003 彼女は僕の『 』
「...なにを磨くって?」
大部分がほとんど焦げてしまったハンバーグを見て、うわーと唸りながら僕はほーちゃんに質問する。
数秒前のシリアスな空気はあっという間に抜け、なんともいえない微妙な空気が漂っていた。
「ですから、奉仕スキルを、です」
...うん、分からない。
優しいと評判のほーちゃんがなにやら訳の分からないことを言っている。感動的な雰囲気は一体どこへやら。僕的にはさっきの方が真面目に話せそうなので、戻ってきてほしい。
「えっと、その....つまり?」
「簡単な話ですよ、そーちゃん。そーちゃんがもっと人助けをできるようになれば、必然的に時間ができ、周りからも認められる。そうなると彼女さんと一緒になれる時間が増える、そういう訳です」
「...たしかに」
最初からそう言えば良かったのに、とツッコミそうになるもなんとか自粛して、素直にほーちゃんの意見に頷く。
言われてみれば...確かにそうだ。自分は彼ら、彼女らに対してどうにかしようと考えていた。しかしそれは焼け石に水、無駄なこと。それに篁さんに目線を向けて考えるというのは、思い付かなかった。
灯台もと暗し、周りの目しか僕は見れていなかった。
負担を無くす。それは彼女の真似事をしようということ。持っている物を減らすことで、篁さんとの時間を増やし、彼ら彼女らの信用もゲットしてしまおう、という作戦である。
だが蒼太には絶望的なまでにそういう能力がない。だからそれを専門家に身に付けさせてもらう。
考えれば考えるほど完璧な作戦だ。自分の幼馴染ながらその頭には畏怖の念を抱かざるをえない、と蒼太は思った。
信頼を本当に得られるかは分からない...それでも彼女の助けに少しでもなるならやろう。彼女の手伝いをするのは当たり前なこと、自然的なことだ。それに困っているクラスメートを助けるという理由から見ても普通の行為。理由としては十分な筈だ。
「でも...いいの?そんなこと頼んで。僕、そんな頭よくないから覚え悪いよ?何回も聞き返すかもしれないよ?」
そんな不安そうに聞く蒼太に、なにをいまさら..と言った風に軽く笑いながら、奉子は返す。
「私の大切な幼馴染、ですから。ふたりで助け合うのが、幼馴染。昔からそうじゃないですか」
「..ありがとう」
蒼太はメロスばりに決意した。セリヌンティウスにあたる人物はいないが、メロスばりの決意はした。
奉子も奉子で手に力が入る。自分の幼馴染を助けるために、助ける、ために。自身を奮起させた。
「...ひとまず夕御飯作りなおしましょうか」
「そうだね....」
そう言い動き出した二人の連携は先程よりも早く、スムーズに準備は進んでいった。
みるみる内に出来上がる夕御飯たち。食卓に並べ、コップ、箸、お皿を用意。おかずの忘れがないかを確認する。ふたりの動きはまるで止まることをしらず、できること、やれることを常に探して動いていた。
四十分経過、ようやく夕御飯がすべて完成する。
炊いていたご飯を盛り付け、味噌汁を入れ、大きめの皿に野菜とハンバーグを入れる。ハンバーグにはデミグラスソースをつけておく。これがあるのとないのでは、まったく味が違う。
ちなみにこのソースは、ふたりが編み出した独自のやり方で出来ているので、普通のソースよりも美味しかったりする。
少し遅めの夕御飯。ふたりのお腹はもうペコペコ。勢いよく対面しながら座ったかと思うと、すぐさま手を合わせ同時に口を開く。
『いただきます!』
箸をとって料理に手ををつけに行く。
ふたりから発せられる音はなく、鳴るのは箸が擦れる音、茶碗が置かれる音、コップにお茶が注がれる音。テレビはつけず、喋りもしない。
蒼太も、奉子も黙々と食べ続ける。早い時間で出来上がった食材が、これまた早い時間で消費されていく。
おかわり用に残しておいたハンバーグも気付けば残り一個、そこへ向かうふたつの箸がガキンとぶつかる。箸で箸を掴むのは行儀が悪いが、それを指摘するものはここにはいなかった。
ゴゴゴ..と臨戦態勢に入ると思われたが、蒼太がそうそうに手を引いて奉子に譲ることで、緊張がすぐさま解かれた。
それを見て不思議がる奉子。前であればじゃんけんで勝負したりしたのだが、なぜ今日に限って引いたのだろうか。
「どうしましたそーちゃん。もうお腹が一杯になったのですか?」
「ううん違うよ。これは、その....なんというか小さなお礼のつもり、かな?」
「お礼?」
「あ、あああ!いや、別にこれで済ませようっていう、つもりはないよ?食べ物でつってるって言われたらお仕舞いだけど、いま僕が出来るのは...ハンバーグを渡すぐらい.....ご、ごめん...」
お礼をハンバーグで済ませようとしているようにしか見えない。それを否定しようと言ってみたが、言い訳がましく聞こえてしまい、思わず謝ってしまう。
盛大に落ち込む蒼太。こんなことなら言わなきゃよかった...と嘆いていると、若干呆れたような顔で奉子はこう話した。
「....はぁ、そーちゃん」
「な、なに?」
「私がそんな狭い心の持ち主に見えますか?第一さっき言ったじゃないですか、そーちゃんが嘘をつかないのは私が一番分かっていると。ちゃんとそーちゃんの気持ちは、伝わっていますよ」
「ほ、ほーちゃん...」
でも、と続ける。
「私の気持ちは伝わっていないようなのが、すごく残念です」
「それは、どういう...」
「助けたお礼、なんて私が求めていないということです。私達、幼馴染じゃないですか。お互いがお互いを助け合える関係...だと思っていましたが、そーちゃんは違うようです」
つーんとつっぱねた反応に蒼太が慌てて言葉を紡ぐ。
「ち、違うよ!たしかに僕もそう思っているけど、親しき仲にも礼儀ありっていうから、少しでもお礼をと思っただけで...」
「...ふふっ、大丈夫ですよ、わかっています」
「絶対分かってないって!そうじゃなくて僕はその...」
「ですから分かっています、そーちゃんが私のことを考えた上でやってくれているということ。...私は、そーちゃんのことなら、何でも分かるんですよ?」
それにちょっといじってみたかっただけです、と続けた。
かっこよくないか?いや、かっこよすぎると、僕は心のなかで断言する。
こういったらなんなんだけど、僕よりも男らしい。それでいて可愛らしい。...ほーちゃんって、なんでこんな僕と一緒にいてくれてるんだろうと、ふと疑問がわく。
どうしてと言ったら、きっと彼女は幼馴染だから、と答えるだろう。もちろん、その一言だけでは語り尽くせない深い絆だと僕は思っている。
「なんでもって...それはそれで怖いよ」
「嘘ですよ、冗談です冗談。....三割ぐらい」
「ほとんど真実じゃんそれ!怖いって!」
「ふふっ....」
「なにその含み笑い?!どうしたの急に!」
「さぁ?どうしたのでしょう」
露骨な話題転換。僕にこの話題をこれ以上話させないため、自虐させないため。...僕を守るため。
ハンバーグをあげるなんて簡単なことも...はぁ、なんでこうやって話を重くしちゃうかなぁ、ぼく。
彼女はどうやらこの後、僕を特訓してくれるらしい。なんともありがたい話。またふたりで話せるとなったら嬉しいことこの上ない。
彼女は僕のために行動してくれている。しばらく話もしなかった僕を、だ。どうしてと問えば、また幼馴染だから、と答えるだろう。
だからこそ、疑問に思う。
「さ、そーちゃん片付けますよー」
「ほんとにどっち?!怖いよ!ほんとに出来そうだから冗談かどうか分からないよ!」
もし彼女が、幼馴染でなかったら
「私の気持ち、ちゃんと分かっているんですよね?」
「これは無理じゃない?!」
僕と、こんな風に付き合っていてくれたのだろうかと。
楽しそうに笑う幼馴染を見て、そんなもしもを考えてしまうのだった。