2話 新しい生活
街に戻った俺は、その足で冒険者ギルドへ。
レティシアのパーティーを抜けたことを報告する。
ギルドでは、冒険者たちにパーティーを組むことを推奨している。
報酬は減ってしまうが、パーティーを組むことで危険度を減らすことができるためだ。
より多くの冒険者がパーティーを組むように、ポーションなどのアイテムの支給など、いくつかの特典がある。
その制度を悪用されないために、パーティーを抜けたなどはギルドに報告をしなければいけない。
「えっ!? トレイターさん、勇者様のパーティーを抜けたんですか!?」
受付嬢に話をすると、ひどく驚かれた。
5年以上、ずっと同じパーティーだったからな。
納得の反応だ。
「抜けたというか、追放されたんだ」
「追放……ですか?」
「色々とミスをしちゃって……まあ、そんな感じで」
「そうですか……はい、わかりました。パーティー離脱の報告、確かに受け取りました」
深くは聞かないでほしいと、受付嬢は察してくれたのだろう。
スムーズに手続きをしてくれた。
これで、俺は完全にレティシアと縁が切れた。
今日からただの他人だ。
そう思うと、とても晴れ晴れとした気分だった。
こんな時は、初心に帰り、冒険でもしたい。
「それと、依頼を請けたいんだけど、一人でもできるようなもの、なにかないかな? 討伐、採取、護衛……種類はなんでもいいんだけど」
「そうですね、えっと……すみません。今、ソロ向けの依頼は空いていなくて……パーティーに参加していれば、わりと選び放題なのですが」
「そっか。じゃあ、仕方ないか」
パーティー用の依頼を請けるという手もあるが……
そんなもの、俺の手に負えるわけがない。
ちょくちょく、レティシアに使えないと言われていたが、それは事実。
俺は大したことのできない、落ちこぼれ魔法使いなのだ。
「なら、あたしと組まない?」
「え?」
振り返ると、赤毛の女の子が。
歳は俺と同じ18ぐらい。
燃えるような赤い髪は長く、腰まで届いている。
スラリと伸びた手足。
それでいて、凹凸のハッキリとしたわがままな体。
さらに、ついつい見惚れてしまうほどに綺麗な顔。
レティシアとタイプは異なるが、完璧な美少女だ。
「あたしは、アリス・スプライト。気軽にアリス、って呼んで。よろしくね」
「えっと……よろしく。俺は、ハル・トレイターだ」
ひとまず握手を交わした。
それから談話スペースに移動して、詳しい話を聞く。
ギルドは冒険者が顔を合わせる場でもあるため、こうした談話スペースが用意されているのだ。
「組まない、っていうことは……パーティーっていう認識で正しいのか?」
「ええ、そうよ。あたしも今、パーティーは組んでいないの。そのせいで、依頼を請けられなくて困っていて……だから、ハルさえよかったら、あたしと組まない?」
「それは願ったり叶ったりなんだけど……俺、弱いぞ?」
「そうなの? でも、ちらっと聞こえてきたんだけど、勇者様とパーティーを組んでいたんでしょ?」
「あー……それはまあ、そうなんだけどさ。ただ、色々と事情があって……なんていうか、俺は雑用としてお情けでパーティーに参加させていてもらったようなものなんだ」
そう……俺は弱い。
レティシアに、ちょくちょく雑魚だの使えないだの言われてきたが、それは的はずれな指摘ではないのだ。
その点、レティシアは強い。
たった一人でドラゴンを討伐することも可能だ。
「だから、戦力としてアテにされると……自分で言うのも情けないが、ちょっと困るな」
「うーん」
「あ、アリス……?」
訝しげな表情をしつつ、アリスがぐいっと顔を寄せてきた。
そのままこちらの顔を覗き込んでくる。
「弱いとか、そういう風には見えないのよねえ……むしろ、あたしよりも強い雰囲気というか、オーラを感じるんだけど」
「それはないと思うが……アリスのレベルは?」
「22だけど」
「俺は7なんだ。ほら、弱いだろう?」
冒険者カードに記されたレベルを見せた。
レベルというものは、その者の強さを表している。
数字が大きければ大きいほど、強い力を持ち、たくさんの経験を積んできたという証になる。
「あれ?」
「どうかした?」
「その冒険者カード、古くない?」
冒険者カードというものは、ギルドが発行してくれる魔法のカードだ。
身分証のようなものであり、持ち主のレベルや職業が表示される。
俺の冒険者カードは、レティシアと一緒に旅を始めた時以来、一度も更新していない。
「ぜんぜん更新していなかったからな……」
「どれくらい?」
「5年以上かな」
「ながっ!? なんで、そんなに更新してないわけ? 更新するのに多少のお金はかかるけど、でも、冒険者カード更新ってわりと必須よ。自分の力を把握するのに、なによりも適しているんだから」
「そうなのか……ただ俺の場合、ちょっとした事情があって更新できなかったんだ」
というのも、レティシアがそれを許してくれなかったのだ。
「はぁあ? 冒険者カードの更新? そんなもの必要ないでしょ。レベル7の雑魚が成長したところで、なんにもならないわ。雑魚はいつまでも雑魚のまま。だから、ハルの冒険者カードの更新なんて必要ないの。これ以上ないほどの金の無駄遣いになっちゃうわ、あはははははっ!」
そんなことを言われて、更新するための金をくれなかったのだ。
財布はレティシアに完全に管理されていたから、どうしようもない。
「今度、時間のある時に更新しておくか。今は、アリスとの話を優先するよ。急ぐことでもないからな」
「そう? なら、話を進めさせてもらうけど………試しにパーティーを組んでみない?」
「やけに俺にこだわるな?」
「んー……なんていうか、直感? ハルとなら、うまくやっていけそうな気がするの。強い弱い関係なくて、相性っていうのかしら。そういうのって、けっこう大事でしょ?」
「ああ。ものすごく大事だな」
レティシアとのことで、嫌というほど思い知らされた。
「とりあえず、一回、依頼を請けてみない? 二人でできる、簡単そうなヤツ。それで、うまくいきそうならそれでよし。ダメっぽいなら、そこまで。どう?」
「そうだな……よし、やってみるか」
こうして、俺は、お試しにアリスとパーティーを組むことになった。
――――――――――
請けた依頼は、街の外に現れる魔物の討伐だ。
目標は、ハウンドウルフと呼ばれている犬型の魔物。
討伐推奨レベルは5なので、大した敵ではない。
アリスとの相性を確かめる、いい運動になるだろう。
「はぁっ!」
アリスが鋭い剣で、ハウンドウルフを叩き切る。
見た目以上の威力を秘めているその剣戟は、魔物の体を両断する。
しかし、敵は一匹ではない。
残り二匹。
そのうちの一匹が、攻撃を繰り出した直後で、動けないアリスに迫る。
牙をむき出しにして、唸りながら飛びかかり……
「アリスッ!」
アリスのものより一回り小さい剣を盾にして、ハウンドウルフの突撃を止めた。
「ナイスよっ、ハル!」
アリスの体勢を立て直す時間を稼ぐことはできた。
アリスは気持ちのいい笑みをこちらに向けて……
次いで、敵を睨みつける。
「ソードダンス!」
アリスの剣技が発動した。
踊るような動きを見せて、ハウンドウルフの体を切り刻む。
「グルァッ!」
追いつめられた最後の一匹が、やぶれかぶれ気味に突撃してきた。
「こいつを喰らえっ!」
俺は投げナイフを投擲して、ハウンドウルフの動きを止めた。
「ダブルスラッシュ!」
アリスの剣が二回閃いて、最後の一匹を仕留める。
そのまま周囲を警戒して……
これ以上の敵がいないと確認したところで、剣を鞘に収める。
そして、とても明るい笑みをこちらに見せた。
「すごいじゃない!」
「え?」
なんのことだ?
「俺、大したことはしていないよな? ただただ、援護に徹していただけだし」
「そんなことないわ。魔法使いなのに剣が使えるっていうだけでも、十分にすごいと思うわよ。なによりも、あたしの欲しいタイミングで攻撃をしてくれるし、やばいと思った時も援護をしてくれるし……なんていうか、援護の達人? ハルみたいに動ける人、なかなかいないと思う」
「まあ……慣れているからな」
レティシアのパーティーにいた時……俺はいつも、援護に徹してきた。
レティシアは、俺を前に出すことは決してしなかった。
最初は、俺のことを心配してくれているのかと思ったのだけど、違った。
レティシアは、どんな小さな手柄であれ、俺に与えたくなかったのだ。
どんな小さな手柄であれ、自分のものにしたかったのだ。
レティシアの底のない欲望に呆れてしまう。
いつから、あんな風に歪んでしまったのか……
「ハル? どうかした?」
「いや……なんでもないさ。それより、怪我をしているのか?」
「ああ、これ? さっき、軽く……ね。大した怪我じゃないわ」
「化膿したら大変だ。すぐに手当するよ」
「でも、これくらいでポーションを使うなんて……」
「大丈夫、魔法を使うから」
「え?」
なぜかアリスがキョトンとする中、俺は回復魔法を唱える。
「ヒール」
淡い光がアリスの傷口を包み込み、時間を逆再生するかのように傷を癒やしていく。
ほどなくして傷は完全に消えた。
「これでよし、っと」
「……」
「どうしたんだ、アリス?」
「どうしたもこうしたも……ど、どういうこと!?」
「な、なんだよ? なんで、そんなに驚いているんだ?」
「驚くに決まっているでしょ! なんで、魔法使いのハルが回復魔法を使えるの? 回復魔法は、神官とその他、限られた職業にしか使えないはずなのよ! 魔法使いが使えるのは攻撃魔法だけ。そう決まっているの!」
「そうなのか?」
「そうなの! なんで、そんな常識を知らないわけ?」
「なんで、と言われてもな……」
間違いなく、レティシアのせいだ。
冒険者が持つ一般的な知識を持つことを、俺はレティシアに否定された。
あんたみたいな落ちこぼれがそんなことをしても意味はない、時間の無駄だ……と。
学ぶ機会を奪われて、反論することもできず、そのまま。
なにもかも知らない、というわけではないが……
レティシアのせいで、魔法使いが回復魔法を使えない、なんていう情報は知らなかった。
「なんか、ハルってよくわからないところがあるわね。勇者パーティーにいたんでしょ? いったい、どんな風に過ごしていたの?」
「それは……」
本当のことを言っても、信じてもらえるものか?
返事に迷う、その時だった。
「グルルルゥ……!!!」
怒りに声を震わせながら、さらにもう一匹、巨大なハウンドウルフが現れた。
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