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嵐の王様と奴隷姫◆連載版◆  作者: ナユタ


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*8* 帰 還

ヴァシュラム視点です。



 城を空けてから約四ヶ月ぶりの帰還に、これだけ長く留守にしていると一将軍時代と何ら変わらない微妙な心持ちになりながら凱旋する。


 数十騎ほどの少数で戻ったせいか、城の者達はやや怪訝な表情を浮かべていた。しかし、それも無理もない。


 何せ出て行った数の半分以下になっていたら、誰だって負け戦にみえるのだろう。実際のところはただ、占領した街の治安維持の為や片付けに回す人員を置いてきただけだ。


「おー、何モタモタしてやがんだ! 安心しろ、騎馬数は少ねぇが歴とした凱旋だ」


 遠巻きにこちらを見ていた出迎えの人間達に声をかけるジャズは呆れ半分、諦め半分といった調子でこちらに向かって馬上で肩をすくめてみせた。


「こちとら勝ち戦の功労者だぜ? ったく、この城の奴らは毎回もっと景気の良い顔して出迎えられねぇのかよ」 


 隣に並んだ馬上でジャズが不満げにそう言っているが、それは俺も思わないでもない。


 こちらが不平不満を口にして、ようやく世話をしようと近付いてくる始末だ。父や兄の時代から引き継いだ形の家臣達は、いずれも前の主人同様の臆病者揃いで俺を辟易させた。


 それはジャズとて同じようで、部下に向かって大声で下馬するように呼びかけている姿を見れば明らかだ。部下達も頭であるジャズがおどけて見せたことで、若干怒りの矛を納めた。


 少し感心してジャズの背中に視線を向けると、すぐにその顔がこちらを向いてニヤリと笑う。


 俺は素早くその視線の捉えやすい位置で指を二本から三本に構え直した。すると無言のまま首を横に振ったジャズが、五本指を伸ばした手を翳す。俺はこれに首を横に振って三とその半分を示す指の動きを見せた。


 諦めた風を装って頷いたジャズが「おい、お前ぇ等、今日は美人さんを一人多く呼べるぞ!」と大声を張ると周囲から指笛が複数飛ぶ。


 俄に活気付き始めた広場で始まった、最早恒例と言っていい馬鹿騒ぎを苦笑混じりに眺めながら、未だあまり身近に感じることのない無駄の多い居城を眺める。


 ほんの少し一年を通して城にいる期間の方が短い王族というものがどれほどいるのだろうかと考えたが、それが王であれば尚更少ないのではないかと我がことながら呆れた。


 これでは自国の民にまで“嵐の王”などと呼ばれるはずだ。国を留守にし過ぎると文官達は言うが、さりとていたところで精々出来る仕事など戦働きの半分以下だろう。


「皆、此度の遠征苦労だったな。馬達から馬具を外して水を飲ませてやれ。砂と汗を落としたら、ささやかではあるが此度の評定を兼ねた宴を催す」


 そう言って馬の背から飛び降りると、腰の矢筒に残った数本の矢がカチリと神経質に鳴った。


 ――逃げる背中を追うよりは馬上で射かけた方が効率も良い。実際商品である女達を置いて逃げる楼主共の肥えた背にはかなり有効だった。


 地面に降りたあと馬を引き取りに厩番がやってくるまでの間、軽く馬の首筋を撫でて労ってやる。汗でじっとりと湿気った馬の首筋は獣臭く、この匂いを感じてようやく城に戻ったのだと実感した。


 戦場ではむせかえるような血の匂いの方が圧倒的に強く、濃い。だからたとえ(たてがみ)に顔を埋めるほど前傾の姿勢をとったところで、この匂いを感じることはまずなかった。


 馬の首筋にくっきりと浮き上がった血管を掌で押さえればビクリ、ビクリと血潮が送られていく感覚が返ってくる。


 また――生き延びた、生き長らえた、と。


 掌を押し返す“生”の脈動に、自らの内が呼応するのを待つ。


 まだ生きている。


 まだ生かされている、と。


 それが“実感”として心臓に落ちてくるまでジッと待ちながら、そういえば……この儀式のように繰り返されてきた行為に安堵を感じたのは、いつぶりだっただろうかと思う。


「――お前も良く働いてくれた。しっかりと休め」


 掌の感触に満足してそう声をかけると馬の方でも同じようなことを言っているのか、ブルル、と鼻を鳴らして俺の肩を軽くつついた。


 背から鎧を着込んだ俺の重さと、これから外される馬具の重さがなくなれば馬も楽になるだろう。


 怯えた表情で俺達を出迎える家臣達の中に、焦がれたあのラピスラズリの瞳はない。分かってはいても少し心が沈む。


 しかし前回の通りならどうせ部屋にいるのだ。


 いまこの場から慌てて立ち去ることはないだろう。


 ――ないのだろう、が。


 俺は騒がしく自分達の戦果を語り合う傭兵達に「俺は後で広間に向かう」と告げようとした矢先、奥から全く肩を上下させずにこちらにやってくる男の姿が見えた。


 見慣れた姿にして、見慣れぬ姿。


 少しくすんだ銀髪に、口許で品良く整えられた同色の口髭。瞳は深い空の色をしている俺の師であり、部下の筆頭。


 戦場での姿を当てにして城内を探し回れば、半日は見つけられないであろう穏やかな気配にオドネルもまた、この城での休暇を楽しんでいたのだと思える。すぐにその両脇に視線を走らせたが、やはり俺の目当ての人物はそこにもいない。


「いま戻ったぞ、オドネル。こちらでの生活に随分と腑抜けたようだな?」


「若の方こそ城で緩みきっていた表情が引き締まったようで……男ぶりが上がりましたかな?」


「ほぅ、随分と好きに言ってくれるな老いぼれ」


「それほどでも御座いませぬよ、若造」


 傍目には物騒極まりない再会に見えるのだろうが、俺とオドネルは大体こんなものだ。


「――ファティマの護衛、御苦労」


「いえいえ、あのようにお可愛らしい姫君の護衛であれば、この老兵、いつでも構いませんなぁ」


「ぬかせ。残念だが俺が城に戻ったからには前線に戻ってもらうぞ?」


 話ながら剣帯から湾曲した鞘をオドネルに手渡し、砂が入り込んだ鎧を外していく。下に着込んだ服はじっとりと汗を含み、そこに砂が張り付いて不愉快極まりない着心地になっている。


「……ファティマは、今どうしている? ここにはいないようだが」


 彼女について何も話そうとしないオドネルに根負けしてそう訊ねれば、オドネルはそんな俺を見てほくそ笑んだ。


「ふむ、おや、何と。言われてみればあんなに気合いを入れて着飾られておられたのに……ここには居られぬようですな?」


 こちらの反応を面白がる声音に一瞬ムッとして殺気立つ――が。


「多少お節介かとは思いましたが、若の性格から気に入りのものを大勢の前に持ち出すのはお嫌いかと。彼女には昨夜から部屋で待つように言ってありますので、今頃自室で首を長くして若をお待ちでしょう」


 悪戯っぽくそう笑うオドネルに毒気を抜かれて殺気が霧散してしまった。


「さ、あの者共の世話はこちらに任せて若は湯浴みと着替えを。そのなりでは四ヶ月ぶりの再会に相応しくありますまい。早く然るべき格好でファティマ嬢の元に無事を報せにお行きなされませ」


 オドネルに短く礼を言って踵を返して近くの女官に湯の支度を申し付け、俺は周囲に見咎められないギリギリの速度でその場を離れた。



***


 

「……ヴァシュラム様!!」


 部屋に入った途端キャララ……という涼やかな音と、胸に飛び込んできた衝撃に俺は新鮮な痛みを感じる。人払いをしてあるのか、部屋にはいつも行動を共にしている女官の姿もない。


「――ずっと、お会いしたかった……」


 かき抱くように背中に回された細腕が、鎧を脱いでしまった胴を圧迫する間もそれは消えることなく俺を苛み、どうしようもなく暴れ出したいような、叫び出したいような気分にさせた。


 金色の鎖に、真っ直ぐに俺を見上げるラピスラズリの眼差しに、俺が捕らえたはずなのに捕らわれたと錯覚してしまう。


 その姿の無事を確認しようと一歩下がろうとすれば、ファティマは追い縋る風に一歩詰め寄る。


 しばらく互いにダンスのような攻防戦を繰り返した後、俺は埒が開かないと判断してファティマを横抱きに抱き上げた。


 驚いたラピスラズリの瞳が間近に迫り、逡巡する間もなくその鮮やかに紅を引かれた唇に口付けを落とす。けれどいつもならそれで済むはずの行為が――今日は少しだけ違った。


「……ん、」


 ファティマから押し付け返される唇の感触に自分からしておきながら何だが、驚く。目の奥がジン、と熱を持ったような気がして甘い眩暈がする。


 ――生きている。


 ――生きていたい。


 戦場から戻ったばかりの乾いた俺の唇に、瑞々しい果実のように潤んだファティマの唇が押し付け返される。


 冷たい。熱い。


 それに……甘い。


 ファティマの指先が首筋を撫で、そのまま後頭部へと添えられた。金色の鎖が火照った肌に冷たく這う感覚に、背筋がゾクリとする。


 湯浴みを急いで済ませて来たせいで、まだ乾かしきらない髪の束をその細い指が梳いていく。


 思考が溶けるこの行為に、脳が警鐘を鳴らす。


 ――(まず)い。


 ――駄目だ。


 せり上がる“欲望(それ)”を何とかしようと顔を逸らそうと思うのに……上手く行かずに抱き上げた姿のままで唇を重ねる。ラピスラズリの瞳が深みを増して俺を見つめ、その瞳に映り込む自分の表情にまた驚いた。


 そこに映っていたのは普段と変わらぬ目つきの悪い自分だが、どこか、途方に暮れたような顔をしている。もしやファティマの瞳に映る俺はいつもこんな風に情けない表情をしているのだろうか?


 俺のそんな動揺を感じ取ったのか、ファティマは少しだけ上半身を逸らしてラピスラズリの目を半月状に細めた。それが微笑みだと気付いたのは、その指先が俺の唇を拭った後。


 ――ファティマは紅く染まった指先を自身の唇に押し当てて、引いた。俺の唇に移った紅を取り戻したファティマが、不敵にも見える微笑みを零す。


 その仕草の艶めかしさに……思わず腕の中にいる女が四ヶ月前の女と同一人物であるのか心配になるほどだ。


「遠征から帰還したところでこのくだらない居城に変化などないと思っていたが――俺が四ヶ月城を空けただけで、お前は随分と大胆な性格になったようだな?」


 内心の動揺を治める為に少し意地悪くそう言えば、ファティマは――、


「だって私はヴァシュラム様専用の神官ですから……レーフィアが、そう教えてくれたのです」


 何のことだかさっぱりだが、ファティマが嬉しそうなので問題ない。


 レーフィアというとあの女官か……すぐには顔が思い出せないが、後で手当ての他に幾らか握らせよう。


 そんなことを考えながら腕の中のファティマを見つめる。俺の都合の良い見間違いでなければ、ファティマは誇らしげに微笑んだ。


「さぁ、ヴァシュラム様、長い遠征でお疲れでしょう。レーフィアに頼んでここに食事の用意をしてもらえることになっておりますので……それを待つ間、寝台に横になられませんか?」


 寝台に誘う――というよりは、何かを披露したくて堪らないとばかりに嬉しそうなその様子に、さっきまで自分が抱きかけた感情が恥ずかしくなる。


 そのまま寝台にソッとファティマを座らせてその隣に仰向けに寝転ぶと、嬉しそうな表情のファティマの顔が近付き、額に口付けた。


「ヴァシュラム様、無事のご帰還――おめでとうございます」


 生まれて初めて向けられたその無事を祝う言葉に、視線がラピスラズリの瞳に釘付けになる。


「ヴァシュラム様、ヴァシュラム様……」


 慈しむように輪郭線に這わされる指先。


 視界に金色の鎖が揺れる。


 不意に視界が僅かに滲むと、ファティマが咄嗟に俺の目蓋をその掌で覆い隠した。


 その手首に触れれば、ぐるりと手首を覆う金色の輪の冷たさを感じる。ファティマの体温を求めて細い腕を撫で上げて掴み、腕ごと抱き寄せるように強く目蓋に押し当てた。


「……ヴァシュラム様、今日はどんな歌をご所望ですか?」


 ――優しい声が、耳朶に響いて。


「何でも構わん……お前の声なら……」


 その掌が温かく濡れて行くのを誤魔化すようにそう言えば、目蓋を覆う役目からあぶれた親指が頬を持ち上げるように撫でる。


「――王様、王様――嵐の、王様」


 それだけですでに歌のようでもある呟きは、次の瞬間まだ聴いたことのない旋律を紡ぐ。今までで一番質素な凱旋の宴が俺には……今までで一番の祝いとなった。


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