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不滅の法王  作者: 白神凛子
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化け物

 ――もう、子供じゃないんだな。

 しっかりとした重みを両腕に感じて、ユースは思う。

 自分の部屋の寝台にそっと降ろし、キトリの血で染まった僧衣を脱がした。

 血でどす黒く染まった胸のさらしを解き背中の傷を確かめると、あれほど深々と短剣が刺さっていたというのにかさぶたひとつ残されていない。契約の効果か、キトリ自身の力が目覚めたということなのか――。


「…まるで保護者だな」

 いつの間にか部屋の中に入っていたアラドの呟きを聞いて、ユースは眉をひそめる。

「俺以外の誰が着替えさすんだよ」

 アラドの目にキトリの裸が触れないよう、自分が着ていた僧衣を脱いで、てきぱきと着せていく。

「いや、年頃の娘を脱がすのに何の躊躇もないからな」

「――…ふん」


 アラドは懐から何かを取り出し、間近にあった卓の上にそれを静かに置いた。

「見てみろ」

「…鏡?」

 アラドが頷く。促されるままに卓の前に膝をつき、鏡の中を覗き込んだ。

「――…っ!!!」

 映っていたのは紛れもない自分。

 だがひとつだけ、以前と異なる点がある。


「これは…」

 自分を見つめているのは…右が黒、そして左だけが異様に青い――双色の瞳だった。

「何が起こったんだ…?」

「それは、キトリの目だ」

「――…は、何を」

 ではあの時感じた左目の激痛はこれだったということだ。だが、どうやって…。鏡から目を離し、アラドを窺う。爛々とした鋭い琥珀色の瞳が、こちらをじっと見返した。

「お前は最初、自分の血をキトリに飲ませた」

「…ああ」


 そして飲ませた途端、キトリの目が覚めたのだ。いや…その後の人形のような反応を見れば、醒めた(、、、)というほうが似合っている。


「お前の血をキトリの中に流すためだ。いわばそれはふたりの身体を繋ぐ準備。お前の血が身体に入り、半ば拒絶で目覚めたキトリに『契約をせよ』と言う。それでキトリは自分の目をお前の目に埋め込んだ。これで完全に繋がったわけだ」

「待て、繋がったってどういう意味だよ」

「御伽噺によくあるだろう。二つの心臓のうち一つを主に分け与え、その配下となるドラゴン。それと同じだ」

「あー…、要するに、俺が死んだらキトリも死ぬ。キトリが死んだら俺も…ってえことか?」

「そうだ。お前には一瞬に感じたことだろうが」


 青ざめた顔で口元を押さえていたアラドの顔が浮かぶ。では、その一部始終を見たということか。自分の目を引き抜き、相手の目に入れ替えるというのは、きっと想像を絶するぐらい壮絶な光景だ。

「て、ことは俺の元の目はキトリの左目に入ってるってことだな」

「いいや。お前の目を取り出して、キトリはそれを喰った」

「喰っ…!!」

 思わず胃の中が込み上げる。寸でのところで抑え、アラドを睨んだ。


「本当…かよ」

「見るのは二度目だ。何度見てもきついものだな。――右目を閉じてみろ」

「あ、ああ」

 言われたとおりに右目を閉じる。

「…っあ!!」


 青空を切り立つヤァエンの寺院。経をあげる仏殿、煙で曇る視界、隣に座し…静かに経を唱えるユース――。


「――俺?」

 ヤァエンの寺院を視たとき、それはすなわち「今のヤァエン」だと錯覚した。だがヤァエンは明け方といってもまだ薄暗い夜。おまけにユースは今ここにいる。

 驚きつつ首をひねっていると、アラドが口を開いた。

「今キトリの見ているものだ。だからそれは夢だろう」

「繋がったって…そういうことだったのか」


 キトリの見ているものが、埋め込まれたキトリの目を通して見える。

 だがキトリはユースの目を自分には埋め込まず喰ったというから、ユースの見ているものは見えないということになる。

「俺の目を喰ったら、キトリには何かあるのか?」

「お前を繋ぐのに、血だけでは足りないということだ。キトリと生死を供にし、キトリの見るものが視え、さらに寿命が千年ほど延びた。実感はないだろうが」


 ユースは頷く。右目を閉じるまで、この目がどんな風に働くのかもわからなかった。さらには鏡を見るまでこの異変にすら気づかなかったほどなのだ。

「いずれ目を閉じずとも、意識しただけで見えるようになる。それだけじゃない。竜――キトリは、国を一夜で滅ぼせるほどの力を持った。主であるお前が命じれば、この世界を二週間たらずで服従させることも可能だ」

「んな…!」

 キトリを助けたい一心だった。その先に何が待ち受けているかなど、考えもしなかったのだ。アラドの言い方は、まるでキトリが化け物に変わってしまったような言い方だ。


「お前の『契約を』という言葉にキトリは従った。賭けでしかなかったが、やはりお前はもともとそうなる宿命だったのだろう」

「俺じゃなく、アラド、お前や他の…例えばレビニタだったら駄目だったというわけか」

「そうだ」

 何ということだ――…だがそれならば納得がいく。レビニタはキトリが竜であると悟り、その力を我が物にしようと攫った。しかしキトリが応えるはずもなく、その過程で何らかが起こりあの瀕死の怪我に至ったというなら。


「寝るといい。まだ二刻ほどなら時間はある。寝台なら私のを使ってくれて構わない」

 ユースの寝台に眠るキトリを見遣って、アラドが言う。

「いや…ここでいい。眠くなったら床で寝る」

「…そうか」

 しばらく様子をみるようにユースを窺っていたアラドだったが、やがて静かに部屋を出て行った。


「…キトリ」

 本当に、キトリは契約に承諾したのだろうか。

 異様に光りを帯びた目が真っ直ぐにこちらを捉えたとき、キトリはキトリではなかった。

 笑ったり怒ったりすぐにへそを曲げたり…豊かだったあの表情が、少しも見えなかったのだ。人形のようにぼんやりとしているのに、瞳だけが力を帯びている。そんな印象。

 キトリが再び目覚めたとき、いったいどう変わってしまっているのだろう。もし、あの時のような人形が出てきたとしたら――。


 ――どうしたってんだ、俺は。

 生き延びたことがキトリにとって苦痛にならなければいい…。それだけが気にかかる。





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