No.02 ガルドナ王国 その1
ガルドナ王国の一角にある学園と呼ばれる学び屋があり、人々が色々な事をしている姿がある。女の子同士が語らい、子供達がボールや縄跳びで遊び、お年寄りが剣術を教えている姿も見える。その大きな広場の隅に大樹が一本、休憩所といわないばかりに立っている、その木陰で一人の男がロングコートを頭から被りごろりと寝ている姿がある。
「ドラゴンロード……ドラゴンロード!」
「あぁ、なんだ、ハミルトか……昼寝中なんだが」
そう呼ばれた生真面目そうな人物は、髪は茶髪でショートヘア、目鼻立ちは整い、一言で言えば美形である。軽装に身を包み腰には鞘に収まった剣を差し、左手には紙袋を持っている。膝に手を置き覗き込むように、少し困り顔でドラゴンロードに話しかける。
「お昼寝時間過ぎてますよ、メアリタから使者が来ているのですが」
「またか……ゲーツに任せておけば良いだろ、俺が居ても意味は無い、返事はかわらねぇぞ」
「王にとの事ですけど、ゲーツが相手をしていますが」
「まぁ、一応は王なんだが……ゲーツが王でいいんじゃないか?」
「彼らもしつこいですね」
「一体何がしたいのかさっぱりだな、一方的な要求が好きってだけは解かるな」
むくりと体を起こしロングコートを払い袖を通す、年の頃は二十八ほどか。髪は茶髪、上半身は裸で非常に引き締まった体で無駄の無い体躯である。
「……あの国の毎度来るたびにトップの名前が違いますね」
「何だあの国、毎年変わっているのか? 首相、総理、議会長どうとか、なんだろうな」
「いえ、どうも戦争で負ける度のようですけど、その度にトップの役職名まで変えてますからね、人も役職名も違うようですね」
「トップが替われば今までやった事は無しとか思っているのか?」
「さすがにそれは無いでしょ……と、思いたいですがどうもそうみたいですね」
「もう民全員王にしてしまうか、王しかいない国ガルドナ王国。正に王国だろ」
「さすがにそれは」
「この国、王の意味は無いしな。いい加減、王ってのも止めたいがな、そもそも俺が王なのがおかしい」
「まぁ、ないですけど王は王です。それに王をやめて何にします?」
「……代表者はいるからな、そんなものが必要な地点ですでにおかしいんだがな。ま、何かしらいるのは前にも話し合ったが、王でいいかって話になったしな」
「ですよね、あくまでも名前だけです。民は理解していますよ」
「それは良くわかっているが、そう思わない連中に合わせる必要もないんだがな。大きくなりすぎたな」
「いなくてもいいのですが、他国の使者が困りますね、ちょくちょくとは来てますから」
「民なら誰でもいいが、他国はそうはいかないからな。誰だって話になる」
「結局は強いて言うならでドラゴンロードのところに来る事になりますからね」
「他国は統治者ありきの国だからな」
「そんなもの要らないと思いますけど、何故拘るんですかね」
「さぁな、ハミルト思いっきり魔法文化の人間だからな、わからないだろうな。ま、色々な形があるからな。一つ言えるのは、そうしないと国が纏まらないって事だな」
「そこがまず解かりません」
「ガルドナの民には理解しにくい文化だ、いらねぇし。この国の民の方向はブレないから、誰がやっても同じだしな、誰でもいいんだけど?」
「そうですけどね、誰に聞いても出す結論は一緒ですから、だからドラゴンロードなのでは?」
そう言葉を残しながら、ドラゴンロードの隣に座るハミルト。全く動く気なしと判断したようである。
「だなぁ、他とは文化が違いすぎるからな。長生きするものじゃねぇな、離れるに離れられねぇな」
「……離れる予定ですか?」
「いや、全く無いが。世界が変わればどうなるかは解からないがな、一応これでも帰る所はあるんでな」
「世界? ……変わるとはずいぶん大きな話ですね」
「ん、いやそうじゃない魔法文化への切り替わりだ、西や東のように魔法文化が栄えれば俺のお役目も解除だ、教えるものも無くなるしな」
「あぁそう言うことですか、リーリア神国とこの国だけですけど……後、森と」
「だよな、千年前から魔法が存在するのに、村は点々とあるが二国だけとかどうなんだ? この国もやっと軌道に乗ったという感じだ、三百年かけて始めての一歩と言う感じだ。いやまぁ魔法文化は国は作らないからな、大きくなった村がリーリア神国なんだがな……あれもいつの間に国とかいいだしたんだ、こっちは他に合わせたんだけどな」
「そこは私には分かりかねますが」
「生まれたてだもんな」
「二十一ですよ」
「あ、まぁそうだな」
「21……21か、俺の時は大事だったな……その袋はなんだ?」
「豆大福ですが」
「そうか……」
じっと袋を眺めるドラゴンロード。袋を何気なしに動かすハミルト、それに合わせてドラゴンロードの目線が動く、ふふと小さく笑いがこぼれる。
「食べたいんですか」
「あ、いや、そう言うつもりで眺めてはなかったが、食べたい」
「食べたいならいえばいいのに」
「子供達にかと思ってな」
「私のおやつです、どうぞ」
袋から取り出しドラゴンロードに手渡すハミルト。二人同時にぱくりと大福を食べ始める。
「サンキュ、ん、俺のオレンジジュース飲むか? お茶がいいんだけどな」
水筒の蓋を取り、それに注ぎいれハミルトに手渡す。
「いただきます、で、何があったんですか、大事って」
「あーいや、ふと思い出して、別に何気なしに言っただけだが……」
「そうですか……気になるじゃないですか」
「まぁ、いいか、この国の地盤も固まったしな。知ったところでビクともしねぇだろ。この国の歴史って三百年ではないんだよな」
「三百年前に建国したのがドラゴンロードなのでは?」
「俺が建国したわけじゃないんだがな……。元々ガルドナ王国というものがあったのだが、滅んだ」
「そんな歴史無いですよ」
そう素っ気無く答え、もう一つ大福を取り出し、食べ始めるハミルト。
ドラゴンロードがそれにちらりと視線を向ける、それに気がついたハミルトが慌てるように大福を頬張りにこりと笑顔を返し、ドラゴンロードから思わず小さくふふっと笑いが零れる。
「俺が皆消し飛ばしたからな、今では語る人も居ないし語られてもいない。リーリアですら記録に残ってない、だから一緒にするのもおかしいって話だ」
ドラゴンロードの目線が学園内の各所へと動く、ベンチに座る三人組の女性達、広場の方では槍を構えた二人が対峙している姿が見え、それを見ている民や冒険者も多い。倉庫の方では馬車を組み立てる人達、それを眺めているパイプを咥えた老人、多種多様な人たちがさまざまな事をしている姿が目に入る。
「……学園で歴史を教える奴はいるのか?」
「いますよ、この大陸のですが。プリエラさんが教えていますよ」
ほらと手の甲を下にし指差す先には、室内で老婆が子供達に話をしている姿が目に入る、中には冒険者や商人の姿もある。
「そりゃ歴史というよりも英雄譚だな、この国の歴史は?」
「いないですね、そもそも意味がないですよ?」
「だろうな、閲覧出来るしな。国事などはクリスタルに記録している。リーリア神国にある英雄譚のマスタークリスタルと同じものだ。書面のみで残すのを禁じているのは、誇張や偽りが出るからな、都合よく改変もされるし削除もされる」
「そうですね、そこは解かってますけど」
「だな、リーリアを見てみるといい、毎年改訂版が出ている。時代に合わせて当時を語るから、解釈がずれてゆく。英雄譚以外ではどう変わっているか解からないってのが現状だ」
「そうなりますね、あ、ゲーツさんがぼやいてましたよ。年代をはっきりさせたいが解からないって」
「いや、記録順だが、その話いつの時代でも出てくるな」
「年代を押さえてあるのは、二百年前からじゃないですか。その前の百年はどうしたんですか」
「えー、吹っ掛けられる戦争で忙しかったし、民に魔法教えるのに大変だったから、覚えてないが……いっぱい来たし、今は違うが教えるの俺ひとりだし?」
そう言いつつ、紙袋に手を入れるドラゴンロード。
「豆大福もう無いのか?」
「三つしか無いですよ、半分と思いましたが、食べたかったので」
「そうか……で、今ほど平和ではないし、国として形にもなっていないからな。戦争難民でこの国に人が溢れ、溢れる度に拡張、それと平行して魔法を教え、国を整える。戦争が起こる度に難民がここに逃げてくる、モンスターも大暴れ、バカがちょっかいかけてくる」
「今の1/10もない規模……どころじゃないな、当時領地だった小さな農村からだ。国として形にもなっていないから国事の記録なんてしている暇なんてあるわけがない」
「ガルドナの最古の記録をみるかぎり確かにそうですね、戦時中のドタバタまで記録されていますし、確かに年号はいい加減なのが魔法文化ですけど、記録もってのは……」
「記録があればそれでいいと思うけどな、何年何月に意味は無いと思うがどう歩んできたかが重要だしな。形になってきたと思えば今度は犯罪が増加、収容所も監獄も溢れ、階級社会を作ろうとする度に壊してきた、何度もゼロからスタートだ」
「そんな歴史だぞ」
「モンスター大暴れは、大戦乱時代中期じゃないですか。この国はまだないですし階級社会をって記録ももないですよ」
「いや、すまん。勢いで言ったもんで、話の前後がメチャクチャだった。先も言ったが、ガルドナはその時代からあるが、無いとも言える」
「その時の記録はないんですか……えっと前ガルドナ?」
「ない、だから消し飛ばしたと言ったんだ。アレは無用な歴史で、そもそもこの国とは違う」
「何度も言うが、この国の民は過去を振り返る必要が無い、過った道に進まないからな。三百年掛けてやっとスタート地点だ、やっと崩れない地盤が出来たと言う所だ」
「人間は過去を振り返っても必ず格差を作り出す。過去例を参考にして姿を変えて同じ道を進む、貴族などの階級が甘い汁に見えるんだろ。何主義だろうと変わらない、結局は縦社会だ。民を民をといいつつ縦社会」
「反旗をひるがえして下克上しても同じだ。同じ道を進むのが人間。最初はいいんだが、必ず権力に溺れだし、その先にあるのは同種や多種族を巻き込みだす、下を作らないと気がすまない」
「今は、姿形を変え自由や生活権が与えられているが、結局は奴隷だ。一度その枠から離れてしまえば、生活が出来ない社会構造を生み出している。自由と適度な贅という飴を与える事によって、それが緩和されて気付かないだけだ」
「??」
ハミルトは良くわからないといった顔である、ドラゴンロードに顔を向けて質問しようとするが口を挟めるような雰囲気ではない事を察する。
「縦社会と言うもの良し悪しだ、上は下を導く、それが正しい縦社会だ、縦一本ではないけどな」
「今はどうだ、上が下を使うに変わっている。それどころか使ってやっているだ。民があって王が居る。王が居て民が居るではない、首に縄をかけて引きずり回すのが王ではない」
「王は茨の道を切り開く立場であり、その姿を見て民はそれを目指す。だからこそ同じ道を進んでいるこの国では、誰が王になっても変わらないと言っている」
「ガルドナは民が率先して道を広げている形ですね、違う茨の道を刈っていますね」
「だな、俺はコツを教えただけだ、後は各自で考え自分に合った刈り方で前に進んでいる。俺の道ではなく、民達が作ってきたその道を広げているのがガルドナの民だな」
「そうではない国は、茨の道を民に刈らせ自分達はのうのうと道を歩く。あっちに行きたいから切り開け、今度はあっちだと方向性がデタラメなのが特徴だな、先が見えていないし見据えてもいない」
「そうなりますね、当の本人が切り開かないんですから、道なんて示せるわけがないですね」
「社会は構築されてはいるが、自立しているようで自立してない社会だ。ハリボテという言葉がよく似合う社会、何も方向性を見出していない」
「だから頭が変わるごとに、政策が一転二転と変わり民が振り回される。上も民もどちらも定まっていないし前にも進んでいない、彼らの言う自立はその国でしか通用しない自立」
「何故、民は国を出て行かないので、イヤにもなるじゃないですか」
「ガルドナの民には理解しにくい所だな。あれらはあれで良しとしているんだ。特に不便でもないし、特に不満もない。求めればすぐそこに欲しい物があり、金を出せば手に入る。生活の便利さが人を縛る。個人を荒野に放り出してみろ、どう生きていくか解からなくなるような奴等ばかりだ。自立とは違う、他人によって立たされているのであって、自分の足で立てていない。出て行かないんじゃなくて出て行けないだ。生きる術を知らない」
「社会構造ってそう言う事ですか、確かに出ても死んでいますね」
「覚える必要の無い社会で文化だ、忘れていい。試しに荒野に放り出すとどうなると思う」
「ガルドナの民は寝る所と食糧確保で動きますが……動かないので?」
「それもあるが、動く、動くが何よりも先に人を探し、腹が減ってから食料を探す、後手後手だな。人が見つかるまで手にしている金に意味は無い。下手すれば誰かが通るまで待つ」
「あぁ、なるほどです。先に地盤を固めないんですね、人の地盤に頼りますか。目標どころか何もなさそうな人たちですね、たしかに奴隷ですか」
「いや、まだ昔のような奴隷は反動で生きる力があるが、飼いならされているのが現状だな、家畜に近い」
「それはそれでいいのでは? それも文化のひとつですね」
「正直別にそれでいいが問題がある、その国を作った連中というかトップの人間だな」
「まぁ、大体は予想できますが、民を民とも思ってないですかね」
「だろ? 安定し出すと視野が広がるが人のものを奪いに来る。自国のものは取られるのはイヤだが、人のものは欲しがる。そう言った社会が出来上がっては、破壊者に丸ごと消される。何故破壊者が生まれるかを全く理解出来ていない連中がそんな国を生み出す、それが繰り返されているのがこの大陸だ」
「千年前からモンスターが徘徊し、大戦乱時代で急激に増加。ここの民やリーリア神国以外では、一部以外は全くと言って対抗策がない、モンスターは魔法を使うからな」
「彼等の兵器では、まず歯が立たないですね」
「対抗出来ていたのは、ゴブリンやオーガと言ったモンスターが居た時代だ。当時では圧倒的な力を持っていた銃火器と呼ばれる代物だ、今は重火器とも言うらしいが。ちなみにデザインはカッコいい」
「なんですか? ごぶりん?」
「大戦乱初め頃から中頃まで居た人型のモンスターなんだが、問答無用で人間のみを襲う種族だったが滅んだな。英雄譚でも見れるぞ、緑くて大きなのがオーガっていう奴だ」
「まるで見てきた様な言い方ですが……あ、そう―」
「見てきたからな、実際」
「え? ドラゴンロードが生きてきた年数は、三百年じゃないんですか?」
「ドラゴンロードとしては三百年だが、俺はそもそもドラゴンなんだが?」
「そもそもって火のドラゴンですか? え、あれ? でもそのドラゴンと対決して、その返り血を浴びドラゴンの力を得て不老不死になったって……あれ? ここの民は皆そう信じてますよ」
「初耳だが。三百年目にして初耳だが? ドラゴンロードって、そう言う意味だったのか。いや違うと思うが、そんなのなら俺はこう呼ばれるのは認めてねぇぞ」
「ドラゴンを超えた存在って意味ですか、乗り越えたんですから」
「乗り越えた? なんだそれ、それに倒してねぇ、超えたならオーバーロードだろ。一緒になったんだよ。ドラゴンと俺、俺であり火のドラゴン、それが俺だ」
「二人いるんですか?」
「違う違う、ドラゴンが俺で、俺がドラゴンだ。というか昔から変わらず火のドラゴンなんだが?」
「意味が解かりません! ほら! 残さないからこうなるんですよ」
「くぅ、ごもっともだがそんなもの残しても意味がねぇだろ。いやまて、ハミルトの爺さんがドラゴンロードなんて言い出したんだぞ」
「お祖父ちゃん、産まれてませんよ!」
「あ、違う、ハミルトの所の家系だ……何故、お前達の家系は俺にべったりとくっ付く」
「世話役ですかね?」
「意図して?」
「いえ?」
「そういう性分なのか、代々小さい頃から親子一緒だったしな……ま、いいか。ドラゴンロードの意味を爺がなんか言ってたな、なんだったか……いいな、それ、それにしようって感じだったが……覚えているのは響きがカッコいいだ」
空を見上げるドラゴンロード、つられてハミルトも空の雲を眺めている。学園の建物の中から笑い声が聞こえ、木の葉がさわさわと心地よい音を奏でる。
「……思いだせん、それよりも、その間違ったのどうしようか」
「ドラゴンとは皆思っていますから、別に問題ではないのでは?」
「じゃあいいか、倒したってのが気になるが、ドラゴンの姿見せたほうがいいのか?」
「意味無さそうですが」
「だよな……かっこいいよ? 炎っぽいの吐けるよ? 魔法だけど、冒頭のようにあのバカ達を滅ぼすか?」
「興味ありません」
「背中乗る? 大空飛ぶ?」
「うっ……ちょっと心が揺らぎますがいいです」
「そっか、説明するのも面倒だし意味は無いな、何か変わるわけでもないし」
何かを考える様に腕を組み大樹に寄りかかるドラゴンロード、そよりと風が吹き心地よい音が二人を包み込む。
ハミルトは持っていた空の紙袋を丁寧に折りたたみ胸ポケットへと入れる、何を考えているのだろうと顔を覗きこむハミルト、それに気付くドラゴンロード。
「ん、そういえば、何か用事があったんだったか」
「使者ですよ、会わないんですか」
「あんなものに時間を割くのもバカらしいが……ゲーツのところに行くか、ゲーツの時間まで取られる形だな、ほんと邪魔だな、そもそも昼飯時だろ、何考えてんだ」
「それがいいですね、居るかどうか知りませんが」
二人が立ちあがり、ドラゴンロードはぐぐっと背筋を伸ばし、ハミルトはズボンを叩き芝を払う。
「大した話をするわけじゃねぇが、皆を集める。円卓に集まるように伝令頼めるか、俺は少し話したい奴がいる。先に行っているぞ」
「解かりました」