1話 自ら追放されることにした
ちょっと長い短編のつもりで書いてみました。
「ハルッ、あんたふざけてるの!? あんな格下の雑魚の魔物を相手に怯んで、魔法の詠唱を失敗するとか……どういうつもり!? ハルってば、あんな雑魚に劣る雑魚なの? あーあー、それなら私が悪いんでしょうね。あんな雑魚なら、グズのハルでもさすがになんとかなると思ったんだけど、まさか、ここまで使えないなんて思ってもいなかったわ! 使えなさすぎで、本気でびっくりよ。マジありえないんだけど」
目の前で幼馴染が怒り狂っていた。
俺、ハル・トレイターにありったけの罵声を浴びせている。
彼女の名前は、レティシア・プラチナス。
勇者の称号を持つ、一流の冒険者だ。
世間では、彼女は、地上に降臨した女神と言われている。
強い力を持つだけではなくて、その心はとても慈悲深い。
また、女神の名に恥じない容姿を持つ。
男が10人いれば、その全員が振り返り、見惚れてしまうほど。
とある冒険者は、レティシアのことを彫刻のように完成された美だ、と評した。
そんな風に評されている勇者の素顔は……
「あー、そういうことね。私、わかっちゃった。ハルってば、私の予想を遥かに上回る雑魚なのね。そんな冗談、顔だけにしてほしかったんだけど、そういうわけじゃないみたい。そういうことなら、私が悪いわ。ごめんね、ハル。あんたが雑魚の中の雑魚……雑魚キングなんて思ってもいなかったわ」
「ごめん」
「ごめん、じゃないわよ。謝ることしかできないわけ? ハルのせいで、私の顔に傷がつきそうになったのよ! そういう時は、あんたが盾になって、代わりに死ぬべきでしょ!」
こんな感じだ。
女神のように優しいとか言われているけど、それは偽りの仮面。
こいつの性格は、こんな感じで歪みまくっている。
外面だけはいいから、俺以外、レティシアの本性は知らない。
仲間はいるが……
今は席を外しているため、レティシアは言いたい放題だ。
一度、仲間に現状を訴えたことがあるが……
レティシアがそんなことをするわけがないと、信じてもらえなかった。
ホント、外面だけは完璧な勇者様だ。
「ちょっと、黙ってないでなにか言ったらどう? 頭が空っぽだから、しゃべり方を忘れちゃったの?」
「……」
「仕方ないわね。ハル、あんたが言うべき台詞を教えてあげる。雑魚でもすることが難しいミスをしてしまいごめんなさい、レティシアさま……よ」
「……」
「ほら、早く口にしなさい。でないと私、怒りのあまりなにをしてしまうかわからないんだけど? ねえ、聞いてるの? ハルっ!!!」
「聞いているさ」
「えっ……」
レティシアの暴言に怯むことなく、まっすぐにその目を見返した。
そんな反応、今までにないことだ。
そのため、レティシアは若干怯む。
しかし、すぐに高慢な笑みを口元に浮かべて、強い口調で言う。
「聞いてたのなら、さっさと実行に移ってくれる? 私、待たされるのは嫌いなのよ。ほら、早くして。あ、土下座を忘れないでね」
「……イヤだ」
「は? 今、なんて?」
「もう、レティシアの言うことには従わない」
鳥がしゃべったところを見たかのように、レティシアがキョトンとした。
次いで、俺の胸元を掴み、すごんでくる。
「あんた、舐めてるの? この私が、謝れって言っているの。グズで使えないハルは、ソッコーでそれに従えばいいの」
「だから、それはもうできないんだ」
レティシアとは幼馴染で、物心ついた時からの付き合いだ。
最初は普通の性格をしていた。
しかし、共に冒険者の道を歩み……
勇者に選ばれた時から、レティシアは変わり始めた。
俺の価値を常に否定して、無価値の烙印を押しつけてくる。
それだけではなくて、日常的に罵声を浴びせる。
たぶん、俺を練習用の木人かなにかと思っているのだろう。
そうすることで、ストレスを発散しているのだろう。
そんなレティシアと一緒に、俺は5年以上、旅を続けてきた。
反論することなく、言われるがままに従順な態度を示して……
なにもかも、レティシアの言うとおりにしてきた。
なぜ、そうしてきたのか?
俺は、どこかでレティシアを信じていたのだと思う。
いや……信じたかったのだと思う。
いつか、昔の優しいレティシアに戻ってくれる……って。
また昔のように、心から笑えるようにはずだ……って。
でも、そんな現実はありえなかった。
レティシアはひたすらに増長して……
毎日のようにパワハラを繰り返した。
昔に戻ることはなく、むしろ、どんどんかけ離れていった。
そして、今日の台詞。
私のために死ね。
昔のレティシアなら、絶対に言わなかったことだ。
口が裂けても、そんなことを言う女の子じゃなかった。
でも……そんなレティシアは、もういない。
死んだのだろう。
そう認識した瞬間……
こんなレティシアに従う自分が、途端にバカらしくなった。
もうやめよう。
こんな時間は終わりにしよう。
俺もそうだけど、レティシアにとってもよくないだろう。
だから、終わらせる。
俺は今日……レティシアと決別する。
「へぇ……この私に逆らうなんて、ハルのくせにいい度胸してるじゃない。罰、決定ね。そんなふざけたこと考えられないように、調教してあげる」
「だから、もうレティシアの言うことは聞かないさ」
「そんなこと言っていいの? 私が寛大な心もって、ハルのようなグズをパーティーに残してあげてるのよ? 生意気な口をきくなら……あんたみたいな落ちこぼれ、追放しようかしら?」
「わかった。なら、さようならだ」
「えっ?」
その台詞を待っていた。
この展開に持っていくために、あえて弱い魔物相手にミスをしてみせたのだから。
あえて、試していたのだから。
その結果は……
私の代わりに死ね、だ。
とことん救えない。
「レティシアが言うように、俺はパーティーを抜けることにするよ。今まで、ありがとうな」
「えっ、いや、ちょっと……えっ?」
「パーティー登録の解除は、俺が申請しておくよ。だから、レティシアはなにもしなくていい。あ、そうそう。今回の依頼の報告は、自分でしてくれよ? 俺はもう、レティシアとなにも関係ないんだから」
「いや、だから……待ちなさいよっ!」
焦りを含み、慌てた表情でレティシアが叫ぶ。
未だ、現実を飲み込めていない様子だ。
「ハルってば、なにふざけたこと言ってるの? 私のパーティーを抜ける? そんなこと、許可した覚えはないわよ」
「レティシアの許可なんて必要ないだろ? 後々で問題が起きないように、パーティーを組んだ際はギルドに報告しなければいけないが……でも、抜けるのに許可が必要なんて話は聞いたことがない」
「そういうことを言ってるんじゃないの! ハルのくせに、私の言うことに逆らうつもり!? あんた、本気なの!?」
「本気だよ」
「っ……!?」
強く睨みつけると、一瞬、レティシアが怯んだ。
「もうレティシアとは一緒にいられない。前々から考えていたが……今日のことで、完全に決意した。撤回するなんてことは、ありえない。俺とレティシアは……今日から他人だ」
「な、なによ。マジな顔して……なんでそこまで怒るのよ? 雑魚って言われたのが腹立ったの? それとも、グズって言われたことが我慢できなかった? 仕方ないから、謝ってあげるわよ」
「……ホントに、なにもわかってないんだな」
「な、なによ……」
こんなレティシアに対して……
俺は、怒りは覚えていなかった。
ただただ、悲しかった。
仲の良かった幼馴染に死ねと言われることが……たまらなく悲しくて、寂しい。
「お別れだ」
あらかじめ持ち出しておいた荷物袋を背負い、レティシアに背を向ける。
「ハルっ、本気なの!? あんたみたいな雑魚、私のパーティーから抜けてやっていけるわけないでしょ! 世界はそんなに甘くないのよっ」
「俺がどうするかは、俺が決めることだ。レティシアが決めることじゃない」
「ぐっ……ちょっと! 今すぐ前言撤回しなさい! 今なら許してあげるわよ。泣いて頼むなら、またパーティーに加えてやってもいいわ!」
「このタイミングで、まだそんなことを……」
「私は勇者なのよ! そんな私のパーティーを抜けるなんて……私を敵に回すようなものなんだから! そんなことをして、タダで済むと思っているの!? っていうか、タダじゃ済まさないわよ!?」
「じゃあな」
ぎゃあぎゃあと喚き散らすレティシアの顔を見ることなく、前に進み始めた。
「ちょっと、ハルっ!? ふざけんじゃないわよ、こんなこと……私は絶対に認めないわよ!? ハルっ!!!」
レティシアは変わることなく、今までと同じように叫んでいた。
そんな元幼馴染の悲鳴のような声を聞きつつ、俺はその場を後にした。
本日19時にもう一度更新します。