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計画は立てることが難しい

 バレンタインデーがあれば、当然ホワイトデーもあるわけで。幸一から送られてきたメッセージには、ホワイトデーのことで相談があると書かれていた。風呂上がりのために働くことを拒否しようとする頭を無理やり起こす。


 三月に入っていないというのに、随分気の早いことだ。内容を尋ねると、せっかくバレンタインの会を開いてもらったのだから、こちらも盛大な催しをすべきではないのかということだった。

 そう言われても、もちろん肇たちには限界がある。料理もできない体たらくで何を催すというのだろう。


 それを送ってベッドに腰を下ろすと、にわかに携帯が振動しだした。幸一から通話が掛かってきている。


「今、時間あるか?」


 幸一の第一声はそれだった。学校にいるときのおどけた調子でなかったから、肇の背筋は自然と伸びた。


「ああ、問題ない」

「そうか。ならまあ、ゆっくり話させてもらうわ」


 幸一が息を吐いたのが分かった。彼もまた、ベッドに腰掛けているのだろうか。


「今は勉強中だったのか?」

「いや。風呂からあがったところだ――あ、そういえば母さんに言ってなかったな……」

「言ってない? 何をだ?」

「風呂から上がったってことを、母さんに伝えてなかったなって。悪い、少し時間くれ」


 返事を聞いてすぐに肇は立ち上がる。ケータイはベッドに置きっぱなしでいいだろう。

 自室から出たところで、肇は浅く息を吐いた。いつもならストライクゾーン目掛けて飛んでくるストレートが、キレのない変化球、それもボール球にすり替わった気分だ。いつの間に人格交代をしたのだろう。


 ――この時間で、少し考えがまとまればいいんだが。


 花凪子から怒られる前に、肇は肇で行動した。


 ケータイをいじっていた花凪子と軽く雑談したので、肇が部屋を出てから三分ほど経っている。再びベッドに腰掛け、「待たせた」とケータイに話しかけた。


「いや、別にいいさ。で、その催しについての相談なんだが」

「おお、直球で来たな」

「そりゃまああれだけ時間が用意されればな?」


 シニカルに幸一が笑っている。肇の意図は見抜かれていたらしい。とりあえず待たせたことを謝っておいた。

 少しだけ間を置いて、幸一が話し出す。


「その催しは、パーティーでいいと思うんだよ。この間やったみたいなやつな」

「この間って言うと、バレンタインのときみたいなパーティーか?」

「ああ、それだ。楽しかっただろ? あれ」

「楽しかったが……あれは一応勉強会も兼ねてたぞ? なんなら勉強会がメインだったはずだしな」

「まあな。だから今回は、遊びをメインにしたパーティーだ。アナログゲームでもなんでも最近は充実してるだろ? そういう動画とかよく見るし」


 動画のURLを送られそうになったが、それは断っておいた。何度かは見たことがあったのだ。


「来週の日曜日に詳しく相談したいんだが、そっちの家に行ってもいいか?」

「ああ。……いや、待ってくれ。日曜日はバイト入ってるから厳しい。来週の土曜日って野球あるのか?」

「生憎とな。でもまあ三時過ぎには終わるだろうし、野球終わったらそっち行くわ」

「分かった。夕飯もついでにこっちで食えよ」


 少し悩んだ声を出し、幸一は頷いた。


「じゃあとりあえず、詳しいことは来週な。日程の計画とかはこっちで立てとくから、花凛の予定を確認するの頼んでいいか?」

「分かった。ついでにホワイトデーのお返しも考えとく」

「そういやそれも考えないといけないんだったな……じゃあ、そういうことで頼むわ」


 通話が終わったあとにプレゼントを考えたが、真っ白な紙が広げられたまま次の日になった。





 プレゼント案が浮かばないまま土曜日になってしまった。肇の机周りは乱れた筆跡に染まった紙が散らかっており、努力の痕跡が見られる。机の隅に寄せられているケータイのインターネットブラウザのページは、同時に十三ほど開かれていた。


 女性の好みというのはやはり難しく、ホワイトデーともなればなおさらだ。誕生日の贈り物と差別化できなかった。


 その惨状を目の当たりにした幸一は目頭を押さえていた。ここまで散らかった部屋――主に机周りを見たのは初めてだったらしい。やっと肇を見た幸一は、制服の清涼感とは反対の苦笑をたたえていた。


「ま、まああれだよな? 努力はしたんだよな? それはすごいと思うぞ?」

「……無理にフォローしなくていいぞ」

「ああ、無理だったな。これは」


 『これは』の部分で机に顔を向ける幸一。


「見ていいのか?」

「ああ。いい案は書かれてないと思うが」


 卑下でもなんでもなく、本当にそうなのだ。だから幸一も会話を続けることなく笑って済ませ、惨状へ静かに歩いていった。


 紙を一つにまとめるところから始めた幸一は、次いでまとめた紙に目を通した。その真剣な様子を、肇は自室の扉付近で、腕を組んで見ている。額には冷や汗が伝っていた。

 紙を置いた幸一はふっと笑い、俺と同じようなもんだなと肩を竦めた。肇は妙な安心を覚えるとともに、焦りも感じた。恐る恐る口を開く。


「二人ともこのレベルって、かなりヤバいんじゃないか……?」


 お互いに目を見る。ファッションに精通していない以上服をあげるのは危険だし、かといって店で食べ物をおごるのも違うように感じられる。最近公開された映画は、花凛とすでに見に行っている。たとえ案が浮かんだとしても二言目には否定の言葉が浮かぶ。


「……一旦落ち着くか」

「ああ。コーヒーでも用意してくる。ブラックでいいよな?」

「あいよ」

「あ、あとホットだ」


 顎に手を当てた幸一はおそらく生返事をした。イベントの計画にすっかり集中しているようだ。

 肇がコーヒーを用意してもなお体勢が変わっていなかった。丸テーブルにマグカップを置き、肇は床に座る。


「座ったらどうだ?」

「んっ、ああ、そうだな。コーヒーもらうぞ」

「熱さには気をつけろよ」


 カップに手を当てて熱さを確かめた幸一は頷いて、カップを傾ける。肇も同じようにしてコーヒーを飲んだ。熱が最初に伝わって、喉を通った瞬間に苦味が主張してくる。

 カップから口を離すと、吐息が漏れた。


「人とコーヒーを飲むのは久しぶりだな」


 無意識のうちに話していた。あるいは、このしんみりした空気を変えたくて本能的に言ったのかもしれない。

 目を丸くした幸一が、


「花凛ってコーヒー飲めないのか?」

「ああ」

「心菜と同じだな」

「……そうか」

「類は友を呼ぶっていうしな」

「それは違うくないか……?」


 お互いに揃って鼻で笑った。空気が和んだのが分かった。堅い空気のまま話しても案は浮かばなそうだ。


「映画でも見ながら決めてくか?」

「絶対ダメだろ。お前、プレゼントの方に集中できんのか?」


 幸一から目をそらしたことが答えだった。全部決めたあとだな、と幸一は断言する。


「まったく、幸一に注意される日が来るとはな」

「なんでちょっと煽ってんだよ」


 今度は二人とも笑みを浮かべることができた。もう一度コーヒーを飲んでから、幸一が音頭を取る。


「さて、真面目に考えるか」

「まず幸一の案も聞かせてくれよ」

「おう」


 服やお菓子など、やはり肇と似たものだった。プレゼントされたものが手作りのケーキなだけに、こちらもそれ相応のものを返したい――その意見は一致していた。


「そういや花凛の誕生日に何贈ったんだ?」

「ぬいぐるみと紅茶のセット……いや、ぬいぐるみとティーパックの詰め合わせだな。どちらか片方選んでもらおうと思ったんだが、まあ色々あってな。そっちは?」

「俺が心菜の誕生日に贈ったものだよな? ぬいぐるみは同じくで、あとは軽いお菓子だ」

「……できれば同じものをあげるのは避けたいよな」


 頷いた幸一と目が合う。互いに考えが言われるのを待っている雰囲気だ。秒針の音が大きく聞こえる。


 ――時計?


「おい、生きてるか? 動き止まってるぞ」

「あ、ああ……なあ幸一、腕時計ってどうだ? 小さめのアナログタイプなら、あんまりお金もかからないよな?」


 視線を落とした幸一は数秒後「いいな」と抑揚なく言った。それからはっとした様子で顔を上げ、肇に指差しした。


「いいなそれ! 腕時計にするか! よっしゃ決まったなあ!」

「あ、ああ……! そうだな」


 一週間も悩んだものがあっさり決まると何も言えなくなる。こんなに簡単に決まってもいいのだろうかと疑ってしまった。

 けれども、


「汎用性があるし、一つは持っていても損ないよな」

「だな。心菜がつけてるとこは見たことねえけど……花凛ってどうなんだ? 持ってるイメージあるけど」

「少なくとも、つけてるところは見たことない」

「あっじゃあ大丈夫だわ」


 この勢いのまま、腕時計やアナログゲームを買いに行く日や開催日時などが三十分も掛からず決定された。

 男子二人で随分盛り上がっていたのね、と幸一が帰ってすぐ、イヤホンをつけた花凪子から言われてしまった。

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