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不滅の法王  作者: 白神凛子
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ヤヤターの森

 ユースとアラドが休憩地に選んだのは、本山よりひとつ手前の町ヤヤター。

 ヤァエンから半日、日もとっぷりと暮れて深夜にさしかかる。ヤヤターは本山に近いが、道が険しく山麓に接しているために夜道は危険だ。

 馬で走るならともかく、徒歩でここまでたどり着くには、さすがに疲労も激しかった。


「この辺は山賊も出るってぇからな。お前スタスタ歩いてるけど、夜道見えんのか?」

 呟いて、アラドを見る。ここまでずっと無言を通していたが、ヤヤター区域に入ってからはとつとつと会話するようになってきた。

 満月を五日ばかり過ぎているから、月の光は心もとない。わずかに見えるアラドの背中を追って、ここまで辿り着いたに等しい。


「夜戦はずっと苦手だった。今も見えない」

「んな、大丈夫かよ…」

「大丈夫だ」

 きっぱりと言い切ったアラドを胡乱そうに見つめて、息を吐く。

「そんな自信がどっから来るのか知りてぇよ」

「鍛えぬいた勘だ。これがあったから、お守りしてこれた」

「守って…?」


 首を傾げたユースに気づき、アラドは「いや、」とだけ誤魔化すように答えた。もしかしたらその「守った人」というのは、ヤァエンで言っていた一生を捧げた人なのだろう。

「お前って、誰かに仕えてるんだろ? 殿下とか何とか」

「――…そうだ」

「その人って、お前の恋人?」

 ヤァエンでのあの口調からすれば、おそらくは女性だ。そうなれば殿下と呼んでいるところや丁寧な口調の変化から、身分違いの恋とでも言うのだろうか。


「ありがちな質問だな」

 面白そうに笑って、アラドが答えた。だが本当に、言葉に愛情が含まれていた気がしたのだ。

「ちがうのか?」

「殿下は確かに女性だが、私など敵わぬぐらいお強い方だ。肋骨を折られたことさえある」

「肋を? 女に折られたって?」

 ユースが声を上げると、アラドは大真面目な顔で首肯く。いったいどんな人物なのか……男以上に大柄で、腕っぷしの太い女性の像が脳裏に浮かぶ。


「本当は私など必要ない。だがある時に片方の目を無くされてから、ご自分のお命を軽んじるようになられてな」

「…じゃあ、こんな所にいていいのかよ。イクパルに残して来てんだろ」

「イクパルにはいらっしゃらない」

「え?」

 イクパル帝国といえば、ここ最近、驚愕するような速さで周囲の国を併合していると聞く。腕っぷしの強い女性なら、その手腕が国外に向けられている可能性が高い。

 そこまで考えて、ふと一人の人物が思考をかすめる。


「まさか、殿下ってあの、」

 アラドが立ち止まったので、危うくその背にぶつかってしまうところだった。鼻先をぎりぎりで止めて、「どうしたんだ」と問う。

「着いたぞ」

 気づけば宿屋の目の前であった。ぼんやりとした明かりがついていて、宿主がかろうじて起きているだろうと思われる。店の看板はないが、ヤヤターの町外れにあるから旅の者が利用する宿に違いない。


「明朝に出発だ。じゅうぶん休め」

 そう言って宿の中に入っていく。

 宿屋の主人が眠そうに出てきて、二人の宿泊を承諾した。こんな深夜だから食べ物は何もないと言う。

「野宿にならないだけマシだぜ、ありがとう」

 ユースは苦笑して宿主にひらひらと手を振った。



   *



 同じ頃、厩に案内されたキトリはこれから自分と伴することになる馬を見上げて溜息をついていた。

「よろしくね、アーヴェ」

 闇に溶け込む美しい毛並みの黒馬で、長旅にも耐えられそうな立派な筋肉がついている。

 レビニタの言ったとおり、本当に良い馬だ。死に場所を捜しに旅に出る自分には、勿体無いほどの馬。そんなことを考えながらも名前をつけた。


 イクパル古語で「夜」という意味だったと思う。アルタ語ではなくイクパル語を使ったのは、八年間暮らしてどうしても染み付いてしまっているアルタを、払拭したいがためでもあった。

 余命いくばくと言われたせいかもしれないが、どうしてもこの国のほうが故郷のように思えるし、いとおしくてならない。

 首筋をぽんぽんと叩いてやると、アーヴェは嬉しそうに鳴いた。


「では、お気をつけて。ヤヤター付近には山賊もでるとか。女性をお一人で旅立たせるには心許ない夜道です。折を見てどこかでお休みください」

 キトリが準備するのを黙って見ていた侍従が、静かに言った。

「護身用の棒を戴いたので平気です。ご迷惑をおかけしました」

 深々と礼をする。もう自分は僧ではなく、一介の娘。自分より身分の高い「僧」という位に、精一杯の敬意を払った。


「あの、」

「…なんでしょう」

 立ち去ろうとしていた侍従の背中を呼び止めて、キトリは苦笑した。

「私、女だって言いましたっけ」

 侍従は楽しそうに目を細めて笑った。

「それくらいわかります。私は僧醍という位は持っていますが、その前はあなたがそうであったように修行僧だったのです」

 キトリは首を傾げる。その侍従が誰しも通る修行僧の道を通ったというのは説明されなくてもわかることだ。


「…そもそも男と女の体つきは見ただけで違いますからね」

 そう言って悪戯っぽく笑ってみせる。

「ああ…」

 ようやくわかった。ようするに、彼もユースやトルファンと同じ類――女の尻ばかり追いかける困った修行僧――だったということか。

 キトリは頬が赤くなるのを感じつつ、苦笑を返した。


「その僧衣は、国を出るまで着ているといいでしょう。僧と見たら国内の人間なら悪いようにはしません。二、三経でもあげて差し上げれば信じますから」

「はい」

「では」

 今一度礼をして、アーヴェに跨った。ぶるん、と鼻を鳴らして後ろ足で土の上を引っかく。


「アーヴェ、しばらく走るけど頑張ってね」

 首のあたりをぽんぽんと叩いてから、キトリはアーヴェの横腹を軽く蹴った。





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