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プロローグ



 私一人では持ち上げることすら叶わない大振りの湾曲した剣を、彼の手に握り込まれたまま導かれる太い喉元に突き立てた。


 グズリともズブリともつかない重い手応えに私は喉の奥で悲鳴を上げる。


 苦しげな彼の呻き声に剣の柄から手を離しそうになるも、彼が強く握りしめてくれているからそんなことは絶対に出来ない。


 彼は、彼は――私の唯一の人。私だけの、唯一の人。


 その唯一を奪われたくない私の願いを、彼はこうして叶えてくれた。喜びこそすれ、哀しむことのなにあろうか。


 深々と刺さった切っ先をゆっくりと引き抜いた――直後。


 赤い、赤い飛沫が私の視界を満たす。ぽっかりと開いた傷口が一瞬見えたような気がしたけれど、単なる見間違いだったのかもしれない。


 鉄臭い飛沫が私の顔を生暖かく濡らすのを、彼が少しだけ哀しげに見つめていた。


 数歩後ろにたたらを踏んだ彼の身体が大きく傾いで、くずおれそうになるその身体に体当たりでもするようにすがりつく。それでも支えきれずに二人揃って堅い石の床に強かに打ち付けられた。


 私は狂ったように泣きながら何度も、何度もその名を呼んだ。自らが選んだその行為を悔やんだわけではないけれど――歪んだ形の私の愛は、彼を死に追いやるだけだった。


 そんな様子を見た彼が口から、喉から、絶えず赤い水を溢れさせながら、震える手を伸ばす。私は必死にその手を引き寄せ口づける。最早焦点の合わない瞳の彼が、不意にとろけるように微笑んだ。


 その手が私の頬を幼子をあやすように優しく撫でる。


 私の両手にあの金の枷をはめた日のように。


 生きる全ての時間を戦に割いたその硬い指先が、嗚咽を漏らす私の唇を数度撫でた。その常ならば鷹のように鋭かった琥珀色の瞳が、今は嘘のように穏やかに細められる。


 溢れる赤い水が彼の最後の言葉を邪魔するけれど、私には彼が何を言いたいのか手に取るように分かった。


 最後の最後まで、愚直に生きた貴方はきっとこう言いたいのでしょう? 


 “俺は上手く演じきれただろうか?”と。


 私は啜り泣きながら自分でも首がもげるのではとないかと思う程に強く、何度も何度も頷く。彼が望むのならば息絶えるその時まで頷き続けたって構わなかった。


 私はだんだんと体温を失い行く掌に頬を擦り付けるみたいに押し付けた。死なないで欲しいと思ったけれど――このまま死んで欲しいと願った。


 外の汚い喧騒が、これ以上彼の耳を、心を汚さないようにその頭を胸の中に抱え込む。その耳許に唇を寄せて、私は囁く。


「――愛しております、お慕いしております、私の王様。私の貴方……」


 この世で初めて使う言葉を。


 この世で初めて得たこの愛を。


 彼は胸の中で(くすぐ)ったそうに柔らかく微笑んで――“すぐに来い”と唇を動かすと、ゆっくり、ゆっくり……命を終えた。


 薄く開いたその目尻から涙が一筋流れて浅黒い精悍な頬を濡らす。その目蓋を震える指で閉ざしてから、私は近くに落ちて切っ先の欠けた剣に手を伸ばし、それを自らの喉元に突きつける。


 ――血の盟約の名の下に、死が二人を分かつとも――。


「……永遠の愛を、誓います」


 とろけるような幸福感に包まれながら、私は一息に彼の命が滴る剣を自らの喉元に受け入れた。


 

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