”ちゃんとした”って何目線
肇の誕生日会は、花凛と心菜を待つ形となっていた。彼女らが遅れているわけではなく、これはもともとの約束だ。
肇と幸一が開催場所――肇宅を飾り付けし、花凛と心菜はケーキを作って持ってくる。祝われる側の家で開催し、サプライズも何もあったものじゃないが、これは肇が望んだことだった。
「お前……切り方もうちょっと統一しろよー」
「統一してるつもりだぞ」
「してる”つもり”だから不揃いなんだろッ」
さて、伝道師である幸一から飾り付けのレクチャーを受けている肇は、早速注意を受ける。折り紙を切って輪っかを作ろうとしているのだが、誤差が大きいらしい。
ハサミを置いて、肇はやれやれといった感じで幸一を見上げる。
「誤差一センチは許容範囲だろ」
「んなわけあるかよ。考えてみろ? てゆーか見てみろ。この輪っかの横幅の誤差が一センチってだいぶでかいぞ?」
「愛嬌だな」
「誤魔化すなや」
顔を近づけ、実際に輪っかを見せ、幸一は力説する。肇に反省の色はなく、初めてやったのだからこのくらいのミスは当然だと開き直っていた。
すでにいくつか繋がっている不揃いな輪っかたちを見て、幸一は呆れ笑いをこぼす。
「それ、俺が切るか?」
「いや、俺にやらせてくれ。ほとんどやったことがないから、まだまだやりたりない」
「そうか」
肇の否定の言葉に、けれども幸一は満足気に頷いた。それからすぐに小難しい顔になって、でもなんだか下手なんだよなあ、と首を傾げる。
まだまだ準備は始まったばかりだが、幸一から注意され続ける未来しか見えてこない。しかしそれはピリピリとしたものではなく、映画でよく見る、「お前こんなに輪っか作ってどうすんだよー」と呆れられる青春なのだ。
その場面を想像してしまって、肇は手にしたハサミを再び置き、手を頬へと当てるのだった。
白い箱を手に携え、家へとあがった二人は最初に「おー」と声を上げた。玄関からでも装飾の一部が見えるが、これはほんの一部にすぎない。
しかしリビングへと向かう前に花凛から意味ありげな視線を送られていた。
「気になることでもあったのか?」
「これ、切ったのって肇なんだろうなーって」
「癖みたいなのあるのか?」
「いや? 大きさでなんとなくね。初めてだからミスるかもしれないって自分で言ってたじゃん」
でも、と続けた彼女はふっと笑う。
「楽しそうで何よりだよ」
彼女の言ったとおり、準備は楽しいことばかりだった。顔にでも出ていたのだろうか。尋ねると、彼女は首を縦に振った。
「顔だけじゃないけど、一番変わったのは顔かなあ。みて、あーこの人楽しいんだなーって分かるくらいに血色がいいし。雰囲気も柔らかかったしね」
「よく見てるな」
「彼女だからね」
彼女を強調してくれたのは、きっと肇の聞き間違いではない。薄く赤の差した頬で歯を見せて笑う花凛を見るだけで、肇も嬉しくなってくる。
お誕生日おめでとう、という盛大な掛け声で始まった誕生日会のおともはチョコケーキだった。店のショーケースに並べられていてもおかしくないくらい整っていて、甘い香りをリビングに放っている。
コーヒーといただくと、生クリームの甘みが口に広がる感覚がよく分かった。次いでフルーツの酸味やら甘みやらがどっと押し寄せてくるから、それだけで口内は渋滞中。幸一も同じようなことを言っていた。
紅茶とケーキという貴族を思わせる組み合わせを楽しんでいる花凛がハッとした表情になった。
「誕生日プレゼント渡すの忘れてた」
花凛はそう言ってそそくさと隅の方へ歩いていき、白い紙に包まれた直方体を取り出した。それを胸に抱えて、花凛は再び肇の隣に腰を下ろした。
「これ、誕生日おめでとう」
大切そうに両手で渡されたものを、肇も同じように両手で受け取る。軽い。DUDが二つ入っていそうな厚さだった。
「今開けていいか?」
「うん、いいよー」
迷わず答えた彼女を尻目に、正面のテープをゆっくりと剥がしていく。丁寧かよ、という幸一のツッコミと心菜の甘い笑い声が聞こえてきた。さて、次は側面のテープだ。
紙を破かぬよう慎重に指をすすめる。いずれ捨ててしまうものではあるけれど、目の前で破かれることに対して肇はいい感情を抱かないので、こうしてツッコまれながらもゆっくり剥がしていた。
「よし」
これで止めている部分は全て剥がしただろう。髪を広げてみると、アニメと洋画のDUDが重なって二つ入っていた。片方を手にとってタイトルを見、裏の説明にざっと目を通す。もう片方も同じように確認した。
心配そうな上目遣いでこちらを見る花凛。
「肇が持ってない映画を買ってきたつもりだったんだけど」
「ああ、持ってないな。映画館で見たこともない」
微笑んで答えると、彼女はあからさまに胸をなでおろした。
「ホラー系と……これは、コメディ系か?」
「そうそう。肇の誕生日プレゼントを探すにあたっていろんな映画を見たんだけど、その中で一番怖かったものと面白かったものを選んだんだ」
「そうか……」
ここで肇は顎に手を当てる。この場で見ようと思ったのだが、経験則として、アニメ映画のホラーは信じられないほど怖いから余裕がなくなるだろうし、洋画のコメディは日本語訳が秀逸すぎて腹が痛くなる。
一度見たことがあるという花凛を見る。微笑みを浮かべた彼女は目が合うと同時に小首を傾げた。
「今見ても大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ」
次いで幸一たちを見る。首を縦に振られた。二つのディスクケースに再び目を移す。
「……どっちを見るか」
「俺的には、こっちのホラーを見てみたいがなあ」
「えっ!? 怖いよ!?」
「だからいいんじゃねえか」
惚気カップは置いておくとして。目の前でイチャつかれると――今のように目の前でイチャつかれると反応に困る。加えて、幸一がホラーを見たい理由なんて一つしか考えられないのだし。居たたまれないったらありゃしない。
コメディのケースに手を乗せると、水色の腕時計をつけた手が乗せられた。
「肇、怖くなったら私に抱きついていいから。ね?」
「……ん?」
クレーンゲームのように手を動かされ、ホラーのディスクに触れている。わけが分からず花凛を見ると、彼女はとても穏やかな笑みをたたえていた。
絶対にビビらない、寧ろ花凛に抱きつかせようと心に決めて、肇はディスクの凹んだ側面に手を掛ける。幸一を一瞥すると、ニヤリとした笑みが返ってきた。
やはりホラーが苦手だったのは女子二人だったようで、心菜に至っては、途中からずっと幸一に抱きついていた。
一度見たことのある花凛はビビリポイントをしっかり覚えていたらしく、そのポイントでしか抱きつかれなかった。けれども肇の服の袖だけは常に握られており、映画を見終わった今でも力強い跡が残っている。
落ち着くために、リビングに水を汲みに行ったときだった。水道水の入ったコップを一気に傾け、怖かった記憶も一緒に流れるように祈る。まだまだ忘れられそうにない。
「肇、ちょっといい?」
不意に後ろから聞こえた声。花凛にしては珍しく肩を叩いてきたので、よほどの要件だと思った。
「何か――」
「んっ」
目を閉じて背伸びした花凛。首の右側に温かなものが押し付けられる。とても柔らかかった。
「……はあ」
花凛は色っぽい息を吐いて目を細める。対照に肇の目はせわしなく動き回っていた。
「ちゃんとしたのは来年とかになると思うけど、今はこれで。どうしても好きってことを伝えたかったから」
花凛は落ち着いた声色で話した。けれど彼女の頬は赤く染まっていた。おそらく肇のほうがもっと赤い。
「私、もう行戻るね。これ以上一緒にいるとどうしようもないくらいに恥ずかしくなってきそうだから」
髪を左右に揺らしながら歩く彼女の姿は大人だ。けれど、年齢的にはまだ子ども。
首に手を当てると、そこはほんのりと湿っている。
「いや、ダメだ……!」
意識しないよう首をブンブンと横に振る。
やはりまだ湿っている。
首を振る。
今までされてこなかったのが一回でもされると逆にソワソワしてしまうのだが、どうやら、肇はこのソワソワとしばらく共存しなければならないらしい。
水を三杯おかわりしてから、肇は居間に戻った。




