好みに合ったプレゼントって
「お前は服見なくてもいいのか?」
「おそらくな」
「それなら少し休むか」
少しだけ一緒に服屋を見て回ったあと、男女別に服を見るということで別れてすぐのことだった。
ベンチへ一直線に歩いた幸一を追って、肇もテナントの服屋から出る。出入り口から見える位置に座ったので、心菜と花凛が出てきたら見つけられるだろう。
幸一は座ったまま浅く息を吐いて、出入り口を見ていた。
「これからの予定なんだが」
「ん? ああ。映画を見に行くってのは聞いてるぞ」
「他人事だな……オススメはないのか?」
「オススメ?」
顔をしかめて聞き返す。幸一はこちらに目をやって、ああ、オススメだと反復した。なんの映画を見に行くかは聞いていなかったが、さては幸一、決めていなかったのだろうか。
顎に手をやって考えてみる。
「アニメ映画ならつい最近上映され始めたが……それ以外となると、あまり目ぼしいものはないな。二週間くらい前から上映されてるのが多いから、人が少ないって面で見るといいのかもしれないが」
そうかと相槌を打った幸一は、ふと何かに気付いたような真顔になって、再びこちらを見上げた。やけにぎこちない動きだった。
「お前今、アニメ映画って言ったか?」
「ん? ああ、言ったな」
「お前ってそういうのチェックしてたか? てっきり実写映画しか見ないとばっか思ってたんだが」
「昔まではそうだったな。今はアニメ映画もチェックしてるぞ」
肇の部屋には実写系の映画しか置いていなかったので、幸一は先のように思っていたのだろう。花凛に誘われ軽小説が映画化されたものから入ったが、最近ではアニメ映画も多く見ている。
マイナーなものからメジャーなものまで、花凛と話をすると様々な映画のことが話題に挙がるのだ。
「そのアニメ映画見るか?」
「いや、やめといたほうがいいな」
「なんでだ? 公開されたばっかで見ようとする人が多いからとかって理由か?」
「そういうのじゃねえよ。ていうか、俺にしか当てはまらないような具体的な理由挙げるのはやめろ」
実を言えば花凛にも当てはまりそうだが、それは今話すことではないはずだ。
悪気なく笑い、幸一は改めて理由を尋ねてきた。
「あれはダブルデートで見るような作品じゃねえよ。幸一も心菜もその作品のことを知らないから楽しめないだろうし、やめておいたほうがいい」
「……お前、一応ダブルデートのこと考えてくれてたんだな」
感心した顔で呟く幸一に、肇は拳骨を落としたかった。今までの自分のの態度を考えると自然な反応だということは分かっていたが、言葉に出されるのは避けたかったのだ。
幸一を見下ろす肇の目には理性と感情が混ざっていた。見つめられているヤツはそんな中、あっけらかんとした顔で口を開く。
「なんか安心したわ。こうやって出かけるのは友人と出かけてるだけでデートじゃないって言われそうだったし」
肇は重いため息をついてベンチに腰を落とす。心配してくれていただけで怒る気もすっかり失せてしまった。幸一がこちらを覗き込んでいるのが分かる。
「どうした? なんかやたらと疲れてるけど」
「いや、なんでもない。なんだかなあって思っただけで」
「なんでもなくはねえじゃん。よく分からんが」
この坊主は少し正直なだけで、きっと悪気はないのだ。それに、客観的な言葉に対して憤るのはよくない。
気持ちを切り替えた肇はケータイの電源を入れてインターネットに繋ぐ。お気に入りに登録している、このショッピングモール内の映画館のサイトを出した。それを幸一に見せて一言、
「今上映されてる映画はここに全部書いてるから、あとは任せた」
「いや、おい、任せたって言われてもな?」
「俺は心菜と幸一の感性が分からないんだ。せっかくの映画なんだから全員で楽しめるものを選びたいだろ」
「それならお前と花凛はどうなんだよ。俺は逆に二人の感性が分からんぞ」
しかめっ面でお互いのことを見る。どちらからともなく息を吐いた。
「二人で決めるか」
「だな。俺らである程度絞って、その後は心菜と花凛に決めてもらうのでいいか?」
「ああ」
上映している時間も考慮しつつ、恋愛とホラーに絞った。候補を聞いた二人は、迷わず恋愛を選んでいた。
さて、時間はだいぶ経ったが、肇は未だに同じベンチにいた。幸一が心菜の試着に連れて行かれ、花凛と隣り合って座っていた。
ニットとスカートを合わせ、女性らしい柔らかいシルエットな彼女は、髪を下ろしていることもあってか大人びて見えた。ん、と小首を傾げて肇を見る。いつもはここで、花凛から話しかけてくる。
「綺麗だな」
「……っふふ、何が?」
「いや、その、花凛が」
三秒ほどの間があった。先に顔を赤くしたのは肇だった。手を振って花凛から顔をそらす。
「悪い。聞き流してくれ」
楽しそうに笑った花凛が「嫌だ」と返した。
「綺麗って言われたの、初めてだから。嬉しいんだね」
「知らん」
「肇はいつ見てもかっこいいよ」
花凛もまた息を吸うように褒めてきたけれど、少し規模が違ったような。頬の熱が引かないうちに花凛と目が合うと再び熱くなりそうなので、しばらく待ってから彼女を横目で見た。
頬を朱に染める花凛は難しい顔で何事かを呟いている。私さ、と花凛は肇を見た。
「肇のことかっこいいとか似合ってるってしか褒めてないよね」
こっ恥ずかしい質問をされているのはきっと気のせいではない。しかし目が本気だった。
「なんでそんなこと思ったんだ?」
「肇は私をいろんな褒め方で褒めてくれるけど、私はそれをしてないんじゃないかなって。可愛いとか似合ってるとか、俺は好きとかっていつも言ってくれるじゃん。今日は似合ってるだったしね。褒め言葉のボキャブラリーが少ないのかな」
「無理に増やさなくてもいいだろ。言われるだけで俺は嬉しいし」
「本当?」
彼女は勘ぐってくるけれど、本当なのだ。言われることがなかった分だけ、肇は褒められることに慣れていない。語彙たっぷり比喩たっぷりに褒められでもしたら信じられないだろう。
これ以上話が広がらないと踏んだので、タイミングを見て花凛の欲しい物を探ることにした。
「花凛はさっきまで何を見てたんだ? 何も買ってないように見えるが」
「私は心菜の付き添いみたいな感じだったからね。私服、寝間着、下着も見たかな」
「本当に見ただけなんだな」
「まあね」
服は送らなくてもいいだろう。プレゼントとしてよさ気なものは、花凛が持っておらず、使い勝手がよく、できれば可愛いもの。難航することは目に見えているが、彼女の視線の動きなどに気を配ってみよう。
「ああそういえば、私たちが今日見る映画あるじゃん」
「ああ、あの恋愛映画だろ?」
「そうそう。それの準主役を演じてるの声優さんだって知ってた? この前メッセージで話したアニメの主役もやってるんだけど」
「そうなのか? ……両立ってことか?」
「いや、俳優は今回が初めてらしいんだけど、映画が公開される前から評判だったよ」
彼女がアニメ関連のグッズを持っているのを見たことがない。となれば送るのは賭けになってしまう。彼女の話に合わせて、または話を振って、試着が終わるまで情報を集めた。
映画を見たあとに寄ったゲームセンターでぬいぐるみを見つめていたから、それを送るのもありだろうか。人にプレゼントを送らない生活を送っていたから、どんなものを送ればいいのか変に考えすぎてしまう。
バイトのない平日にでももう一度ここへ来て決めることにした。




