森
「エセル!」
ティノの声が聞こえる。
まぶたを上げると、魔法炎が突き抜けた高い梢の向こうに、晴れた空が広がっているのが見えた。
光あふれる青い空……いまさらながら、空の青さが胸に沁みる。
わたしは、自分が運よく枯れ草とやわらかな地面のクッションに受け止められたことを知った。
横を見ると、そう遠くない場所に折れた幹が突き出している。
倒れた老木は苔やキノコにおおわれているが、裂けた断面はとても鋭い。
あんなものの上に落ちていたら、命にかかわるところだった。
「大丈夫? 大丈夫?」
ティノが自分まで落ちそうになりながら、あわてふためいて岩場からすべり降りてきた。
わたしは仰向けになったまま苦笑いした。
頭はたぶん打っていない。背中や腰を打ちつけはしたが、問題のある痛みではなさそうだ。
「大丈夫……情けないわね、たいした場所でもないのに落ちるなんて」
「情けなくない。お姫さまがここまで来ただけでもすごいよ」
「子どものころも、何度か落ちたわ」
「どこから?」
「お城の庭にとても登りやすい木があって、そこから。はじめて落ちたときは腰を抜かしてしまったけどね」
「……」
「乳母が。それで深く反省して、なんとかひとりのときに登ろうと」
「……」
「わたしはこういうお姫さまなのよ。小間使いのほうがきっとはるかに上品ね。だからティノ」
先ほども同じような内容を口にしたが、今度はできるだけていねいに、心をこめた言い方に変えてみた。
「ここまで来てくれてありがとう。でも、あなたはもう引き返してくれる? この先はわたしひとりで大丈夫、気をつけて行くから心配しないで」
「何言ってるのさ」
本気で腹をたてたように、少年が言い返した。
「そんな格好してて、どこが大丈夫なの?」
「ちょっと休憩中なのよ」
「剣士さまのことを話してくれたら案内してあげるって、約束したでしょ。約束は守る。帰り道の案内だってちゃんとするよ」
「……やさしい子ね、ティノ」
わたしはゆっくりと身体を起こした。
せっかく梳いた髪にまたもや落ち葉や土がからんでいたが、もう取ろうとは思わない。
そばにかがんでいる少年と目を合わせて、はっきりと告げた。
「さっき襲ってきた魔物……あれはただの魔物じゃないわ。インキュバスの僕だった」
王城で嫌というほど僕を見たわたしには、よくわかる。
わたしはみるみるうちに青ざめていく少年の顔をみつめた。
この子といっしょに来るべきではなかったと後悔した。
「上にはもっといるはずだわ。だからティノは早く下に逃げて。いまならまだ間に合うと思う」
「エセルも……」
わたしが首を横に振ると、ティノはさらに青ざめて、必死に言いつのった。
「なんで? いったん村に帰って出直そうよ。村長さんにも報告してなんとか対策を考えて、それで」
「そんなに待っていられない。いえ、そうではなくて……ひとりで行きたいのよ、わたしが。もともとひとりで行くつもりだった。案内なんて頼んでしまって悪かったわ」
「……エセルはどうして剣士さまに会いたいの?」
じっとわたしをみつめ返していたティノが、やがて、ささやく声で問いかけた。
「剣士さまを心配してるだけじゃないんだね……いったい何をそんなに苦しんでるの?」
「あの人にあやまらなきゃいけないの」
わたしは答えた。
そして、どんな顔をしていいかわからなかったので少しほほえんだ。
「わたし、あの人を傷つけたの。どんなにあやまってもたりないくらい、ひどいことをしたの。でもあやまるしかできないから……だから会ってあやまりたいの、どうしても」





