第二話
それから毎年、僕らは互いにひまわりの咲く頃になると夢で出会うようになった。
年に一回。
それも何の前触れもなく唐突に。
僕らはいつ会ってもいいように、1年間の出来事をまとめて話す癖を身に着けた。
いつ目覚めるともわからない夢の中。
片方がしゃべると片方が黙ってそれを聞き、それが終わると今度は逆に。
交互にお互いのことをしゃべり合う。
そんなルールも決めた。
まるで、近況報告のようなものだったが、それでも年に1回会える彼女がまるで現代の織姫のようで僕の心は躍った。
不思議なことに、お互いの名前以外、住所や電話番号などの個人情報の類だけは教え合っても目が覚めるとすべて忘れていた。
そのため、ひなたがどこの誰なのか、どこで何をしているのか、さっぱりとわからなかった。
そのせいか、彼女に対する特別な想いは年を重ねるごとに強まって行った。
「会いたい」
どこにいるのかわからないからこそ、無性に会いたくてしょうがなかった。
全国各地のひまわり畑の情報をあさるも、夢に出てくるあの場所はいっこうに出てこなかった。
あの場所はどこなのだろう?
なけなしの金を握りしめ、いくつかの場所を巡ったこともある。
しかし、どの場所もあの夢の場所ではなかった。
そもそも、夢の中のひまわり畑なのだ。存在する場所とは限らない。見たこともないところなのだから。
そう思うと、よけい辛かった。
彼女とは夢の中でしか会えない。
夢の中でしか声を聞けない。
それがなにより辛かった。
僕は、決心した。
次の夢で告白しよう、と。
夢の中でしか会えないのだったら、夢の中で想いを伝えるしかない。
そしてその夢は、今後も続くとは限らない。
ならば、後悔のないようにしたかった。
もう今年で僕は22歳だ。
夢の中の彼女を追いかけるのはそろそろ終わりにしたほうがいい。
告白し、すっきりしたところで現実に目を向けるべきだ。
「うん、そうしよう」
そう決意した僕の脳裏に、一瞬ひなたの顔が浮かび上がる。
歳を重ねるごとに、どんどんときれいになっていく彼女。
ひなたのほうは……僕のことをどう思っているのだろう。
出会った当初から美少女だったが、今ではそこに女性らしさも加わっている。
きっと、まわりの男が放っておかないだろう。
そこで、ハッとした。
現実世界の彼女は、いったいどんな生活を送っているんだろう。
幸せなのか、充実してるのか。
あれだけの女性だ。
きっと恋人くらいはいるはずである。
そうなってくると、僕の存在というものは邪魔なのではないだろうか。
不可抗力とはいえ、彼女とは年に一度、夢を共有している仲だ。
それは、もしかしたら彼女の私生活に悪影響を及ぼしているのではないだろうか。
いろいろな負の感情が爆発し、わからなくなっていった。
こんな僕が告白なんてしたら、きっと、彼女を苦しめてしまう。
そんなの、僕の望むことではない。
「……告白なんて、できるわけないじゃないか」
それが、僕が導き出した結論だった。
※
今年も、ひなたと夢の中で出会った。
相変わらずの白いワンピースだったが、落ち着いた大人らしい雰囲気を醸し出していた。
いつも以上の彼女の姿に、僕の心臓が高鳴る。
「ようすけ」
ニッコリと微笑む彼女の姿がまぶしくて、それが余計僕の心を締め付けた。
「ひなた……」
「一年ぶりだね」
「う、うん、そうだね……」
「元気だった?」
「うん。ひなたは?」
「わたしも」
今年の彼女は一段ときれいだった。
そんな姿に、僕の中でどうしようもない気持ちがあふれ出る。
「ひなた……あのさ……」
「なに?」
「その……」
ゴクリと唾を飲みこむ。
告白したい。
好きだと言いたい。
でも、出来なかった。
ニッコリと微笑むその顔を、曇らせたくはなかった。
僕は頭を振った。
「う、ううん、なんでもない! じゃあ、今年あった出来事、僕の方からするね!」
「うん」
僕は、今年あった自身の出来事を淡々と述べていった。
話してみて、改めてわかった。
僕のしゃべっている内容は、当たり障りのない普通のことばかり。
どこそこに就職活動に行っているとか、有名なパンケーキを食べに3時間も並んだとか、あの映画を観たとか。
そんな他愛もない内容を、ひなたは
「うん、うん」
と真剣に聞いてくれていた。
その真剣さが、逆に僕の心を苦しくさせた。
「ようすけ、泣いてるの?」
気が付けば、僕は泣いていた。
目からどんどん涙があふれ出ていた。
他愛のない話をしながら涙を流していた。
「う、うん、ごめん」
僕は涙を拭った。
恥ずかしい。
1年ぶりに会えたというのに、みっともない姿を見せてしまった。
それなのに、いくら拭っても涙が止まらなかった。
「あれ、なんだろ。涙が止まらないや。ごめんね」
謝りながら涙を拭い続けていると、突然ひなたが手を差し伸べてきた。
「……?」
それはごく自然に、僕の顔まで伸びてきて、涙で濡れる目のふちをぬぐった。
そして、その指をきゅっと握りしめて、ひなたは聞いてきた。
「どうしたの? なにか……あった?」
優しげな彼女の表情。
一点の曇りもないその瞳に、僕は思った。
ああ、やっぱり。
僕は彼女のことが好きでたまらない。
告白しないなんて選択肢はあり得ない。
そう思うと、何か吹っ切れた。
告白しよう。
今がチャンスだ。
僕は彼女の手をつかむと、首を振った。
「ううん、大丈夫」
「ほんと?」
「うん、ほんと。それよりもひなた。どうしても君に伝えたいことがあるんだ」
「伝えたいこと?」
「聞いてくれる?」
緊張した僕の声に何かを察したのか、彼女が黙り込む。
目を見開き、じっと見つめるその顔が、なぜか僕に勇気をくれた。
「ひなた、僕は君の事を、心から……」
ハッと目が覚めた。
気が付けば、いつもと同じベッドの上。
涙を流しながら、天井を見つめている。
なぜだ。
どうしてだ。
いつもより、目を覚ますタイミングが早すぎる。
いままさに告白しようとしたタイミングだった。
なぜ、このタイミングで目を覚ますんだ。
ドクン、と僕の胸が高鳴る。
もしかして、告白してはいけないルールなのか?
ルールというものがあるのかわからないけれども、そういうことなのか?
僕の独りよがりが、夢を終わらせてしまった。
そういえば、ひなたの今年の出来事を、何ひとつ聞いていない。
僕だけが淡々としゃべっただけだ。
なんだこれ。
最悪じゃないか。
僕は腕を両目に当て、
「くっ」
とさらに泣いた。