12話 レティシア視点・その2
「……遅いわね」
時刻は早朝。
南門を出た先の平原で待っているのだけど、ハルは一向に姿を見せない。
「まったく、この私を待たせるとはいい度胸してるじゃない。あの駄犬、やっぱり再調教の必要があるわね」
私のパーティーを抜けるとか言い出して、本当に抜けたけど……
でも、そんなのは一時の気の迷い。
最終的に、ハルは私のところへ戻ってくるわ。
だって、そうなることが正しいんだもの。
それが運命なんだもの。
「まあ、簡単には戻してあげないけどね。あんなふざけたことを口にしたわけだし、たっぷりと焦らしてあげる」
そのためには、今日の決闘に勝利しないといけない。
前回は不覚を取り……
ううん、あれはなにかの間違い。
だって、そうでしょ?
勇者である私が、落ちこぼれ魔法使いのハルに負けるなんて、ありえないもの。
ハルはレベル7の雑魚魔法使い。
対する私は、レベル55の選ばれし勇者。
勝負は言うまでもない。
……はずなんだけど。
前回は、ハルがなにかしら策を弄したのか、私は負けてしまった。
「……まあ、わかってはいるのよ」
ハルは、本当はレベル7の雑魚魔法使いなんかじゃない。
けっこう前に確認しただけだから、今は変わっているかもしれないけど……
本当は高レベルの賢者。
私よりも上。
それはダメ。
認められない。
私のプライドが許さない、っていうこともあるけど……
でも、それは些細な問題。
ハルがとんでもない力を持っていると世間に教えてしまうほうが問題になる。
そんなことになれば、多くの人がハルを頼るようになる。
ハルはバカがつくようなお人好しだから、全力で力を使う。
そんなことになれば……
「……あれ?」
どうなる……のかしら?
「えっと……うぐっ」
ハルのことを深く考えようとすると、途端に頭が痛くなる。
だから、考えるのをやめる。
そして……
「ハルは……私のものよ」
独占欲だけが残る。
「それにしても……」
ハルのヤツ、本気で遅いわね?
もう早朝という時間じゃなくて、遅い朝、っていう感じなんだけど。
「やっぱり、ハルはグズね。ちゃんと約束も守ることができないんだから。ホント、ダメダメすぎて笑えてくるわ。やっぱり、私がいないとダメね。ハルが自立するなんて、鳥が地面で生きるくらいに不可能なことなんだから」
やっぱり私がいないとダメ。
きちんと管理、調教してあげないと。
「……それにしても遅いわね?」
――――――――――
「いつまで待たせるのよっ!!!?」
朝はとっくに終わり……
昼も過ぎ去り……
陽は傾いて……
そして、今は夜。
暗闇の中、私はぽつんと、一人平原にいた。
当然というべきなのか、ハルが現れる気配はない。
「ハルのヤツ、まさか……」
道に迷ってるのかしら?
ありえるわね……
子供のおつかいもこなせないような、ホント、とろくさいヤツだもの。
ここに辿り着く前に道に迷い、まったく別のところへ行っている可能性もある。
待ち合わせ場所は、南門を出てまっすぐ歩けばいいだけなのに……
それすらも理解できないなんて、ハルの頭はトカゲ並なのかしら?
いえ、それはトカゲに失礼ね。
きっと、ヤモリ並ね。
「それにしても……くしゅんっ」
夜は冷える。
自然とくしゃみが出た。
「どうしようかしら……? このまま待っていたら、風邪を引いちゃいそう。でも、今度こそ決闘で勝利して、ハルを連れ戻さないといけないし……行き違いになって、私が逃げ出したとか思われたら嫌だし……うーっ」
どうするべきか迷い、次の行動に移ることができない。
仲間に意見を聞こうとして……
「……そういえば、追放したんだっけ」
レベル40以上の高ランクだけど、特に興味はない。
名前も覚えていないくらいだ。
「ま、いいわ。それよりも、ハルのヤツよ。ホント、遅いわね……もしかして、あの女とイチャついてるんじゃないでしょうね?」
ハルは頭からっぽだから、ちょっと甘い言葉をかけられたら、コロッと流されちゃいそう。
そして、あの女と宿で……
「あああああぁっ、なんかすっごいムカつくんですけど!!!」
八つ当たりとして、近くによってきたスライムを一撃で消し飛ばした。
ふう。
ちょっとだけスッキリ。
「あ……」
ぽつりと、頬に水滴が。
夜空を見上げると、雨が降ってきた。
その勢いはどんどん強くなり……
「……あぅ、寒いわ……」
私は雨に打たれ、ずぶ濡れになってしまうのだった。
――――――――――
「ごほっ、けほけほっ……!」
雨に打たれた私は風邪を引いて、本格的に寝込んでしまい……
その時になって、ようやく、約束をすっぽかされたことに気づくのだった。
「おのれぇ……ハルぅ……! ごほっ、ごふぉっ!!!」
咳き込みながら、ぼんやりとハルのことを思う。
私のものであるハル。
でも、ハルは……どう思ってきたのだろう?
私とハルの関係は……
「うぅ……」
風邪を引くと心が弱るという言葉は本当で、
「ハル……私たちは、幼馴染なんだから……だから、私は……ハルと一緒にいたいの……どんなことを、しても……どんなに、嫌われたとしても……あなただけがいてくれれば、それで……」
そんなつぶやきが知らず知らずのうちにこぼれてしまう。
でも、それは誰にも聞かれることなく、空気に溶けて消えた。
いくつか修正、加筆してみました。
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