今朝のできごと (ショートショート73)
出張で朝から九州に行くというのに、目ざめから気分が悪く、ズキズキと頭痛もする。
完璧に二日酔いである。
昨晩、会社の同僚と飲みすぎたのだ。
ふと、その同僚の言葉を思い出した。
食塩水でうがいをすれば、二日酔いの症状が楽になるという。
オレはそれをためすことにした。
食塩水を準備して歯を磨いていると、蚊が一匹、フラフラと目の前を横切っていく。
――たたきつぶしてやれ。
歯ブラシを置き、目で追う。
だが、そうするまでもなかった。食塩水を入れていたコップに墜落したのだ。
コップをのぞくに、羽を広げた状態で水の表面に浮いている。
――よりによって、なんでコップの中に……。
これではうがいができない。
歯磨きをすませ、歯ブラシの柄を使って蚊を取り出そうとした。
しかし蚊のヤツが、あっちにいったりこっちにいったりでなかなかうまくいかず、イライラしながらやっているうちに羽がとれてバラバラになった。
せっかく作った食塩水が、一匹の蚊によってだいなしになってしまった。
――クソ―、よりによってから。
しかたなく食塩水を流した。
蚊は食塩水とともに排水口に消えた。
飛行機が滑走路を飛び立ち、出張先である九州の空港に向かう。
海上を飛び始めてまもなくのこと。
機体が大きく揺れて、頭上からいきなり酸素マスクが落ちてきた。
この非常事態に、乗客たちみながおどろいている。
機内アナウンスがすぐに始まった。
『エンジンに不具合が生じたため、緊急に海上に不時着をします。酸素マスクの装着を……』
――そうか……。
オレの頭によぎるものがあった。
過去のことでも、これからのことでもない。つい二時間ほど前の今朝のできごとである。
――あれは虫の知らせだったんだ。
こういうことになるんであれば、あのときうまく救い出してやるべきだった。