006 不意をつかれる
楽しかった週末が終わり、また月曜日が回ってくる。
幼馴染との仲を取り戻す...って言ったらおかしな話だけど、実際問題。たしかに僕達の関係は致命的なほどに離れていたんだと思う。
だからその問題を解決できたのは、なによりも嬉しい。よかった、よかった。
久々の二人でのお泊まりは、特にこれといったイベントもなく無事に終了を迎えた。
日曜日の朝、起きたときほーちゃんがいなかったのは寂しかったけどーー、寂しいと思えたのは、それだけ僕達の仲が戻ったのだと、良い解釈で済ませておいた。
「.....んっ.... はぁ。よいしょ、っと」
元気よく、とまではいかないまでも、晴れ晴れとした顔で、ハキハキと動き始めた蒼太。今日は週明けなのに、朝の六時に起きれてしまった。二日目とはえらい違いである。二日前なら、遅刻の時間ギリギリより、十数分前ぐらいのタイミングで起きていたので、だいぶ早くなった。
幼馴染ぱわー様々である。
そしてその幼馴染ぱわーを授けた、貰った張本人と、久々に一緒に登校することになって、蒼太はだいぶ浮かれている。
朝なのに元気なのは、主にこれが原因である。
「ほーちゃんがくるまであと...一時間ぐらいあるなぁ...どうしよう」
着替えは制服なのですぐ終わる。
ゆっくりと時間をかけた朝食を(急いでいるわけでもないのに)数分で食べ、てきぱきと行く準備を改めて開始した。
鞄に教科書などを入れていると、不意に奉子に言われたことを思い出す。
ーーそーちゃんがもっと人助けをできるようになれば、必然的に時間ができ、周りからも認められる。そうなると彼女さんと一緒になれる時間が増える、そういう訳です。
「...認められる。僕が、篁さんと一緒にいることを」
脳裏によぎったのは、ちょっとだけ前の記憶。
僕と篁さんが付き合ってまだ数日しか立っていない。なんとか手を繋ぐことができて、初めてふたりでデート...とはいってもお喋りしながら歩くだけの、散歩みたいなものだった。それでも一緒にいれて、話せて、楽しかったあの時。
篁さんの方からいつも話しかけていてくれたから、忘れていたんだと思う。篁さんがどういう存在だったのかを。
集団で、迫られる。ひとりひとり。男女問わず。年齢問わず。殺意が籠った目。心底、憎んでいる、妬んでいる、憤怒している...いろんな歪んだ負の感情が僕に向けられた。..物理的なものがなかったのは、不幸中の幸い、なのかもしれない。
反論なんて聞いてくれない。いや、言わせてくれない。
多種多様に優れた才能を持ってる人達が、僕ひとり目掛けて、集中砲火してくる。勝ち目なんて、ひとつもない。
僕が、もっと、人助けを出来るようになったら、果たして、あの人達は僕を認めてくれるんだろうか。
「.....はぁ...」
気が重くなってきた。ほーちゃんのおかげで多少は持ち直したとはいえ、学校に行ったらまた同じ目に合ってしまう。同じことの繰り返しだと、意味がない。
「....ダメだダメだ、いつもこんな調子だからいけないんだ。落ち込むんじゃなくて、ちゃんと考えなきゃ」
パンっと頬を両手で押し潰すようにして叩く..力加減間違えてちょっと痛い。
とは言っても、方法はちゃんと考えて思い付いたが昨日出ているので、結局振り出しに戻る。やっぱりほーちゃんにお願いしようかなぁ...。
そこで狙いすましたかのように、ピンポーンと玄関の方から音が響く。もうそんな時間かと疑問に思った蒼太は、時計を見てみるが、示されていた時間はまだ奉子がくるのに三十分以上も余裕があった。
「...?誰だろう、こんな時間に。郵便?でもなんにも頼んでないよね僕...」
ほーちゃんの可能性は限りなくゼロに近い。時間に余裕をもってきたりはするけど、それでも十分前。場合によっては早く来ることもあるらしいけど、今日はほーちゃん本人から実際に十分前に行くと報告された。
たぶん八時とはいえ朝だから、早く行きすぎるのは避けるようにしているのだと思う。
尚一層深まる謎。玄関の前に立っているのは、いったい誰なんだろうか。
『..はい、どなたでしょうか?』
『...その声は、もしかして、蒼太さん?』
その声を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
温かみのある心地のいい声で、耳にすーっと入ってきて、なんの抵抗もなく脳に行き届く。どこか懐かしさすら感じたその声は、不意に訪れた僕の平穏を、根本から切り崩してきた。
『................たかむら、さん?』
『えっと、突然ごめんね。すこしだけ、時間もらってもいい?』
突如として舞い降りた困難。
どうしてこんな朝に、と考える時間もなく、寝起きの脳並みにもやがかかったような状況下の中。外に立たせながら話をさせる訳にもいかず、ひとまず篁を家に招き入れる蒼太。
現在時刻は七時二十五分。奉子がくるまで残り、二十五分。