待望の即位(完)
たくさんの歓声が聞こえる。
禁色である紫の僧衣を身に付け、腰元まで伸びた頭髪はびっちりとひとつに括られている。
鏡に映った自らの姿を見つめて、ユースは苦笑するしかなかった。何とかにも衣装、こうして飾られれば、あながち法王に見えなくも無い。
「チャガヤ、準備のほうが整いました」
着付けた侍従が頭を垂れる。
――こうしてこれから一生、かしずかれて過ごすことになるんだろうな。
…そう考えると、なんだか情けなくもなってくる。
つい最近まで、僧という身分など捨ててやろうとすら考えていたのだ。そんな自分がこうして歓声を浴び、新たな法王として声をあげるだなどと。
「ありがとう、お前はたしか――」
「カイズリ、です」
「そうだった」
キトリと仲のよかった少年たちのひとり。ユースが法王となってから、その配下に侍従として置く者をヤァエン寺院から選び抜いたと聞いていたが、彼もそのひとりに違いない。
「キトリは…」
そう口走ってから、眉をひそめる。こんなこと、聞いてどうするというのだ。
カイズリも一瞬、困ったように頬を引きつらせたが、それでも僅かに微笑んでこう言った。
「お元気だと文で聞いております」
文か…俺にはくれないんだな。内心そう呟いて、ユースはカイズリに「そうか」と答えた。
「伝えてくれ。いつでも遊びに来てくれと」
「はい。ですが…イクパル帝国は、想像以上に遠いところだと聞き及びました」
「まあな。けど、あいつはその気になったら今にもここに辿り着けるはずだろう」
世界最強の――黄金の竜。それが本当に世界一強いのかどうかは知らない。だが、彼女がこの世で一番、足の速い人物であるというのは間違いないのだ。
イクパルの空を越えて、ここに来るといい。あの涙が本当ならば、俺はいつでも答えてやろう。
「ああ、そういえば法王は所帯を持てないんだったか?」
ユースの呟きを聞いていたのか、カイズリは目を細めて笑った。
宮殿のテラスから身を出すと、体中に国民たちの歓声が降りかかる。
「長らく待たせた」
し…ん、突如、宮殿前の広場が水を打ったように静まる。皆、法王の言葉を待ちわびている。
俺はここにいるぞ、キトリ。
ふと西の空に金色のきらめきが見えたような気がした。あのきらめきが、気のせいでなければいい。
「ここに第一五七代目のチャガヤが蘇ったことを報せる」
――広場に再び、歓声が湧き立った。
《不滅の法王》
◇◇◇
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
キトリとユースの物語はこれでおしまいです。
同一の世界観の物語「千年の竜血の契りを、あなたに捧げます」も連載中です。
併せてお楽しみいただけると嬉しいです。
ありがとうございました^ ^
白神凛子