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ムフフな母親

「出会い系?」

「んなわけあるか」


 玄関にて会ってしまった花凪子は黙考し、ズバリ言った。自信満々、といった表情だった。

 こちらの話を聞かずに一人でうんうんと頷く花凪子は、


「名推理ね。あなた、映画を見に行くって言って女の子と会ってたのね。我が息子ながらやるわ」

「……何もやってねえよ」

「まだね」

「おい」


 花凛の前だから自重したけれど、黙ってくれと言いたかった。どうして母親とこんな話をしなければならないのか。映画の中に出てくる家族はもっとまともか、もっと崩壊してるし、国語の授業で登場する家族はいつもまともだ。

 そういえば、この間見たアニメ映画のような関係性だなと思った。


「どうしたの肇。そんな『いい襲い方を思いついた』みたいな顔して」

「してないだろ」

「大丈夫よ肇。何があっても、私はちゃんと通報してあげるから。……そんなに睨んで、私そんなに変なこと言ったかしら? ――あ、いい? 肇。家族にも平等であるべきなのよ?」


 途中から面倒くさくなって聞き流していた。一人芝居をする母親は楽しそうだ。


「あっでも、出会い系って双方の合意よね? それだったら別に通報しなくても」

「はいはい」


 もし仮に出会い系だったとして、出会って初日に家に招くような強靭な心臓を肇は持っていない。ましてや母親がこれ――ツッコミを置いてけぼりにするボケラッシュをかますのだし。


「今日はテンション高いな」

「そりゃあもう。一人息子がやっと女の子を連れてきたと思ったら出会い系だったんですもの。おまけにこの子、すごく可愛いわ」


 花凪子は喜々として語るが、ちょっと何を言ってるか分からない。この調子だと、会話を続ければ続けるほど疲れそうだし、何より花凛を起こしそうだったから、


「ひとまず部屋に運んでくる」

「それなら私がこの子の靴を脱がせるわね。まっすぐ部屋に行ってちょうだい」

「助かる」


 自分の靴を脱いで、花凪子が靴を並べたのを確認してから階段に向かう。


「夕飯はすぐに食べれそう? それとも何時間か待った方がいい? もしかしたら朝までとか」

「寝かしたら戻るから」

「冷たいわね」


 言葉を遮りすぎたのか、花凪子が愚痴るようにこぼした。悪い、そう心のこもっていない返しをして花凪子を振り返る。


「ただ、誰のせいだよ」

「私でしょうね」

「……ああ、そうだな」


 こちらの雑な対応に軽い笑みを浮かべて、花凪子は頬に手を当てる。その視線が妙に暖かくて、背中に痒みが走った。もとより背中は暖かかったが、それ以上に体温を上げられてしまった。


「おかずは……そうね、父さんの分をいただきましょうか」


 花凪子がテーブルに並べられた魚や野菜を見る。肇もそちらに目を向け、分かったと返事してから階段を登った。


 花凛をベッドに寝かせて、一応布団も掛けてきた。十分ほど経っても、彼女の規則正しい呼吸は崩れていない。

 土日の勉強の準備をしたり、部屋の物を移動させる作業も終わってしまい、手持ち無沙汰になった肇はリビングへ向かった。


 水のついた手をエプロンで拭いていた花凪子がこちらにやってきた。


「紅茶なんてあなたの趣味だったかしら?」

「花凛――ああいや。あの女子生徒が紅茶好きでな。多少なりとももてなしは必要だと思って」

「ああ、それで」


 戸棚の中、手近にあったティーバッグの入れ物を手にとるも、何がどんな種類か分からずに固まる。

 得心した様子の花凪子が「変わるわ」と言ってくれたので、肇はペットボトルのコーヒーを手に取った。それを自分のカップに注ぎ終え、花凪子がポットに水を入れる様子に視線を移す。


「あの子、カリンって言うのね」

「ああ。凛とした花で花凛だ」

「カッコよくて可愛いわね」

「……? そうだな」


 花凪子はコンセントにプラグを差し込んで、椅子に腰を下ろした。

 肇も椅子に座り、湯が湧くまで待つことにした。


「花凛ちゃん、何の紅茶が好きとか言ってた?」


 花凪子の業務的なトーンに、聞いてないな、と首をひねる。紅茶をよく注文しているという理由から紅茶好きと判断しただけで、紅茶に関する話は特にしていないはずだ。『ストレート』や『アイス』といった単語も専門外なのでよく覚えていない。

 諦めたように頷く花凪子。


「そうよね、あなたに紅茶の話をしたところでね」

「悪かったな」

「本当にね」

「否定しねえのかよ」


 当たり前よ、と返した花凪子は一度吐息して、テーブルに肘を乗せた。花凪子が真剣な表情をしていたので、眉を上げて事情を聞こうとする。

 彼女の声はボケるときと違い、落ち着き払っていた。


「あの子の親御さんへの連絡、どうすればいいと思う? 家がどのへんとか聞いてる?」

「全く聞いてないな」


 大きなため息が正面から。逸らしていた視線を花凪子に合わせる。こめかみを押さえていた。


「すごいわね……連れ込んだ……そうねえ。連れ込んだなら、相手のことをほとんど何も知らなくてもおかしくないわよね」

「不可抗力だって。あと、連れ込んだわけではないからな」

「じゃあ合意のもと?」

「出会い系から離れてくれ」


 極めてわざとらしい、けれども無垢な視線。疑ってくるのも無理ないが、花凪子の場合は単純にからかっているだけに思える。経験則だから間違いない。

 本題に向かうために「で」と一言。


「花凛をベッドに寝かせた後、少しケータイを見たんだが、ロックが掛かっていた。家の電話番号とかは調べられなかったな」

「勝手に乙女のケータイ見たの?」

「親御さんが心配してると思ったんだ。花凛なら話せば事情を分かってくれると思ったし、親御さんが警察に連絡でもしたら大事になるから」

「まあ分からなくはないけど……でも、勝手にケータイを見るのはやめた方がいいわ」

「今度があったらそうする」


 ええ、と頷いてから、花凪子は怪訝な表情になった。


「ロックをかけるタイプには見えなかったけれど……」


 肇もそれには同意見だった。何か分かるかなと思ってケータイを見たものの、アニメキャラが壁紙のロック画面が出るだけ。意外にも、彼女の警戒心は高いらしかった。


 その後少し話して、花凛が目覚めたら彼女自身に連絡をしてもらおうということになった。


 お湯が湧いた合図を聞いた花凪子が席を立ち、紅茶のティーバッグを準備する。花凪子は、いつものようにシーサーをカップの上に乗せていた。


「誰でも飲みやすい紅茶を準備したけれど、花凛ちゃんが飲めなかったら勝手に変えてちょうだい。一応名前を言っておくと、今入れたのはアッサムってお茶だから」

「分かった。アッサム、だな?」

「そう。『あら、あそこにサムくんいるじゃなーい』のノリで覚えるといいわ」


 スルーするとして。


「あと、私がお風呂に入っている間に夕ごはんを食べてもらえると助かるわ」

「分かったが、まだ風呂入ってなかったのか?」

「ちょっとドラマを見てたのよ。他意はないわ」

「あ、ああ……」

「別にいいじゃない。面白いドラマが悪いのよ?」

「とんだ冤罪被害だな」


 ティーバッグをカップから取り出し三角コーナーに、シーサーを戻してカップをトレイに乗せた。肇のもそれに乗せ、部屋に持っていく準備を整える。


「叫ばれたり泣かれたりしないようにね」

「ああ」


 心配の色が全く見えない花凪子の横を通って、自分の部屋にトレイを持っていった。

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