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不滅の法王  作者: 白神凛子
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ヤァエン寺院

 頬を撫でるひんやりとした空気を感じて目を覚ますと、すでに朝日が窓から差し込んでいる。砂漠気候に近いため、アルタの朝は寒い。


 キトリは寝台から体を起こしてユースが寝ているはずの隣の寝台を眺め見たが、ユースの姿はすでになかった。昨夜還って来た気配はあったから、もう起きているのだろう。

 あんなに奔放に遊びまわっているというのに、キトリがユースより早く目覚めたことはないように思う。いつも気が付けば彼の寝台は空っぽだった。


 キトリが食堂に入ると、やはりユースは準備万端だった。持ち帰る食料の入った大きな籠をふたつ、キトリの分も自らの足元に置いて、暇そうにカウンターに頬杖している。

 ……暇なんだったら起こしてくれればいいのに。そう思いながらも彼のとなりの椅子に座り、その顔を覗き込む。


「おはよう」

「あー、うるせえ」

「は?」

「おはよう、キトリ。二日酔いなんですよ、彼は」

 イディンバの笑い声が聞こえて、ひょっこりカウンターの向こうに顔を出した彼が続ける。

「ガダスさんも準備はできているそうですから、出発してはどうです」

「うん、イディンバいつもありがとう。ユース?」

「あー、行くよ。ガダスとかいうやつ、連れてきとけ」

「…そんなにぐだぐだなのに、よく早起きできるね」


 イディンバに出してもらった胡椒スープを啜りながら、ユースは無言で手を振った。まったく変なところだけきっちりしているのだ。

 ガダスを部屋から連れて食堂に戻る頃には、けろっとした顔のユースが待っている。

 砂風はすっかり収まっていて、このぶんだと今日は夕方ぐらいまで乾いた天気が続きそうだった。籠を背負って寺院へと続くごつごつした赤土の斜面を、三人とも無言でのぼる。

 二日酔いで辛いだろうに、やはり先頭を歩くのはユースだ。二日酔いなんて珍しい。また女のところで無茶してきたに違いなかった。


「大変でしょう。下から見るとそうでもないんだけど」

 ユースに話しかけても返答がないのはわかっているので、横を歩くガダスを見上げた。

「ああ」

 しかし試みは失敗に終わった。ガダス自身、無口だったのを忘れていたのだ。誰かと話していないと辛いキトリにとって、今日の道のりはまさに苦行だった。


「ああーもう、誰がこんな高台に建てたんだろうなあっ。別に街中に建てちゃえばいいのにさ」

 まだまだ遠い道のりを思って呟くが、思ったとおりどちらからも返答がない。

 そんなこんなを繰り返しているうち、寺院についてしまった。

 いつもはどうってことのない道のりなのに、今日はなんだか疲れがひどい。


「おぅ、おかえり」

 入り口で掃き掃除をしていた少年僧が、こちらに気づいて声をあげる。

「チャンギ!」

 キトリと同い年で、ユースよりひとつ若い兄役を持っている、いわば同じ弟仲間だった。

「わーっ! 退屈で死ぬかと思ったよ!」

 飛びつくようにチャンギの元に走りよって、再会を喜び合う。

「チャンギもおかえり。選定はどうだった?」


 選定とはチャガヤの選定。あちこちから集められていた少年僧たちが、帰ってきたということは新しいアルタチャガヤが決まったということだ。

「それが何かわかんなくてさ。本山の大僧に目通りしただけで終わっちまったよ」

「本山の大僧って、レビニタ大僧?」

「そうそう、なんかひと目見ただけでわかるらしいぜ。あ、ユースさん! ボガラ大僧が、お客人を連れてくるようにって」

 寺院の中に入ろうとしていたユースの背中を呼び止めて、チャンギが声を大にする。


「客人だって?」

 振り返って聞き返したユースに頷いて、チャンギが「連れてきたんでしょ」と付け足す。

「あんのジジイ、変な眼持ちやがって」

 面倒くさそうにそれまで半ば置き去りだったガダスを連れて、ユースは別の入り口から寺院の中へ入っていった。ボガラ大僧の住まう区域は、修行僧たちとは違う奥まったところだ。


「……ねえ、キトリ」

 彼らの背中を見送ったあとに、チャンギがこっそりと言った。

「おみやげ買ってきたんだ。本山の町に売ってたお菓子」

「えっ!」

「大部屋で食おうぜ。兄役たちにはナイショ」

 懐から取り出した袋をちらと見せて、チャンギが歯を見せる。キトリは満面の笑みで頷いた。




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