72話 ごめんなさい
「……ハル」
しばらくシロの遺体を見つめていたシルファだけど、ややあって、胸に抱く。
それから、こちらを見上げて……頭を下げる。
「ごめんなさい」
「え? どうしたんだ、急に……?」
「シルファ、命を奪うってことを真面目に考えていなかった……深く考えないで、ただただ単純作業みたいに奪ってきて……ハルも殺そうとした」
事情を知らないアリス達が、えっ!? という顔になるけれど、説明は後。
シルファの話に耳を傾ける。
「でも……こんなに苦しいことなんだね」
「うん、そうだな。すごく辛くて、苦しいことだと思うよ」
「それなのに、ハルを殺そうとしていた。シルファ……ダメな子。ごめんなさい」
「ああ、了解。シルファの謝罪は受け入れたよ」
落ち込むシルファの頭を撫でると、驚いたような表情に。
どこかおずおずとしつつ、問いかけてくる。
「怒らないの……? ハルは、その権利があると思う。というか、シルファは逆に殺されても仕方ないと思う」
「そんなことしないって」
「でも、シルファは……」
「わかってくれたのならそれでいいよ。こんなことを言うのもなんだけど……シルファは、シロの分まで生きないと」
「っ!?」
シルファはびっくりしたような顔になり、
「……うんっ」
次いで、泣き笑いを見せた。
「えっと……ハルさま、どういうことでしょうか? 私、なにがどういうことなのか、さっぱりで……」
「後でちゃんと説明するよ。それよりも……ごめん、ダンジョン攻略は、また後日でいいかな? 今はシロのお墓を作ってあげたいから」
「そうね……ダンジョンにはまた来ればいいから、それで問題ないわ」
「はい、わたくしも、問題ありません」
ナインも頷いてみせて、俺達の意見が一致する。
みんながシルファのこと、シロのことを考えてくれることがうれしい。
「それじゃあ、階段を探しましょう。ハルとシルファは知らない?」
「ごめん、知らないかも」
「シルファも知らないよ。というか、階段なんていらないよ」
「え?」
「こうすればいいと思うな」
シルファはシロを胸に抱いたまま、ぴょんと猫のようにしなやかに跳躍する。
そのまま、天井に空いた穴から上の階へ。
「ね?」
「ね、って言われても……そんなこと、シルファ以外にできるわけ……あっ、もしかしたら、ハルにはできるかも?」
「いやいや、できないし」
あんな曲芸師のような真似、シルファ以外には不可能だと思う。
俺は魔法使いであって、剣士や格闘術士じゃないし……いや、待てよ?
世の中には、身体能力を強化する魔法があるらしい。
それを使い、さらに体を浮かすための風の魔法を使えば、あるいは。
「……え? できるの?」
こちらの反応を見て、アリスが驚いたように言う。
「あ、いや。今はできないよ? ただ、練習とかすれば、もしかしたら」
「……ハルって、冗談で言ったことも本気で叶えてしまいそうね」
なんでもできるようなことを言うのだけど、そんなことはない。
俺にだって、できないことはある。
……シロを生き返らせることは、どうやっても無理だ。
って、落ち込んでいられないか。
みんなに心配をかけたくないし……
なによりも、俺が落ち込んでいたら、シルファが気にしてしまう。
明るく前向きにいこう。
「シルファ、ロープを投げるから、どこかに繋いでくれない?」
「オッケー」
ロープを用意しておいてよかった。
荷物袋から丸く束ねられたロープを取り出して、上のシルファに向かって投げる。
シルファは猫がエサに飛びつくような感じで、華麗にキャッチ。
……さっきから、ちょくちょく猫に例えているなあ。
シルファって、猫っぽいところがあるから、そういう風に思うのかもしれない。
「結んだよ」
少しして、シルファが天井の穴からひょこっと顔を出した。
「外れたりしない?」
「バッチグー。大丈夫だよ」
調子を取り戻しつつあるのか、シルファはいつも通りに見える。
ただ、我慢をしているという可能性もあるから、楽観視できない。
最初にナインがロープを器用に登り、上の階へ。
続けて、ナインのサポートを受けつつ、おっかなびっくりといった様子でアンジュがロープを登る。
次にアリスが登ろうとして、
「アリス」
引き止める。
「なに?」
「シルファのこと、ちゃんと見ておいてくれないかな? まだショックを受けているだろうし……見た目は普通でも、心はどうなっているか」
「それなら、ハルが……って、もしかして」
アリスがなにかを察したような顔になる。
たぶん、俺がこれからしようとしていることを理解したのだろう。
厳しい表情で、こちらを睨みつけさえする。
「あのね……そんな勝手、許すと思う?」
「許してくれないと困るかな」
「まったく……」
頭が痛いという感じで、アリスはこめかみの辺りに指をやる。
「それにほら、サナも探さないといけないから」
「それは……」
「無理はしないって約束するよ。だから、行かせてくれないかな?」
「……ダメって言っても、ハルのことだから行くんでしょうね」
「あはは」
「笑ってごまかさない」
「すみません……」
ぴしゃりと怒られてしまい、しょんぼりとなる。
アリスは、良い先生になるかもしれないな。
「絶対に無理はしないこと、いい?」
「約束するよ」
「うん。じゃあ……がんばって」
アリスは上の階に移動すると、そのままロープを回収してしまう。
でも、これは俺が頼んだことなので、特に驚くことはない。
「さてと……後は待つだけかな?」
俺はその場に残り、ただただ時間が過ぎるのを待つ。
その視線は、崩落した天井に埋もれた通路を……その先にいるであろう、紅の牙の連中に向けられていた。
『よかった』『続きが気になる』と思っていただけたら、
ブクマやポイントをしていただけると、とても励みになります。
よろしくおねがいします!




