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一弥と千尋の腐れ縁シリーズ

理系女、文系男

作者: 花南



 とても素敵な夢を見た。

 私は戦闘機のパイロットで、高い空の上を飛ぶ夢だ。


「今日ね、とてもいい夢見たんだ」

 私は一弥の家に行ったとき、夢の話を切り出してみた。彼は首をかしげて、「どんな夢?」と聞いてくる。

「パイロットになる夢」

「パイロット? 飛行機運転するの?」

「そう。戦闘機で雲の上を飛ぶの」

「まあジェット機も雲の上を飛ぶけれども」

 一弥に言われてからそういえばジェット機も雲の上を飛ぶんだったということを思い出した。

「それで? それだけなの?」

「うん、それだけだよ」

「普通の夢だと思うけど?」

「普通じゃあないんだよ。あの感動どう伝えればいいのかなあ」

 私は伝えられないもどかしさで眉根を寄せた。

「曇り空を抜けたらね、白い空が広がってるの。空は青いはずなのに上空のほうだから白く感じたのかな、それとも太陽の光のせいで空が白く感じたのかな。ともかく白かったんだよ。背中を預けている座席から伝わってくる機械の音とかさ、自分の体にかかってくる重力gとか」

「重力のことをgって言うあたりが理系だと思った」

「一弥くんは文系だものね。今日どんな夢見たの?」

「えー、覚えてない」

「思い出してよ」

 私にそう言われて、一弥は頭を捻る。中学時代からずっと友達のまま、社会人になった私たち。

 理系だけど夢見がちな私と、文系だけど現実的な一弥。お互いもう付き合うとかそういうことは考えていない。恋愛に発展する関係だと思っていないからだ。

「誰かの心音を聞いていた気がする」

 ようやく一弥は思い出したように口を開いた。

「心音……? 心臓の音のこと?」

「なんつーの? 生命の誕生? 何が誕生したとかよくわからないんだけど」

「自分の心臓の音とかでなく?」

「そうかもしんないけどさ……起きたときに、窓から月が見えたんだよね」

 一弥は寝室のほうにある窓を指差して言った。

「君のことを思い出した」

 私はため息をついた。

 この理論の破綻具合。なぜそうなったのかという理屈が飛んだ、結論的に「君のことを思い出した」という発想。理系の私には理解できない。

「いやさ、月がね、とても綺麗だったから、だから月に呼ばれて目が覚めたのかなと思って……」

 たぶん私がまた「理論が破綻している」と言うと思って、一弥は面倒くさそうにそこに至る経過を説明し始めた。

「本当綺麗な月だったから、千尋ちゃんにも見せたかったなあと思っただけ」

「月が綺麗なだけで私に見せたいと思うの?」

「君は月が綺麗な夜にはそれを独り占めしたいと感じるほう?」

「月見ると宇宙飛行士になりたかった小学生時代を思い出す。それだけ」

「月なんて降りたって何もないじゃん。クレーターがあるだけで寒いところは寒いし、熱いところはとことん熱いし、重力が半分でさ」

「ぶー、六分の一です」

「覚えてないよ、そんな小学生時代に習うこと」

「中学時代だってば」

 月の重力がいくつかなんてたしかに社会じゃ役に立たないけれども、私は常識だと思っていた。一弥と私の常識はいつもどこかで食い違う。

「きっと千尋ちゃんは月の重力が何分の一かは覚えていても、国会議事堂の議員の数は覚えていないほうだよね」

「衆議院と参議院が何人ずつかなんて覚えてない」

「そっちのほうがよっぽど社会の基盤を作る大切なことだと思うけど?」

 一弥の言葉に少しむくれて、私は言った。

「私たち、いつも意見が正反対なのにどうして長続きしたんだろうね」

「違いが許せるからじゃあないの? あと専門分野が違うからぶつからないってのもある」

「なんかそういう現実的な接点の問題を言ってるんじゃあないのよ。運命的な何かはないのか、文学部出身!」

 私にそう言われて、一弥はちょっと困ったような顔をした。

「君風に言うと、引力が働いているんだよ。月は地球がなければ銀河のどこかに放り出されるし、地球は月の重力の影響を受けている」

 一弥は一呼吸置くと、続けてこう言った。

「僕風に言わせていただくならば、月と地球は惹かれあうようにできていたと思うんだ。星として生まれたときから愛し合うようにできていたっていうのかなあ……恋愛とかそういうのじゃあなく、もっと生命の祖めに根付くような、根本的な愛? ほら、月も地球もお互いを信頼し合ってるじゃない。お互いに優しくなれるし、お互いを助けようって思ってる」

 僕たちの関係も、そんなものだと思うよ。

 と一弥は言った。

「私たちが月と地球のように惹かれあってるだって?」

「強力な引力働いてると思うよ」

「私そんな運命感じたことないけど?」

「運命論的に言えって言ったの君なのに」

 一弥は呆れたように呟いた。

「僕がおじさんになったら、君はおばさんだよ。僕のおなかがぽっこり出てるのを馬鹿にしている君だってお肌がしわくちゃなんだ。君がおばあちゃんになった頃、僕はおじいちゃんだよ。どっちも歯が何本かなくて体の節々が痛くなってきているはずだ。お互いの姿や環境は変わるかもしれないけどさ、たぶん僕たちの関係は変わらないと思うよ」

 私はおばあちゃんになった私と、おじいちゃんになった一弥が孫たちの前でこういう言い合いをしている姿を想像した。そしたら少しおかしくなって笑った。

 このままでありたいな。ずっとこのままでありたい。

 私がおばさんになっても、おばあちゃんになっても、変わらず隣に君がいますように。


(了)


チェン・ミン「feel the moon」より

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