甘いアイスと関係性
レストランやテナントなどの店を見て回った結果、花凛はアイスが食べたいと口にした。冷房が利いている店内だが、長袖を着ていれば寒いことはないだろう。
注文してカップとスプーンを受け取り、観葉植物などで見えづらい最奥の席に着いた。
花凛は対角線上に座って、チョコミントのアイスをちびちび運ぶ。冷たいのか、時折堪えるように目をつむっている。
一方肇は、もう少しゆっくり食べればいいのにと思いながらカップのバニラを口に運ぶ。花凛のほうが口に運ぶのは早いが、一口は肇のほうが大きいので、結果的に同ペースとなっていた。
「この間オススメした映画、見れたのか?」
「いーや、探してるんだけどぜーんぜん」
「……そうか」
「うん……」
話に挙がった映画二本を、肇は持っている。
掛けるべき言葉は見つかっていたし、都合のいい解釈をすれば、花凛もそれを待っているのだと思った。
俯いて口を結んでいる彼女は、なかなか口を開けずにいるようだった。そんなのは肇も同じで、違うと言えるところは俯いていないところ。もちろん、目を逸らしてはいるけれど。
こういった場合は男のほうから言い出すのが一般的なのだろう。映画で見てきた主人公たちはそうしていた。というか寧ろ息を吸うように誘っていたような気すらする。
呼吸を止めて言葉を考える。単刀直入に言おうと決めた瞬間、自然と息を吸っていた。
「貸す、か?」
「……いいの?」
どちらも蚊の鳴くような声だった。
「いや、あー」と考える時間を作って理由を探す。『見たそうにしてたから』は恩着せがましいし、『ちょうど持っていたから』なんて言ったら、前回泊まった時に言えよとなる。
視線を泳がせて考えている内に、花凛の返答にはイエスかノーかで答えればいいことに気付いた。
上目遣いでずっとこちらを見てくれていた彼女に目を合わせる。
「持ってるから貸せる、問題ない」
花凛は息を吸いながら口角をゆっくり上げて、ありがとうと言った。一音いちおんはっきり発された言葉が鼓膜を揺らす。ふざけるときとは真逆の声色だった。
頬に出ていそうな熱を逃したくて人差し指で掻く。
「まあなんだ、リュックの礼……だ」
直後、花凛がフフと笑った。口許に手を当てたあとに彼女はスプーンを置く。
「お礼にお礼したら無限ループじゃん」
「ああそうか……それなら、厚意だな」
「厚意って自分から言うものなの?」
「……厚意だな」
花凛はこちらの言っても聞かないゴリ押しがおかしかったのか笑う。厚意ならありがたく借りちゃおうかなとそれを深めた。
「いつ 借りに行けばいい?」
「そうだな……映画の交換を学校で見られるのはまずいから、平日はやめといたほうがいいよな」
「映画見終わってから借りに行きたいけど、また同じ高校の人に見られたら困るしねー」
「そういえばその話聞いたのか?」
「うん。聞いたっていうか、心菜から回ってきたんだけど」
「心菜から回ってきた?」
グループで盛り上がっていたと聞いたから、てっきり花凛はそこで知ったと思っていた。それを話すと花凛はバツが悪そうに、
「私グループには入ってないんだよね。連絡は全部心菜からもらってるんだ」
「意外だな」
「あんまり言わないでよ?」
「大丈夫だ。俺も入ってないし、連絡は幸一にしてもらってるからな。寧ろ同じタイプの人がいてよかった」
「……私と肇って同じ構図だったんだね」
苦笑しているが、花凛はどこか嬉しそうだ。
聞くと、かなり話題に挙げられたそうだが、写真を撮られていないことと夜だったことを利用して、似た人という方向に持っていったらしい。
いやー、よかったよかった――抑揚のない声で言って、花凛はアイスを運んでいた。
他愛のない話をして、映画をいつ取りに行くかの話に戻った。彼女としてはすぐに見たいらしく「帰る前に寄っちゃダメかな?」と前のめりに尋ねてきた。
一度泊めている・泊まっているの関係なので、すんなり結論が出た。
間食のために歩き回ってから、今度は別の階へ行き小物を見た。手帳を見たり文房具を見たりアナログゲームを見たりと、花凛は色々なものを見て回っていた。
肇はその近くの商品を眺め歩き、彼女の話を聞いたくらい。
ファミレスで昼食をとってから、まっすぐ肇の家に向かった。
「玄関で待っててくれるか?」
「分かった」
心なしか弾んだ声を背中に受けつつ二階へ向かう。三本のうち、なんの映画を見たかは聞いているので、残りの二つを探すだけだ。持っている映画はあいうえお順で並べているのですぐに見つけられるだろう。
「ついでにもう一本……は、いらないか」
もしかしたら余計なお世話かもしれないし。
リュックをベッドにそっと置いてテレビ台を見る。遠目からだが見つけられた。
ケース二つを持って玄関に戻ると、花凛が花凪子と話していた。
邪魔しないように控えていようと思ったが、なぜだか花凪子がどいてくれた。見えた花凛は少し苦笑しているような。花凛と目を合わせてから花凪子に目をやる。
「女の子の前でそんな顔しちゃダメよ?」
「眉を寄せただけだろ」
「怖いわ」
「きっぱり言いすぎだろ」
フフと笑う花凛と、それにつられてか小さな笑みを浮かべる花凪子。
二回しか会っていないのに二人はずいぶん親しげだ。からかわれる未来しか見えず心内で戦慄するも、彼女らは聞いてくれないだろう。
いっそのことツッコミを放棄するのも――そう思ったところで、できるわけないなと諦念のこもったため息が漏れた。
ひとまず、
「この二つが見れなかったって言ってた映画だろ?」
「そうそう、ありがとねっ! いつ返せばいいかな?」
「返せるときでいい。バイトがなければいつでも取りに行けるし」
「じゃあ返せるようになったら連絡するね」
「ああ」
それじゃ、と踵を返す花凛。髪全体が華麗に翻って見えた項は、純血の色が如く白かった。玄関の戸を開けて外に出て、ありがとうとこちらを見た。花凛は、お母さんもありがとうございましたと恭しく一礼してから歩いていった。笑顔で花凪子が見送るあたり、やはり相性がいいようだ。
戸が閉まったことを確認、
「さっき、なんの話してたんだよ」
「縁談だけど」
『雑談だけど』と同じ感じで返してきた。
横目で花凪子を見ると、片方の眉を上げて見つめ返してくる。その仕草に、腹の奥底から何やらムカムカしたものが込み上げてきた。
肺の中身を交換する勢いでため息。花凪子に後悔の色は欠片もない。
「同級生に縁談持ち込むってどうなんだよ」
「いい判断だと思ったんだけど。素直じゃない、あなたと違って。見た感じ育ちもいいでしょ? 縁談を持ちかけられたとき、本当に困ってた感じはしなかったし、まあまあの手応えね」
冷静にぶっ飛んだ分析をする花凪子は、不敵に笑って腕を組んでいる。
きっと花凛は、どうやって言ったら相手が傷つかないかを考えていたのだろう。それが苦笑という形で表に出たのであって、おそらく、本当に困っていたのだ。友人の家に映画を借りに行って縁談を持ち込まれたら、そりゃあ反応にも困る。
「女子って本当に嫌なときは真顔になるものだから、あなたの後付の理由は外れだと思うわよ」
「……人の考えを読むのはやめてくれ」
「何年一緒にいると思ってるの?」
読めて当然らしいが、こちらは花凪子の考えがほとんど読めない。せいぜい読めることと言えば、花凛と付き合えば将来安泰と本気で思っていそうなことくらいだ。
「実際問題、本当に嫌な相手となんか出かけないわよ?」
そう言い捨てた花凪子はくるりと反転し、ソファに向かった。テレビをつけたから録画したドラマでも見るのだろう。画面に時間が映っていた。
「夜まで時間あるし、リュックに荷物つめて勉強するか……晩飯できたら呼んでくれないか?」
「分かったわ」
「頼む」
こちらを見ずに棒読みで返した花凪子。ドアの前まで歩くと、先ほどと同じトーンで、
「勉強なんて真面目ねえ」
「あ? ああ」
「勉強やれなんて言ったことがないのに、どうしてこんな子になったのか不思議だわ」
「……やってんだから文句言うなよ」
一気に勉強する気がなくなった。映画でも見ようか、それとも勉強か。数秒考えて、ひとまず自分の部屋に向かうことにした。
「縁談に対して怒ってるんじゃなくて、私の行動に対して怒ったのよねえ……」
「なんか言ったか?」
「いいえ。幻聴でも聞こえたんじゃない?」
「ああ、じゃあいい」
「あら、いいのね。ツッコミを期待したのだけれど」
扉を開けた瞬間に悩ましげな声が聞こえたと思ったが、勘違いだったらしい。代わりに今聞こえたのは煎餅を食べたときの高い音。
しかし、今日だけは、ドラマの音が聞こえるまで時間がかかっていた。




