*1* 出逢い
女性主人公視点です。
ある年頃になった頃から月の物がこないように与えられ続けた薬で“女”としての機能を失ってしまった私《達》は、いつでも体のいい貢ぎ物として重宝された。
薬に途中で身体が堪えきれずに命を落とす娘も多くいたけれど、その後の生き方を考えればそこで命を落とす方がずっと良かったと思えるはずだ。
様々な肌の色と髪の色。年の頃もまちまちで、下はまだ十にも満たない気配の娘から、上は四十の始めくらいまで揃えられている。
自分の生まれがどこで、誰の種で、誰の腹を借りてこの世に吐き出されたのかを知るものはこの部屋の中にはただの一人としていない。記憶のある者から気をやって、違う場所に連れて行かれる。
その後のことなど誰も知らない。
知らなくても良いからだ。
いつかああなることでしか、私《達》にここから出る術はなかった。早く壊れてしまいたい。意味のない肉の塊になってしまいたいと、毎日違う男の相手をしながら思う。
苦しくはない。
哀しくもない。
怒りも羞恥もない。
あるのは痛み、ただ、それだけ。
今日もまた、乱暴な男の相手をさせられて壊された娘が、ヒステリックに言葉にもならない何かを叫んで連れて行かれた。最早この部屋の誰も顔を上げすらしない。
――私も、そう。
不衛生ではない部屋。
不衛生ではない服。
では、それに囲まれた私の身体は――どうだろう? そんな愚にも付かない思考に疲れて意識が混濁してくれば“今日”という日もようやく終わる。
けれど……いつも通りにそうなるはずの毎日が、その日は少し違った。
「そこの十九番の、出ろ」
この部屋の鍵を握っているでっぷりと汚く太った男が、私を呼んだ。
“ジュウキュウバン”が私のこの世での呼び名。数字で呼ばれる私《達》はこの部屋の外にいる者達と同じ姿はしていても、その実、家畜とさほど変わらない。
この男は時折その鍵を使って勝手にこの部屋に入り込むと「黙ってろよ、旦那様に言いつけた奴は殺すぞ!」と私《達》を脅して、この部屋でも特に幼い娘に乱暴する。
目の前で行われる理不尽な仕打ちに頭の芯が焼き切れそうになる時期は、とうの昔に過ぎてしまっていた。
でも――私はすぐ傍にいる一番幼い娘を盗み見て、恐怖に震え上がる姿を見てしまうと何ともいえない気分になる。
男に「早くしろ!」と凄まれてノロノロと壁から背を離して戸口に向かう際、無駄だと分かってはいるはずなのに、自分の纏っていた薄い肌かけをその頭上から被せた。幼い娘がビクリと震える。
……娘の顔を見ないまま私は男に頭から麻袋を被せられ、荷物のように乱暴に部屋を運び出された。
私は別に自分が気をやってしまったとは思っていなかったけれど、こんな時間にあの部屋を出されたのは初めてだったのでそういうことなのだろう。
むしろ喜ばなければ。
ここで終われることを。
これで終われることを。
薬を嗅がされて意識が朦朧とする。私はそれに逆らわず、仄暗い期待を胸にスルリと意識を手放した――。
しかしあれからどれほど時間が経ったのか、いま私は眠りに落ちる間際の期待を裏切られ、後ろ手に縛られたまま見知らぬ場所に立たされている。
素足の裏に冷たい大理石で出来た床が吸い付く。
薬によって鈍っていた意識がまた少しだけ浮上して全く余計なことに私の五感を呼び戻してしまう。諦めて覚醒を受け入れる。
どこかの大店の男を相手にするのかとも思ったけれど……整えられた室内にいつもの客層である成金めいた悪趣味さは欠片もなく、かといって今から始末されるような拷問場所でもない。
けれどこの広間を見回す限り、かなりの地位を持っている人間に間違いはなさそうだ。
立たされたまま視線だけで周囲を探ると、私の他にも同じように連れてこられた娘が数人いるのか、虚ろな目でようやくという風に立っていた。
肌の色も人種も関係なく集められたのだろうか……広間は色とりどりの花で溢れている。その中で金の髪に青い瞳の娘は私を含めても三人。全部で二十人はいるであろう娘の中では比較的珍しいようだ。
肌の色は小麦色に真珠のようなまろやかな白、私の肌はやや黄みを帯びた象牙色だから後の二人より見劣りしてしまう。……そのことに少しだけ胸を撫で下ろした。
今までもこんな風に人数を集めて“そういった趣向”を好む金持ちの主催する宴に何度か貸し出されたことがあるから、今回もそういう趣旨なのかもしれない。
ふと身を捩れば、私の後ろで縄を握っているのがここに私を連れてきた男ではなくなっていることに気付く。
私と目があった男は黒一色のお仕着せを着た処刑人のような出で立ちをしている。だからどうだということもないけれど「前を向いていろ」と小突かれたので素直に従う。
こういう時は焦点を合わせないようにすれば意識が散漫になって楽になれる。私は長くこうした生活を続ける上で身に付いた癖に感謝した。
大人数を相手にするのは嫌いだけれど、そういう場合は薬を気前よく振る舞われるので何も考えなくて済む。翌日から薬が抜けるまでの一週間ほどは酷いものだけれど、正気でいるよりはマシだった。
うっすらと汗ばむ暑さが人の熱気のせいなのか、薬の効果なのかは分からないけれど……乳白色に柔らかく輝く磨き込まれた大理石の床はあまりに心地良くて、そのままへたり込んでしまいたくなる。
気怠い身体に力が入らず、ぼんやりしてしまう。始めるなら始めるで早くしてくれれば良いのに……。
そう思っていたら不意に広間の外が騒がしくなって、ようやく主賓が到着したのだと安堵した。
これから起こる出来事に身を震わせる十代半ばの娘達が多い中で、私を含めたおそらく二十代前後と思われる数人は、みな意識を散らしている虚ろな目をしている。
身を震わせるのはもう何の意味もないことだと知っているから。空っぽのまま時間の流れに身を任せれば、その内また回収されてあの部屋に戻っていることだろう。
足許の磨き込まれた大理石の床に映る自分の姿を見下ろしていたら、後ろの男に髪を掴んで無理矢理に前を向かされる。数本の髪が引き抜かれて頭皮にツキリとした痛みを感じた。
ついに仰々しく両側に屈強な男が立った広間のドアが押し開けられると、まず赤い毛氈が使用人らしき者達の手で敷かれ、その上を一人の人物が私達の方へと歩いてきた。
毛氈の血のような鮮やかさに、その人物は全く引けを取らない。鷹を思わせる精悍な顔つきにこれ以上ない凶暴性を宿した金の瞳。秀でた額に通った鼻筋を持った若い男。
その姿を見た瞬間、私の周囲の音が一切失われてしまったのかと思った。瞳の焦点は今やその姿をしっかりと捉えて逸らすことも適わない。
幸いにも私はだいぶ後ろの方に立たされていたので、誰憚ることもなくその姿を見つめていることが出来た。こんな風に焦点を散らさないでものを見つめたのは本当に久しぶりだ。
私が足裏の大理石の冷たさも忘れて魅入っていると、今まで表情一つ動かさずに前列の娘達を眺めていた男がふと視線を上げた。
その時に正面から見た男の目は、金よりもやや甘い琥珀色をしているのだと気付く。
ほんの一瞬だけその視線がこちらを見た気がしたけれど、すぐに男が使用人に向き直って指示をする姿を見て勘違いだと気付いた。そして少しでもそんなことを考えた自分を嗤ってしまう。
おそらくここはどこかの大店で、あの男はそこの息子か何かなのだろう。客をもてなす為に集めた女達を検分に来たのかもしれない。そう結論づけた私はいつものように、再び焦点を滲ませて意識を散漫させる。
――――けれど……。
急に背後に立った男が私の背中を突き飛ばすように前へと押しやった。直前に意識を散漫させていた私は後ろ手に縛られていたことも相まって、不様にもその場に肩から倒れ込んだ。
消し去っていた周囲の音が戻り、さざめくような嘲笑が女達の間から漏れ聞こえる。けれどそれよりも大理石の床で強かに打ち付けた痛みで頭がクラクラした。
私が痛みを訴える声を漏らさなかっただけ自分を褒めてやりたい気分になっていると――急に重力に反してフッと身体が浮き上がる。
大理石の冷たさが遠退いたことに驚いていると耳許で「誰でも良い。俺の部屋に医者を呼べ」と低い声がした。
どこか苛立ちのこもったその声と今の衝撃で、せっかく散らしていた意識が私の空っぽだった身体に戻ってくる。あぁ……これから起こる出来事を考えれば意識は散らしていたままにしておきたかったのに。
余計な親切をしてくれた相手の顔を拝まないとこのままでは気が治まらない。
そう思って相手を睨みつけようとした私の視界一杯に映ったのは――鷹を彷彿とさせる琥珀色の瞳をした男の横顔だった……。




