エピローグ
これにてお終いです。
ここまでお付き合い頂いて、
本当にありがとうございました(´ω`*)ノシ
白く太陽の光を跳ね返す砂漠の真上にいると、毛穴という毛穴から汗が噴き出してくる。幸いとでも言えばいいのか、湿度が低いので“ただ猛烈に暑い”だけだ。
そんな真昼の砂漠の上を、一頭の馬に乗った人影が二つ。大きさから察するに、恐らくは女性と男性のようだ。
しっかりと肌を隠す服装に、熱気と砂を防ぐ為に口許を布で覆っているのでその顔や形は判別し難い。
昼の砂漠を行くのはあまりにも無謀で褒められた行為ではないが、少なくとも男性の方はその格好からかなり旅慣れているように見えた。
「さて、と、到着したが……本当に目的地はここで良いのか? この辺りの遺跡なんて歴史上で最も野蛮な愚王の治めたとされる場所だ。観光するにもオアシスがあった頃ならいざ知らず、今となっては砂と石の建造物の成れの果てくらいしかないぞ?」
顔を覆う布の下から呆れたようにそう言いつつも、男性は先に馬から下りて、馬上の女性に手を差し伸べた。話し方から二人はまだ知り合って間もない他人のようだ。
「そんなところについて調べたいとはあんたも物好きだな、と――足場が悪いから足許に気を付けろ」
素っ気ない口調の割には女性の身体を気遣う様子を見せる男性に、女性の方も「ありがとうございます」と柔らかく返す。
それから女性はおもむろに周辺にあるかつてのオアシス国家の廃墟群をグルリと眺めて、嬉しそうに両手を胸の前で組んだ。
「えぇ、良いんです。以前ここから少し離れたカシダールの遺跡群で発掘された物の中で、王様と奴隷の娘の悲恋を歌った石碑が出たでしょう? あの舞台になったのがこの地なのですって。私ね、初めて読んだ時からあの歌詞が大好きで。だから絶対に一度ここに来てみたかったの」
男性は馬の手綱を持ったまま、少しだけ何かを考える素振りを見せた後「あぁ」と小さく頷いた。
「カシダールは俺がアンタを乗せてきた――今はカンダルというんだが……あの街の辺りに三百年ほど昔にあった国だな。規模が国から随分小さくなったが悪くない街だっただろう?」
「はい、本当に。とても大きな街だったから最初は気後れしてしまったけれど、そのお陰で貴男みたいに親切なガイドさんを見つけられて良かったわ」
女性の悪びれない発言に、男性の方は少し言い辛そうに、
「いや、俺はガイドという訳ではないんだが……」
と、頭を掻いた。
女性の方もその発言は驚きだった様子で、
「えぇっ、そうなのですか? てっきり私がガイドさんを探している時に声をかけて下さったから……」
と、慌てている。
「あー……アンタが大きな街に不慣れそうだったし、あんまり不用心に見えたものだから、つい声を……すまん」
「いいえ、そんな、謝らないで下さい! 私が勝手に勘違いをしてご迷惑をかけてしまっただけですから!」
しばらく砂漠の炎天下の中で謝罪しあっていた二人だったが、馬が近くにあった瓦礫の日陰へと歩き出したので大人しくその後に着いて歩き出す。
日陰に入ってしまえば多少暑さもマシになり、二人は着込んでいたフードや外套を脱いで、その場で会話をすることにしたようだ。
そして――お互いのことを語り合う内に少しずつ打ち解けてきたのか、段々と語り口調も親しげなものへと変化していく。
***
「まぁ、それじゃあ貴方は楽師さんなのね? 通りで最初合ったときに良い声だと思ったわ」
「そうか? うちは代々楽師だが、楽師とは言っても観光客相手のちょっとした見世物程度だし、だいぶ前の一族にはカシダール王にその才を愛された吟遊詩人もいたらしいが……俺は普通の声だと思う。それよりも、俺はアンタの一族にこのオアシス国家の生まれの人間がいたことの方が驚きだがな」
「えぇ、そうかしら? このオアシス国家は元々かなりの人口だったと言うじゃない? 戦に負けてカシダールの地になったときに国民はそのまま迎え入れたと、歴史書にも書いてあったもの」
女性の答えに男性は声を立てて愉快そうに笑った。
「もう、何故笑うの?」
「いや、まさか――女性の口から歴史の講義を受けるとは思っていなかったからな。アンタの方が俺よりよっぽどガイド向きだ」
口許に笑みを残したまま男性が「すまん」と言うと、女性は「良いわ」と微笑んだ。
「それに……ほら、これを見て? 嘘か本当か知らないのだけれど、私のお婆様のそのまたお婆様の――えっと、とにかくずっと昔のお婆様がこの国で女官をしていたらしくて。何かのご褒美なのかどうか――いわれはもう分からないけれど、今でも家に受け継がれてる御守りなの。綺麗でしょう?」
そう言って女性が首から提げていたペンダントを男性の掌に落とす。そこには随分と古びてはいるものの、大きさの割にズシリとした小さな金色の鍵が載せられていた。
「へぇ……重さからして純金か? 確かにここは随分栄えたらしいから何かの褒美だったのかもしれないが……何の鍵だろうな? 箱か何かないのか?」
男性の興味深々な反応に気を良くしていた女性は、最後の一言で急にしょんぼりと肩を落として「それが……ないのよ」と言った。
その姿が何となく可愛らしくて、可哀想で、男性は慌てたように、
「良い物を見せてもらった礼に、今度は俺も特別にアンタの好きなあの歌を歌おうかと思うんだが……どうだ?」
と、言う。
その申し出に女性は「是非!」と身を乗り出してせがむので、男性は満更でもなさそうに歌い出した。
未だ口伝のきらいが強い砂漠のバラッドは、その土地に行かねば正しい歌が分からないことはままある。それを知っていた女性は熱心に男性が歌う旋律と歌詞を聴いていたのだが――。
“金、銀、珊瑚、瑠璃に玻璃。
自ら突き立てるその刃。
白い首筋を彩るは、赤い赤い、愛の色。
金、銀、珊瑚、瑠璃に玻璃――、”
「“いつか、見えるこの未来で、
その時こそは添い遂げん――”」
最後の聞き覚えのない一文に、女性は我知らずビクリと肩を震わせた。
そんなことには気付かず最後まで歌い上げた男性が「どうだ?」と女性を見やると……。
「な、おい、どうした!? 思っていたのと違ったのか?」
次々溢れる涙を拭うこともせずに、女性は無言で拍手を送る。オロオロとする男性が砂のついていない布で顔を拭ってやると、女性は恥ずかしそうに微笑んで男性に言った。
「ねぇ、もしも良かったらなのだけれど――街に戻っても案内を頼んでも良いかしら? 私、何故だか貴方のことがもっと知りたいわ」
女性のそんな発言に一瞬目を見開いたものの、男性も少しぎこちなく微笑みを返して。
「俺で良ければ……喜んで。あぁ、でもそうだな――名前を聞いても?」
そこで二人はお互いがまだ名乗ってもいなかったのだと気付いて、その不用心さに笑い合った。
しかしそこに今まで大人しくしていた馬が乱入してきたので日陰から出れば、いつの間にか日が傾きだしていた。
そこで“ここでの散策は明日以降にしよう”とフードを被り直そうとした手を止めて、女性は男性に向き直る。
危うくまた自己紹介を忘れるところだった二人は、今度こそしっかりと向かい合ってフードで覆う前の顔を見つめ合う。
「じゃあ、まずは私からね? 私の名前は――――、」
――傾きだした日の下で輝く彼女の瞳は、ラピスラズリの深い青。
――後に二人は想いを寄せ合い、カロカの花に愛を誓う夫婦となった。




