11話 新天地へ
翌日。
俺とアリスは、再び冒険者ギルドを訪れた。
昨日はレティシアに絡まれたせいで、結局、依頼を請けられなかったからな。
「どうしようか? ハルは、なにか請けたい依頼とかある?」
「うーん、そうだな……」
「あ、やっぱ今のなし。ハルに決定権はないわ」
「え、なにそれ?」
「だって……ハルってば、ものを知らなさすぎるんだもの」
「うっ、そう言われると……」
反論できない。
「この先ずっと、っていうわけじゃないけど……今はどの依頼を請けるかは、あたしに任せてくれない? もちろん、一人で勝手に決めたりしないし、ハルの意見も聞くから」
「わかった、アリスに任せるよ」
「ありがと」
「それと、一つ相談があるんだが……」
「なに?」
「……アレはどうしたらいいと思う?」
ギルドの奥……職員たち専用の部屋に繋がる扉が、若干開いていた。
そこから、じーっと見つめてくる視線が一つ。
レティシアだ。
「えっと……彼女、なにをしているのかしら?」
「簡単に声をかけられなくて、でも、引き下がるつもりはなくて……間をとって、近くで監視をすることにした、ってところじゃないか?」
「はー……彼女、なかなかに厄介な性格をしているわね」
まるでストーカーだ。
勘弁してほしい。
「気にしなければいいんじゃない? 見られているだけなら、特に害はないし」
「そう言われてもな……」
ものすごく気になる。
「いずれ、気にならなくなるわよ。ほら、この依頼を請けましょう」
「あ、ああ」
アリスに手を引っ張られて、受付嬢のところへ向かう。
ぐぎぎぎっ、という怨嗟の声が聞こえてきたような気がした。
――――――――――
……数日後。
「ごめん……やっぱり、あたしも気になるわ」
「だよな……」
あれから、ずっとレティシアの監視は続いていた。
冒険者ギルドだけではなくて……
街中を歩いている時。
店で買い物をしている時。
宿で食事を食べている。
さらに、寝ている時もどこからか視線が届いてきて……
俺たちは、すっかり寝不足になってしまっていた。
「じー……」
今は宿の一階で昼食を食べているのだけど……
レティシアは少し離れた席に座り、じっとこちらを見つめているのだった。
「最初は気にすることないって思っていたけど、こうもしつこく続くと、さすがに参っちゃうわね」
「だろ……?」
「どうしたらいいのかしら?」
「レティシアに直接言っても、あまり効果はなさそうだからな……」
逆に、今こちらから話しかけると、余計に調子に乗りそうな気がした。
なので、それはなしだ。
「まさか、勇者の称号を授かるような人が、ストーカーだったなんて……」
「根気比べといくか? 向こうが諦めるまで、こちらも無干渉を貫くとか」
「……それ本気?」
「ごめん。考えたら、かなりきつそうだから、やっぱなし」
「だよねー」
あははは……と、二人で乾いた笑いをあげた。
「はぁ……いっそのこと、レティシアの知らないところにでも行くか……」
「それよ!」
なにげなくこぼしたつぶやきに、アリスが大きく反応した。
身を寄せて、声を小さく、レティシアに聞こえないように話をする。
「この街を出て、遠くに行きましょう。そうすれば、レティシアも諦めるかもしれないし……諦めなくても、そうそう簡単には見つからないと思うわ」
「それはそうかもしれないが……いや、アリかもな。うん」
それが一番現実的な案のような気がしてきた。
この街に留まり続ける理由はないし……
心機一転、新しい場所で一から始めてみたいと思うこともあった。
良いアイディアかもしれない。
「ただ、レティシアはどうするんだ? これだけ監視されていると、こっそり出ていくことは難しいと思うが……」
「そこはあたしに任せて。とりあえず、賛成ってことでいい?」
「ああ、賛成だ」
「よし。じゃあ、さっそく……レティシア!」
「っ!?」
なにを思ったのか、アリスはレティシアを呼んだ。
レティシアはビクリと震えつつ、こちらにやってくる。
「あら、ハルにアリスじゃない。こんなところで会うなんて奇遇ね。決して、あんたたちの後をつけていたとか監視していたとか、そういうわけじゃないんだからっ」
「はいはい。そういう安いツンデレはいいから。っていうか、あなたはどちらかというとヤンデレよね」
「ヤン!?」
「それはともかく……話をしましょう」
「へぇ……なにかしら? もしかして、ハルは戻ってくるつもりになったの? あんたのご主人さまが誰なのか、やっと自覚したのかしら」
「いやまったく」
「ぐぎぎぎっ……!」
即答してやると、レティシアは悔しそうな顔になった。
「もう一回、決闘をしない?」
「決闘?」
「この前も、二人で決闘したんでしょ? なら、もう一回、決闘をしましょう。それで、今度こそハッキリしっかりと決着をつけるの。これに対して、絶対に文句は言わないこと」
「へぇ……おもしろい提案をするじゃない。ハルをたぶらかす女狐かと思っていたけど、なかなか頭はいいみたいね。褒めてあげる」
いつの間にか、俺はアリスにたぶらかされたという話になっているが……
なぜ、そんなことに?
相変わらず、レティシアの思考回路は意味不明だ。
「準備もあるから、明日ね。時間は早い方がいいから、早朝。場所は、南門の先にある平原。あたしが立会人と審判を務めるわ。もちろん、贔屓はしない。神様に誓い、約束するわ。こんな感じでどうかしら?」
「そうね……ええ、いいわ。その形で問題ないわ」
「決まりね。明日、逃げたりしないでよ?」
「それは私の台詞よ。ハルみたいな雑魚が私に勝つなんて、ありえないし。前回のはただの偶然であり奇跡っていうことを証明してあげる。ハル、首を洗って待っていなさいよ。あんたは、私のモノなのよ! あはははっ」
決闘の約束を得られたことでレティシアは上機嫌になり、高笑いをしつつ宿を後にした。
明日の準備があるのだろう。
この後も監視を続ける様子はなさそうだ。
「アリス、どういうつもりなんだ?」
「今、言った通りよ」
「しかし……決闘に勝ったとしても、レティシアが素直に言うことを聞くとは思えないが。前回の決闘の約束も反故にされたし……そもそも、二度も勝てるかどうかわからないのだけど……」
「大丈夫。向こうが先に約束を破ったんだから、こちらも守ってあげる義理も義務もないわ」
「え? 決闘でなにか不正をするつもりなのか?」
「ううん、そんなことはしないわ。ただ、あたしが考えていることは……」
――――――――――
翌日。
俺とアリスは……
「うーん、いい景色ねぇ」
「……そうだな」
馬車に揺られて、のんびりと景色を眺めていた。
目的地は別の街。
「まさか、決闘をすっぽかして、その間に別の街へ移動するなんてなぁ……」
「これなら、安全かつ確実に街を出ることができるでしょう? レティシアって、見た感じ、直情的なところがあるみたいだから、わりと簡単に騙せると思ったのよね」
「なんか今のアリス、おとぎ話に出てくる悪女っぽいな」
「あら、失礼ね。頭脳派天才美少女と呼んでちょうだい」
「自分で言うか」
「えへへ」
「まあ、確かに美少女ではあるけどな」
「……」
「どうしたんだ?」
「そういうことをサラっと言える辺り、ハルってば、たらしになりそうよね。レティシアの行動が独占欲から来ているとしたら、この辺りも関係しているのかしら?」
「なんのことだ?」
「さあ、なんのことでしょう」
とぼけるアリス。
これ以上話を聞き出すことは難しそうだ。
なにはともあれ……
レティシアを振り切り、新しい街へ旅立つことができた。
それがいつまで続くかわからないが……
今は自由を満喫したいと思う。
「アリス」
「なに?」
「一緒にがんばろうな」
「ええ、もちろん」
新天地でなにが待ち受けているのか?
俺は胸をワクワクとさせるのだけど……
そこで、改めてレティシアと……幼馴染という関係について向き合うことになるとは、この時は知らなかった。
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