002 私が伝えたいこと
どうも、クロジャです。
いやー、俺ガイル終わっちゃいましたね、えぇ。
私の僕のなかの最高位に位置する青春ラブコメが、ついに終わってしまいました。え?最終巻?もちろんかいましたよ。
なんか短編集とかアンソロジーとかでるらしいですね、やった。
俺ガイル、是非買ってください。あとついでに、僕の作品も見てください。
それでは、どうぞ。
「あれってなんだろうって思ったけど、作ってて思い出したよ。そっか、ハンバーグか...懐かしいね」
「まぁ、最近どちらかの家に行くなんて機会ありませんでしたし、そう思ってしまうのも仕方がないですよね」
ハンバーグをこねこねと捏ね回す蒼太と、隣で味噌汁の準備をし始める奉子。その手つきは見事なもので、動きにむれがない。なによりも、ふたりの連携が凄まじい。
一年や二年などでは築けない信頼関係がなせる、神業、というやつにあたるこのふたりの作業は、本来数時間かかる料理ですら、一時間程度で終わらせられるのだから驚きだ。
「ご、ごめん。覚えていなかったんじゃなくて、ほーちゃんと作った料理は、僕にとってどれも特別だからさ...その、言い訳みたいだけど」
「...そーちゃんが嘘をつかないのは、私が一番よくわかっています。大丈夫、信じていますよ」
相変わらずこのふたりにはなんともいえない、独特の雰囲気というか、ゆったりとした空気が流れていた。
その心地よさに我慢できず、思わず蒼太は口に出してしまう。
「..やっぱりいいなぁ、この感じ」
「...何が言いたいか、私にも分かります。私も、私だって、その、好き...ですよ?.....この、感じ」
若干照れながらも、奉子もぽつりぽつりと伝える。
ちなみに好きという単語が出てきた瞬間、一瞬蒼太がピクッと反応して、体を動かしたのはここだけの話をである。
「...よかった」
「....でもだから思うんです。楽しそうにしていながらも、いまの蒼太は、すごく、苦しそうで、きつそうで..寂しそうだと」
「.....やっぱり気付いてたんだ」
こねていた手を止め奉子の顔を見る蒼太。
その顔は笑っているが、苦笑いだとか空笑いと言ったほうがあっている。先程の楽しそうな笑みからは想像もできないほど元気がない。活力なんて欠片もなさそうである。
「バカにしているのですか?私はそーちゃんの幼馴染なんです。すぐに気付いていましたよ」
今日話に来たのも偶然ではない。蒼太の状態が日に日に悪くなっていたのは目に見えてわかっていた。どうにかしなければと思い、いろいろと悩みに悩んだ結果が今日である。
といっても、見てわかるのは幼馴染である奉子だからであり、通常なにも知らない人であれば、まったく気付くこともできないだろう。
「はは..叶わないな、ほーちゃんには本当に」
万人には騙せても、たった一人の幼馴染には騙せなかった。まぁそもそも、その万人は全員僕を嫌っている人だから気付くはずもないだろうけど、と苦笑いをする蒼太。
しかしと、幼馴染を見やる。
学校でたしかにショックを受けていたとは言った。でもそれだけだ。それ以上は伝えていなかったはずだけど...すごいな、ほーちゃんは。なんでも分かって、くれてる。それがどうしようもなく...うれしい。
「.....そーちゃん」
「..ん?どうしたの?」
声音が変わる。雰囲気も真面目そうな感じになり、彼女は言うか言わないか、ずっと悩んでいたことを、決意し、ようやく口に出すことに成功した。
「....そーちゃんは、篁さんと一緒に、いたいんですよね?」
「.....うん。一緒にいたい。デートがしたい、話をしていたい....なんでもいいから、普通に彼氏として隣にいたい」
「でも彼女は誰かをついつい助けてしまい、時間が埋まってしまうと。周りもそーちゃんのことは認めていないから、邪魔ばかりしてくる。そういうことですよね?」
「...」
今度は答えず首だけを動かし返答する。
たしかに周りも邪魔をしてくる、でもそれだけじゃない。
「そして、そんな状況になにもしない自分が、嫌になってきている、と...違いますか?」
「...」
(本当になんでも分かってくれてる)
蒼太は心のなかで頷く。口に出さなかったのは、自分のなかの小さくて惨めなプライドが働いたからだ。
分かっていた。彼女の周りにいる人達は、なにも全員が全員悪いわけではないと。言うならば彼女は恩人、その恩人をどこぞの馬の骨にやるだなんて考えられないことだ、行動のひとつやふたつ起こすに決まっている。
そしてその行動を止めないのは、きっと自分が腑甲斐無いからだと。周りからの圧、ひとりになってしまった孤独、どれもがいきなり襲いかかってきたわけじゃない。
なにも行動を起こさない自分に腹を立てたのだろうと、だから悪化したのだ。蒼太は自分で結論付けていた。
しかし、
「ーーそんなの間違いです」
「.....え?」
優しい幼馴染は、自分の考えを真っ向から否定してきた。
間違い?
どういうことだろう。
意味が分からない。
頭のなかでぐるぐると単語が回る。自分では処理しきれないと諦め、奉子の続きを待った。
「たしかになにも行動を起こさないのは、人によっては腑抜けだとか、意気地無しだとか、弱虫だとか思われてしまうかもしれません。見ようによっては、彼女のことを大切にしていないと思われているのかもしれません」
「...かも、じゃなくて、そうだと思うよ。事実だし、僕はなんの行動も起こさなかったから」
ふぅ....と息を深く吸い込み目を瞑る。
数秒後、息を止めてゆっくりと酸素を肺から出す。それと同時に目を開き、眼光強く、蒼太を見つめる。
「そーちゃんはなにもしなかったわけじゃありません。私はたしかに見ました、何度も、何度も篁さんに話しかけようとしている所を。それを邪魔されているところも全部」
「...邪魔なんかじゃなくて」
「いいえ邪魔です。そーちゃんは確かに邪魔されていました。彼氏が、彼女に話しかける、その当たり前な行動を、邪魔したんです」
強めな言い方で奉子がそう言い切る。
そのあまりの勢いに、あるはずのない強風が吹いたような錯覚を覚え、思わず体を後ろに倒しそうになる。
「だいたいおかしくないですか?彼ら、彼女らはたしかに篁さんに救われたのかもしれません。ですがそれまでです。それだけなんです。彼氏が出来ようが関係ないはずなんです。ましてやそれを邪魔するなんて権利は、欠片も発生しないんです」
「う、うん...」
なんだろう空気が変わった。発する熱量が明らかにさっきの数倍増しになっている。
ほーちゃんが暴走している。本来、こんなに長く早く捲し立てるようには言わない。ゆっくりと相手に分かりやすく発音するのが、いつものほーちゃんなのだ。いまのこれを暴走と言わずになんと言えばいいのだろうか。
「"人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ"という言葉がありますが、まさしくそれです。例えば付き合っている彼氏が最低な人間ならまだしも、相手はそーちゃんなんです。そんなことは絶対にありえません。幸せにすることはあっても、不幸せにすることはありえないことなんです」
「いや、でも、ほら、僕のことを知らないからだと思うよ?」
「知らないなら尚更です。なぜ知りもしないで邪魔をするのですか?私には理解が出来ません」
「え、えっと、それは..」
どうしてだろう。いつしか僕が彼ら、彼女らを擁護している立場へとなっていた。普通、逆じゃないのか?そんな疑問は奉子の意見により吹き飛ばされる。
「そもそも、あんな人数で一人に向かうだなんて、行動を起こせるものも起こせません。多勢に無勢、というやつです」
「あ、あの、も、もうその辺で...」
「それに加えてそーちゃんを一人にさせる...?それはもう誰もが納得します、これはいじめです。全校生徒、下手したら先生も加えた大規模ないじめです」
「い、いじめだなんて...。そこまでのことはしていないと思うけど...」
いつしか料理のことを忘れて話に夢中になるふたり。
ジュージューと肉が焼ける匂いがする。香ばしく、嗅いでると空いてるお腹を刺激されて、鳴ってしまいそうになる。
そんな空腹すらも凌駕し、抑えさせ、三大欲求の一つを無に帰させる奉子の威圧感。
「たしかに物理的な暴力などはないかもしれません。ですが、多くの生徒で彼氏彼女の仲を邪魔し、友達を作れないようにしている....それはもう一種の暴力です」
「も、もういいよ?僕もそこまで怒ってないから..」
「ーーそーちゃん」
雰囲気がまた変わる。向けられてきたわけではないが、なかなかに強烈だった威圧感がとかれたことで安心し、自然と伸びていた背筋を元に戻す。
見つめられてきた視線には心配や不安、いろいろな感情がつまっていた。その事に蒼太は一瞬ビクリとする。彼女が自分が思っていた何倍も、自分のことを思って心配していてくれたからだ。
口で言わずとも目でわかる。雰囲気で察せる。挙動で伝えたいことが伝わる。
「いまのままじゃ、ダメなんです。このままじゃそーちゃん、本当に孤独になってしまいます。いじめられているまま、されるがままになって、やられたまま、泣く泣く篁さんと別れることになってしまいます。それでいいんですか...?」
あり得なくない未来を提示され、ドキリとする。
考えなかったわけではない。いま、篁さんとやり取りできるのは、携帯のメールでのみ。後はたまに電話をする程度。ほとんどカップルらしいことはできていない。このままでは自然消滅もありえてしまう。
人気者の彼女のことだ、自分よりいい人だなんてすぐ見つかってしまう。そうしていつか、僕は篁さんのなかで思い出としてすら残らなくなってしまうだろう。
それだけは、どうしても、許せない。
許せない、はずなんだけど....どうしたらいいか、頭の悪い自分には思い付かない。
多勢に無勢。たしかにそうだ、あの人数では勝てっこない。喧嘩が強いわけでもないし、強くても暴力は振るいたくない。自分自身暴力が嫌いだし、彼女も嫌いだ。だからしたくない。
話して解決できる気もしない。あの中に自分よりも優れた人が何人も、何十人も。下手したら百人単位でいる。そんな集団に話し相手なんて、言いくるめられた終わりだ。
篁さんに直接言うのもダメだ。彼女には迷惑をかけたくない。まして、彼女が信頼している人を悪く言うのも嫌だ。
ほーちゃんは否定的でたしかにそうなんだろうけど、それでもいい人だってたくさんいる。
彼女の周りはそういう人しか集まらない。いい人の周りにいい人が集まるわけではないけれど、それでもいい人はたくさんいる。これは断言できる。
だからこそ、方法がない、ないのだ。なにもできない、ただ静観することしかできない無能な自分。
優しい彼女だから否定してくれたが、僕はそう思わない。弱い自分がいて、自然とあの集団から逃げてしまっている。立ち向かおうとしても敵わないと諦めてしまっている。
...あぁ、もう絶望的だなと現状の自分を改めて考えて思う。
もう少し自分になにか特別なものがあれば。
運動ができる、勉強ができる。それだけでなく、なにかひとつ尖ったものを持っている、それでも良かった。
僕はどれもない。本当に、なにも持っていないのだ。
そこまで考えてふと思う。ならばなぜ、彼女は自分の隣にいまいてくれているのだろうかと。
鉄仮面をつけていると言われている彼女だが、スタイルはいい、顔もいい、性格だって悪くない。だから人気だってある。告白だって何回もされたことがあるそうだ。
んん...?本当になんでなんだろう?別のことに考えがシフトし、深く考える前に、自分の耳元に彼女の声が響いた。
「私は、嫌です。そーちゃんが、理不尽にやられているのは、とても嫌です。私が、嫌なんです。私のことを優しいと、褒めてくれたそーちゃんが、一人ぼっちにされているのが嫌...なんです」
「ほーちゃん...」
ぽろりと何かが彼女の顔から零れ落ちる。
うまく見えなかったが、水滴に見えた。心なしか彼女の声もうわずって、高くなっている。
ーー僕のために泣いてくれている、泣かしてしまっている。
本当にこの幼馴染は僕には勿体無い。もっと他の人にも素晴らしさを伝えるべきだ。自分にはない、たくさんの特別を持っている彼女を。
そんなことを考えているのを、もちろん知らない幼馴染は言葉を続ける。
「だからね、そーちゃん」
「...なに?ほーちゃん」
涙ぐんだその声で、彼女は僕にこう伝えた。
「ーー奉仕スキル、磨きませんか?」
なにかが焦げた匂いが鼻をつんと刺激してきた。