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鈍感新米騎士は気になる少女の為に生きてみたい!

作者: 高丘楓

※『乙女ゲーのヒロインに転生したけど攻略する気はありません!』 https://ncode.syosetu.com/n1998hf/ の登場人物で、主人公の相手となった、『あの丘へ君と共に』で主人公を王都まで護衛するが名前すら出てこない騎士ラルフ・ヴォルテクスが主人公の話になります。

乙女ゲー~の方を読んでからこちらを読むことをお勧めします。

 オレは、ラルフ・ヴォルテクス。本当なら、ラルフ・ゼファーっていうらしい。


 自分の本当の親の記憶は全く無い。

 じーちゃんが教えてくれてようやく自分の素性がわかったくらいだ。

 オレは町と町を行き来する行商人夫婦の息子だったみたいで、一歳のときに町から町への移動途中に魔獣に襲われ、オレだけが生き残ったらしい。

 じーちゃん達騎士が助けに来たとき、瀕死の父さんと母さんがオレのことをじーちゃんに託したらしい。


 じーちゃんはオレに厳しくも優しくて、オレはじーちゃんの強さに憧れた。

 じーちゃんの名前はマテル・ヴォルテクス。『裂風(れっぷう)の騎士』という異名で呼ばれ、沢山の人を守って、オレのこともずっと守ってくれた。

 ただ、オレの両親を守れなかったことを悔やみ続けてはいたけれど。


 じーちゃんが悪いわけじゃない。全部魔獣と、タイミングが悪かっただけだ。


 「オレ、じーちゃんの手伝いしたい!じーちゃんだけで守れないなら、オレもいっしょに守るから!!」

そう言ってオレは、騎士になる道を選んだ。

 オレを大事に育ててくれたじーちゃんに少しでも近づきたくて、認められたくて。守られるだけの存在にはなりたくなかった。

 それに、もしオレが誰かの為に生きて誰かの為に犠牲になったとしても、父さんと母さんがオレの為に犠牲になったみたいにして誰かを生かすことができるなら、それで十分だと思ったんだ。


 魔力なんて便利なものを持っていないオレは必死に体を鍛えて、じーちゃんが非番のときには剣の稽古をつけてもらい、じーちゃんに紹介された貴族の館で修行や奉仕をしながら騎士見習いとしての実績を積んでいき、そして十六歳になる年に騎士叙勲を受けることができた。


+-+-+


 オレが騎士になって初めて就いた任務はじーちゃんと一緒で、貴重な光の魔力を持つ娘を王都の王立魔法学園へと連れて行くという護衛任務だった。

 名前はアリア・レイクフィールド。

 田舎の村出身で、見た目はゆるくてふわっとした感じでなんとなく可愛いなぁと見惚れるくらいなのに、中身はそんなことはない、サクッとした、割と現実的で明るい女の子だった。

 まるで昔から知っている友人のような感覚で、護衛対象なのに、いつの間にかアリアと話すことが楽しくなっていた。

 だから気が付けば、殆んど他人に話したことが無い、オレがじーちゃんみたいに強い騎士になりたいことも話していたし、あまり人に聞かれても駄目そうな、アリアが貴族達の学園に行くのが面倒で億劫ということも聞いていた。


 村から王都への道中、オレ達は魔獣の襲撃に二度遭った。

 一度目はじーちゃんが一人ですぐに片付けてしまった。じーちゃんはその二つ名に恥じないくらいに強くて、国内外問わずその実力が広く知られている程だ。

 だけど、二度目の襲撃のとき、流石に魔獣の数が多く、オレもアリアの近くで彼女を守るように戦った。

 訓練とは違う実戦で、オレは何度か血が出る怪我をしながらも、なんとかアリアに触れさせることなく魔獣を倒すことができた。


 「ラルフ君、血が……!」

戦闘が終わってじーちゃんが周辺を警戒してオレが馬車の確認とかをしていると、アリアが慌てたような声でオレを呼んで、走って近づいてくる。

「あー、大丈夫だ。これくらい別に、放っておいても治るって。オレ頑丈だし」

「そんなわけないじゃない!ラルフ君、そこに座って!」

アリアは見た目とは真逆な力強い声でオレに命じて、オレはその気迫に圧されて彼女の言う通り馬車の横に腰を下ろす。


 「私を守ってくれるのは嬉しいけど…………無理はしないで欲しい…………」

 アリアは悲しそうな表情でそう呟いて、俺の左肩の近くにできた傷口を確認すると、そっと手をかざしてくる。

 柔らかな温かさがじわじわと広がっていき、それまでの痛みが嘘のように引いていくのがわかる。

 そして、一分もしない内に傷は完全に塞がり、動かしても痛みなど一切感じなかった。


 「スゲーッ!オレ、回復魔法なんて初めて受けた!ポーションよりも回復はえぇのな!!じーちゃん見たか!?」

オレは感動して、周囲を警戒していたじーちゃんを思わす呼ぶ。

「ラルフ、はしゃぎすぎだ!……悪いな、嬢ちゃん。回復魔法を使えるのは大神殿の聖女様や王妃殿下くらいしかこの国にはいないからな。ありがとう、息子に貴重な魔法を使ってくれて」

じーちゃんは少しオレに呆れているようにため息をついて、アリアにお礼を言う。

「いえいえ、命をかけて守って下さったのですから、これくらいは。それに、任務でも、一生懸命守ってくれるラルフ君がこんなところでマテルさんみたいな騎士を目指せなくなるのは悲しいですから」

アリアはまた、少しだけ悲しそうな顔をしてオレの顔を見てくる。じーちゃんには笑顔で話すのに。

「儂とすれば、ラルフには危ない道を歩ませたくはないんだがな。コイツはちっとも聞いてくれねぇ」

じーちゃんはオレの髪の毛をくしゃくしゃに、硬くなった手で撫で回してくる。

「じーちゃんがオレを守ってくれたみたいに、オレだって誰かを守れる騎士になりたいんだ。しょうがねぇだろ」


 そんなやり取りがあった後は、また普通に笑いながら話したりしながら王都へと向かって行った。


 目的の魔法学園の前に着いたとき、アリアは静かにオレに笑いかけてきて、そして手を伸ばし、握手を求めてきた。

 オレは少し恥しくなりながらも、アリアの細くて絹のように柔らかい手を握り、負けないくらいの明るさで笑いかけた。


 「頑張れよ、アリア。オレも立派な騎士になれるように頑張るからさ」

「うん。頑張る。でも、ラルフ君は無理して大怪我しないようにね?無理と努力は違うからね?」

「お、おう。気を付けるっ!」

「よし!……旅の間はありがとう、守ってくれて。同じ王都に居るんだから、また会えたらいいね!」

「そうだな。もし会えたら、オレが王都を案内してやるよ!見晴らしがいいところとかも知ってるんだからな、オレ」

「うん。そのときは楽しみにしてるね。マテルさんも、本当にありがとうございました」

 学園の門の前でアリアと別れ、オレは手に残る彼女の感触が、なんだかとても惜しく感じた。


+-+-+


 それからオレは、騎士としての訓練や討伐任務等に勤しんで、一日でも早くじーちゃんに近づけるように修行を積んでいった。

 でも何か、胸に引っかかる物があって、オレは剣の稽古に付き合ってくれているじーちゃんに、アリアが元気でやっているのかとか、貴族達の中で大丈夫なのかとか訊いてしまう。 じーちゃんは王国でも有数の実力者の騎士だから、もしかしたら何か情報を持っているんじゃないかって思って。

 アリアと同じ学年には、王太子殿下や団長の息子さんとかも居るって耳にするし、団長からじーちゃんが何か聞いているかもしれないし。


 でも、じーちゃんは何も知らないみたいで、『嬢ちゃんなら大丈夫だろ。はっきりした性格だし』とか、『身分さえ弁えていれば、貴族達は変に嬢ちゃんに手を出しはしないだろうから大丈夫だ』とか言ったり、しまいには『嬢ちゃんの心配をするくらい余裕があるっていうことは、ラルフはまだまだ動けるということだな?なら、儂ももっと本気を出してやろうか』とか言ってくるし、実際本気で剣戟を打ち込んでくるし。

 じーちゃんの本気を受けきれずに倒れると、じーちゃんは『そんなもんか?お前の儂のような騎士になりたいという覚悟は』って言って煽ってくる。


 そうだよな。

 じーちゃんみたいに強くないと、オレは―――。

「あのとき怪我したオレを、アリアは心配して悲しそうな顔をして見てたから、アイツを悲しませないくらい強くならねぇといけないよな、オレ」

そう言って気を引き締めて、時間が許す限り何度も、何度でもじーちゃんに挑んでいく。


 じーちゃんみたいに強くなれば、ケガなんてしないで守れるんだ。

 アリアに悲しい顔をさせなくていいんだ。


 そう思うと、自分でも不思議なくらい力が湧いて、もっと、もっとと体を動かせるようになる気がしたんだ。


+-+-+


 アリアが魔法学園に入学してから一年と少し経って、オレはアーネリアの丘の周辺の森に出没する魔獣の討伐という任務に参加することになった。


 訓練とか任務ばっかりに時間を割いている所為か、街でアリアに会うことは一度もなく、オレはこのままアリアと会えないんじゃないかと思っていた。

 それでも、アリアとあの日握手して立派な騎士になることを約束したから、その約束は何があっても守ろうと思った。


 だから今は、ちゃんと騎士としての務めを果たそうと。


 王都を一望できるアーネリアの丘は、ちょっとした観光名所でもあった。よくカップルが来るとかそういう話も聞いたことがある。理由はわからないけど。

 そこに拠点となるキャンプを設営し、三日かけて森の外周部の調査。そこで危険が無いことを確認してから森の内部調査へと向かった。

 普段この森に魔獣は生息していない。

 なのに、狼や猪の魔獣が森の中で何体も発見され、駆除される。


 ちょっとした異常事態というわけだ。


 そして、調査と討伐を開始して一週間が経とうとしたその日、最悪な事態が起きた。

 特別警戒手配中の魔獣『盾殺し』と呼ばれる大型の熊の魔獣が森の奥から現れたのだ。

 森に魔獣が出没したのはきっと、この盾殺しが活動場所を変えたからだろう。

 キャンプ地が襲われ、負傷した騎士達を優先して王都へと撤退させる。


 オレを含む十人の騎士は盾殺しの追撃を防ぐため、殿として戦闘を継続する。

 最初に走らせた伝令が騎士団本部に状況報告と応援要請することになっている。一応狼煙で危機を伝えてはいるが、詳しい状況までは伝えられない。


 俺達は時間を稼ぐためにキャンプ地のテントや資材を障害物代わりにして攻撃と防御を繰り返していくが、一人、また一人と負傷していき、まともに動ける騎士が減っていく。

 その度に負傷した騎士を撤退させ、気が付けばオレ一人だけが丘のキャンプ地に残っていた。


 盾殺しに防御は意味が無い。その名前の通り、盾など簡単に破壊してしまうから。

 巨大な体からは想像できないような速さで攻撃を繰り出し、ただ前足を本能で振るっているだけなのに、それがとても凶悪な攻撃になるのだからたちが悪い。

 できるだけ攻撃を受けないように、それでも奴の意識が他の撤退していった騎士達に向かないように接近して攻撃を繰り返していく。

 障害物となる物は全て破壊されてしまった。

 攻撃をかすめただけで破損する鎧が邪魔で、途中で盾殺しの顔面に向かって鎧の破片を投げつけて、身軽になった体で更に剣戟を喰らわせようと立ち回る。


 今のオレでは致命傷なんて与えることができない。

 それがオレの限界だってこともわかっている。

 ただ、時間を稼いで、来てくれた応援の騎士達が少しでも戦いやすくなるように、少しでも傷を負わせ、血を流させ、消耗させる。


 どれだけ動いて、どれだけ斬って、どれだけ傷を負わされて、それすら認識できなくなってきて、段々と体の感覚が麻痺していく。

 動かすのがきついのか、それとも、思っている以上に速く動けているのか。

 みんな逃げ切れたのかとか、でももうそんなことはどうでもよくなってきて、もうじきオレも死ぬんじゃないかとか思うと、ただただ頭の中に、追いつくべき騎士と、今会えなくなるのが嫌だと思う女性の姿が浮かぶ。


 よくわかんねぇ…………。


 じーちゃんみたいな強さがあれば、オレはもっと早く、誰も傷つけずに全部を守ることができたんだろう。じーちゃんに追いつきたい。


 ―――そして、アリアに会いたい。

 オレ、アリアにもう一度会いたい。

 アリアに会えたらオレ、もっと戦える。アリアが回復してくれたら、ちゃんと戦える。アイツと決着をつけることだってできる。

 でも戦いに巻き込んだらいけねぇから、アリアがここに来ても困る。でも来たら、オレ、ちゃんとアリアのこと守る。守る為ならもっともっと強くなるように頑張れるから。

 オレがボロボロだと、アリアが悲しんじまうし、それは嫌だ。


 あぁ、オレ、思考が纏まらねぇ。


 でもなんとか一秒でも長く戦って、一秒でも長く生きて、もし生き残ることができるなら―――。


 オレ、みんなの為なら犠牲になってもいいって思っていたのに…………。


 会えなくなるのは、イヤだ。

 悲しませたくねぇんだよ、オレは!アリアを!!!


 「ゥオオオオオオオォォォォォォぉぉッッッ!!!!!!!死んで、たまるかぁぁぁぁぁぁぁあああああッッッッッ!!!!!!!!」


 体の中に溜まっていた否定の気持ちを大声で吐き出す。

 体が軽い。剣も軽い。

 盾殺しの動きが手に取るように見えて、一撃でもオレを傷つけさせるなんてことさせない。

 ただ、オレの攻撃も軽い。やっぱり致命傷は与えられない。

 それでも、それでも―――。


 全身がイテェ。

 無理するなって言われていたのに、多分これは無理をしている。

 でももしちゃんと生き残ってアリアに会えたなら、もしアリアが怒っていたら、そのときは大人しく叱られよう。


 そう思いながら盾殺しと距離を置いた瞬間に目の前に炎の壁が現れて、盾殺しの姿が隠される。


 「よく耐えたな、ラルフ。後は儂に任せよ」

目指すべき背中がオレの前に現れ、そして、優しく、でも少し機嫌が悪い時の声で言ってくる。

「残っているのは君だけか。ならば、その騎士としての心、我々が引き継ごう」

騎士になって数度しか会えていない、この王国で最強の騎士とされる人が凛と構え、そして名乗る。

「ルーセント王国騎士団団長、リオリート・ブレイズ。……推して参る!」


 激闘になると思われた戦いは、裂風(れっぷう)瞬雷(しゅんらい)氷刃(ひょうじん)、そして剛焔(ごうえん)の騎士達によって半刻もまたずに終わりを迎えた。


 やっぱりスゲェ…………。

 オレ、まだまだだ………………。


 「…………、ラルフの回復を頼めるかな?」

団長が誰かにオレの回復を頼んでいる。

 オレは正直、もう意識を保っているのでさえギリギリだ。瞼も重い。多分、血も足りねぇ……。ポーションでも何でも、回復してもらえるなら―――。


 ぼやけて滲む視界に、回復を頼まれた人の顔が映りこむ。

 悲しそうにしている。泣きそうにしている。

 小さく口が動いているようにも見えて、なんだか叱られている気がする。声として、音として聞こえないのに、すごく悪いことをしている気持ちになって―――。


 あぁ、アリアだからか…………。


 悪いことしたなぁ。

 オレ、アリアを悲しませないように強くなるって決めてたのに、まだまだ弱かったから、また悲しませて。


 体を包む仄かな温もりに抱かれるように、微睡む思考の中でオレは意識を手放した。


+-+-+


 目を覚ますと、そこは騎士団の宿舎の医務室だった。

 あれだけ酷使した肉体の傷は全て回復し、体全体にあった疲れも消え去っていた。

 オレが起きたことに気付いた医務官は、簡単に状況の説明をしてくれた。

 昨日の昼過ぎに意識を失ってから今朝まで、オレは目を覚まさずに寝っぱなしだったらしい。そして、今回のこの任務において、死者はゼロ。現在の負傷者もゼロとのことだった。

 オレを回復してくれたアリアは、現在王城に居るって言っていた。

 多分、聖女様や王妃殿下、そしてアリアがみんなに回復魔法を使ってくれたんだろう。だからこそ、騎士への被害はゼロになったんだ。


 医務官が簡単な健康確認を行って、オレは自室に戻ることになった。

 医務室を出ると、一緒に殿を務めていた騎士達が寄ってきて、口々にオレに礼を告げていく。

 オレが一人であそこで踏ん張っていなかったら、もしかしたら死者が多く出たかもしれない。

 オレだけの犠牲で騎士団への被害は抑えられるかもしれないという邪な気持ちを抱いてしまった。

 そんなことを正直にオレに伝えてくる。


 別に気にしていないと言いながら、オレは笑って騎士達に手を振る。


 だって実際、オレだってオレ自身を犠牲にして時間を稼いで、後から来るだろう強い誰かが盾殺しを倒せればいいと思っていたから。未来の為に自分だけの命で済めばいいなんてこと、自分でも考えてしまっていたから。


 ギュッと握り締めた手の平に、自分の爪が食い込んで血が滲んでいく。その僅かな痛みで自分が震えていることに気付き、そして血が滲む手の平を見る。

 が、傷はすぐに塞がり、乾いた血だけが手を汚していた。


 少しおかしいと思ったオレは自室に戻って、試しにナイフで自分の手の甲を軽く切った。

 体に奔る痛みに反し、傷は瞬く間に塞がり何事も無かったかのようにオレの目に映る。

 そういえば、よく寝たとはいえ完全に疲れが無いというのもおかしい。


 おかしいことだらけで、オレはとりあえず自分を疲れさせるために宿舎から抜け出し、宿舎周辺を何週も走ってみる。

 が、一向に疲れる気配が無い。普通なら肩で息をするくらいには呼吸も荒くなって疲労が蓄積していくのに。


 流石にこの状態を放っておくわけにもいかず、オレは急いで宿舎に戻ると医務官に相談をした。

 結果、医務官も前例が無いことから、回復魔法の影響の可能性も考慮して、今アリアと一緒に王城に居る聖女様に報告を入れるということになった。


 その日の夕方、アリアが聖女様と一緒に宿舎を訪れて、食堂で話をすることになった。


 「ラルフ君…………」

 「アリア…………」

喜ぶような顔をして、泣くような顔をして、そして怒っているような顔をして、顔を合わせた瞬間のアリアはその表情をコロコロと変え、でも最後は、呆れたような顔をオレに向けてきた。その横で聖女様は笑っている。

 聖女様に促されるようにオレは、あの丘で起きたことを、アリア達が助けに来たときまでのことを話した。


 「オレさ、なんかもう死ぬかもしれねぇって思ったとき、じーちゃんと、アリアの顔を思いだしたんだ」

「なんで私?」

「なんでかなぁ。ほら、多分アリアにかけてもらった回復魔法が凄くて、アリアがいてくれたら、オレはもっと戦えるんじゃないかって。でもなぁ、アリアを戦いに巻き込むのはダメだから、じゃあアリアを守る為ならオレはもっともっと強くなって戦えるんじゃないかって思ったんだ。そしたら、アリアが来てくれた」

多分そんな感じだ。

 本当は、アリアに会えずに死んでしまうのが嫌だっただけなのかもしれないのに。

 アリアは俺のこの言葉を聞いてから、顔を真っ赤にしている。そして、横に居る聖女様や食堂に居る他の騎士達はなんだか楽しそうな笑顔を浮かべている。

 理由はわからないけど。


 でも、アリアが来てくれて助かったことは確かだ。嘘じゃない。

「ありがとうな、アリア。お前に回復魔法かけてもらってから、オレ、調子がいいんだぜ?ちょっと怪我してもすぐ治るし、あんま疲れも感じなくなった!光の魔力ってすげーんだな、ホントに」

だから、素直に感謝の言葉を伝えるくらいしかできない。

「ラルフくーん。そんな効果を出せるのも、そんな効果が出ているのも、アリアちゃんだけだし、君相手だけだよー。歴代の光の魔力保持者はそんな器用なことできないからー」

聖女様が軽い口調で言ってくる。光の魔力の使い方のプロが言うんなら、これは本当に特別なことなのだろう。


 「そうなのか?じゃあアリアは特別で、そんなアリアの特別になれたんだな、オレ。ありがとうな、アリア!これでじーちゃんにまた追いつける!」


 オレはアリアの特別になれたことが嬉しくて、認められたような気がして、心からの笑顔をアリアに向けることができたと思う。

 こんなことくらいでしか、悲しくさせたアリアを明るい気持ちにできなさそうだから。オレが笑っていたら、多分アリアも笑ってくれる。そう思ったから。

 

 でも、アリアは顔を赤くしたまま俯いて、

 「そ、そう。元気そうで良かった。ホント、無理したらダメだからね?いくら私の魔法でちょっと体が丈夫になったからって、本当にダメだからね?」

と、捲し立てるように言って黙ってしまった。

 「アリアちゃんも魔力切れからようやく回復したところだから、今日はこれくらいで帰るわね。いやぁ、楽しいもの見させてもらえて良かったわ、ありがとうラルフ君。さ、アリア。外に出るわよー」

聖女様はアリアの肩を掴んで抱き寄せてからオレに満面の笑顔を向けてそう言って、アリアを立たせて食堂を後にしていった。


 便利な魔法使える人間も、魔力切れになったら大変なんだなって思った。


 彼女らを見送っていると、先輩の騎士達が残念なものを見るような目でオレを見てきて、『お前、自分が言ったセリフの意味わかってるのか?』なんて訊いてくるから、『当然わかってるぞ?』と答えながら、変なものを見るような目で先輩を見てしまった。

 先輩の一人がオレの肩を軽く叩き、そしてため息と一緒にオレに言った。

「多分、お前の思うわかってるは違うからな?覚えておけよ?純粋なのは美徳だが、純粋なのとバカなのは違うからな?」

「はぁ…………?」


 『ダメだコイツ、全然わかってねぇ!!』


 食堂に居た騎士達がオレに向かって一斉に叫んだことで、オレはちょっとだけ恐怖を覚えた。


+-+-+


 「ねぇ、ラルフ君。私のお願い、聴いてもらってもいい?」

あれから一週間が過ぎて、オレは宿舎の前で再びアリアと会って話をすることになった。

 真面目に、真剣に、落ち着いた声で。

「お、おう。内容にもよるけどな」

オレがアリアのお願いを叶えられるかどうかなんて、正直保証できない。これはアレか?回復魔法とかこの体の変化とかのお礼をして欲しいってことでいいのか?

 なんてことを考えていると、アリアがオレの目を真っすぐに見つめてきて、そして静かに力強い声で願いを言ってきた。


「…………私の、騎士になってくれませんか?」

「オレはもう騎士だぞ?」

すごく真剣な声だったから身構えてたけど、アリアはちょっとなんというか、オレが一応騎士だってことを忘れてたのか?この場所に来ているのに?

「そうじゃなくて、その、…………違う!」

「え?ん???」

違うと言われて、頭の中でアリアの言葉を何度も反芻する。


 騎士になってくれませんか?の前に、私のって付いていたけど。

 これは、卒業して村に帰るときにも護衛をして欲しいってことなのか?

 でもなぁ、それだとオレにお願いするよりも、騎士団の窓口で相談して申請した方がいいような気がするし、一応オレにも休みはあるけど、アリアの村だと往復で十日近くかかってしまう。


 だけど、アリアは詰め寄る様に身を乗り出してくると、今にも泣きそうな表情で必死にオレに言ってきた。


 「好きだから一緒にいて欲しいの!学園卒業したら地元に帰ろうとも思ってたけど、帰ったら帰ったで、ラルフ君が無理してないかとか無茶していないかとか、すっごく心配だから、一緒に居て、一緒に暮らしたいの!!でも、光の魔力保持者は貴重だから、どこかに困っている人達が居たら聖女様や王妃殿下のお手伝いもしないといけないし、私一人で何かできるとも思えないから、そんなとき、ラルフ君に側で守ってもらいたいって………………。……………………だめ?」


 今のは流石のオレでもわかった。

 わかってしまったから、困った。

 気付かされてしまったから。


 アリアがオレのことを好きって言ってくれたように、オレも好きだったんだ。アリアのことが。


 アリアのことが気になっていたっていうのが、アリアに会いたいと思っていたというのが、アリアの為に強くなりたいっていうのが、アリアを悲しませたくないっていうのが、多分、アリアの言葉を借りると、全部好きだったからだ。


 顔が熱い。体が、全身が焼けるように熱い。

 好きだって言われて、一緒に居たいとか暮らしたいとか言われて、側で守ってもらいたいって言われて――――――。


 自分には色恋なんて縁が無い話だと思っていた。

 オレは孤児で、騎士とは言っても魔法を使える騎士達よりも格下で、これといって美形とかでもない。

 なにより、親の犠牲の上で拾われた命だから、誰かの為にいつ犠牲となって消えてもいいと思っていた。

 だから、じーちゃん以外の誰かと深い付き合いになることから逃げていた。


 なのに、なのにアリアは真っすぐにオレのことを好きって言ってくれて、一緒にって。


 目の前の、オレよりも小さい体を、絶対に離したくないと思って強く抱きしめて自分の体に密着させる。

 ダメだ。こういうのに慣れてないから、本当にどうすればいいかなんてわからない。

 わからないけど、オレはアリアが好きだ。


 「オレ、アリアの騎士になる。どんなことがあっても絶対、アリアを守る。で、アリアが悲しまないように、オレも強くなる。……だから、その、………………頑張る」


 素直な好きっていう言葉が言えない。なんかそれは照れくさすぎるから。

 でもその代わりに、アリアが願ったアリアの騎士になることを誓う。


 だから、今は離さなくていいよな?

 好きなアリアが、側に居て欲しいって言ってくれたんだから。

 オレは単純だから、言葉に裏があってもなくても、アリアが泣きそうになりながらもしっかりと言ってくれた言葉を信じる。


 周りの声が賑やかにオレ達を囃し立てる。

 なんか、オレとアリアのことを喜んでくれているみたいに聴こえた。


+-+-+


 「お、オレは、どうすればいいんですか!?」

アリアと付き合うことになったのは嬉しいことなんだが、付き合うとか正直よくわからない。未知数だ。

 そんなオレの悩みに気付いてくれた先輩騎士のリアム・エクレールさんが相談に乗ってくれることになった。

 リアムさんはアーネリアの丘での盾殺しとの戦闘に団長達と一緒に応援に来てくれた騎士の一人でもあって、オレと五歳しか違わないのに、既に瞬雷(しゅんらい)の騎士という異名も付いている程の実力者だ。


 「そんなもん男なら迫って、こう……ガッと行ってだなぁ」

「ガッと……とは?」

「そりゃあ、男と女が二人きりになるってことはだな、つまりは―――」

リアムさんの話を聴いて、オレはアリアとそういうことをする場面を少しだけ想像してしまい、すぐに頭を振って顔を赤くして必死に否定する。

「オレまだそんな、絶対無理です!」

「だろうな、お前は。皆の前であれだけ大胆な告白をしたり抱きしめたりしていたといっても、多分その場の空気に呑まれてみたいなところもあっただろうし。……じゃあさ、お前はどうしたいんだ?」


 オレがどうしたいのか、か。

 オレは……一緒に居たい。それだけだ。

 だけど、別に学園や騎士団とかの互いの都合を蔑ろにするつもりもない。

 会える時は一緒に居たい。近くに感じていたい。

 話したい。笑い合いたい。


 「まぁお前が恋愛に対して免疫が無いのもわかってたし、それを知っていたうえで皆、お前とアリア嬢の恋愛初心者同士のやり取りを見ていて楽しんでいた部分もあったんだけどよ」

リアムさんは軽く笑いながらオレに割と失礼なことを言ってくる。

「とりあえず、まだアリア嬢は魔法学園の生徒だ。寮生活だから卒業するまで表立って何かすることもできないだろうし、それまでの間に何をしたいかを考えればいいじゃねぇか」

落ち着いた声で現状を伝えられ、オレは今すぐ何かできるわけでも無いもどかしさを胸に感じた。


 「そんな悩める純情な騎士様に素敵なお話があるわ!」


 オレとリアムさんが一緒に話している食堂に、普通なら来るはずがない聖女様が堂々たる声を上げて入り込んできた。

 何食わぬ顔でリアムさんの横に座って、オレの目をじっと見つめてくる。

「……せ、聖女様がなんでこんなとこ―――」

「卒業記念パーティーの後で、アーネリアの丘に行きなさい!そしてそこで改めて愛を誓うのよ!!」


 オレの発言なんて無視して、聖女様は自分の伝えたいことを一方的に話してくる。

 オレ、聖女様ってすごく物静かで、理知的で、穏やかで、全てを包み、全てを許すような女神のような人って聞いていたんだけど、なんか違う。


 「ラルフ君はアーネリアの丘がどんな所かは知ってるかしら?」

「…………観光名所?」

『違う!』

今度は聖女様とリアムさんの二人に同時に叱られた。


 「アーネリアの丘は、今はまだ魔獣被害の調査や後始末で立ち入り禁止になっているけど、あそこは元々、初代国王夫妻の伝説にあやかって、恋人同士がそこで共に将来を誓い合うと、永遠の愛で結ばれるという言い伝えがある場所なんだ」

「そうそう。だから、恋愛初心者の君やアリアちゃんにはぴったりじゃない!卒業式の日に誘ってそこで将来を誓い合えば、ラルフ君の本気度が伝わるはずよ!」

「アリアはアーネリアの丘の言い伝えって知ってるんですか?」

「さぁ?そこまではわからないわね。王都に住む者は大体知ってるはずだけど、彼女は地方出身だし。なんだったら、君の口から伝えればいいじゃない。アリアちゃんの騎士様」


 「とはいえ、奥手すぎるのも問題だぞ?将来の誓いをするときに、せめてキスぐらいお前がリードしてやれよ?」

「そうだそうだー。アリアちゃんから告白させたんだから、こういうのはちゃんと男らしくガッといっちゃいなさいよ、ガッと!なんだったらその先まで一気に!!」

なんかオレが凄く責められている気がするし、聖女様がそんな公序良俗を乱すようなことを言っていいのかとか、なんか考えさせられてしまう。

「キス…………キスか………………」

一応は知っている。貴族の館で騎士見習いをしていたときに、貴族の夫妻が朝の仕事前にしているところは見たことは何度もある。手とかにするのは挨拶とも言っていたし。


 でも、オレがアリアとキスをするって、それって、オレの口とアリアの口が……。

 考えるだけでいけないことを考えているような気持ちになって、平然としている二人の前で一人だけ酷い緊張に襲われる。

 なのに、一度意識してしまうと、なんかもうどうしようもないくらい、アリアとキスをしたいっていう気持ちで頭が一杯になってしまった。


 「いやぁ、初心な少年はかわいいですなぁ」

「ハハハ、聖女様。あんまりうちの後輩をからかって遊ばないで下さいよ?これの父親が黙っちゃいないですから」

「うん。肝に銘じておく。でもねぇ、数少ない光の魔力保持者のアリアちゃんには幸せになって欲しいからねぇ。お姉さんちょっと発破をかけたいわけなのよ」

「と、いうことだ。ラルフ、ちゃんと男としての責任を果たせよ?あとラルフ。お前は魔力が無い所為か元々孤児だった所為か、理由はよくわかんねぇけど自己評価が低すぎる。そこらの普通の騎士なら一人で盾殺し相手にあれだけの長時間時間稼ぎなんて絶対できねぇ。俺が断言してやる。お前はお前が思っているより十分強いし、他の騎士達もそれを認めている。もっと自分に自信を持て。そうすりゃあ、アリア嬢にどう接していけばいいか、ちょっとは選択肢が増えるんじゃねぇか?」

オレの髪の毛をグシャグシャと撫で回してリアムさんは聖女様を神殿まで送っていくと言って部屋を出て行った。


 二人からの助言を受けてしばらく考えた後、アリアに手紙を出した。

 卒業の日、迎えに行くから、一緒に来てほしい場所があるって伝えるために。

 今までの自分なら絶対にしなかっただろう。誰かに積極的に関わっていくなんて。人を自分の為に呼び出すなんて。


 それにしても聖女様は暇なんだろうか?

 リアムさんは普通にしていたけど、聖女様が騎士団の宿舎に何も無い時に来るなんて、普通は在りえないんじゃないか?

 あれじゃあただの、世話好きの近所のお姉さんみたいなもんだ。


+-+-+


 魔法学園の卒業記念パーティーが終わったのは昼過ぎ。

 天気はこの日を祝うように快晴で、雲ひとつ見当たらない、綺麗に澄んだ蒼い空だ。


 あまり色気の無い普段着しか持っていなかったから、オレは騎士団に申請して、私事ではあるが騎士の式典用の正装の着用を認めてもらい、学園の門前でアリアを待つ。

 あの日アリアを迎えに行ったときと同じ馬は気持ちよさそうに日光を浴びて、オレの指示を待つ。


 そして、門をくぐってアリアがオレのところへと駆け寄ってくる。

 後ろにはアリアの学園での友人であろう女生徒達がなにやらアリアに声援を送っている。じーちゃんが言っていたみたいに、アリアは貴族の中でも友人を作れるくらいには上手く学園で生活できていたみたいで良かった。

 卒業記念パーティーの後ということもあってか、淡く薄い桃色をした清楚なドレスのような姿で出てきたアリアは、いつもよりか緊張しているようにも見えたけど、同時にすごく綺麗だった。


 先に乗った馬上から手を差し出して掴んだ彼女の手を引っ張り上げるように馬に乗せ、馬を走らせる。

 オレの背に抱き付き、体が密着している。

 それだけで恥ずかしくて照れてしまいそうになるが、馬を走らせているときに余計なことを考えるのは危険だと自分に言い聞かせて、目的の丘まで駆けていく。


 丘の上はあのときの戦闘が嘘のように穏やかで、森も静かに自然の音を奏でている。


 王都が一望できる場所で馬を降りて少しだけ歩き、そして、彼女に向き合って言う。

「なぁ知ってるか?ここの伝承みたいなやつ。実はな、この丘で―――」

「将来を誓い合ったカップルは、永遠の愛で結ばれる―――。でしょ?」

「なんだ、知ってたのか。せっかく騎士団の先輩達が教えてくれたのに」

「私も、同級生達が教えてくれた」

お互いにちょっとだけ笑いながら、この言い伝えを知らなかったのは自分だけじゃ無かったことに安心して、でもセリフを奪われたことについては少しだけカッコ悪いところを晒してしまったと少し反省する。

 が、今大切なのはそんなことじゃない。


 「オレは、ラルフ・ヴォルテクスは、一生アリア・レイクフィールドを愛し、守ることを誓う」

オレは息を吸い込み、静かに真剣に視線をアリアに向け、絶対に伝えたいという意志と共に一息に誓いを立てる。そして間も置かずにアリアが応えてくれる。

「私も、アリア・レイクフィールドは、ずっとラルフ・ヴォルテクスを近くで支え、愛することを誓います」


 アリアの意志も確認して、オレはアリアの両肩に手を置き、決意してアリアにキスをしようとする。

 どうやるかはわかってる。わかってるけど、本当にして良いのかどうか迷ってしまう。でも、アリアが少しだけ背伸びして、オレに合わせてくれようとしたことに気付いたら、そんなことどうでもいいと思って、アリアの柔らかい滑らかな唇に、対照的なオレの唇を重ねた。


 ―――一瞬だけ―――。


 それだけでオレの気持ちは限界で、キスを続けるなんてことできなかった。

 そして、それ以上に大好きな、愛しているアリアを抱きしめたくなって、ぎゅっと独占するように強く抱きしめた。


 言い伝えが本当なら、オレとアリアはずっと永遠の愛で結ばれる。

 でも、言い伝えが本当じゃなかったら、いつかアリアがオレから離れてしまうことだって起きてしまうんじゃないかって不安なんだ。

 だから、掴んだアリアを、絶対に、言い伝えなんか関係なく離さないようにしたかった。自分からちゃんと愛を繋げていかなくちゃ、オレみたいなバカは愛想を尽かされてしまうかもしれないから。


+-+-+


 アリアが学園を卒業してからしばらくは本当に忙しかった。

 貴重な光の魔力の保持者と結婚するということから、王家にも神殿にも報告して許しを貰う必要があった。

 そしてなにより、アリアの両親に挨拶をしに行くことが一番緊張した。

 じーちゃんは任務の都合で後から来ると言っていて、アリアの両親とアリア、そしてオレの四人だけで挨拶をしなければいけなかった。

 すごく緊張して、粗相の無いように、騎士団の先輩達から教わったようにしっかりと凛とした声でオレはアリアの両親に向かって頭を下げてお願いをした。


 「アリアさんとお付き合いをさせて頂いている、ラルフ・ヴォルテクスです!アリアさんのお父さん、お母さん。アリアさんと結婚させて下さい!!!」


 声を張りすぎていた所為か、アリアとアリアの両親は少し耳を押さえていた。

「ん、いいぞ。うん」

「えぇ」

意外とすんなりというか、普通のテンションで両親が許してくれる。

「ありがとうございます!」

「うん。……今、すごく耳がキーンとしてるから、細かい話は後で」

「多分これ、外にも聞こえてるわよね…………」


 アリアの母親の言葉のとおり、一晩開けてから村はお祭り騒ぎのようにアリアとオレの結婚の話で持ちきりとなっていた。

 遅れて到着したじーちゃんはこの村の様子を見て、パン屋で何があったのかを察してくれたそうだ。


 その後、じーちゃんも含めて結婚の話を進めていき、国王陛下や聖女様からの意見もあり、結婚式は王都で行うこととなった。


 結婚式には騎士団の人達や聖女様、国王陛下と王妃殿下、アリアの学園での友達数名とその配偶者や婚約者達、村の代表者達、そして、じーちゃんとアリアの家族が呼ばれ、できるだけ慎ましく小さく目立たないようにというオレとアリアの意見も取り入れられ、王都郊外の大神殿が管理している、比較的小さな教会を貸しきる形となって行われた。


 なんかアリアの友達の連れからやけに刺さる視線を向けられていたが、気にしたらダメだと思い、純白の清楚なドレスに身を包んだアリアにだけ意識を向けた。


 すごく綺麗だった。


 こんなに綺麗な子がオレなんかと一緒になってくれるという現実が信じられなくて、でも、それが現実で。

 オレのこの気持ちを知られたらまたアリアに叱られるかもしれないけれど、アリアの為にならオレはどれだけでもこの身を盾にして、オレの命と引き換えにしてアリアの未来が守れるのなら、何も怖くはないと思った。


 そして、結婚して初めての夜、アリアが陛下から下賜された家の寝室のベッドの上で、オレは極度に緊張しながらも『私も初めてだから、その…………一緒に頑張ろう…………?』と言って優しく受け止めてくれるアリアと繋がった。


+-+-+-+-+-+


 アリアとアーネリアの丘で誓いを立てた日から二年が経ち、俺達の間には息子が生まれた。

 名前はレーン・ヴォルテクス。

 俺が名前を決めてとアリアからお願いされ、妊娠がわかってからずっと頑張って考え続けた名前だ。

 女の子だったらレーナにするつもりだった。

 二つともこの国で太陽を意味する名前だ。


 太陽のように明るく、温かい気持ちを持って成長できるように。そう願って付けた名前を、レーンは成長してから喜んでくれるだろうかとか考えてしまう。


 そして、レーンが生まれたことでじーちゃんが本当にじーちゃんになって泣いて喜んでいたし、お義父さんもお義母さんも村からわざわざ来てくれて、レーンのことを祝ってくれた。

 それだけじゃない。聖女様自らが家に来てレーンに祝福の洗礼をしてくれたし、アリアの友人達も、貴族だけど自分のことのように喜んでくれて、自分の子達とも仲良く成長できればということまで言っていた。


 夜、レーンが眠りにつき、アリアと二人で夫婦のゆっくりとした時間が家の中に流れる。


 「ねぇラルフ君。赤ちゃんが生まれたんだから、もう無理はしないでね?この子の為にも」

俺に優しく正面から抱き付きながら言ってくるその声は、静かで、でもどこか俺を叱るような声にも聞こえた。

「おう!大事な息子だからな!アリアと息子、両方ともしっかり守れるように、俺、頑張るぞ!」


 俺の言葉にアリアは呆れたように笑いながら顔一つ分だけ距離を空け、俺は見えるようになったその顔を見つめ、大丈夫だ、安心しろ、わかってると言うように笑いかけて、そして、あのときは恥ずかしく一瞬しかできなかったキスをアリアの唇に贈った。

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