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*2* 興 味

男性主人公視点です。



 懲りずにまた周辺の少数民族を煽り立てて平地に乱を起こそうとしたその舌の根も乾かぬうちに――今更攻め込まないでくれと俺に願うなど、あまりにも虫のいい話だとは思わんのかと奴等に問いたい。


 脳が胡桃大の馬鹿共はこれもまた何度目になるかという代わり映えもしなければ、使い道も少ない貢ぎ物を持って許しを乞いにやってきた。


 案の定、通されたホールには怯える奴隷女達が供物のように用意されていて辟易(へきえき)とさせられる。


 こんな無駄な時間を割くのであれば部屋で次回の市場改正案を考えている方がまだマシだと、怯えて震える女や意識をこの場から飛ばして呆けている女を見ながら思った。


 どう角を立てずにこの女達を断るか……そんなことを考えていたら不意に首筋に強い視線を感じる。


 そのあまりにあからさまな視線から、暗殺者の線はなさそうだと顔を上げると――そこにはこちらを食い入るように見つめるラピスラズリの双眸があった。


 象牙の肌に緩く波打った(けぶ)るような金の髪。この場でその女よりも美しい見目を持つ女や、似た配色でもっと美しい女もいた。


 けれど……俺と視線を合わせたのも、視線が重なったにも関わらず逸らさなかったのも――その女だけだった。


 近くの従僕に声をかけて、そのラピスラズリの女以外を下がらせるように指示を出す。しかし再び視線を上げた先の女はすでにあらぬ場所に意識を飛ばしているのか、あの強い視線を返して来ない。


 仕方なく目の前に連れてくるよう後ろに控えていた兵士に声をかければ、愚かな兵士は女を小突いて転ばせた。強かに大理石の床に打ち付けられた女が痛みに顔を歪ませるのを見たら――。


 いつの間にか女を抱え上げて医者を呼ぶように叫んでいた。


 滅多に戻ることのない自室で手当てを待つ間、どこか居心地の悪そうなラピスラズリの双眸に俺は幾度となく視線が吸い寄せられるのを感じて、不思議な心持ちになる。


 手当ての為に晒した肩には、早くも先ほどの転倒による痛々しい鬱血痕が浮かび上がってきていた。


「……さて、お嬢さん、もう大丈夫じゃ。これで後は日にち薬を置けば、お前さんの打ち付けた肌に痣は残らんよ。では陛下、手当てが済みましたのでワタシはこれにて失礼しますぞ」


 長年城に遣えている老医師がそういい残して部屋を去ると、寝台と書類整理を行う机意外に家具らしい家具の少ない俺の部屋は、無駄に広々と感じられた。


 まだ何が起こっているのか分からない女は、寝台の端に腰掛けたまま困惑した表情でこちらを見つめている。


 照明の明かりがあるとはいえ……深いラピスラズリの瞳はその色をますます深めて俺の興味を強く引いた。


「――へいか、と言うのは……あの、」


 寝台に歩み寄ってさらにその双眸をジッと眺めていると、その唇が躊躇いがちに開かれた。双眸だけでなく、その唇から零れる声まで興味深いとは少し驚きだった。


「――そのままの意味だ。ここへ送られる前に主人から俺の噂は聞かされていなかったのか?」


 寝台に歩み寄って女の前に立つが、女はラピスラズリの瞳でただ困惑したように俺を見上げて首を横に振る。女のその答えに、少しでも湧き上がっていた興味はすぐに薄れた。


「なら教えてやろう。お前は貢ぎ物としてここにきたのだ。“嵐の王”と畏怖される俺に殺されるのが恐ろしい連中の生贄として」


 口にしながらラピスラズリの瞳を観察する。少しでもその瞳に恐怖の色が滲めば、すぐにでも殺してしまおうと思った。


 俺は千夜一夜の王ほど気が長くない。媚びられるのは嫌いだが、怯えた瞳で命乞いをされるのも気に食わなかった。それが一瞬でも興味を引かれた人間であれば尚更腹が立つ。


 しかし――。


「今日の仕事が終わってからいきなりのことでしたので……そうでしたか。そんな身でありながらこの様に過分な計らいをして頂きまして、ありがとうございます」


 頭が足りていないのか、女は深々と俺に向かって頭を下げた。


 その動きに合わせて煙る金の髪が肩から流れ、軟膏を塗られたばかりの露わな素肌が照明に照らされて滑らかに灯りを弾く。思わず吸い寄せられるように肩の鬱血痕を指先でなぞれば、女は軽く息を飲んだ。


「……痛むか?」


 そう言って鬱血痕を指の腹で緩く撫でると、女は驚いたように美しいラピスラズリのアーモンド型をした目を見開いて、俺をまじまじと見つめた。


 そして――。


「嵐の王様は……お噂よりもお優しいのですね。けれどこの様なものは私達の間では、傷のうちにも入りませぬ」


 そう答えた女は俺の指先から逃れるどころか、どこか嬉しそうにフワリと微笑んだ。この俺を前にしてこの余裕とは……この女はよほど頭をやられているらしい。


 それともこれもあの下卑共の入れ知恵か? だとしたらその余裕ぶった反応も頷ける。舐められたものだと嘆息すれば、ラピスラズリの双眸が俺を見上げて気遣わしげに揺れた。


 ――――面白くない。


 ――――いっそ、このまま壊してしまおうか。

 

「それを決めるのはお前ではない。新しい持ち主の俺だ」


 自分でも分かるほどに低い声が出た。女はそれでもラピスラズリの双眸で俺を見上げている。


 苛立ちと共に女の胸ぐらを掴んで自分の目線に合う高さに無理やり引き立たせ、不機嫌さが滲んでいるであろう顔を近付けた。


「他に傷はないか確認する。脱げ」


 低く、端的にそう告げる。別にこの女の身体にどれだけ醜い傷があろうが、手を付けるつもりもないので気にしてはいない。


 ただ、何故か俺の胸をざわつかせるこのラピスラズリの瞳を封じてやりたいだけだった。


 握り込んだ生地は質があまり良くないのか、さっき撫でた女の肌に触れるには堅すぎる。摩擦で傷が付きそうなほど滑らかだった女の肌を思い出して、ふと視線をラピスラズリの瞳に戻したのだが――。


「……御意のままに」


 俺を見上げていたラピスラズリの瞳は、いつの間にかアクアマリンのように透き通っていた。疑問に感じて覗き込めば、すぐにその瞳の焦点が合っていないのだと気付く。


 無言のままさっきとは打って変わった無表情になった女は、言われるままに着衣を解いて全身を露わにした。その象牙の肌には無数の古傷が残る。


「――何をしている。下着もだ」


 アクアマリンの瞳は従順に俺の言葉をなぞる。けれどそこにはラピスラズリの瞳の半分も心を捉えるものはなく、ただ素肌を晒した女奴隷が立ち尽くしているだけだ。


 あの色を掻き消せば落ち着くかと思った胸の内は、そんな考えを嘲笑うかのように酷く歪み(すさ)む。


 俺はそれを振り払い、女にその場でゆっくりと回って見るように指示を出した。そしてその中でも特に気になった、女の右胸の上部に押し当てられた焼印の痕を指でなぞった。


「――十九番がお前の名か? まるで家畜だな」


 嘲りを込めてクッと喉の奥で低く嗤うと、女の瞳がまたあのラピスラズリの色に燃える。怒りとも侮蔑とも付かないその色に……俺は魅せられた。


「この数字は目障りだ。俺の所有物であるお前にはもう必要ない。それに名も……改める必要があるな」


 俺の言葉に女は何を言われているのか理解出来ないというように瞬いた。アクアマリンの双眸は、もうすっかりラピスラズリの色を取り戻して俺を見つめている。


 全裸のままの女に寝台から剥ぎ取ったシーツを巻き付け、少しのあいだ接吻が出来そうなほど顔を近付けてその双眸を見つめた。


「……今宵からお前は“ファティマ”と名乗れ」


 金色の長い睫毛が何度もしばたいて、せっかくのラピスラズリの瞳を隠してしまう。それが惜しいと思う自分の内心も理解出来ない。


 俺が戦場ですら感じたことのない胸騒ぎに首を傾げていると、ラピスラズリの女は……ファティマは小さく頷いた。


 その身体がグラグラと揺れているのに気付いて、寝台に突き飛ばす。驚いた表情のまま後ろに倒れ込んだファティマを見下ろして「話は終わりだ」と動揺を誤魔化す為に吐き捨てる。


 またあの声に、ラピスラズリの瞳に呼び止められる前に……あの良く理解出来ない感情に囚われてしまう前に。


 ――――俺は生まれて初めて、撤退という戦法を行使した。



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