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嵐の王様と奴隷姫◆連載版◆  作者: ナユタ


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17/19

*** 恋 歌

エジヒト視点です。




『エジヒト、お前はいつも凱歌ばかり歌うのだな』


 ヤレヤレ、何を言ってるんだい――そりゃそうでしょ。


 誰がわざわざお金を払ってまで負け犬の歌なんか聴きたいんだよ?


 吟遊詩人なんて人気のある歌を歌ってないとお金にならない商売なんだからさ。


『はは、それもそうだ。では俺はお前の稼ぎにはなれそうもないな』


 そうさ、


 そうだよ。


 僕は吟遊詩人だもの。


 いつだって、


 そう、いつだって――強い勝ち犬の歌しか歌わないのさ。



***



 “今から謳い上げるのは、

 

 戦争大好き嵐の王様、誰も信じぬ鋼の王様。


 攻め込んだ国から献上された、奴隷の娘を一目で見初めた。


 ――これはそんな二人を謳う、今はもう亡き、砂漠のバラッド。


 砂漠の国の嵐の王様。


 来る日も来る日も、戦争三昧。


 誰も信じぬ鋼の王様。


 滅ぼした国の宝物(ほうもつ)集めた。


 ある時、攻め込まれること怖れた国が、奴隷の娘を差し出した。


 何も映さぬ青い(ひとみ)と、黄金(きん)の髪持つ麗しの君。


 王様一目で気に入って、自分の傍に置くことに。


 金の鎖に絹の服。


 誰が言ったか、奴隷姫。


 けれど娘は知らん顔、毎日王様の傍に立つ。


 金、銀、珊瑚(さんご)瑠璃(るり)玻璃(はり)――――、”


 

「おい、貴様、そこの吟遊詩人だ! 今すぐその耳障りな歌を止めろ! ここは我等が賢王の治める国である。その様な野蛮な愚か者の歌を広場で歌うのであれば、不敬罪でしょっぴくぞ!!」


 いやいや……そもそも広場は大抵の国で公共の場であるはずなのに、何をトチ狂ったことを言い出すのかと。


 如何にも権力者の力を傘に着まくっている役人風な男の声に、ウードを奏でる指を止める。


 せっかく今日はなかなかの集客だったってのに――男の出現で周辺からお客の気配が一気に引いてしまったかな?


「聞こえているならこっちを向かんか!」


 ――“賢王”ね。


 確かに勝った人間は負けた人間よりは“賢い”んだろう。


 僕は沸き上がってくる笑いの衝動を噛み殺しながら、胡座をかいた膝の上で煽るようにウードを鳴らす。


「あぁ、申し訳ないね、当方目が不自由なものでして。それにしたって、いきなり無粋な兵隊さんだね。僕は吟遊詩人だよ? 歌うななんてとんだ営業妨害じゃないか。目が不自由で稼ぎもなけりゃ宿もとれない。物取りにしたら格好の獲物じゃないか」


 そう言うと周辺からさざめくように役人男を非難する声があがるものだから、この国の国民は“お優しい”と思う。


 賢王のお膝元のお優しい人々。うん、反吐がでるね。


「それにこれはアンタが言うような野蛮な歌じゃない」


 口にしてみてから、実のところそこに一番カチンときていたのかもしれないなと思う。


「ま、何にせよ腕の良い吟遊詩人に絡んでくるなんて、この国は僕みたいな弱者には厳しいのかもね~。商隊の仲間とか、僕をご贔屓にしてくれてるやんごとない方達にも教えておかなきゃなぁ」


 “よっこいせ”とかけ声をかけて場所を移動しようとしたら――、


「ま、待て待て、待ってくれ! お前、そこまで勿体をつけるからにはそれなりに名の通った吟遊詩人なのか?」


 ――うん、やっぱりね。


 賢王の国の人達は本当に(こっちに都合の)良い人ばかりだ。


 こうして僕は前の職場を失ってから、たった半月足らずで新しい就職先を決めることが出来そうだった。



***



 意外なことにあの日僕に声をかけた兵隊はそれなりに偉い人だったらしくて、再就職は思ったよりもあっさり、しかも当初の予想よりだいぶ良いところに決まった。


 何を隠そうあの兵隊さん、王様の近衛兵だったんだよね。


 ヴァシュラム達が討たれて終わった戦の残党が、この国に紛れ混んでいるかもしれないから連日見回りを強化してるんだとか。


 ――ご苦労なことだよ本当。そんな忠義者が大量にいたら、あんな最後を遂げる訳がないだろう?


 レーフィア達とはあの後すぐに別れたから知らないけど、この国の世話になりたくないって言ってたから……今頃どこにいるのやら。


 ほんの少し苛立ちが混じったせいでウードの音が僅かに濁る。


「む……どうしたエジヒト? そなたが演奏中に心乱すとは珍しいな」


 ――耳が良くて音楽の造形にお詳しい雇い主は思ったよりも面倒だな。


 ジャズ達の宴だったら、どれだけ適当に奏でたって拍手が飛んできたのに。あの時はただの賑やかしかよと思ってたけど、音楽は本来そういう物だったなと今更になって感じるね。


 それに……ファティマに教えていたような素朴な歌は、ここには必要とされていない。ああいう地味な曲の中にも結構好きな歌、多いんだけど。


「申し訳ありません、陛下。少々指がつってしまったようです」


 本当はただ途中で面倒になっただけだったけれど、僕は見ることが叶わないけど威風堂々とした、まだ男盛りの麗しい“賢王様”は、


「おぉ、そうか。そなたの演奏があまりに見事なので、つい連日無理をさせてしまった。すまんな」


 と、その広いお心と伸びのある穏やかなお声で許して下さった。あぁ、うん、本当にお優しい。


 だけど、それじゃあ何だか物足りないんだよ。


 これがヴァシュラムやジャズやオドネルなら『人の話は聞いていろ』とかって、拳の一つは覚悟しなきゃいけないところだった。


 それからはちょっとだけ真面目に演奏を続けたのだけど、最後にある提案を持ちかけられた。


「――なぁ、エジヒト。お前は凱歌の名手だと聞いた。どうだろうか? 一つ私と、私の大切な国と民の為に……先の戦の功績を凱歌にしてみてはくれまいか?」


 ……勝利と、名誉と、民からの信頼と――この上さらに“英雄譚”を望むのか。


 大したものだよ賢王様。


 僕が歌わなくたってどうせ、誰か他の吟遊詩人が歌うのに。


 実際問題あの日、広場で。僕の他に歌っていた吟遊詩人達は、アンタの戦勝を讃える歌を歌っていただろうに。


 第一、僕が気付かないとでも思うのかい?


 ――たった一人、讃える歌を歌わぬ僕に、アンタは白羽の矢を立てた。


 喰えないもんだよ“賢王様”? だけど僕も、やられっぱなしは大嫌いなんだよ。


 だからそう、静かに答える。


「うん、勿論――……嫌だね!」


 そう答える僕の周辺ではみるみる殺気が漲るのが分かった。ヤレヤレ、ただ歌を聴くだけなのに、この部屋に一体どれだけの護衛がいるのやら。


「あのさ~……僕は吟遊詩人で、芸術家なんだ。だから――美しいもののことしか歌えない。誰からも愛されて慕われるような、ただの“賢い王様”を讃えるだけのつまんない歌なんか創れないよ」


 ――はぁ、もうこうなったら殺されたって構うもんか。


 僕は吟遊詩人で、芸術家で、だからこそ歌いたい歌しか歌わない。


 もうそれで良いんじゃないか?


「……賢王様、確かに僕は凱歌の名手だ。でもね、残念。僕はアンタ達が言うところの“弱者”だから、もともとそんなに凱歌が好きじゃないんだよ」




  『はは、それもそうだ。では俺はお前の稼ぎにはなれそうもないな』




 いつだったかキミは言ったけど――そんなことはないよ、ヴァシュラム。


 広場で君達を歌った歌に、多くの人が足を止めてくれた。


 涙する人はあっても、謗る人はいなかったんだよ。


「――あれは負け犬を歌った歌じゃない」


 自分の売りは男にしては淡くて、ともすれば女性めいてすら聞こえる華やかなアルトだと思っていたんだけどなぁ。


「叶わないと知りながら……それでもお互いを求めて死を選んだ。命を懸けた愚か者達の、美しくも哀しい――あれは凱歌の名手である僕が手掛けた、最初で最後の恋の歌だ」


 喉を震わせて唇から零れた声は、やや低くて。


 長年つるんだ“友人達”を失い貶められた怒りを抑えた……聞いたこともない“僕自身”の声だった。



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