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不滅の法王  作者: 白神凛子
12/20

盗賊

 夜目が利くと気づいたのは、いつ頃だったろう。

 馬で駆けながら、キトリはふと思った。

 月は満月を五日ほど過ぎているから、夜道は乏しい明かりだ。アーヴェもこんな暗闇では見えないはず。それでもこうして駆けていてくれるのは、ほかでもない『見えている』キトリを信頼しているからなのだろう。


「お前は頭がいいね、私が見えるって知ってるんだ」

 ――いつだっただろう。ユースと初めて町へ降りたときだったか、それとも寺院の中庭でひっそり星を見上げて泣いたときだったか。

 チャンギ、カイズリ…彼らと友達になる前は、いつも孤独だった。


 ユースと仲が良いと傍目に思われていようと、そんなのは形だけ。他の兄弟たちのような、真の信頼は自分たちになかった。

 レビニタに連れて来られたときも、自分を追って本山に迫っていると聞いたけれど…。それは、何も言わずに出てきてしまったから、彼なりに怒っている表れだろう。


「…信じてないのは私のほうかもしれない。離れると、人の気持ちって一気にわかんなくなる…」

 両脇に木々が並んでいる。この辺りは山を切り開いて作った土地なので、道路以外は森の中に等しい。

 ここを過ぎればヤヤターの町だ。

 さきほどの僧醍は、ヤヤターあたりで宿をとれと言っていたが、キトリにそのつもりは無かった。

 本山を出て二時間ほど。もう三時間も走っていれば、夜も明けてくれるはずだ。それまではどこかこのあたりの森で水場を見つけ、アーヴェの喉を潤してやるだけでいい。今は少しでも遠くへ、この身を運ぶことに専念しよう。


「アーヴェ、少し休もっか」

 アーヴェの手綱を引っ張って止め、その背から滑り降りる。

「…うん、水のにおいがする。アーヴェ、行こ」

 辺りは相変わらず暗闇に包まれていたが、キトリの足はしっかりと地面を踏んで森の中へと入っていく。

 しばらく草を踏みしめながら進むと、思ったとおり小さな泉が湧き出ていた。


 水面にアーヴェの鼻面を導いてやって水に口をつけるのを待って、キトリはその脇に腰を降ろした。夜露で濡れていたが、問題ない。小一時間ほど休んだら、また出発するのだ。

「たくさん飲むんだよ、またしばらく休めないからね」

 そう言って、自らも草の上に寝転がる。

 梟の鳴く静かな声や、夜の虫たちの囁きが心地よい。

「…?」

 ふと、物音がしたのに気づいて体を起こす。がさがさと、草を掻き分けるような音が聞こえたのだ。

 アーヴェも異変に気づいたのか、水を飲むのを止めて耳をしきりに動かしている。


「…なんだろう」

 目を細めて、あたりを見渡す。

 ここからさほど離れぬぐらいの木の隙間から、ちらちらと灯かりが移動しているのに気がついた。

 夜行の動物だったらまだいい。だが、あの灯かりはどう考えても人間が手に持つ松明の灯かり。

 ――山賊。


「アーヴェ、行こう」

 山賊と決まったわけではない。だが奥地では治安が悪いアルタのこと、用心に越したことはない。

 ゆっくりと立ち上がってアーヴェの手綱を握り締める。向こうは松明を持っているし、余程近づかない限りこちらの影は見えないはずだ。

 そろそろとアーヴェを引っ張って、森の中を進んでいく。

 最悪なことに、灯かりの持ち主はこちらより道路側にいる。もっと深く入り込んでやりすごすか、アーヴェに乗って道路に飛び出し振り切るか。どちらかを考えねばならない。

 ―――ブルルル!


「アーヴェ?」

 いきなり唸ったアーヴェをなだめようとその首筋に手を置いて、キトリは眉をしかめた。

 アーヴェの勘のほうが正しい。



 ――いつのまにか、囲まれていたなんて。



 一、二、三……ざっと五人程度。いつの間にこんなに。

 いや、違う。こいつらは松明を持っていない。

 松明を持っていた奴らは少なくて三人。だいたいの予測だから、合わせて十人近くになるかもしれない。


「…おい、ありゃ女だぜ」

「坊サンだろぉ、」

「いや、坊サンの格好してるが女だ」

 ひそひそと、囁く声が聞こえる。

「おおい、どうしたんだ」

 異変を感じたのだろう、がさがさと向こうの方から松明が近づいてきて、初めて辺りが明るくなった。


 明るさに目を細めて、キトリは彼らを見渡す。松明を持っているのが三人、持っていないのが五人。

 八人…ひとりで立ち回るには難しくないが、ただこちらにはアーヴェがいることを忘れてはならない。

「やっぱり女だ」

 体格のいい男ばかりが八人。みな薄汚れて、近づいてくるたび汚臭が鼻をつく。

 寺院から預かった棒を取り出し構えると、男の中の一人が下品た声を立てて笑う。


「おいおい嬢ちゃん。俺たちをその細い棒でやっつけようってんだな」

「その前に経でもあげてくれよなぁ」

 山賊たちが、じりじりと近づいて、キトリの顔を舐めるように眺めた。




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