二分の二がプレゼント
お邪魔しまーすと今日も礼儀正しく礼をして家の玄関をくぐった花凛。午前、午後と一緒に過ごす約束をしたが、夕方からパーティー――と言っても家族で開くささやかなものらしいのだが、それのために長く一緒にはいられない。
渡すのならもったいぶらずに渡して、期末テストの勉強でもしたほうが身になるだろう。
花凛には花凪子との雑談もほどほどに部屋への階段を上ってもらった。ティーポットとカップ、小袋のお菓子をトレイに乗せて、肇も花凛のあとに自室へと入る。
花凛は紺のブラウスを畳んで自身のバッグの上に置いた。ポニーテールと体のラインに沿った服が溌溂とした印象を強めた。しかし、横座りな点が溌剌さを多少抑えている。
「今日は珍しくポニーテールなんだな」
「まあね。着てる服が着てる服っていうのもあるし、いつもと同じなのも退屈しちゃうと思って。もうちょっと髪型のレパートリー増やしたいんだけどねー」
花凛はサイドテールやハーフアップ、お団子などの種類を指折り列挙する。その髪型にした花凛はイメージできなかったが、まあどれも似合うと思ってそれを伝えたところ、喜びと呆れが半々くらいの笑顔を返された。
トレイを丸テーブルに置いて花凛に紅茶を勧める。香りをひとしきり楽しんだあと口に含み、アッサムだねと微笑んだ。
「流石だな」
「家でも時々飲むからね。ほとんど同じ味だから分かるよ」
「甘いお菓子じゃないから、紅茶一つで楽しめるようなものを淹れてきた」
「なるほどね」
花凛はそう言って、もう一度カップを傾ける。取っ手に回される雪の手は令嬢のものだ。貴族には及ばないけれど、肇も精いっぱい紅茶を楽しむ。
それで、とカップを置くと、彼女は首を傾げた。目が合ってから何かを察したのか、彼女もまた静かにカップを置いた。
「今日、誕生日なんだろ? プレゼントを用意したから受け取ってくれ」
え、と花凛は目を丸くしたまましばらく固まっていた。プレゼントを机の近くから取り出しても、彼女は唖然とした顔で肇を見上げている。
花凛は恐る恐る口を開いた。
「誕生日のこと、私、言ったっけ……?」
「いや、聞いてないな」
「あっだよね。それで安心するのもなんだか変な話だけど」
頷いた花凛は再び首を傾げた。
「あれ……? じゃあなんで肇が私の誕生日知ってたの?」
「心菜から聞いた。この間……ダブルデートのとき、俺と心菜は一緒に行くことになってただろ? そのときに教えてくれたんだよ」
「なるほどねー。心菜もお人好しだからなあ」
「ああ。訊かなくて悪かった。それと、誕生日おめでとうだ」
袋から二つ、物を取り出す。
全長五十センチメートル強のクマのぬいぐるみと、紅茶パックの詰め合わせ。前者はショッピングモールで、後者はネットで注文した。
「好みが分からなくて二つ買ったんだが、欲しいほうを選んでくれないか?」
「どっちかか~……」
花凛は唇を固く結んで、二つのプレゼントを射抜きそうなくらいに凝視している。悩んでいる声も出ないほどに真剣なのだろうか、彼女は極めて静かだった。その間肇はずっと両手に物を持ったままである。
クマのぬいぐるみを買ったのは、花凛が可愛らしいものを好み、かつクマの靴下を履いていたことがあったからだった。クレーンゲームには頼らず、お安く済みそうな店で購入した。店員が一瞬だけ首を捻ったことは記憶に新しい。
紅茶の詰め合わせを買ったのは、花凛が喜びそうであり、ネットで検索したら意外と品揃えが豊富だったからである。今回はダージリン、ウバ、キーマンという世界三大の紅茶を軸としたセットだ。
五千円弱という痛手だが、リサーチしていなかった肇も悪かったし、堪えきらずに笑みをこぼす花凛の顔が見たかったのも事実だった。幸い、バイトをしているわりに出費が限られるので貯金はあったのだ。
「どっちか一つ……なんだよね?」
くすんだ黄色の瞳が悩ましげに揺れる。突如彼女はあれ? と漏らして真顔になった。
眉間にシワを寄せて数秒、丸テーブルへと視線を移して数秒、確認するように、
「私がクマのぬいぐるみが欲しいって言ったらどうする?」
「それだったら、母さんに詰め合わせのほうを渡すんじゃないか? 親孝行とでも言って」
「じゃあさ、私が、紅茶の詰め合わせが欲しいって言ったらどうする?」
「そうなったら――ん? そうなったらどうするつもりだったんだ? 俺がこれを貰うことになるのか?」
日比谷肇が、可愛らしいクマのぬいぐるみ。ギャップがありすぎて月まで飛んでいけそうだ。
肇はまじまじとクマを見つめる。つぶらな黒の瞳に陰気な男が写っている。
「もしかしてさ、私がどっちか貰ったときのこと考えてなかったりする?」
肇は答えられなかった。そしてそれが答えだった。咄嗟にできたことと言えば、両手を前に出して、彼女の名前を呼ぶことだった。
「両方プレゼントだ。頼む、受け取ってくれ」
「逆にいいの……?」
花凛は肇とプレゼントを交互に見た。意図が分からず説明を求めると、彼女は申し訳なさそうに話し始めた。
「結構いい値段したんじゃないのかなって思って。それに、二つも貰うのはなんだか悪い気がしちゃうし」
「もともと花凛の欲しい物が分からなくて二つ買ってたんだ。どっちも欲しいのなら、これ二つがプレゼントってことで頼む」
「本当に?」
「ああ」
「分かった。じゃあ二つ貰うね」
彼女は安らかな笑みで応じてくれた。紅茶の詰め合わせをブラウスの上にそっと置き、クマは自身の膝の上にそっと乗せる。おもむろにクマを抱きしめて、緩んだ顔で気持ちいいとだけ言った。
その顔を見られれば、明日からのバイトも頑張れそうだ。妻の笑顔を見るために働く夫の気持ちが分かった気がした。
「抱き心地満点だね」
「そうか」
花凛は気付くと、クマの肩に両腕を回していた。愛らしい仕草だが、ここはひとまずクマの頭を撫でた。買った時は見た目しか気にしていなかったが、確かに触り心地がいい。
「なんだか赤ちゃんができたみたいだよね」
「ん、えっ?」
花凛は至って平然な顔でクマを抱いている。
「赤ちゃんの肩に手を乗せたりってことはできないけど、雰囲気がこう……家族みたいだったっていうか。新婚みたいな温かさがあったっていうか」
「……あー、そうだな」
「名前つけたらどうかな?」
「それはいいんじゃないか? 親近感が湧きそうだ」
花凛が気にしていないようだったので肇も気にしない方向でいった。んーと顎に人差し指を当てて十秒ほど、花凛は肇を一瞥した。それからまた考え始める。
「肇ジュニアとかどう?」
「……肇ジュニア?」
「そう、肇ジュニア。いつでも肇が近くにいるって思えばやる気が出そうじゃん?」
「よく分からないが……ま、まあ、いいんじゃないか?」
背中がむず痒くなって、本当は勘弁してもらいたかったけれど、せっかく花凛がつけたのだ。今日くらいしか肇は聞かないだろうし、きっと彼女はジュニアを大切に扱ってくれる。なんとかそう思って堪えた。
最近買ったばかりの映画を一本見てから昼食を食べて、期末テストに向けて勉強した。膝の上にジュニアを置いて勉強する彼女はあまり捗っていなさそうだった。
それでいいのか尋ねると、家に帰ったらちゃんとベッドに飾るから自学はいつもどおりにやるとのこと。
その際に毎日一緒に寝ると宣言され、なんとも言えない気持ちなった。気にしていない、きっと、気にしていないはずである。




