大国の皇帝
イクパル帝国への道のり、いや――空路は、半刻すらかからなかった。
真っ青な空のなかユースは、霞のように浮く雲を散らしながら翔ける黄金の竜に跨がり、広大な世界を見晴らす。
感動を超えた、表現しようのない大きな感情。それほどに、世界は広くて美しい。
「キトリ! お前の国が見えて来たぞ」
ユースは叫ぶようにしてキトリに言った。返事の代わりに身体をずらし、キトリは滑るように方向を定める。
青く澄み渡った空の下には――燃えるように赤い、荘厳な城塞が続いていた。
*
イクパル帝国皇帝との謁見は、拍子抜けするほどあっさりと叶えられた。
キトリは生き別れに近い父帝との再会を果たし……笑ったり泣いたり、相変わらず忙しい。
「いきなり男を紹介されようとは…」
困惑したように皇帝は言ったが、その顔に怒りは微塵も混ざらなかった。それよりも、大事な娘の命を永らえることができた結果を喜んでいる様子だった。
「恐らく、レビニタ大僧の仰ることは正しい。キトリと契約を結んだことで、古代から続いて来た《アルタ・チャガヤ》の不変性は無くなっただろう。貴殿の責任は想像以上に大きいぞ、ユース」
皇帝は、面白がるように目を細めて言い放った。
人柄なのか、単に面倒なだけなのか。彼は背後の玉座ではなく、それを置く台座の淵に腰掛けている。
同等の高さに据えられた目線を、ユースはまっすぐに見つめた。
「もう、不滅の法王は生まれないということでしょうか」
変わってしまった国の根底。アルタ国を形作るすべてもまた、変わってしまうのだろうか。
「そうだな。貴殿はこれから、《不滅》ではなく《永遠》にならねばならん」
痛みをこらえるような微笑みを、皇帝はユースへと向けた。
*
「お前のオヤジ、若すぎやしねぇか」
謁見を終えて一番に呟いたユースの言葉を聞いて、キトリは声を立てて笑った。
「ユースの親父さんは?」
「知らねえ。どっかの坊主だとは聞いてるが」
アルタ国の家々は、ほぼ全てが女系で成り立っている。婚姻の形態が特殊なために、父親が不在でもあまり問題にならない。
修行僧たちの「羽目を外した遊び」が、実は国を栄えさせる一端を担っている。アルタの周知であり、大きな秘密だ。
「さてと、アルタまで送るね」
「ああ、頼む」
キトリは、しばらくイクパル帝国に残ることになった。
学ぶことを全て学んで、ユースの役に立ちたいから! らしい。
しかし実のところ、アルタ国の基盤をしっかりと作り、黄金の竜を受け入れる態勢ができていない、こちらの事情を汲んでくれたのだろう。
「ユース、絶対に行くからね! ちゃんと法王として、真面目にやってね。それから……」
――大好き。
そう言って、泣きながら頰を染める。
今生の別れでもあるまいし、……ユースは苦笑しながらも、その小さな唇に答えを返した。