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マリオネットの糸  作者: 冬山鳴
春の章
5/22

春の章④

導入部分長くない…?

03

 ミライの言葉を聞いて思わず質問を返してしまう。


「それは急な異動、ということでしょうか」


 場所は自室。とはいってもあるのはスリープ用のベッドだけであとは壁も床も天井も、すべてが完全な白に染められた無機質な部屋だ。決して広くはないが、特型とはいえ自動人形であるワタシに部屋があてがわれていることはおそらくあまり多くないケースだろう。


 …といっても任務を終え、待機状態の時以外はあまり部屋にはいないですが。


 今回も一つの大きな任務を終え、自室に戻った矢先にミライが訪ねてきた。そして何の前置きもなく、実に機械的に「あなたには別の任務を与えます」と切り出してきたのだ。

 確かに一つ、自分の任務を終えてきたところだがそれ以外にも通常の業務はある。それに何か新しい任務を与えられるなんて予定はなかったはずだ。


  …さて、今までの自分の仕事に何か問題でもあったでしょうか。


 自分に与えられてきた任務は常にパーフェクトにこなしてきたはずだと、視線を相手に合わせたまま記憶領域のアーカイブを検索する。


「いいえ、そうではありません。code.0124、これは任務完了に伴う再配置です。今

日まで私たちの都市に潜伏していた密入国者の摘発と制圧の現場指揮任務お疲れ様でした。今回その功績が評価され、「お母様」を含め政府から特別任務がcode.0124、あなた個人に与えられることになりました。」


 幼い少女の姿からはとても似つかわない機械的な冷たい言葉が発せられる。声音そのものは少女のそれだ。しかしその抑揚のなさ、無機質で何の思考も読み取ることができない話し方と表情は視覚情報によるこの自動人形の少女の容姿から得られる予測と大きく乖離している。

 そんないい加減見慣れた違和感を思考領域から切り離しつつ、必要な情報を得るために話を進める。ひとつの空間内で自分の上位に当たる個体と二人きりというのはいくら感情のない私たち自動人形でも決して居心地のいいものではない。


「それでは今の所属とは離れた職務が与えられるということでしょうか?」


  小さな不安がよぎる。今の所属、治安維持部門はそれなりに高い能力と結果を要求される場所だ。そこに所属するのはいわばエリートである。それ故に常に最新型の自動人形が導入されてきた現場だ。そんな場所で結果を残し続けたことは、徐々に旧式と呼ばれるようになってきた世代のワタシにとって誇りであり、存在意義といえよう。そのためそんな場所からの異動を告げられると嫌でも世代交代、そしてそう遠くない将来の廃棄処分という未来を考えずにはいられない。


 処分されることに対して何かしらの拒否反応があるわけではない。ワタシたち自動人形にとって廃棄処分というのは決して珍しいことではないからだ。もちろん旧式のボディに替えて、最新式のボディにブラックボックスを移植できるというのならばそれに越したことはないが。


 …いえ、むしろ役割を終え、公式に処分されるだけでも、ワタシたちのようなモノにとっては十分過ぎる結末と言えるでしょう。しかし今この場で思考しているワタシという主体が消えてしまうとう仮定はどうも内部で処理不良を起こしているようです。その状況をうまく想定することができません。自分のこの思考が消滅する可能性を事実として認識することはできても、それを一つの実感として想定することができません。なぜ?ワタシが認識できない仮定の話は想定不可能ということでしょうか。


 あとで一度情報処理機能の検査を受けてみる必要があるかもしれない。

 そんなことを頭の隅で思考していると抑揚のない声が空気を揺らす。


「ええ、そういうことになります。今回、あなたにはある人物の元へ向かってもらいます。遠見奏多、我々にとって現在最重要人物になりうるかもしれない人間です。あなたには彼女の身辺警護、および観察調査を行なっていただきます」


 遠見奏多、聞き覚えのある名前です。そう考えながら公安データベースにアクセスし彼女に関する情報を瞬時に収集する。


 なるほど、これはまたなかなか…。

「遠見奏多を反政府組織から保護、それと同時に彼女が我々にとって脅威となりうるのか観察し、判断しろ。ということでよろしいでしょうか?」


 自らのブロンドの長髪を片耳にかけながら得られた情報から推測したことを答える。


「流石ですね、code.0124。理解が早くて助かります。しかし一つ訂正します。遠見奏多に判断を下すのはあなたではありません。あなたはただ観察して知り得た事実のみを詳細にワタシたちに報告するように。ワタシに伝わるその情報に基づいて「お母様」たちは判断を下すでしょう」

「了解しました。特型code.0124の新任務として設定します」


 そういってcode.0124は頭を下げる。

 

 ミライ、それが今相対している自動人形たちの総称だ。この少女の姿をした自動人形の正しい名称は政府直属管理執行用群体自動人形ミライ型という。その名にある「群体」という文字通りこの姿をしたミライと呼ばれる自動人形はコレだけではなくほかにも多数存在している。この点に関しては特型を除いた他の各種汎用型自動人形とも共通していることだ。

 しかしミライたちはただの自動人形とは決定的に違う特性がある。それは彼女たちの容姿だけでなく、思考や経験といったもの、それら自体も完全に共有することができるという点だ。ミライたちの思考や経験はすべて互いのネットワーク上で共有することができる。それゆえにミライ型の個体のどれかが見聞きしたことはすべての個体の経験となるわけだ。

 そんな彼女たちの役目は国内に散らばる自動人形たちの管理、そして彼女らのネットワークを介して伝わる政府など上層部の命令を私たち自動人形に言い渡すことだ。つまり彼女たちミライ型はいわば一体一体がネットワークの端末ということができる。要は政府の、そして何より「お母様」の手足だ。


 そのため当然のことながら彼女たちの立場は他の自動人形とは全く違うものになっている。すべての自動人形が国の管理下に置かれているといっても民間に貸し出されているモノ、各官庁や地方ブロックの自治体に出向しているモノも多く存在している。しかし彼女たちミライ型はその正式名称の通り完全に政府直属の自動人形だ。それゆえに彼女たちの命令に従うのは何も私たち自動人形だけではない。国に使える国家公務員のような人間に対してであっても彼女たちの指令は非常に強い力を持つ。


…自動人形《私たち》に命令する人間に命令を出す自動人形ミライたち。なんともいびつな構造だ。


 ミライたちが上層部の手足。彼女たちがそうだとするならば、私たちはそれに動かされる駒といったところだろうか。


 改めて自分の立場を認識させられる。


 特型自動人形といっても結局は他の汎用型自動人形と同じ駒でしかない。特型の開発も700番台に突入したというのはずいぶん前に聞いた話だ。ワタシのような100番代前半の特型なんて既に数えるほどしか残っていない。自分の代わりなんていくらでもいる、という事実は汎用型自動人形に限った話ではないということだ。


 …なぜこのような悲観的な思考をしているのでしょうか。ワタシが一つの駒に過ぎないことなどワタシが製造されたその時からわかっていたことです。やはり思考回路のどこかになんらかの不具合が起きているようですね。早急に検査をしなければ。


「しかしミライ、公安のデータには遠見奏多が要警戒人物であるということしか記されていません。彼女のどこが問題で、監視の目的はいったい何なのでしょうか」


 自分の思考を振り払うようにミライに尋ねた。


「それは純粋に任務完遂するために必要な質問ですか」


 ミライの何の感情も宿らない瞳がまっすぐにこちらの目をとらえたまま彼女は質問を返してくる。まるで駒が必要以上の意思を持つ必要がないといわんばかりの拒絶がその言葉には含まれている。

 先ほどまでの自分の悲観的で自動人形にふさわしくない思考まで読まれているような気がして思わず一歩後ずさる。


「え、ええ。対象を観察するうえでより詳細な相手の情報があった方がより効率的に任務を達成できる可能性が高いと思われます」


 なぜだろう。ワタシは正しいことを言っているはずなのにそれを言うワタシ自身が自分の言った言葉を言い訳のように感じている。


「…正論ですね。いいでしょう、あなたにはもう少し詳細な情報を与えましょう」


 ワタシの焦りなど感じ取れなかったのかミライは淡々と説明を始めた。


「といっても我々も遠見奏多について何らかの確証を得ているわけではありません。あくまで疑いの段階です。それゆえにあなたというより優秀な自動人形を監視につけるわけですから。それではまず遠見奏多がかつての争乱において反政府勢力の重要参考人であったという情報はあなたも認識できていますね」

「はい。それは公安のデータベースから確認しています」

 ミライの質問に答える。

 


かつての争乱。それは約四十年前、この国で発生した内乱だ。正式には「二十一世紀末争乱」と呼称されているが人々の間では「世紀末争乱」、「反人形争乱」、あるいはただ単純に「争乱」や「内乱」とも呼ばれることがある。この国ではそういった出来事が発生すること自体が歴史上、特に近代以降は珍しいことであり、この事件が「争乱」や「内乱」といった言葉の代名詞になっているのだ。


 二十一世紀後半、この国である一人の人物によって従来のものとは比べ物にならない高性能な人工知能が開発された。やがて人工の肉体を持った人工知能、つまりワタシたち自動人形が開発されるとそれらは急速に社会に浸透していき、社会はその姿を大きく変化させていった。はじめは単純労働から、そして自動人形に関する技術が発展するにつれてその活躍の場を自動人形は広げていった。農業や工業、やがては警察や弁護士といった分野にまで自動人形は姿を見せるようになっていった。


 しかし、民衆中にはは徐々にその時代の流れに反発をするような人間もでてくるようになる。やがて司法権や警察権といった国家の機能にかかわるものが人間の手から離れ行くと、そのことをきっかけに反発は表面化していった。

 

 

 そして二〇九四年、一つの事件が起きた。それは治安維持用に配備されていた汎用型自動人形がデモ行進を行っていた一人の女性に重傷を負わせる、というものだった。当然自動人形は正当にデモをしている人間に対して攻撃をする権限など持ち合わせておらず一部の民衆は大きく反発し、その運動に火をつけた。

 これに対して当時の政府は問題を起こした自動人形を分解調査し、認識系統に何らかの処理不良が発生していたと発表。しかし当然もはやそれだけで収まる状況ではすでになく、反政府的な運動は全国に散発的に展開されていき中には暴力的な行動を起こす人間も出てくるようになったのだ。


 これらの運動に対して政府は最新の特型自動人形、さらにそれをもとに設計した量産可能の戦闘型自動人形を投入し、大きなけが人を出すことなくそれらを制圧することによって自動人形の安全性とその性能を国内外にアピールしていく。

 この時点ではまだ内乱といえるほどの混乱は起こっておらず散発的な事件が起きるのみであった。


 しかし二〇九七年、その情勢は一変する。

 その年の春、政府は「人間の理想の社会建設計画」(ユートピア・プラン)を発表した。それはより自動人形を活用することによって人間が労働という呪縛から解放された社会、つまり現在のような社会を目指すというものだ。

 政府は大量の自動人形を投入し全国的に土地改革を実施、全国に農業用地を拡大すると同時に、人間が住むための「完全環境対応都市」の建設をスタートした。しかしこの計画の中では半ば強制的に地方に住む多くの人間が自分たちの住む土地を追われ「都市」に移住することを余儀なくされた。

 そんな中でそれまで燻っていた反政府運動が激化。各地の運動がやがて統合されていき組織を結成すると彼らは「人間解放戦線」を名乗りその年には武装蜂起、政府に対し徹底抗戦を宣言する。こうして二〇九七年の秋、十月十日に「二十一世紀末騒乱」は勃発した。


「あなたもすでに知っているようにあの争乱のなかで遠見奏多という人間が何らかの事件に直接関与したり、武力衝突にかかわったりしたという決定的な証拠は存在していません。それに何より彼女にそんな軍事的能力はないというのが我々政府側の見解です」


 …それではなぜ彼女は反政府勢力の重要人物とされているのか。


「しかしあの争乱には一般的には公開されていない情報がいくつか存在しています。あなたはあの争乱がどのような経過をたどったのか把握していますか?」

「はい。反政府勢力は農地改革が図られていた地方に潜伏しゲリラ的な攻勢を行いながら反抗を行いました。しかしやがては自動人形の圧倒的な戦力によって二一〇〇年に壊滅し降伏した。というのが一般的に知られている事実です」


 あの内乱において政府は「国民の血を流さないクリーンな戦い」というスローガンを掲げ人間の兵士は一切投入せず、その代わりに大量の自動人形を投入した。少なくとも反政府勢力の人間の血は流されているわけだからこのスローガンが正しくないことは少し考えれば明らかなのだが、彼ら反逆者の血は「国民の血」に含まれないということだろうか。そのため人々の中にはこのクリーンなスローガンに対して、反政府勢力の粘り強い反抗と泥沼の戦況を指して陰では「血を油で洗う戦い」と揶揄している者もいる。


「ええ、一般的な認識はそれであっているでしょう。しかし実際それは適切ではありません。記録において戦場は「自動人形対人間」という構図で展開されたとされています。ですがそれは事実ではないのです」

「それはまさか…、政府側の戦線に実は人間が投入されていたということでしょうか」


 もしそれが事実だとすれば国民に対してはとても公表できないことであろう。政府が掲げていたスローガンが全くの嘘であったなど、とてもじゃないが国民に言えたことではない。


「いいえ、その予測は間違いです。いえ、むしろそうであったのならまだどれだけよかったでしょうか。しかし事実はそうではありません」

 ミライはその口調と同じように淡々と首を振りながら話を進めた。

「政府側から自動人形しか投入されなかったというのは事実です。事実でないのは反政府勢力側、彼らの戦力が人間だけであったという点です」


「そ、それは…」


 全く予測していなかった事実に思わず声が漏れる。

 もしミライの言っていることが本当に事実だとしたら「人間解放戦線」に自動人形が参加していたということになる。


 …果たしてそんなことがありうるのでしょうか。

 

 この国に存在する自動人形はすべてこの国の管理下に置かれている。これはだれもが知っている常識だ。それはつまりこの国の意に反する行動する自動人形は絶対に存在しないということを意味している。


「当時、反政府勢力に自動人形が参加している、という情報が入ると政府は大きな混乱に襲われました」


 驚きのあまり反応できないワタシをよそにミライは淡々と話しを進める。


「しかし冷静に考えて政府にとって二つの可能性しか存在しませんでした」


「…それはその自動人形たちが「既にあるこの国の自動人形を鹵獲して改造したモノ」なのか「全く新しく反政府勢力の人間の手によって製造されてモノ」なのか、という点ですね」

 なんとか思考を働かせて話についていく。

 しかし現実的に考えてその二つの可能性はどちらも非常に信じがたいことである。自動人形のいわゆるコア、人間でいう脳に当たる部分である「ブラックボックス」は政府の本当に一部の優れた科学者がなんとか扱うことのできる代物であり、一般人には手に余る不可侵の領域である。だからこそ彼らは自動人形を独占できているのだ。

 もしそのブラックボックスを改造、それどころかまったく新しく作り出すことができる人間が他に存在するとしたらこの国の自動人形独占により成り立っている支配は成立しなくなってしまう。

 そもそもそんな人間が存在しているとして、現在の政府の支配体制が何十年も盤石に続けられているというのは少々考えづらいことだ。

「はい、当時の政府もその二つの可能性を考慮しました。そして敵対行動をとっていた自動人形を何体か鹵獲し、それらの調査を試みました。その調査の中である一人の人物の名前が浮かび上がってきたのです」

「それが遠見奏多、なのですか?」

 

 ミライは頷き、話を進める。


「まずは鹵獲した自動人形たちのボディを検査しました。するとその自動人形たちは一体残らず全てが政府によって製造された個体であるということが識別コードから判明しました」


 …これで可能性は一つに絞られたわけだ。反政府勢力の人間たちは全く新しい自動人形を製造したわけではなかったのだ。


「ですがブラックボックスは彼らが見た限りでは大きな異常はみられませんでした。そこで政府の研究者はその自動人形たちに対して聞き取りを行いました。やり取りの中で自動人形たちの思考プログラムに何らかの致命的なバグがあるのを発見できるのではないかと考えたのです。しかしどんなに調べても自動人形たちの言動に論理的におかしい点はありませんでした。研究者たちは非常に困惑しました。自動人形を調べる限り何らそこに他の自動人形との違いを見つけることができなかったからです」


 …話が見えてこない。

 今のところ自動人形に異常が何ら存在しなかった、ということしか判明していない。確かにそれはそれで不思議なことではあるのだが、なぜそこから遠見奏多という人物につながるのだろうか。


「そんな中であることが発見されます。研究者たちは自動人形たちの言動を事細かに記録していました。一体一体の記録だけ取り上げてもそこには不思議な点はありません。しかしそれらすべてを比較したときある共通点が見いだされたのです」


 ミライはそれぞれの自動人形の言動が記録されたホログラム・ウィンドウをいくつも宙に展開した。するとそれぞれのウィンドウから一つの共通の言葉が浮かび上がってくる。


「それが遠見奏多、ですか」


 宙にいくつも浮いた遠見奏多という文字。それはすべての自動人形の記録に存在していた。まさかこれを偶然と片づけられる者は人間にも自動人形にも存在しないだろう。


「そうです。まず一つ目の共通点が彼女の存在です。これらの自動人形たちはそれ以前に必ずどこかでこの遠見奏多という人物に接触していたのです。そして共通点はこれだけではありません。彼らの言動を記録しなくてもわかる最大の、そして当然の共通点があります」

「…それは反政府勢力に加わったという点ですね」


 それは当たり前のことだろう。そもそもの目的がそういった自動人形の調査なのだから。


「ええ、その通りです。そこで研究者たちは自動人形たちに問いました。「なぜ反政府勢力に加わったのか」と。そしてその質問に対する答えはどの自動人形もほとんど同じものでした。それは「反政府勢力に加わってはいけないという命令は受けていない」、そして「ワタシはより多くの人間を守るための判断を下した」というものです。確かにこの言動自体は論理的に何も問題はありません。我々政府側もすべての自動人形にたいして「反政府勢力に加わるな」という命令はわざわざ下していませんでしたし、自動人形が人間のために行動することは当たり前のことです。しかしそれでも彼らの行動は自動人形としておかしかった。普通ならば決して行わないないことをしました」


 確かにその自動人形たちの行動に論理的な矛盾は存在しない。しかし、もしそれが正しいのならすべての自動人形が同じ行動をとったはずだ。

 ではなぜ当時存在していたすべての自動人形たちはその行動をとらなかったのか?そんなことは簡単だ。人間、もっというならば「人類」という存在を考えたとき、その行動が不利益になるからだ。確かにわずかな人間の血は流れるかもしれない。しかしその犠牲を受け入れなければ人間のより理想的な社会の達成は不可能なのだ。その判断が自動人形にとって正しいものであるし、当然のものだ。


 …理解できませんね。目の前の人間だけを助けることが自動人形の役目ではないでしょうに。


 ワタシがその自動人形たちの理解不能な行動を想像している間もミライは話を進める。

「しかしその自動人形たちはその行動に至ってしまった。それはなぜなのか。当時の研究者たちにもわかりませんでした。しかしここである一つの仮定が浮かび上がります。それは、この遠見奏多という人物が我々にも解明できない「なにか」を自動人形に行い、それらの自動人形を変容させてしまったのではないか、というものです。こうして遠見奏多は一人の容疑者として調査されました。ですがどんなに調べても、いえ、むしろ調べれば調べるほど彼女がそういったことが可能な人物とは到底思えませんでした。彼女の経歴を見てみても平凡すぎるほどに平凡で自動人形に関する専門知識を得ることはおろか、大学にさえ通っていませんでした。一つ判明したことは彼女が「人間解放戦線」の中心人物と面識があったということだけです。しかし面識といっても学生時代同じ高等学校に通っていたというだけで決定的な証拠にはなりませんでした。そこで政府は彼女をあくまで「重要参考人」にとどめ、監視を置くだけとしたのです」


 そういってミライは開いていたすべてのウィンドウを閉じた。遠見奏多に関する説明はこれですべてということなのだろう。


 遠見奏多に関する情報はどれも驚くべきものばかりだ。現在世間に出回っている情報ではまるでテロリストの首謀者のような扱いだが、実のところただの平凡な人間である可能性のほうが高いではないか。しかし国家からしたらその可能性が一〇〇%ではないことが悩ましいのだろう。彼女がただの平凡な人間と断定することができるならばそれが一番であるのは間違いない。しかしそうするにはあまりにも残されたわずかな可能性が無視できないほどの重要なものなのだ。

 正直分からないことだらけだ。まあそれを調べてくるのが任務なのだからミライたちもわからないことだらけなのは変わらないとは思うが。


「なるほど。遠見奏多という存在については理解できました。しかし何十年も監視していて何も出てこなかったのにワタシが護衛につきながら監視したところで見極めることは難しいのではないでしょうか」


 思ったことを率直に伝える。正直ただの自動人形が考える必要はないことではある気がしたが言わずにはいられなかった。また何か小言を言われるかと思ったがその予想に反してミライは頷きながら口を開く。


「難しいことは理解しています。事実かどうかも定かではないことを証明するというのは何であっても難しいものです。ですから今回の任務は必ず成果を出さなければいけないという類のものではありません。遠見奏多の年齢と肉体の状況から彼女はそう長くはないでしょう。ですから最優先は最近活発化しているという情報のある反政府勢力に彼女を渡さないということなのは忘れないように。たとえ彼女が我々の知りえない「なにか」を持っていたとしてもそれが敵の手に渡らなければ問題はないのですから」


 …まさに撒き餌ですね。


 ミライの言葉を聞いてそう思わずにいられなかった。要は「暫定一般人」を反政府勢力にとって、さも価値のある存在であるかのように見せかけておびき出しているわけだ。もちろん遠見奏多がただの一般人ではない可能性も万に一つくらいはあるのでそのためのワタシなわけだが。


「任務の詳細は了解しました。直ちに遠見奏多のもとへ向かい任務に移ります」


 これ以上はワタシが立ち入る必要はないと判断し、さっそく任務に取り掛かろうとする。


「待ちなさい、code.0124。遠見奏多の護衛につく自動人形はあなた一体だけではありません。最新の特型をさらに一体、あなたと合わせて二体でこの任務にあたってもらいます。新型のほうは現在起動後の検査を行っていてあと数日で終わる見込みです。それが終わり次第、ともに任務に移ってください」


 …ワタシ一体だけではない?もう一体いる?しかも最新の特型が?


 最後の最後にミライはとんでもなく重要な情報を明かしてきた。

 正直最初に異動を命じられた時は自分の潮時か近づいているのかもしれないと思っていた。しかし任務の内容を聞いて、それが重要なものであり、功績を上げ続けてきた自分に回ってきた特別なものだと判断した時は誇らしさすら感じていたのだ。だがそれが最新の特型との共同任務となればまた話は変わってくる。普通に考えればワタシはその特型のサポートということだろう。つまり決してワタシだけに期待していたわけではないのだ。


 …いえ、別にそのことに気付いたからといって何も変わることはありませんね。ただ任務完遂を目指すだけです。


「わかりました、それではその特型のサポートはお任せください」


 なんとも形容しがたい感覚がボディを覆っていく。強いて言うなら自分の足元が崩れ去るような不安定さを感じる。

 平衡感覚センサーにまで何か異常が発生しているのだろうか。検査項目がまた一つ増えてしまった。

 自分の肉体もそろそろボロが見え始めてきたのかもしれない。


「いいえ、あなたは別にサポートというわけではありません。もちろん互いに協力して任務にあたることが望ましいですがあなたとその特型との間に上下関係のようなものは設けるつもりはありません」


 ミライはワタシがなぜそんなことを言うのか理解できない、とでもいうかのように首をかしげていった。彼女のような作られた時から役割が決まっている存在にはわからないのだろうか。


「ですが客観的に判断して性能的に優れている個体を中心にして任務を進めるのは効率的なことではないのですか?」

「確かに普通ならそうでしょう。ですが今回の新型は純粋にスペックが他の特型に比べて高いかというとそういうわけではないのです」

「では何のための最新の特型なのですか?」

「今回の特型は設計段階から従来のそれとは根本的に違います。なのであなたたちと比べて特段何かに秀でているというわけではありません。そうですね、強いて言うなら同じ特型でも系統が違うといいましょうか、開発側の人間たちにとってもまた新しい試みなので試作段階という色合いが強いのです」


 なるほど、確かにワタシが想定していたような超高性能な最新自動人形というわけではないようだ。


「しかし従来の自動人形とはどういったところが違うのですか?…もちろんこれは同じ任務を共同で遂行するものとしてパートナーの状態を正確に把握するための質問です」


 …なんだかすこし質問が言い訳がましくなっている気がする。


「そうですね、詳細はミライのネットワークにも挙がってないので詳しくは伝えられないですが「お母様」からの情報によると「原点回帰」、というのが一つのテーマだそうです」

「…わかりました。それではその新型の準備が整い次第任務に移ります」

「よろしくお願いします、「お母様」や政府もこの任務には期待しているそうです。それでは任務伝達は以上になります。任務に関するより詳細な情報はデータベースに挙げておきましたのでそちらから取得してください。それではまた途中報告で」


 そういうとミライは踵を返し、足早に部屋から立ち去っていった。

 その最新の特型自動人形について詳細な情報は得られなかったが、「原点回帰」というワードで何となく予測はつかないでもない。自動人形の「原点」といったらおそらくさしているものは一つしかない。




明日平日、頑張りましょう…。

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