第15話 瑞泉視点その1
あの子と別れてから数日が経つが、俺はずっとあの子のことを考えていた。
こうして執務室で皇帝としての書類仕事をしていても、気がつけばあの子のことを考えている。
俺の手にはあの子がくれたかんざしがあった。
かんざしを恋人に贈る。それには『一生愛することを誓います』――のような意味がある。
あの子は、これを「お兄さんの恋人にあげろ」なんて言ってくれたのだが……。
冗談じゃない。これは俺のものだ。俺が、あの子から貰ったのだ。
ため息をつく俺は、もう家臣たちにもバレていることだろう。
あの女嫌いの龍帝が女物のかんざしを見てなにをしているのか? と不審に思われているはずだ。
そして後悔していることが一つ。
ああ。
せめて名前だけでも聞いてくべきだった……。
*****
その日俺は、宮廷を抜け出して市場に来ていた。
蒼霜国代三十二代皇帝、秦瑞泉。それが俺の名前だ。
そんな俺が何故平民に身をやつして自ら市場に買い物に来ているのかといえば、それは息抜きのためだった。
宮廷に籠もりっぱなしというのは肩が凝るのだ。
そのついでに、好物のうんと苦い丹花茶を買う。
それが、俺の習慣となっていた。
目的は首尾よく買い、さてあとは宮廷に戻るか……と思っていたそのときのことだった。
市場の雑踏を歩いていた俺は妙な胸騒ぎを覚えた。なにかこう、イライラするというか。気になって気になって仕方がない、というか……。
この気持ちはなんだ? と胸騒ぎのままに路地裏に入ったら、一人の少年が柄の悪い男たちに組み伏せられているのを見つけてしまった。
これだ、と悟った。この少年の助けを呼ぶ声が、俺をいらつかせたのだ、と。
その瞬間のことを、俺はよく覚えていない。なんだか、男たちが少年から短刀を取り上げていたのを見たように思う。
気がついたら。俺は男たちを殴りつけていた……。
「ほら。大丈夫か?」
と、俺は地面に伏せられた少年のすぐそばに膝をついて聞いた。
「立てるか?」
「は、はい」
俺は手を貸して少年を起こした。
彼の顔を見た途端、目眩のような感覚にとらわれる。
――本当に男なのか、こいつは?
頭巾を頬被りにした少年で、一目見ただけで引き込まれるほど可愛い顔をしていたのだ。
頭巾を頬被りにした少年の顔立ちはとても整っていた。まだ幼さが抜けきっていないものの、将来は美丈夫になるだろうと思われるほどに。
だが、その美しさよりもなによりも…… 彼はとても可愛かった。
こんな可愛い顔をした男がいていいものだろうか? というくらい可愛くて、まるで人形みたいで、守ってやりたくなるような感じがした。
思わず見惚れてしまいそうになる自分に気づいてハッとする。
彼を助け起こすときに触れたこの手がピクリと反応してしまったに、少年が気づいていないといいのだが……。
「あ、ありがとうございます」
「ほら、これ。大切なものなんだろ」
俺はなんでもない風を装って、そばに落ちていた短刀を拾って少年に渡した。
柄にも鞘にも龍の文様が入った、美しい短刀であった。
「あ……」
「っ」
思わず息をのむ。
短刀を手渡すとき、また、少年と手が触れてしまったのだ。
――うわ、やばい。
心の中で叫びながらも俺はなんとか平静を保ち、なんでもないように言った。
「あ、すまんな。……ていうのもおかしいか。男同士なんだし」
と苦笑して誤魔化す。
すると、
「あ、あの。これ、母の形見なんです」
と少年は答えてくれた。
――ああ。形見、ということはこの子の母上も、もう……。
「そうか、取り返せてよかったな。大切にしろよ」
「はい。ありがとうございます」
少年はにっこりと微笑んだ。…………なんという破壊力! これはヤバイ!!!! 理性が吹き飛びそうになる。
――しっかりしろ、俺。
相手は男だぞ!?
――でも、すごく可愛いしなぁ。
もしかしたら、この子は本当は女の子なのかもしれない。そんな馬鹿なことを考えた俺は、すぐさま聞いてしまっていた。
「……あのさ。お前、男、なんだよな?」
「え? えっと、はい」
彼は戸惑いながらもこくんと頷いた。
「うん……、男だよな。うん、それでいい」
俺は自分に言い聞かせるように呟いた。
そうだ、俺は女嫌いなのだ。
だから女を可愛いだなどと思ったことはこれまでなかったし。きっとこれからもそうだと思っていた。
この少年も、こんな可愛い顔をしているけどれっきとした男で、だから……俺はこの子に恐れの感情を抱かないのだろう。
男にしては線が細いというか、ずいぶんと華奢だが……まあ、世の中というのはいろんな奴がいるものだしな。
「お前も大変だな、こんな奴らに絡まれて」
「いえ、その、助かりました。男でもこういう輩って絡んでくるんですね」
「すまんな……俺のせいでもある」
俺の治世がもっとうまくいっていれば、治安もよくなってこの子も危険な目に遭わなかったというのに……。自分が情けないったらない。
「え?」
「あ……いや。世の中ってのは思いのほかいろんな奴がいるからさ……。まったく、人間の性欲ってのは底なし沼だよな」
「そ、そうですね」
「特にお前は綺麗だし、気をつけないとダメだぞ」
「き、きれいって、そんな」
少年はさらに顔を赤くしながらふるふると首を振った。
あ、俺……。またなんか余計なこと言ったか? 俺ってほんと、口下手だな。
――でも、仕方ないじゃないか。
こんなに可愛い顔をした子が目の前にいたら、誰だって心配になるってもんだろ。
と、そのときだった。
「うっ……」
「うう」
と、倒れている男たちからうめき声が聞こえてきた。目が覚めようとしているのだ。
少年と話すのに夢中ですっかり忘れていたが、そういえばこいつらがいたのだった。
もうしばらく、この少年と話をしていたい。
――仕方ない、また殴って気絶させておくか。
早々に暴力に頼ろうと結論づけた俺だが、そんな俺の手を引くものがあった。少年だ。
「あ、おい――」
少年は無言で俺の手を引いて、小走りでその場を後にしたのだった。
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