用事が2つあるんだ」
「2つ、ですか?」
これは、初めてのパターン……?
欲しいものが2つじゃなくて、そもそもの用事が2つ……ってことかな?
「まずは自己紹介だ。
俺の名前はダグラス。魔法使いなんだが、今は魔法に関する相談を聞いてまわっている」
「……はぁ」
「錬金術で作るものの中には、『魔法』が必要なものがあるだろう?
例えば、宝石に魔法を封じ込めたりする……とか」
「そうですね。そういうときは私も外注しなければいけないんですが……」
「つまり今回は、その営業ってわけさ。
そういう仕事が何かあったら、俺に声を掛けてくれないか?」
そう言うと、ダグラスさんは懐から名刺を出してきた。
なかなか良い感じのデザインで、個人的にはかなり好きな感じだ。
裏面を見ると、そこには小さな魔方陣のようなものが描かれてあった。
「……これは?」
「俺を呼びたいときは、ここに魔力を込めるんだ。
そうすると、君が俺を呼んでいる……って伝わってくるのさ」
「へー。このサイズでそこまで落とし込めてるんですね!
すごいな~」
「お、分かるか!」
この手の通信魔法には、構築するまでに難しいプロセスがいくつもある。
それを考えれば、有効範囲はグランドールの全域……くらいかな?
「そうですね、今はまだ用事はありませんが……。
そのうち、私の方から何か依頼をさせて頂きますね」
正直、何かをお願いするのは相手の実力が分かってからだ。
私は自分の錬金術に自信を持っていて、お客さんにはより良いものを提供したいと考えている。
だからこの手の取引相手には、私が納得できる、高品質の仕事を求めたい。
それにはまず、私自らが何かを依頼して、しっかりと相手の腕を見定めなければいけないのだ。
「ああ、そうしてくれ。
でもな、それは俺も同じなんだ」
そう言うと、ダグラスさんはにやりと笑った。
「……それが、2つ目の用事ってわけですね。
私は何を作れば良いんですか?」
「ふふふっ、話が早くて助かるよ。
プロフェッショナルの自己紹介は、仕事で見せるべきだからな」
「そうですね」
バチバチ……ッ!
と、火花が散りそうな雰囲気が漂う。
しかし私は、こんなやり取りは嫌いではない。
自分の腕と誇りを懸けて、相手を屈服させる――
……ある意味、技術者としての本懐である。
「今回は、『魔力回復剤』を作ってもらいたいんだ」
「……はぁ。
そんなもので良いんですか?」
一般的に『回復剤』といえば、体力を回復したり、傷を癒したりするものを指す。
しかしここに『魔力』と付くと、その名の通り、魔力を回復するためのものになる。
……とは言え、多少高くはあるが、それはごく普通に流通しているものだ。
何でこのタイミングで、そんなものを依頼してくるのか……。
「実はひとつ、注文があってね。
形状は問わないから、魔力を少しずつ、回復できるものが欲しいんだよ」
「少しずつ……?
それって、何か意味があるんですか?」
例えば魔力の容量が100だとした場合、飲み薬の形であれば、20なり30なりを回復させるのが一般的だ。
今回は、2なり3なりを継続的に回復させたい……ということだろう。
「ははは、人には事情があるんだよ。
どうだい? 出来るかな?」
ダグラスさんは再び笑いかけてくるが、そこには少し、挑発的なものが含まれている。
……回復剤の分野は私の十八番だ。
ならばその挑戦、受けて立つことにしよう。
……私はミミ君の頭を撫でた。
ミミ君はダグラスさんを見ているような、見ていないような感じで、だんまりを決め込んでいる――
「……へぇ、君の黒猫はミステリアスだね」
「でしょう? ミミ君は格好いいんです!
それでは、注文を承りました。開発から入るので、少しお時間を頂けますか?」
「問題ないけど、どれくらい掛かる?」
「そうですね……。
3日ほど頂けますか?」
「……え?
それだけで良いの……?」
開発期間の短さも、錬金術師の実力の内。
大丈夫。私なら、それくらいで絶対にできーるッ!!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――深夜の森は、魔物が巣食う魔境である。
太陽を怖がる連中がここぞとばかりにのさばり、自分たちだけの世界を築き上げている。
普通の人間は立ち入ることが出来ず、その恐怖を飲み込むことだけしか許されない――
「……なんていうのは、キザすぎるか?」
そんな危険な環境ではあるが、魔法を使うには打ってつけの場所だ。
何せ俺は、『普通の人間』ではないからな。
「ギギギ……」
「ギャッギャッ……」
「グフヘェエ……」
気味が悪い連中の、気味が悪い陰湿な声が聞こえてくる。
……さぁ、戦いの始まりだ。
「ファイアッ!!」
ボンッ!!
「ギャァアァッ!?」
俺が魔物を指さすと、その魔物は一気に炎に包まれた。
何のことはない、初歩の初歩である魔法。
だが俺の魔法は、そこらの魔法使いの比では無い。
最弱の魔法を、最強にまで鍛え上げる。
それこそが俺の、理想とする到達点のひとつなのだ。
「……なんていうのは、逃げの一言か?」
俺は自嘲気味に笑う。
何故かと言えば――
……今の初級魔法で、俺の魔力が尽きたからである。
普通より多くの魔力を消費した……わけではない。
これは一重に、俺の魔力の容量――いわゆる魔力容量が、極端に低いためである。
昔はもっと多かったんだが……。
今は残念ながら、雑魚も良いところだ……。
一般的な魔法使いの魔法容量が100だとしたら、俺にはたったの3しか無い。
だから普通の魔力回復剤では効果が高すぎるし、そもそも戦いの最中に、何回も薬を飲んでいるわけにもいかない。
そんなわけで今回、ダメ元ではあったが……。
俺専用ともいえる魔力回復剤を、『錬金工房アリス』で作らせたのだ!!
……完成品の形状は、ガムだった。
つまり戦いの最中に噛み続ければ、俺の魔力は常に最大……ッ!!
「フリーズッ!!」
ピキィイインッ!!
「サンダーッ!!」
ドカァアアンッ!!
俺の最強の初級魔法が、高威力を伴って次々と魔物に降り注ぐ。
……魔法をこんなにも連続で使えるのは、いつ以来になるだろう。
ああ、気持ち良い。
魔法はなんて、素晴らしいものなんだ――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……森の最深部。
魔物の気配はすっかり無くなり、焼ける臭いが鼻をつく。
空には雲も無く、煌めく星空には大きな月が浮かんでいる。
――……ああ、美しい。
俺はいつになく、満ち足りていた。
日頃のストレスをすべて発散し、生きていることを実感していた。
……それも、アリスが作った魔力回復剤のおかげだ。
しかしその思いとは裏腹に、少し癪な部分もあった。
何かと言えば、新しい薬……今回はガムだが、それをたったの3日で生み出してしまったところだ。
ひとつの分野を専門にしている人間として、その力量には嫉妬さえ覚える。
錬金術と魔法では分野が違うものの、それでも凄さは十分に伝わってくる。
そしてさらに腹立たしいのは――
……俺は胸元から、アリスから受け取ったガムをいくつか取り出した。
ガムは3種類の色で個包装がされており、それぞれには小さく、こう書かれていた。
ラムネ味。
ストロベリー味。
ミント味。
――……あいつッ!
時間が無い中で、3種類の味を用意しやがった!!
これは、俺の依頼にはまったく入っていなかった要素だ。
完全なる趣味。完全なるおせっかい。
しかしここまでやられてしまえば、俺はもう、こう言わざるを得ない。
「――ああ、合格だ。
次はお前が、俺を試す番だ……」
俺は月を見上げて、静かに呟いた。
……ちなみに、一番好きなのはラムネ味かな。




