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合コンまがいの誘いの言葉

 『明日一緒に勉強しようぜ』というメッセージが入っていたのは昨日のことだった。バイトから帰ってすぐにそのメッセージが届いて、返信を考えている間に『女子が二人で、男子は俺しかいないんだ』なんて合コンみたいなメッセージが届いた。


 暗に来いと言っているのだろう。どういった経緯で三人が勉強することになったのかは不明だが、案外、幸一と心菜が連絡先の交換をしているのかもしれない。二人では勉強が捗らないので花凛を呼び、人数合わせに肇が呼ばれた。それが妥当な推理だろう。

 肇の連絡先を学年で唯一知っているのは幸一だから、誘われるかもしれないとは思っていた。とはいえ、少しだけ眉を寄せてしまった。


 どこで勉強するのか訊いたところ『詳しいことは昼休みに話す』と返ってきたので、その日のやり取りはそこで終了した。




 昼休みまで授業を受けて、幸一からご飯に誘われた。弁当袋を片手に、二人並んで屋上までの道を歩く。

 扉を開けた幸一は目に影を作るように手を動かした。雲一つない秋晴れだが、長袖ワイシャツにぶつかってくる風は冷たかった。袖をまくっている坊主は寒くないのだろうか。


「そろそろ衣替えだな。制服準備してるか?」

「ちゃんとしてるぞー。少し埃被ってる気はしたが」

「ダメじゃねえか」


 愉快に一笑してから幸一は太陽の下に出た。先の制服よりも今の昼飯らしい。

 クリーニングにしっかり出せよと言っても、幸一は片手を挙げるだけだった。


 幸一の近くに座って弁当箱を開ける。見慣れたブツが並んでいた。ふと幸一を見ると、彼のも数週間前と同じだった。


「弁当の中身、同じだな」

「ん? ああ」


 幸一はこちらの弁当箱に目を向けてから、半笑いで「違う」と言った。


「肇と飯食う場合、俺はハンバーグにしてくれって頼んでるんだよ」

「……そういえば中学の頃から好きだったな」

「給食ほどのバリエーションはないがな」


 そういうわりに口許は緩みきっている。

 顔からすっと表情が消えて、


「母さんのハンバーグは上手いから、野球部と飯食うときに持っていくと奪われるんだ」


 淡々と事実を言って、ハンバーグを口に運ぶ。先ほどの虚ろ具合はどこ行ったんだろうってくらいの表情になった。


 言葉を交わしながらご飯を食べ進め、食べ終わって一息ついたところで幸一は話しだした。


「テストまであと一週間だな」


 相槌。

 弁当箱に蓋をして、袋にしまい、箸も一緒に入れた。


 同じように弁当を片付け終わった幸一は、昨日連絡したとおり勉強に付き合ってほしい、と手を合わせた。場所を訊くと図書室でやるつもりらしい。”館”ではなく”室”。

 それを聞いて、なるほどなと肇は頷いた。


「図書室って、そういえば人がいたのを見たことがないな」

「そう。ただ、先生に許可とれば使えるらしくてな? 俺が放課後ちょっくら行ってくる」

「許可が降りない可能性は」

「低いんじゃねえか? なんせしっかり勉強するって誠意をアピールするからな。……いざとなれば花凛にお前の名前も使うぜ?」


 挑戦的な笑みを浮かべる幸一は成功させる気しかないのだろう。

 肇と幸一の仲がいいのは周知のことなので、確かに先生が知っていてもおかしくはない。提出物を出さないことよりも先生から目をつけられることのほうが面倒だと肇は思っているので、そのあたりもしっかりしている。

 アイドルに関しては言わずもがな。


 その二人の名前が出れば、真面目にやらないわけがない。


 両手を床につけて後屈する幸一は、


「お前が花凛のことをどう思ってるかは分からないが、花凛も頭いいらしいぞ」

「”らしい”ってなんだ、”らしい”って」

「別にいいだろ?」

「……心菜か。心菜から聞いたか。そこまで距離縮めてたんだな」


 おめでたい話だ、と付け足したところで、幸一は耐えきれなくなったのか声を上げた。


「そうだよ心菜から聞いたんだよ! 昨日やり取りしてて、それで勉強の話になったときに聞いたんだあ!」


 擬音が付きそうなくらい勢いよく前のめりになった。自分が知っているからといってからかいすぎたか。

 それにしても、やはり連絡先を交換していたらしい。中学の頃から惚気話(交際はしていない)を聞かされている身として、笑みを隠しきれなかった。


「大きな進歩だな」

「うるせえっ! いま言いたいのはそっちじゃなくて花凛の成績だよっ!」


 下の階まで声が響きそうだったので、おいおいと宥める。屋上でアイドルの名前を叫んでいるとかヤバい奴だ。

 幸一の、ため息をついてこちらから目を逸らした姿が、自爆を悔やんでいるように見えておかしかった。

 ともあれ、


「花凛もかなり頭がいいと思う。勉強の基礎ができ上がってて、考えながら話を聞いてくれるから吸収力がある」

「一緒に勉強したのか?」

「カフェで少しな。そのときに英語を教えた」

「……そういや英語オタクだったな」

「オタクじゃねえ、というか一文字変えろ」

「『英語を、炊く』か?」

「炊飯器にでも突っ込むのか? 『ご』を『が』に変えろって話だよ」


 それなりに映画を見ているつもりだから、映画オタク――映画に詳しい人という意味合いで言われたかった。


 幸一にも聞こえる大きさで三秒息を吐いて、


「で、俺は行けばいいのか? 心菜と勉強したいなら三人でやった方がいいと思うが。花凛は一人ででも黙々とするだろうしな」

「……仲を深めたいなら二人きりで勉強するさ。ただ、今はテスト一週間前だろ? 部勉が始まる前にある程度勉強を仕上げたいんだ」


 つくづく心根の真面目なやつである。眉尻を下げた幸一は嘘をついていない。


 数日後にバイトがあることを伝えても、幸一は驚いた様子も見せずに了解した。寧ろ、お前はバイトしててもその成績だもんな、と恨めしげに見られたほどだった。

 そういえば、と頬を緩めた幸一。


「花凛は教えるのが上手いって、心菜が言ってたな。教師陣には期待できる」

「心菜は伊達に教えられてきてないらしいな」

「こっちも、肇は教えるのが超上手いぞって返しておいた」

「……本当に、ああ、伊達に教えられてきてないよな、幸一も」


 ふんと鼻を鳴らされても、肇としては苦労が蘇るだけ。

 この坊主――地頭はいいのだが、運動部とあって勉強する時間が少ない。加えて野球部のノリである。勉強が進まないこともままある。


 受験期の放課後に遊んでいたり、肇の家に行って勉強中に遊んだり寝たり。そういえばテスト中に寝ていたこともあったか。


 過去を思い返して「よく俺は教えてきたよな」とこぼれた。


「また頼むぞ」


 肩にズシンと手を乗せて、力強く幸一は言う。

 肇は、ダメだこいつと首を横に振ることしかできなかった。それを見た幸一は軽快に笑い、サンキューなと首を縦に振る。


 放課後に幸一以外と勉強するのは初めてだ。クラスメートから教えを請われたことはあったが、十分も一緒に勉強していないし、それは含まれないだろう。

 そんなことを思いながら、図書室に放課後な、と幸一に確認を取った。


 ズボンのポケットから単語帳を取り出してフェンスに寄り掛かる。やはり風が冷たいが、自学に集中できないほどではない。

 幸一は近くまで来て、呆れたように見下ろして、ため息をついた。それから床に寝そべった。


「物好きだよな」

「ん?」

「いや、寝てたら起こしてくれって言ったんだ」

「……だいぶ文字数が違った気がするが」

「寝てたら起こせ」

「ああ、そんな感じの言葉だったな」


 それきり幸一は瞑目した。腕を枕にして穏やかに休んでいる。

 勉強しろよと言いたくなったが、午後の授業で寝ないためだろう、そう思おう。


 書かれている単語は流し読みで、覚えているかチェックもしていない。覚えようともしていない。何かに集中しているときの『聞こえているが聞いていない』に近い感覚で、『見えているが見ていない』とでも言おうか。


「……学年のアイドル、か」


 呟きに反応して一瞬だけ疑問符を浮かべた幸一はすぐさま、


「ああ、勉強してるのがバレてなんだかんだ言われたら、俺がなんとかしてやるから」

「……それは頼もしいな」


 アニメの話をしたり、一人としか出かけていなかったり――本当に花凛はアイドルなのか。頭を振って、バカな思考をかき消した。

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