第19話 もう一度会いたくて・瑞泉視点その5
「……………………………………………………………………」
俺の渡した資料を見聞する静かな時間が流れる。
……それにしても沈黙が長いな。
と思っていたら世臣が顔を上げた。
「……あの」
「なんだ」
「この少年、名前は……?」
「知っていたら苦労はせん」
「確かにそうでございますな。では、特徴などを教えて頂けませんか?」
「似顔絵が描いてあるだろうが」
世臣の眉がピクリと動いた。
「陛下の絵柄は独特すぎまして……。少々解読に時間がかかるかと」
「褒め言葉として受け取っておくぞ」
「とりあえずなにかこう、もう少し手がかりをいただければ捜しやすいのですが」
「とにかく可愛い」
「は?」
俺は念を押した。
「とにかく可愛いんだ。女の子みたいだった」
「……それはこちらにも書いてありますな」
世臣は資料をめくりながら言った。
「肌は白く、背は低め。年齢は十代後半と思われる。女子がごとき柔和なる美形。話す言葉はこの辺りのもの……。ここまでは合っていますね」
「……ああそうだ」
「そのほかになにかありませんでしたか? たとえば服装に特徴があっただとか」
「……そうだな。そういえば頭巾をしていたな。といっても顔を隠すような感じではなくて、まるで……」
まるで髪を隠すような被り方をしていたっけ……。
「髪を隠していたのかもしれませんね」
「……お前、俺の考えたこと言い当てるの得意か?」
「陛下は顔に出やすいので読みやすくはありますね」
「むぅ……」
「他にはありませんか?」
「他、な……」
俺は思い出していた。
……思い返してみれば、ちょっと引っかかることもあった。
挨拶が大事と彼は言っていた。いや違うその前だその前。
確か――
『それだけでも龍帝陛下より立派ですよ。龍帝陛下なんて遠い国からきた新しいお妃様に挨拶にすらいかないそうですし。せっかく遠い国からきたっていうのに無視してるんです、無視』
そう言っていた。
俺は顎に手を当て、考え込む。
「……世臣。俺が後宮の新しい妃のもとに参じていないというのはどれくらい情報として出回っている?」
「そうですな……。陛下は後宮に滅多に顔を出さない、と。そういう噂が囁かれているのは聞いたことがありますが。新しく来られた巫貴妃様とのことまでは流れていないはずです。それがどうかなさいましたか」
「ああ。ちょっとな……」
俺は腕を組んだ。
あの少年、思い返してみれば後宮の事情を知りすぎていたし、妙に後宮の妃たちに肩入れしていた。
「もしかしたら、あの少年は後宮の関係者かもしれん」
「後宮の、ですか?」
「確証はないがな。もしかしたら出入りの商人のせがれとかかもしれん」
「なるほど、探す範囲がぐっと狭まりましたな」
「それからとっても可愛かった」
「出入りの商人の子息で可愛いらしい少年、ですか。かなり対象は絞られましたね」
「そうだな」
「……ところで、陛下。これは捜すための情報としてお聞きするのですが……」
世臣は資料から顔を上げ、俺の顔をじっと見つめてきた。
「陛下はどのようなご意思でその少年をお探しなのでしょうか」
「あいつのことが頭から離れんのだ。とにかく会いたい。会いたくて会いたくてたまらない。このみなぎる思いを少年に伝えたい」
「……陛下」
「なんだ」
「……いえ、なんでもありません」
「言いかけて止めるな。気になるだろうが」
「申し訳ありません。私ごときではどうすることもできない事象だと思いまして」
「だからなんなのだ一体!」
俺は強い口調で机を軽く叩いたが、世臣は涼しい顔のまま言ってのけたのだった。
「では言わせていただきます。陛下、その少年に一目惚れされたのですね?」
「…………」
やっぱり、そう思うよなぁ。だが俺自身まだあやふやな感覚だし。それをここで認めてしまうのはなんだか恥ずかしい……。
「陛下」
「……なんだ」
「顔に出ておいでですよ」
「なにが!?」
思わず頬を押さえてしまった。
世臣がため息をつく。
「……まぁ、いいでしょう。陛下の恋は置いておきまして、ご命令はしかと承りました。とにかく手当たり次第手配してみましょう」
「こ、恋とかそういうんじゃ……」
……まだ、この想いは誰にも知られたくない。
あの少年のことが気になって気になって仕方がなくて、なんだかもう自分が自分じゃないようになっていて、一生の愛を誓うというかんざしを見つめて、あいつのことを考えてため息が出て。
……いや、認めるのが怖いだけかもしれないが。
この想いが……、恋心だということを。
「陛下」
「なんだ?」
「顔に出てます」
「出てない!!」
俺は両手で自分の顔を覆った。
世臣が再びため息をつく。
まったく……油断も隙もないな、世臣!!
「……では、私はこの資料をもとさっそく探索に取りかからせていただきます」
「あ、世臣、ついでにちょっといいか」
拳を組んで腕を輪にして頭を下げる世臣に、俺は思い出したように付け加えた。
「後宮に来た龍使いの姫――巫貴妃に挨拶するから、その手配も頼むな」
「……!」
眼鏡の奥の目を見開く世臣。その表情は驚きに満ちていた。
「どうしたのですか、陛下。そんな皇帝陛下みたいなことをおっしゃって……」
「みたい、じゃない。俺は皇帝そのものだぞ」
「しかし陛下は……」
「……ああ。後宮に行きたくはない」
母の最後の場所だからな……。
「だがまぁ、いつかは向き合わねばならんだろ。それが今ってだけのことだ」
「……その少年になにか言われたのですか?」
「まあ、そんなところだ」
俺がそういうと、世臣の表情がふっと緩んだ。
「いい出会いをなさったのですね。これはなんとしてでも探し出して、自分からもお礼を申し上げなくてはなりませんな」
「頼むぞ」
「はい、もちろんですとも。では失礼いたします、陛下」
というわけで世臣は俺の執務室を辞した。
少年探しのことは世臣に任せよう。あいつは優秀な奴だからな。
……それよりも。
(はぁ………………)
俺は大きく息をつく。言ってしまったなぁ……。やはり、あの場所は緊張する。
後宮、か。
思い出したくもない記憶がある場所だ。
それでも、行かねばならないだろう。
少年に再会したら、龍帝はちゃんと巫貴妃に挨拶したぞ、といってやらねばな。そうしたらあいつ、なんていうだろう。よくやりましたね、偉い! とかいってくれるといいのだが。
ああ、早く少年に会いたい……。
俺が皇帝だと知ったらどれだけ驚くだろう。あいつの驚く顔、か。早く見てみたいな。
お前のことでこんなにも胸がいっぱいになるなんて……。やはりこれは恋なのだろうか……。
……きっと、おそらく。
まあ、そんな予感はしている。
実際に会ってみたら……、なにかもっと分かるかもしれないな。
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