第一話
ひまわりの咲く頃になると、僕は決まって一人の少女の夢を見る。
白いワンピースを着た、長い黒髪の少女。
広大なひまわり畑の中で、まっ黄色に咲き誇るひまわりに囲まれながら、いつもニコニコと笑っている。
行ったことも見たこともない景色なのだが、どこか懐かしい。そんな気がした。
最初にその夢を見たのは小学5年生の頃だった。
自分の背丈ほどもあるひまわりの中を駆け巡りながら大空に広がる入道雲を追いかけていると、ふいに誰かとぶつかった。
ころん、と転がる僕の前には、白いワンピース姿のその少女がいた。
同い年くらいの女の子。
目鼻立ちのはっきりとした、美少女だった。
その子は、きょとん、としながら僕を見つめていた。
「あ、ごめんなさい……」
慌てて謝る僕に、その少女は驚いた顔を見せながらも手を差し伸べてくれた。
その手をつかんで、僕は立ち上がる。
少女は、何も言わなかった。
ただ、ニコニコと笑いながら僕を見つめている。
不快な感じはまったくなかった。
むしろ、ホッとするような安心感があった。
「あの……」
誰ですか?
問いかけようとした矢先、目が覚めた。
時間にすれば、ほんの数分の夢だったと思う。
けれども、その夢は強烈に僕の頭に焼き付いて離れなかった。
※
二度目に少女と出会ったのは、翌年のひまわりの咲く時期だった。
その夢は、不思議なことにひまわり畑で会った時の続きだった。
ただ、お互いに少し背が伸び、成長していた。
「あの、誰ですか……?」
尋ねると、少女は答えた。
「ひなた」
ひなた。
可愛らしい名前だ、と思った。
「あなたは?」
「ようすけ」
「いい名前ね」
いい名前だと言われたのは、初めてだった。
僕は、一瞬でその子を好きになってしまった。
「ここで、何をしてるの?」
尋ねる僕に、ひなたと名乗った少女は答える。
「なにも。ただ、ひまわりを眺めているだけ」
「ひまわりを?」
「ぐんぐんと太陽に顔を向けて成長していくこの子たちを見ているのが、好きなの」
ひまわりは、太陽に顔を向けながら成長することは知っている。
でも、それが好きだからといってただ眺めているだけだなんて、不思議な子だ。
そんなことを思っている僕に、彼女は聞いてきた。
「あなたは、何をしているの?」
「僕は……」
答えようとして、目が覚めた。
気が付けば、いつものベッドの上。
唐突のない夢の終わりに、心が張り裂けそうになった。
しかし、何度寝ても、夢の続きは見られなかった。
※
夢の続きが見られたのは、やはり翌年のひまわりの咲く頃だった。
前回と同じく、僕とひなたは1年分の成長を遂げていた。
「あなたは、何をしているの?」
「僕も、何もしていない。ただ、入道雲を眺めながら走っていただけ」
「入道雲?」
「ほら。すごいきれい」
指差す僕の先には、綿あめのような巨大な積乱雲が空に広がっていた。
「わあ、ほんと。全然、気が付かなかった」
圧倒される入道雲の大きさに、ひなたは嘆息をもらす。
気が付けば、空を見上げる彼女の背は僕を追い越しており、なんだか思った以上に大人びた雰囲気が漂っていた。
「ようすけは、雲、好きなの?」
見惚れていた僕は、そんな言葉を投げかけられて思わず肩を震わせる。
「う、うん。好き。大好き」
その答えに満足したのか、ひなたはニッコリと笑った。
「そっか。好きなものに夢中になれるって、いいよね」
夢中になっていたのかどうかは、わからない。
ただ、大きな雲に憧れて少しでも近くで見ようと空を見上げながら駆け続けていたことは事実だ。
だとすれば、夢中になっていた、ということなのだろう。
「うん、そうだね。お互いにね」
そう答える僕に微笑む彼女は、少し間を置いて声を発した。
「ところで、ようすけ。わたしたちって……」
ハッと目が覚める。
気が付けば、やはりいつものベッドの上。
けたたましい目覚まし時計の音が、僕の耳をつんざいている。
むくり、と起き上がる僕の脳裏には、彼女の最後の言葉が残っていた。
「ところで、わたしたちって……」
なんだ?
何を言おうとしていた?
これは夢だ、と思いながらもどこか期待している自分がいる。
まさか夢に出てくるあの少女、ひなたも同じ夢を見ているのではないだろうか、と。
しかし、確証はない。現実的でもない。
第一、あのひまわり畑の場所なんて僕は知らない。
夢は願望のあらわれ、ともいう。
あり得ないことが起こるのが夢だ。
だとしたら、淡い期待をしないほうがいい。
僕はすぐにその想いを断ちきった。
その淡い期待が現実味を帯びてきたのが次の年のひまわりの咲く頃だった。
いつものように、唐突に始まる夢の続き。
目の前にいるひなたは、だいぶ成長を遂げていた。
対する僕は、まだ声変わりもしていない。
ひなたは、僕の姿に安心したかのような笑みを浮かべていた。
「ようすけ……」
「ひなた」
1年ぶりに会う彼女は、満面の笑みを浮かべながらもどこかよそよそしく、伏し目がちで目を合わそうとしなかった。
「あ、あの、ようすけ。こ、この前、言おうとしたことなんだけど……」
しどろもどろになりながら精一杯言葉を紡ぐ彼女。
僕の顔をチラチラと確認している姿がとても可愛らしく、僕は思わず抱きしめたくなってしまった。
「え、と……。その……」
なんと言っていいのかわからない顔をしているひなたが可哀そうで、僕のほうから切り出した。
「僕たち、お互いに同じ夢を見ている気がするね」
その言葉に、しどろもどろだった彼女の顔がまぶしいほどに輝く。
「そう!? やっぱり、そう!?」
グイ、と身を乗り出してくるひなたに、思わず腰が引ける。
半信半疑ではあるが、そう結論づけなければ納得がいかない。
何より、彼女もそう思っている。
これは僕だけの妄想ではなさそうだった。
「実はね、わたし朝起きた後、胸がドキドキしてるの。もしかしたら、お互い同じ夢を見ているんじゃないかって。でも、そんなことあり得ないし。かといって、夢で済ますにはどこか現実的で……」
「なんなんだろうね、これ」
そう言う僕に、ひなたはポロポロと涙を流しはじめた。
「え、ええ!? いや、なんで!?」
慌てふためく僕を安心させるかのように彼女は笑って言った。
「ほんと、なんなんだろうね、これ」
安心したかのようなひなたの泣き顔が、僕にはとても愛らしく感じられた。