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マリオネットの糸  作者: 冬山鳴
春の章
2/22

春の章①

本編始まります…

複数視点の物語なので主人公たちが出揃うのはもう少し先かと。


01

 ピピッ。

 アラームの音が頭の中で響いた。


 ピピピッ。

 それは新しい一日、でもいつもと変わらない一日の始まりを告げる音。


 ピピピピッ。

 かつては毎日に進歩があると思っていた。ワタシの行動は必ず結果につながると…。


 ピピピピピッ。

 しかしそんな期待も今のワタシの中ではほとんど風化してしまっている。未復元のまま放置された剥落した壁画のように、確かにそこにあるのに何が描かれていたのかは思い出すことも難しい。


 ビビー!

 いずれ完全に風化してワタシの中から消え去る日が訪れるのだろう。もしかしたらそのタイムリミットはもう訪れているのかもしれない。しかしワタシにそれを確かめるすべはなく、今日もワタシはその剥落した壁画を眺め続けるのだ。


 アラームの音が止まる。

 室内のセンサーがワタシの目覚めを感知して遮光機能を切ると、朝日が暗闇を分解し洗い流すように室内に流れ込む。普段なら朝のニュースを習慣的に流し見しつつ、ゆっくりと頭をおこしていく時間であるのだが、今日はお呼び出しがかかり久しぶりに出社しなければならずそうはいかなかった。

 着慣れないスーツでぎこちなく身を包み、たった一つしか持っていないネクタイを結ぶ。早々に身支度を整え、足早に部屋を出た。

 玄関から足を踏み出し外気に触れる。今日もいつも通り過ごしやすい気温、心地よい風、何をとっても人間にとって快適な気候が保たれている。

 空を見上げれば青い空と太陽が、さもそこにあるのが当然というかのごとく存在を主張している。しかしそれはあまりに自然で、それゆえに不自然な景色だ。それもそのはず、このシティ・カント―のような都市部はいわば巨大な半球状の透明なドームのようなものに覆われており、常に内部の環境は人間にとって最適な状態に保たれている。そのため外部で雨が降っていたり、極端に日差しが強い場合は覆っているドームがそれらを視覚的にすら遮断し、すがすがしい青空を映し出すのだ。 太陽は疑似的でありながらも実際の日の光のような温かみを持っているのだから現代の科学技術さまさまである。

 しかし何年もこの都市内部で生活しているとそれが本当の青空なのか、それとも映し出された偽物の青空なのかなんて見ればわかるようになってくる。今朝はニュースで天気予報も確かめなかったが外では雨でも降っているのだろうか。完全に環境制御された内部にいる自分のようなモノにとってはあまりに無関係な話だ。

 

 視線を空から下げると部屋を出る前に呼んでおいていた車が到着していた。


『おはようございます、崎谷様。本日も良いお日柄でまさに外出日和でございます』

「たしかにそうですね。でもこの街でお日柄がよくない日なんてないでしょう」

『何をおっしゃいますか、本日の空気は非常に澄んでいて人間の人体にとっても非常に好ましいものですよ。なんでも最新の換気フィルターが少しずつ導入されているとか、都市機能管理庁から発表がありました』

「それはよかった、また人類の理想郷完成に一歩近づいたじゃないか」


 そう呟きながら車に乗り込み、フロントモニターに目を向けながら語り掛ける。


「いつも通り職場まで。ああ、特に急いではいないから標準的なルートで、安全運転でお願いします」 


 そう伝えると、車内のスピーカーから返事がくる。


『かしこまりました、ルート検索後、出発いたします。安全運転を心がけますが、崎谷様も念のためシートベルトの着用をお願いします』


 この無機質で機械的な声の主はまさに今ワタシが乗っているこの車である。いや、厳密にいうならばこの車に内蔵されたAI、つまり人工知能によるものだ。行先さえ伝えてしまえば自動運転により何もせずとも連れて行ってくれ、使用したいときには端末で呼び出しさえすれば自分がいる場所に車をつけてくれる。かつてはこういった役割も運転手という人間の仕事として存在していたらしい。しかし、二十二世紀の折り返しがもう近づいてきた現代においてそういった仕事の多くはAI技術発達による、各種機器の自動制御化や私たちが「人形」と呼ぶ存在、「自動人形」の開発によって人間のものではなくなってしまった。


 超高度AI社会


 彼ら自動人形の出現はその社会の在り方を大きく変貌させた。運転手に限った話ではない、土木作業といった単純肉体労働に始まり、今では弁護士や税理士といった職業の分野にまで人形は大きくかかわるようになったのだ。

 かれら自動人形は人間より強靭な力を持つと同時に、莫大な量のデータを並立に処理する能力を有し、実に多様な分野で大きな役割を果たすようになった。そしてその対価として、栄誉ある創造主である人間たちは大きな自由を獲得することができたのだ。現在の成人人口のうち、何らかの職に勤めている人間なんて半分にも満たない。

 かつて人々が必死に働き、非生産的なことに消費されていた時間は「文化的で充実した自由な時間」に変化した。それがいまの政府のうたい文句だ。

 彼らは唱える、自動人形の存在が人類を古代から続く労働という呪縛から解放したのだと。     


 人形たちは基本的には疲れないし眠らない、不眠不休で働き続けその報酬を要求することもない。彼らの無限の労働力は時に山を均し、海を埋め、国土の大部分が山岳地帯であったこの国の景色を根本から変えてしまうことすら可能とした。そして都市部はいくつかの地域に集中しながら拡大し、現在の人口のほぼすべてがテクノロジーの殻に包まれたこの都市部で生活している。


 それ以外のほとんどの広大な地域では農耕や牧畜などが人形たちによって行われており、都市に住む人間の食糧の消費は、地方に展開される広大な農耕地帯とそこで効率的に営む人形たちによって賄われるようになった。かつて低い食料自給率によりその大部分を他国に依存していたこの国の食糧事情は今や昔のことである。

 険しい山岳地帯であったチュウブ地方周辺からは我が国の「象徴」として保存された「フジヤマ」以外の山々は姿を消し、そこら一帯広大な穀倉地帯に変化した。こういった変貌は都市部以外のあらゆる地域に見られ、どこまでも果てしなく続く空のもとで日夜人間のための食糧が人間ではないモノの手によって作られている。これによって人々は人工の空のもと、自ら働かなくても最低限度の生活以上のものが保障されるようになり、それよりも金銭的余裕を持ちたい人間や、そもそも働くことそれ自体に目的のある人間だけが働くようになった。


 これが人類の繁栄というのならばそれは間違いないだろう。人間という生物が形成する社会的集団の一つの到達点、まさに理想郷だ。

 しかし車内から外を流れる景色を見ながら考えてしまう。かつての人間はこの車というこの精密な機械をAIの手を借りずに乗りこなすことができたという。しかし、今それができる人間がいるのだろうか。少なくともこの素晴らしい国にはほとんど存在しないだろう。

 この理想郷を築いた代償は、確かに人々の内側から失われている。


『崎谷様、間もなく目的地に到着します。本日のお迎えはいかがいたしますか』


 スピーカーからの声でふと意識を持ち上げる。どうやらすでに商業区を抜け、多くの官公庁やオフィスビルが集中する中心部に入っているようで、窓の外を見ても建築物たちが連なり、完璧な青空はすでに見えなくなっていた。


「すまないけど、今日のスケジュールはまだ決まっていないんだ。なにぶん久しぶりの出社なものだからあの人にどんな仕事を振られるかわからなくて」

『かしこまりました、それでは決定次第本日の帰宅予定時刻をご連絡ください』

「わかった。面倒をかけるね」

『いえいえ、それが人間というものですから』

 

 その言葉に思わず吹き出しそうになる。まったくだ、この声の主のような機械たちから見たら人間なんて生き物は面倒くさくてしょうがないに違いない。


 オフィスビルのエントランスホールに入り、タイを絞めなおしながら周囲を見渡す。新年度に入って初めての出社、とはいえ何も大きく変わった様子はない。一見人通りが多く見えるがよく見ればその大半が事務作業用の汎用型自動人形でありことがわかる。

 背格好から顔立ちまで全く一緒だからだ。事務作業用の汎用型自動人形はみんな女性の姿をしている。無機質で平凡な顔立ちに黒髪のおかっぱ、そして紺色の地味な制服。かつては事務作業用の汎用型自動人形が女性的デザインなのは性差別だ、などと訴えるフェミニストもいたようだが今ではそんな声も見られなくなってしまった。所詮人間は自分にとって身近な世界にしか目を向けないとうことだろう。「職場」というものそのものが大半の人間にとって縁のないものになった時点で、せっせと事務作業している人形の容姿を気にする人間などいなくなってしまったのだ。

 警備の人形に社員証を提示してゲートをくぐる。ちょうど降りてきたエレベーターから出てきた清掃作業用の人形と入れ替わるようにエレベーターにのり、26階のボタンを押し、社員証を認証カメラにかざすとエレベーターは緩やかに上昇を始めた。


「ベーメル民間総合警備会社」。

 エレベーターを降りてまず一番に目にするのがこの銅板でつくられた社名だ。ベーメル民間総合警備会社はその名の通り、今時珍しい民間の警備会社だ。

 警備のための自動人形、さらには戦闘行為を行うことを前提にして設計された戦闘型自動人形(battle type automata)、通称B型人形といった軍事用の自動人形の誕生により、こういった警備だけにとどまらず警察機能や治安維持機能、果てには戦争や紛争といった場面にまで彼ら人形は大きくかかわるようになった。その結果民間の警備会社なんてものは徐々にすたれていき、それらの役割は政府の人形たちによって引き継がれていった。

 この現象はこの極東の島国だけにおこっているものではない。むしろ世界各国は積極的にこの自動人形たちを軍事用に採用・導入している。どこの国家の軍隊を見渡しても上層部の幹部・将校の人間たちを除けばほとんどが人形たちによって構成されているのが現状だ。

 しかし、今私が勤めるこのベーメル民間総合警備会社が存在するように、完全に人間の手からこういった職種が離れたわけではない。

 とはいってももちろん単純な警備業務なんてものはうちでは扱っていない。うちで扱っている依頼のそのほとんどが「自動人形という存在をいまだに毛嫌いしているため」か、もしくは「国家の自動人形たちにはとても頼めないグレーなこと」だ。決して依頼の数自体は多いわけではないが、いつの時代もそういった依頼は常に一定数存在するし、もちろん通常よりかなり割高で引き受けている。でなきゃこんな一等地のオフィスにフロアを借りるなんて不可能な話だろう。その点はお互い様、危ない連中と仲良くするつもりなんてさらさらないが共依存、持ちつ持たれつというやつだ。

 自分のデスクにつき、荷物を降ろす。デスクの表面を自分の白い指でなぞり、うっすらとたまったほこりをどうしたものかと眺めていると後ろからとても陽気な、間違いなく無機質で無感情な人形ではなく人間のものだと分かる情味にあふれた声がかけられる。


「あれれ、崎谷陸さきたにりく大先輩殿じゃないですか。今日から出社ですか?いいっすねぇ先輩みたいなそれなりのベテランは。聞いてくださいよ、僕みたいなペーペー、四月の頭からきっちり出勤させられてるんですよ」

 

 不満を言っているわりに声の主の青年、成宮圭なりみやけいのその口ぶりからは嫌そうな表情はみえなかった。


「そんなに不満があるならこんな仕事辞めてしまえばいいだろう?それから社長もまさか本気で強制したわけじゃないと思うぞ、おれは」

 

 そういいながら、社長のあのニコニコした表情を思い出す。あの人はいつもあんなだから冗談なのかどうかいまいちわからないところがある。

 

「え、なんですかそれ。どおりで大した案件も与えられず雑用ばっかりさせられてると思いましたよ。なんだかあのひと、底意地の悪さというか本性をあの笑顔でうまく隠してるところありません?社長と付き合いの長い先輩には悪いですけど」

 

 成宮が急に声の音量を落としてワタシに寄ってささやく。

 自分の社長に対してずいぶんな言い草である。この青年は少々怖いもの知らずのところがある。だがそのぶん実直でどんな物事に対して正面から向き合うことができるのがこの陽気な青年の長所であり、それと同時に短所ともいえるかもしれない。余計なことにも首を突っ込む、というどうしようもない習性を抱えているようだが。

 

「なに、まったくもって事実だから気にするな。それに多く働いた分のお金はちゃんともらえるんだろう?それならまだいいじゃないか」

 

「たしかに、社長から聞いた話によると一世紀もまえは何時間もザンギョーっていうのをする悪しき習慣が蔓延っていたみたいですからね…。今みたいに大多数が働かないっていうのもどうかと思うんですけど、働きすぎるのも逆にどうなんですかねえ。って、なんで新年度早々こんな灰色な話してるんですか!もっとこう、春の休暇の間は何してたか、とか楽しいお話しましょうよ」

「楽しいおしゃべりしたいのはやまやまなんだけど今朝は社長に呼ばれててな。その代わりお前の愚痴もしっかり伝えといてやるよ」

  

 やんわりと優しい笑顔を浮かべて席を立つ。

 

「あ、やばい、この人マジで伝える気だ。や、やだなー先輩。ここまでの会話は全部ジョークですよ、そうジョーク、アメリカンジョークってやつです!社長だけに」

「はは、アメリカンジョークどんなものかよくわかってないだろ。それに社長の姓のベーメルはイタリア系だ」

 

 後輩とのバカな会話に区切りをつけ社長室に向かう。

 時代を反映してなのかうちは決して大きな会社ではない。いくつかの部署が存在するがどこの部署も極々少人数で構成されている。この会社ではたらいている人間の数もせいぜい二十名程度であり、社長といっても身近な存在で、本人の性格もあって社員誰でも気軽に顔を合わせることができる存在だ。特に私のような一つの部署を持つ者にとっては直属にして唯一の上司であり、年齢の差はあれど気心の知れた長年の戦友ともいえるかもしれない。

 これから会うのはそんな男だ。


ドキドキしております。

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