話のタネ
ジャケットを羽織ってロークロッチを履いた肇はコンビニへと向かっていた。幸一や花凛との待ち合わせ場所である駅とは反対の方向であるが、心菜と合流するためにはコンビニのほうが都合がよかった。何やら心菜から話があることを幸一づてで聞いた。
ひとまずゆっくり歩いても十分前に到着できるような時間に家を出たのだから、遅れることはないだろう。休みの日に誰かと会うことの精神的ダメージを強引に軽くしようとする。
冬場の都内は乾燥するが、それは少し離れた地域でも同じだった。日本海側の大雪が報じられる度に、こことはだいぶ違う気候なのだなと実感する。
ポケットに入れていた手を出すと、やはり乾燥している風が皮膚を刺した。手袋も持ってきたほうがよかったかと今更後悔する。
「それだとファッションのバランスが崩れるのか」
無彩色で固めた服装なので、第三者から見た肇の印象は控えめなものだろう。そこに手袋が加わるとなんだかアンバランスになってしまうような。顎に手を当てて神妙な顔で歩き続ける絵面はさぞ怪しかっただろう。
遠巻きに見えた心菜が首を傾げていた。彼女はすでにコンビニの前にいた。
待たせたか、と小走りで近づいて確認すると、彼女は愛嬌のある笑顔で首を横に振った。
「私もいま来たところだよ。それより、何か考え事でもしてたの?」
心菜への解答に詰まる。考え事に違いないが、男子からファッションのことを訊くのは、それも花凛ではなく心菜に訊くのはどうも気恥ずかしかった。なんでもないと濁すと、彼女は聞き返すこともなく信じてくれた。
「それじゃあ、さっそく駅行こっか!」
幼い笑顔で心菜は甘い声を響かせる。肇は彼女の少し後ろをついて歩いた。
冬なのにも拘らず彼女はホットパンツを履いていた。厚手のタイツを履いているから多少の寒さは誤魔化せるだろうが、足の細さも相まって、下半身は見るからに寒そうである。しかしなぜか、トテトテ歩く彼女から寒さは一切感じられない。
他に印象的だったのは黒のジャケットで、可愛らしさからはかけ離れたものだった。
と、心菜が振り返って肇を見る。ついてきているか確認したのだろうか。
「……この上着が気になったの?」
歩くペースを落として隣に並んだ心菜は問うた。肇は考えずに「ああ」と答えた。
「女子が着るにしてはかっこよすぎる感じがしたから、まあ、少しな」
「そうなんだ~」
花凛とは違う間延びした相槌だった。ふふーと自慢気に笑う心菜は、ジャケットの胸の部分をちょこんと摘んだ。
可愛らしい人がライダー系の服を着るとこんな感じになるのだろう。案外バイクを乗り回していそうな見た目である。
「実はね、これ、幸一くんから借りたものなんだ~っ! すごいでしょっ」
「……ああ、そうだな、すごいな」
「でしょでしょ?」
心菜は満足げに笑みを深める。やはり彼女の意図が読めない。反応に困った挙げ句適当に打った相槌は、はてさて正解だったのだろうか。反応を見るに正解だったようだが、魚の小骨のように引っかかる。
「男の子ってみんなジャケット持ってるの?」
「……さあ、どうだろうな。一着くらいは持ってたほうがいいと思うが」
「なんで?」
「なんでって訊かれてもな……そうだな。童顔の人以外には合うだろうし、ラフ過ぎる格好でもないからな。とりあえず着れば外に出られるってのもいいところなんじゃないか?」
へえ~と相変わらずゆったり頷く心菜が分かっているかどうかは分からない。
「それより、彼氏の服ってそんな簡単に借りるものなのか?」
「かっこよくて合わせてみたかったから借りちゃった。貸してって幸一くんに言ったらすぐに貸してくれたし」
花凛が言ってこないからか、肇にはピンとこなかった。肇が花凛の服を借りる場面など想像できないので、これは女子限定なのだろうか。
彼シャツっていう言葉もあるよねと会話が弾んだが、肇が共感するにはなかなか難しい話題だった。
駅までの道も残り半分といったところか。無理に話すことをしない肇に合わせてくれているのか、心菜の口数も減ってきた。このままだと違いの恋人に会うまでに疲れそうだ。
「この間……というか、だいぶ前だが。花凛のことで面倒見てもらって悪かった」
そっぽを向いて肇は話した。
心菜と話すことがあまり得意でないこともあったし、体裁の悪さももちろんあった。いずれにせよ謝る人の態度ではない肇に対して、心菜は、この間って何かあったと砂糖たっぷりの声で聞き返した。
肇は頬を掻いて数秒考える。
「冬休み明けの、あれだ、花凛に話しかけられても俺が反応できなかった」
「あ~、あれのこと? あれがどうしたの?」
「いや、だから、そのときに花凛のことを陰で面倒見てくれてたんじゃないかって。だから悪かったってのと、ありがとうって意味を込めてだな」
話が通じているのかすら怪しくなって、尻目で彼女を覗き見る。純粋な目で見上げている心菜がいた。
肇の場合は、幸一が先輩としてのアドバイスとかなんとか言ってアドバイスをしてくれた。その間、心菜と花凛はA組を訪れなかった。繊細な花凛を心菜が慰めているものだと肇は予想した。
そのときの礼をしていなかったから礼をしたのだけれど――、
「私、花凛ちゃんとちょっとだけお話ししただけだよ? 花凛ちゃんも予想はしてたみたいだし、これから少しずつ学校内で話していければいいって自分で言ってたし。それより数学の再テストがあって大変だったんだよね」
「ん? あー……そうか」
「あっでも、幸一くんから、花凛ちゃんがダメそうだったらなんとかしてくれって頼まれたよ? 幸一くんも心配だったみたいだし」
けろっとした顔でそう言われてしまうと言葉を返せない。花凛が想像以上に強かで、肇の読みが甘かったということだ。加えて言えば肇の行動が彼氏としてダメダメすぎた。
情けなさから笑いがこぼれた。額にて手を当てている自分は一体どんな顔をしているだろうか。
「大丈夫?」
「ああ、悪いな。込み上げてくるものがあって」
「泣く?」
「いや、いい。……幸一にもだいぶ心配掛けてたんだな」
「幸一くんいっつも肇くんのこと気にかけてたよ? あいつは不器用だからーって」
嬉しいような、悲しいような。勉強で肇は気にかけていたが、幸一は人間関係で気にかけてくれていたらしい。
心菜は楽しそうに話し続ける。
「花凛ちゃんだって不器用なんだけど、応援したくなるような可愛さがあるんだよね。後ろからそっと見守ってたいんだけど、思わず頑張れー! って言いたくなるようなっ」
「……言われてみれば、確かに花凛は不器用かもしれないな」
キャラを演じすぎて戻れなくなるあたりや、感情が堪えきれなくなるまで耐えてしまうあたりが特に。
彼女が理系なのがつくづく不思議に思えてくる。
「理系なんだけどちょっと思い切りがあるっていうか。あんまり人間関係で計算してなさそうなんだよね」
肇がしたのは今日一番の大きな相槌だった。花凛のことを話題にすると話が弾むらしい。
あっそういえば、と声を上げた心菜は肇を見上げて、人懐こい笑みを浮かべた。
「花凛ちゃんの誕生日って二月中なんだけど、知ってた?」
そういえば聞いたことがなかったなと思うと同時に、二月のいつだ、と心菜を見ていた。
「えっとねー、ケータイの手帳にメモしたはずだからちょっと待ってね」
顔を上げると、駅がもう目の前にあった。
休日を満喫する社会人やカップルがそこかしこにいる。しかし、ダブルデートに向かっている片割れどうしという関係のものは、二人を除いていないだろう。軽く袖を引っ張られる感覚、
「この日この日。あんまり花凛ちゃんて自分のこと話さないから、もしかしたら知らないかもって思ってたんだ」
「……休日なんだな」
「うん。家に呼んで二人きりで楽しんだら?」
花凪子がいるから不可能そうだが、さてどうだろう。伝えれば意外と協力してくれるかもしれない。
「今日って確か服とか色々見て回るんだよな?」
「そうそう。誕生日プレゼントを見るのもいいんじゃないかな」
「バレないように見てみる。ありがとな」
「ううん、これくらいいよー」
朗らかに笑った心菜に笑みで応じ、肇は財布を取り出した。




