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第9話 暗殺の目処

『で、水氷のほうはどうなのさ。皇帝の暗殺の目処(めど)は立った?』


「それがねえ……」


 真琉に水を向けられ、私は胸に手を置いた。

 決意を込めた短刀……。それはいつも懐に忍ばせてある。


「そもそもが、まだ一度も龍帝陛下に会ったことがないのよね……」


『マジで? ここに来てどれくらい経つっけ、水氷』


「三ヶ月よ。三ヶ月。三ヶ月も放っておかれてるのよ」


 正直、龍帝の女嫌いを舐めていた。


 大国である蒼霜国の、栄えある龍帝・秦瑞泉である。その後宮に入ったのだから、儀礼の挨拶くらいはあると思っていた。

 しかも賜ったのは貴妃という後宮において上から二番目の位であり、一番目の位である皇后が空位のいま、私は実質後宮で一番高い地位なのである。


 ……というのは私の世話をしてくれる女官・家麗さんの受け売りだけどさ。


 なんにせよ、顔見せの挨拶もなかったのだ。ただ、後宮に入って住む場所と世話をしてくれる女官を与えられただけ。そして二ヶ月が経過したいまもなお、龍帝とは会ったこともないままだった。


『なんでまた。ここってこの国の皇帝の後宮なんでしょ?』


「それが、皇帝陛下は女嫌いなんですって。もうほんとに一回も後宮(ここ)に来たことないそうよ」


 蒼霜国第三十二代皇帝、秦瑞泉(しんずいせん)。17歳の若さで皇帝になったものの、23歳になった今日まで一度も後宮に渡ったことがないとのことである。――というのも家麗さんから聞いた話だ。


『それ、女嫌いっていうか同性が好きってことじゃないの?』


「どうかしらね。でも同性が好きだろうがなんだろうが後宮に挨拶しにくるくらいはできるでしょ、子供じゃないんだから。それがまったくないってどうなのよ。仮にも偉い人なのにさ!」


『うーん。もしかして暗殺しようとしてるのバレてるとか?』


「それはないと思うわ。私が来るずっと前から後宮には関心がないって話だし」


『でも水氷、いっつも短刀を懐に入れてるじゃないか。さすがに警戒されてるんじゃないの?』


「ああ、これね。これは後宮の妃の慣習ってことで許されたわ。自分の身は自分で守れってさ。だからこれに関しては龍帝も何も思ってないはずよ」


『へえ。後宮って殺伐としてるんだねー』


「いまは関心もたれてないから平和だけど、先帝のときは後宮もかなり荒れてたんだって。妃嬪(ひひん)同士の暗殺なんかもかなりあったみたい。だから最終的には自分の身は自分で守らないといけないってことになったんだってさ」


『ふぅん、人間は怖いねえ』


 真琉の声に呆れが混じる。龍である真琉にとって、人間事はあくまでも他人事だ。


「とにかく、龍帝陛下には会えてすらいないの。おかげで手詰まりもいいところよ」


『来ないなら自分から行っちゃえば? 皇帝がこの宮廷にいることは確かなんだし』


「そうしたいのは山々なんだけどね。……この間のこと忘れたの、真琉」


 と私がジロリと睨むと、


『あー……』


 真琉は苦笑した。


 私がここに来てすぐぐらいのことだ。


 大国である蒼霜国の王都の様子はどんなものなのか見てみたくて、後宮の外に出たいと女官長に願い出たことがある。


 まあ、結論からいうと却下されてしまったんだけどね。後宮女官ですら出られないのに貴妃であるあなたが出たいとは何事か、と説教されてしまったわ。


 だから私はすぐに真琉を呼んで空から後宮脱出をしたのだが……。


 ぐふぅっ、と真琉は嬉しそうにうなった。


『いやあ、あれは楽しかったね』


 ご機嫌な真琉とは反対に、私は大きくため息をついてしまう。


「なに言ってるのよ。大変だったでしょうが」


 ……脱出は成功したものの、町に降り立った途端、私たちは大勢の民衆に囲まれてしまったのだ。

 それも私たちを捕らえようというのではなく、


「龍さまだ!」「龍使姫(りゅうしき)巫貴妃(ふきひ)さまもいるぞ!」


 と、熱烈に拝む方向性の囲み方であった。


 慌ててやってきた兵士たちが民衆から私たちを離してくれた隙に、私たちはまた空を飛んで後宮に戻ったわけだけど……。

 正直、蒼霜国の龍信仰をなめてたわ。


 あのあと、女官長からさんざん注意を受けてしまったのよね……。


『あの女官長の顔、面白かったなあ』


 なんて呑気に笑う真琉である。


『戸惑うっていうの? まさかお姫さまともあろうお方がこんなことする……? みたいな、微妙に信じきれてない顔でさ。人間ってほんと面白い顔するよね、だから人間って好きなんだよ。水氷は水氷で真っ青な顔して震えながら謝ってたしさ。あれは面白かったなー』


「うるさいわね! 私はもうあんなの二度とごめんだからね」


『それじゃあ水氷はいつともしれぬ皇帝陛下のお越しをいつまでもおとなしく待ってるつもりなの?』


「それもなんだかねぇ。はぁ。龍帝に会ういい方法、なにかないかしらね……」


 少なくともと後宮を抜け出す方法を考えておいた方がいいとは思う。ここに閉じこもってるのって凄く暇だし。龍に乗って脱出する、以外の目立たないやつね。


『僕が皇帝殺せたら話が早いんだけどねー』


「適材適所ってのがあるからねぇ……」


 龍は強い。人間など簡単に蹴散らせる。


 だが、だからといって万能というわけでもない。


 確かに強いは強いのだが、真琉たち翼龍は地上戦向きではないのだ。


 翼龍は前足が翼になっていて、空を駆けるのがとにかく早い。それは空という領域においては絶対王者たり得る資質だが、地上での細かい動きは苦手である。


 もし真琉が一発で龍帝を仕留められなければ、管理不行き届きで私自身が処刑されるだろう。そもそも蒼霜国においては、龍が龍帝を襲うなどあってはならないことなのだから。


 ――これはそういう、一度間違えば私自身の身が身を滅ぼすという一発勝負なのである。


『はー。役に立てないこの身が恨めしいよ。浅ましいよ。暗殺できないなんてあさしんましいよ』


「仕方ないわよ。でもありがとう、そういってもらえて嬉しいわ」


『僕のボケを無視した……』


「え? いまボケたの?」


『……なんでもない』


 と、まあ情報交換はこんなところかな。


「……はぁ」


 私はため息をつき、目を閉じた。


「どうすれば龍帝陛下に近づけるのかしらね……」


 結局、話はそこになる。


 二ヶ月前、私は龍帝を暗殺するために決死の覚悟で玖雷国を脱出してきた。

 追いすがってくる兄に捕まりそうになり、身の危険(性的な意味で)にさらされながらも、自分の意思を信じて逃げ出した。


 なのに肝心の龍帝陛下のお渡りのない、平和な後宮で安穏と暮らす毎日になってしまっている。

 こんなの、私がしたいことじゃないわよ……。






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