表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/28

10.思惑

 今日も今日とて良い天気。

 『錬金工房アリス』、今日も元気に開店でーすっ!!


「おはよう!」


「わぁっ!?」


 ……私には毎朝、営業時間になるとお店の扉を開くルーティンがある。

 オンとオフの気持ちを切り替える意味で、最初の頃からずっとそうしているのだ。


 しかし今までは、扉を開いたときに誰かがいるなんてことは一度も無かった。

 それなのに今日は、お店の前で待ち受けられていて……突然あいさつをされて、正直ビビってしまった。



「――って、あれ?

 レオノーラさん? おはようございます!」


 改めて見れば、先日、剣の柄に嵌める回復剤を買っていったお客さんだった。

 今日もしっかり、凛々しい笑顔が眩しく見える。


「元気にしてた?」


「はい、私はいつでも元気です!」


 私の答えに、レオノーラさんは……何と言うか、うずうずするような? そんな笑顔を見せてくれた。


「この前買った、回復剤ね。

 とっても役に立ったからお礼に来たの。

 少しお話、していっても良いかしら」


「もちろんです!

 お客さんはあまり来ませんから、是非ゆっくりしていってください!」


「ふふふ♪ それはそれでどうなの?」


「で、ですよねー……」



 痛いところは突かれたものの、私はレオノーラさんをお店の中に案内した。

 とりあえずお茶でも入れて、お喋りでも楽しむことにしよう。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ――レオノーラさんはお茶を飲みながら、最近あった出来事を語ってくれた。


 ずっと追い掛けていた敵を、何とか倒すことが出来たこと。

 その代わりに、とても深い傷を負ってしまったこと。

 そしてそのあと、記憶喪失になってしまったこと――



「……って、レインボーキノコで記憶が戻ったんですか!?」


 私はそこで、大声を出してしまった。


 あのキノコ、お茶目なだけの置物だったのに、まさかそんな使い方があったとは……。

 いや、さすがにレオノーラさんだけの効果だろうけど。


「危うく、回復剤のお礼が出来ないところだったわ」


「気にするの、そこですかっ!?」


 楽しそうに笑うレオノーラさんに、私はついついツッコんでしまう。

 でも最終的に、良い方向に転んでくれたのは本当に良かった。



「……だからね、あなたには二度も助けてもらったことになるの。

 私の、人生の恩人……ってところね」


「いえいえ。レオノーラさんの、日頃の行いが良かったからですよ」


「それならきっと、その日頃の行いがあなたとの縁を結んでくれたのね」


 そう言いながら、レオノーラさんはテーブルの上に置いていた私の手に、そっと手を伸ばしてきた。

 突然のことに、私は思わずどきっとしてしまう。


「……えぇっと」


「もしあなたが困っていたら、私が必ず助けてあげるから。

 何かあったら、ちゃんと教えてね?」


「は、はい……。

 ありがとうございます……」


 ……特に今は困っていないけど、人生なんてものは、いつどうなるかなんて分からない。


 ただ、そう言ってくれるのであれば、そのときは助けてもらっちゃっても良いのかな?

 私は一呼吸おいて、そのくらいのレベルで認識することにした。



「――……ところで、その。

 あなたのこと、アリス……って呼んでも良い?」


「え?」


「い、いえ? あの、私の恩人だから……。

 親しく呼ばせてもらえると、嬉しいなって思ったの」


「あ、そうですか?

 そうですね、私は大丈夫ですよ!」


「本当? それじゃ、アリス。

 これからもよろしくね」


「はいっ!」


 レオノーラさんは自然な流れで私の手を掴み、そのままじっと目を見つめてきた。

 その視線は真っすぐすぎて、どうにも照れてしまう……。


 ……でも、なんだろう?

 嫌な気分はしない、っていうのかな。


 打算が何も無い……っていうか、まるでお姉ちゃんが妹を見ているような……っていうか。

 すごく安らぐ、そんな感じ……。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「にゃん」


 ……ミミ君が軽く鳴いたあと、お店の扉がゆっくりと開いた。

 お店に入ってきたのは、線の細い、スマートな感じの若い男性だった。


「あら、お客様ね。

 それじゃ、アリス。今日はこれで帰るわ」


「あ、すいません」


「今後はちゃんと、お土産を持ってくるから」


 そう言うと、レオノーラさんは男性に会釈をして、そのままお店を出ていってしまった。

 お土産かぁ……。楽しみ……。


 ――って、それはそれとして!



「いらっしゃいませ、『錬金工房アリス』にようこそ!

 どうぞどうぞ、お入りください!」


「ああ、失礼するよ」


 男性は、いかにも魔法使い……といった風貌だった。

 黒を基調としたローブを着ているし、象徴的な、大きな木の杖も持っている。


 だからと言って野暮ったいかと言えばそうでもなく、しっかりと適度にお洒落をしているようにも見える。

 ただ、髪の黒さも(あい)まって、全体的にはやはり黒の印象が強い。



「お茶をどうぞ」


「うん、ありがとう。

 君がここの店長さん?」


「はい、アリスと言います!」


「店長さんも店構えも、なかなか良い雰囲気だね。

 ……さて、今日は用事が2つあるんだ」


「2つ、ですか?」


 これは、初めてのパターン……?

 欲しいものが2つじゃなくて、そもそもの用事が2つ……ってことかな?


「まずは自己紹介だ。

 俺の名前はダグラス。魔法使いなんだが、今は魔法に関する相談を聞いてまわっている」


「……はぁ」


「錬金術で作るものの中には、『魔法』が必要なものがあるだろう?

 例えば、宝石に魔法を封じ込めたりする……とか」


「そうですね。そういうときは私も外注しなければいけないんですが……」


「つまり今回は、その営業ってわけさ。

 そういう仕事が何かあったら、俺に声を掛けてくれないか?」


 そう言うと、ダグラスさんは懐から名刺を出してきた。


 なかなか良い感じのデザインで、個人的にはかなり好きな感じだ。

 裏面を見ると、そこには小さな魔方陣のようなものが描かれてあった。


「……これは?」


「俺を呼びたいときは、ここに魔力を込めるんだ。

 そうすると、君が俺を呼んでいる……って伝わってくるのさ」


「へー。このサイズでそこまで落とし込めてるんですね!

 すごいな~」


「お、分かるか!」


 この手の通信魔法には、構築するまでに難しいプロセスがいくつもある。

 それを考えれば、有効範囲はグランドールの全域……くらいかな?


「そうですね、今はまだ用事はありませんが……。

 そのうち、私の方から何か依頼をさせて頂きますね」


 正直、何かをお願いするのは相手の実力が分かってからだ。

 私は自分の錬金術に自信を持っていて、お客さんにはより良いものを提供したいと考えている。


 だからこの手の取引相手には、私が納得できる、高品質の仕事を求めたい。

 それにはまず、私自らが何かを依頼して、しっかりと相手の腕を見定めなければいけないのだ。


「ああ、そうしてくれ。

 でもな、それは俺も同じなんだ」


 そう言うと、ダグラスさんはにやりと笑った。


「……それが、2つ目の用事ってわけですね。

 私は何を作れば良いんですか?」


「ふふふっ、話が早くて助かるよ。

 プロフェッショナルの自己紹介は、仕事で見せるべきだからな」


「そうですね」


 バチバチ……ッ!

 と、火花が散りそうな雰囲気が漂う。


 しかし私は、こんなやり取りは嫌いではない。

 自分の腕と誇りを懸けて、相手を屈服させる――

 ……ある意味、技術者としての本懐である。



「今回は、『魔力回復剤』を作ってもらいたいんだ」


「……はぁ。

 そんなもので良いんですか?」


 一般的に『回復剤』といえば、体力を回復したり、傷を癒したりするものを指す。

 しかしここに『魔力』と付くと、その名の通り、魔力を回復するためのものになる。


 ……とは言え、多少高くはあるが、それはごく普通に流通しているものだ。

 何でこのタイミングで、そんなものを依頼してくるのか……。



「実はひとつ、注文があってね。

 形状は問わないから、魔力を少しずつ、回復できるものが欲しいんだよ」


「少しずつ……?

 それって、何か意味があるんですか?」


 例えば魔力の容量が100だとした場合、飲み薬の形であれば、20なり30なりを回復させるのが一般的だ。

 今回は、2なり3なりを継続的に回復させたい……ということだろう。


「ははは、人には事情があるんだよ。

 どうだい? 出来るかな?」


 ダグラスさんは再び笑いかけてくるが、そこには少し、挑発的なものが含まれている。


 ……回復剤の分野は私の十八番だ。

 ならばその挑戦、受けて立つことにしよう。



 ……私はミミ君の頭を撫でた。

 ミミ君はダグラスさんを見ているような、見ていないような感じで、だんまりを決め込んでいる――



「……へぇ、君の黒猫はミステリアスだね」


「でしょう? ミミ君は格好いいんです!

 それでは、注文を承りました。開発から入るので、少しお時間を頂けますか?」


「問題ないけど、どれくらい掛かる?」


「そうですね……。

 3日ほど頂けますか?」


「……え?

 それだけで良いの……?」



 開発期間の短さも、錬金術師の実力の内。

 大丈夫。私なら、それくらいで絶対にできーるッ!!




◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 ――深夜の森は、魔物が巣食う魔境である。


 太陽を怖がる連中がここぞとばかりにのさばり、自分たちだけの世界を築き上げている。

 普通の人間は立ち入ることが出来ず、その恐怖を飲み込むことだけしか許されない――


「……なんていうのは、キザすぎるか?」


 そんな危険な環境ではあるが、魔法を使うには打ってつけの場所だ。

 何せ俺は、『普通の人間』ではないからな。



「ギギギ……」

「ギャッギャッ……」

「グフヘェエ……」



 気味が悪い連中の、気味が悪い陰湿な声が聞こえてくる。

 ……さぁ、戦いの始まりだ。


「ファイアッ!!」


 ボンッ!!


「ギャァアァッ!?」


 俺が魔物を指さすと、その魔物は一気に炎に包まれた。


 何のことはない、初歩の初歩である魔法。

 だが俺の魔法は、そこらの魔法使いの比では無い。


 最弱の魔法を、最強にまで鍛え上げる。

 それこそが俺の、理想とする到達点のひとつなのだ。


「……なんていうのは、逃げの一言か?」


 俺は自嘲気味に笑う。


 何故かと言えば――

 ……今の初級魔法で、俺の魔力が尽きたからである。



 普通より多くの魔力を消費した……わけではない。

 これは一重に、俺の魔力の容量――いわゆる魔力容量が、極端に低いためである。


 昔はもっと多かったんだが……。

 今は残念ながら、雑魚も良いところだ……。



 一般的な魔法使いの魔法容量が100だとしたら、俺にはたったの3しか無い。

 だから普通の魔力回復剤では効果が高すぎるし、そもそも戦いの最中に、何回も薬を飲んでいるわけにもいかない。


 そんなわけで今回、ダメ元ではあったが……。

 俺専用ともいえる魔力回復剤を、『錬金工房アリス』で作らせたのだ!!



 ……完成品の形状は、ガムだった。

 つまり戦いの最中に噛み続ければ、俺の魔力は常に最大……ッ!!



「フリーズッ!!」


 ピキィイインッ!!


「サンダーッ!!」


 ドカァアアンッ!!



 俺の最強の初級魔法が、高威力を伴って次々と魔物に降り注ぐ。


 ……魔法をこんなにも連続で使えるのは、いつ以来になるだろう。


 ああ、気持ち良い。

 魔法はなんて、素晴らしいものなんだ――




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ……森の最深部。


 魔物の気配はすっかり無くなり、焼ける臭いが鼻をつく。

 空には雲も無く、煌めく星空には大きな月が浮かんでいる。



 ――……ああ、美しい。



 俺はいつになく、満ち足りていた。

 日頃のストレスをすべて発散し、生きていることを実感していた。



 ……それも、アリスが作った魔力回復剤のおかげだ。



 しかしその思いとは裏腹に、少し癪な部分もあった。

 何かと言えば、新しい薬……今回はガムだが、それをたったの3日で生み出してしまったところだ。


 ひとつの分野を専門にしている人間として、その力量には嫉妬さえ覚える。

 錬金術と魔法では分野が違うものの、それでも凄さは十分に伝わってくる。



 そしてさらに腹立たしいのは――


 ……俺は胸元から、アリスから受け取ったガムをいくつか取り出した。

 ガムは3種類の色で個包装がされており、それぞれには小さく、こう書かれていた。



 ラムネ味。

 ストロベリー味。

 ミント味。



 ――……あいつッ!

 時間が無い中で、3種類の味を用意しやがった!!


 これは、俺の依頼にはまったく入っていなかった要素だ。


 完全なる趣味。完全なるおせっかい。

 しかしここまでやられてしまえば、俺はもう、こう言わざるを得ない。



「――ああ、合格だ。

 次はお前が、俺を試す番だ……」


 俺は月を見上げて、静かに呟いた。



 ……ちなみに、一番好きなのはラムネ味かな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ