第11話 市場に来た水氷
それから、数日後。
私たちは後宮の外――皇都の市場にいた。
「うわっ、みてみて家麗さ……じゃなかった、家君さん! あの布すっごい綺麗じゃない!?」
たくさんの屋台や出店が大きな広場に所狭しと軒を連ねて、そこをひっきりなしに人が行き交っているのだ。
玖雷国でもお祭りの時期なんかはこれくらいの賑わいを見せたりもするものだが、家麗さんによると蒼霜国の大市場は常時この賑わいらしい。
さすがは大国である。
見たこともない織物や食べ物、着物やら帯やら簪やら造花やら生花やら……それに生きた山羊や鶏も売っている。
「巫……じゃなかった、氷水様、あんまり勝手に動かないでくださいまし。迷子になっちゃいますよ」
「もう、心配性ね。子供じゃないんだから大丈夫よ――うわっ、あの絨毯すごい……ねぇ、あんなに細かい模様見たことある? もしかして砂漠の向こうから来たのかしらね?」
「もうっ。人の話を聞いて下さい。子供とか子供じゃないとかは関係ないんです、ここでは。氷水様におかれましては初めての場所なんですから……。これだけの人だかりなんだからはぐれたら大変なんですよ」
家麗さんが少しだけ怒ったような顔をする。
私は肩をすくめた。
「まあ、それもそうね。気をつけるわ」
と口では言っても、私のはしゃいだ心は収まってなんかくれない。
いま、私は男物の着物を着ている。つまりは男装だ。それだけでなんだかもう、すごく楽しくなってしまうのだ。
頭に頭巾を巻いているのは男装というよりかは髪の白さを隠すためだけどね。
家麗さんも男性の服装をしていて、こちらは頭巾を被っていないかわりに髪の毛を男性の結い方をでまとめていた。
けどお互い顔は女性のままなので、ずいぶん可愛らしい男になってしまっている。
そう。家麗さんがいっていた『女官が後宮の外に出る方法』、それが、これだ。
「男に化けて後宮を抜け出す、か。家麗さん、やるじゃない。こんな楽しい方法思いつくだなんて!」
「わたしが考えたわけではないんですよ……。後宮女官のたしなみと申しますか……」
「後宮の女官はみんな知ってるってこと? 私が言い出したときは反対されたのに」
「相談した人が悪かった、といいますか。後宮の厳しい規範を真面目に守る人なんて役職のある上級女官くらいでして、ちょうどその頭の固い女官長に相談されてしまったのですわ」
「人を見る目がなかったってことね」
「氷水様はこちらにいらしてから日が浅いですし、それは仕方のないことかと……。大きい声じゃいえませんけど、出入りの商人にいえば大抵のものは用意してもらえるんです。お金を払えば融通だってきかせてくれますし……」
私たちは出入りの証人が持ってきてくれた男物の着物を着て髪の結いも男結いにし、出入りの商人の従者として後宮を出たのである。
そして宮廷の門を出たところで商人とは別れ、あとはこうして自由に市場を散策しているわけだ。
名前がそのままだといろいろ都合が悪いので、それぞれ氷水、家君という男名を名乗ることにした。これもなんだか秘密作戦実行中、みたいで気分が上がるったらない。……実際問題として秘密作戦実行中なんだけどねっ。
「こういう抜け道……っていうか自由な気風を後宮に与えてくれているんだって考えたら、なんだか龍帝のこと好きになりそうよ。龍帝陛下も捨てたもんじゃないわね! ああ、ついでに私のことも自由にしてくれないかしらね」
「えぇ……?」
これ以上何を望むのかと言いたげに、家麗さんは苦笑いした。
……うん、家麗さんはこれでいい。私が抱えたものなんて、きっと家麗さんには重すぎるから。
重いものから自由になるために、私は龍帝を暗殺する。そのあかつきには後宮も解体となるだろう。
「それにしても本当にたくさんお店があるのね。みてっ家君さん! あれなに!?」
私が指差した先には緑に黒の縞模様がある鞠のような作物を売っている屋台があった。
……食べ物っぽい雰囲気を醸し出してはいるが、見たことがないものだ。
甘いのか、酸っぱいのか。そのまま食べるのか、火を通すのか……。そもそも食べられるの?
「あら、あれは!」
家麗さんはとたんに目を輝かせた。
「うわー、もうそんな季節なんですか。あれ、わたしの大好物なんです!」
「へえ、家君さんの大好物! じゃあやっぱりあれは食べ物なの?」
「え? 氷水様、あれを召し上がったことがないのですか?」
「まぁね。故郷にはなかったから」
「そうなのですか。南国のものですし、北国の玖雷国では作れないのでしょうね……」
玖雷国にはなかったものが蒼霜国には当たり前にあるなんて……。ああ、世の中って本当に広い! 外はこんなに楽しいのに後宮に閉じ込められるなんて、そんなのやっぱり間違ってるわよね。
……そのためにも、この後宮脱出方法は今後も使おうっと。
「ちょっと買ってきますね。待っててください!」
と、家麗さんは私を置いて人混みを縫っていってしまったのだった。
*****
「お待たせしました。これは果物で、西瓜っていう……」
待たせた場所に切ってもらった西瓜を持って帰ってみれば、そこに主である水氷の姿はなく……。
「え、え、え」
切ってもらった西瓜を両手に持ったまま、さぁっ、と顔が青くなっていく家麗。
「うそ……」
慌てて周囲を見回すが、人の波が邪魔をして水氷を見つけることができない。
「ど、どうしよう」
とりあえず、西瓜を一口食べてみる。
じゅわっ、と青臭い甘さが口のなかに広がり、少しだけ気分が落ち着いた。
「………………落ち着いて、わたし。巫貴妃様が行きそうなところを考えるのよ」
ふぅ、と深呼吸して考える。
「お花屋さん、食べ物屋さん、あとは服屋さん? ううん、違う。巫貴妃様がここにきた目的は……」
丹花茶だ。
「お茶屋さん!」
そうとなれば話は早い。
まずはお茶屋に行かなければ。
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