全部ひっくるめて子犬です
呼び出された子犬改め子狼です。でも子犬で良いと思う。狼もイヌ科だし。本物の狼って見たこと無いし。使い魔だし。面倒だし。
そんなどうでも良い事を考えながら必死に足を動かす。何故なら止まると攻撃されるからだ。
誰にって? それはもちろん主であるエンリエだ。容赦なく口許に笑みすら浮かべて魔法をぶっ放してくる。酷い主だ。動物虐待反対! 使い魔を大事にしろ! 言う事を聞かない日頃の鬱憤が溜まっているのか、隠してあったおやつを残さず食べたのを根に持っているのか。それともアレか、うっかり迷子になって迎えに来て貰う羽目になった事を怒っているのか。それとも――……やめよう心当たりしかない。
必死に走りながら目的地を発見して一気に走り抜ける。最後は大きく跳躍し、一回転。華麗に白いゴールテープを切った。そのままついでにポーズを決めると周りから拍手が起こった。いやー、どうもどうも。
「やればできるじゃないか」
近くに寄って来たエンリエが珍しく笑顔で褒める。笑顔のエンリエとか恐ろしい事の前触れとしか思えない。先程の魔法をぶっ放して悪い笑みを浮かべている姿なら別だが。
「そ、そんな。僕の使い魔が負けるなんて」
眼鏡をかけた一見根暗そうな少年が呟きながら崩れ落ちる。そもそもこんな事をするはめになった元凶はこの少年だ。
事の起こりは一週間前。
昼休みに食事を取り終え、エンリエが本を読んでいる横で微睡んでいた時だった。
「お、おい!」
眼鏡をかけた少年がエンリエに声を掛ける。随分と尊大な声の掛け方だったが、どもっているのと少年の顔を見れば明らかに緊張しながら、それを隠すために尊大になってしまったのが丸分かりだった。
エンリエは聞こえていたにも関わらず本から顔を上げない。
「む、無視するな! 聞けよ!」
綺麗に無視をされて少年が涙目になる。エンリエの態度に心折れかけているらしい。だが、何てことは無い。エンリエはただ単に自分に声を掛けられていると気付いていないだけだ。
エンリエに声を掛ける奴は大抵エンリエの機嫌を損ねないように丁寧に気を使いながら声を掛けてくる。それに慣れてしまっているエンリエは乱雑な呼び声が自分に向けられていると気付いていない。そもそも、こいつ友達と呼べる人間が限られているから、あまり声を掛けられないしな。
生温かい目を向けると本に目を向けたまま、伸びてきた手に頭を鷲掴みにされる。ギブ、ギブ、何でこっちには反応するんだ。
「お、おい、可哀想だろう! 止めろよ!」
予想外にも少年から止めが入る。そこでようやくエンリエが少年へと視線を向ける。少年が顔を上げて貰えた事に一瞬安堵したような顔を浮かべた。
「誰だ?」
緩み掛けた表情が凍り付く。そしてまた涙目になりながらプルプルと震えてしまう。
「ぼ、僕を知らないのか」
「知らん」
バッサリとエンリエが切り捨てる。
あー、少年よ。エンリエに悪気は無いんだ。ただ、デリカシーとか相手の心を察する能力が著しく欠けているけど。悪い奴では無いんだ。すぐ怒るけど。勝手におやつ食べると怒るけど。
「お前、また何か失礼な事を考えているだろう」
いえ、滅相も無い。
キリッとした顔を向ける。胡乱気な視線を返された。その横でショックを受けた少年がブツブツと何か言っている。うん、カオスだな。
「み、認めない! お前が一番だなんて認めないからな! 勝負しろ!」
何とか立ち直った少年がいきなり勝負を吹っ掛けてくる。
「別にお前に認めてもらう必要は無い」
興味無さそうにエンリエは本へと再び視線を落としてしまう。少年は涙目どころか泣いてしまっている。何だか一生懸命なのに全く報われなくて可哀想になってくる。慈悲深い俺は仕方がないと小さく鳴いてエンリエを呼ぶ。視線が合ったので、そのまま泣いている少年へと視線を向ける。エンリエは一つ深いため息を吐いた。
「内容を聞くだけは聞いてやる」
少年の顔が分かりやすく輝いた。
「ルールは簡単だ。決まったルートをどちらが早く駆け抜けるか。それだけだ。ただし、競争するのは互いの使い魔だ」
え、俺なの? 出した仏心をあっさりと引っ込め、全力で面倒くさいと訴えるが、逆にそれまで全く興味が無さそうだったエンリエの瞳が光る。
あー、嫌な予感。
「使い魔同士の戦いか。それは良い。魔法を使うのはアリか?」
「補助魔法はもちろんアリだ」
「攻撃は?」
「――なっ、駄目だ! お前の攻撃が直撃したら怪我どころじゃ済まない」
自らの使い魔を案じているのか血相を変えて少年が反対する。それにエンリエが笑みを向ける。背筋が粟立った。
「安心しろ。お前の使い魔に攻撃したりはしない。攻撃するのは、コイツにだ」
襟首を掴まれ持ち上げられる。色んな所がプラプラするから止めてほしい。いやーん。
「自分の使い魔に? 何故?」
信じられないと驚愕の瞳を少年はエンリエに向ける。それに対するエンリエの答えはシンプルだった。
「すぐにサボるから」
良くお分かりで。
それからエンリエの特訓という名のいびりが始まった。炎の塊を打ち込まれ、必死に回避する。何回か毛先が焦げた。綺麗に治るから良いが、完全なるいじめだ。酷い。
その光景に様子を見に来たマージュとハンリックがやり過ぎだと注意する。
「いくら何でも火力が強すぎないか?」
「そうだよ、当たったら大怪我しちゃう」
そうだ、そうだ。もっと言ってやれ。二人に内心でエールを送ると、エンリエから呆れたような視線を向けられる。
「試した結果の火力だ。これ以下だと綺麗に防ぎきって一歩も動かない」
二人が驚いた顔でこちらを見る。えー、何の事か分からないなー。少しだけ焦げてしまった前足をペロペロと舐める。あら不思議、あっという間に元通り。深夜の通販番組もビックリだ。使い魔には簡易な自己修復機能が付いているらしい。
確かに最初は手加減されていた。それこそ防ぐ必要も無く、尻尾を振って叩き落としてしまえる程に。地べたに伏せたまま実行したらエンリエの額に青筋が出来た。それから徐々に火力が増す炎の塊を何度か尻尾を振るだけでやり過ごし、叩き落とせなくなったら今度は身体の周りに結界を張って防いだ。
そしてとうとう結界を張る気力と動く気力が逆転して動くことにした。それがこの火力だった。
あれ、もしかして自業自得か?
「それに直撃するようなヘマはしない」
まぁ、直撃しそうな奴は直前で消してるもんな。本当に直撃しそうな奴だけだけど。近くに落ちるだけでも炎なだけあって熱いから消してほしいのだが。
「――でも」
「何か文句があるのか?」
冷たい響きにマージュがビクリと言葉を詰まらせる。それに肩の梟とハンリックが敵意を向ける。一触即発の空気。
「わん」
短く鳴けば、三人と一匹の視線が集まる。
「わん」
エンリエを見つめながらもう一度鳴けば、長く息を吐いて苛立っていた雰囲気を霧散させる。
「……悪い、少し苛々していた」
そう、ここ数日のエンリエの調子が悪い。それに伴って常時機嫌が悪く、小言も多く怒りやすい。あれ、いつもと変わらなくないか。
「あ、そっか。そんな時期なんだね」
マージュは心当たりがあるのか納得したような声を上げる。
「前はよくこの時期に休んでたもんね」
「良く知っているな」
「え? あ、その……」
マージュが顔を赤くして狼狽える。ハンリックの瞳に嫉妬の炎が宿ったような気がする。ご愁傷さまです。昔の恋心を覗かせてしまったマージュに合掌。
「えっと、魔力を消費したいなら幻想の間を使わせて貰えば? 勝負の事は先生たちにも伝わってるみたいだから貸して貰えると思うよ」
マージュは視線を彷徨わせながらそんなアドバイスをする。エンリエは疲れたようにため息を吐き、前髪をかき上げる。その仕草にマージュがまた顔を赤くする。今度ばかりはハンリックにも気持ちが分かったのか、諦めたように小さく首を振っている。無駄に顔が良い奴はこれだから。
「そうだな。丁度良い。そろそろ行くか」
流し目で見られて嫌な予感がして逃亡を図るが、あっさりと捕まる。それでも懸命に抵抗して地面に爪を立てて踏ん張ってみたが、手入れをされた爪とぷにぷにの肉球では踏ん張ることは出来なかった。
先生から使用許可を貰って鍵を受け取る。どうやらエンリエはよく利用するらしく、もうそんな時期かと言いながら鍵を渡された。
「おっ、エンリエ、丁度良い所に。調子はどうだ?」
横から唐突に声を掛けられ、エンリエの眉間に微かに皺が寄る。誰だろうと視線を向けると白衣を着た少しくたびれたようなおっさんが立っていた。
「そろそろあの時期だろう? 薬は飲んでいるのか」
おっさんの問いかけにエンリエは無言のまま視線を逸らせる。その様子におっさんがため息を吐く。飲んでいないのだろう。俺も何かを飲んでいるのを見たことが無い。
「確かに薬は気休め程度にしかならないかもしれないが、それでも飲まないよりはマシだろう」
おっさんは最後に何かあったらすぐに来いよと言い残して去っていった。
その背を見送りながらエンリエが緩く息を吐きだす。どうやら苦手らしい。会話や恰好からして養護教諭のようだが。
「行くぞ」
掴まれ持ち上げられる。そんな持ち運ばなくても自分で歩けますよー。時々逃げ出すだけで。
幻想の間の扉は物々しい程に重厚だった。何の意味があるのか読み取れない模様や文字が所狭しと書き込まれていて、見るからに怪しい雰囲気を漂わせている。
嫌な予感がして、そっと一歩足を引くが、すぐにエンリエに気付かれ持ち上げられる。
「幻想の間は入った者の魔力を消費して想像を形にする場所だ。死ぬような大怪我はしないように設計されているから安心しろ」
説明されても欠片も安心できない。開かれた扉の先は暗く、空気が吸い込まれるように流れ込む様子は地獄の入り口にようにも見える。嫌だと必死にバタバタと暴れてみるが、エンリエは気にも止めずにその暗闇へと放り込む。
暗闇の中、肩から落下した。痛い。
「最初はただの暗闇だが、想像一つで姿を変える」
ゆっくりと入って扉を閉めたエンリエが右手をかざすとそこから灯が生まれて広がって行く。
その灯が綺麗で思わず手を伸ばす。そこで違和感に気付き、動きを止める。
手だ。
前脚でなく、手だ。
視線を落とせば、ふわふわの毛は無く、見覚えのある服を着ている。さらに視線を落とせば靴を履いた足も見える。
停止した思考のまま前を向けば同じく思考が止まっているエンリエが居て、見つめ合う。
……あー、うん。
右手をかざして学生鞄をイメージしてみる。少し魔力を持って行かれる感覚がして鞄が現れた。やっぱりそうだ。俺の想像も反映してしまっている。
ポンッと軽快な音を立てて煙りを生む。フワフワな自分の姿を思い出して形作ることを意識する。何度か鏡を見たことがあるので覚えている。大丈夫だ。そう思うのに煙が消えても手が手のままで変化しない。数回繰り返すが、上手く行かない。
どうしてだろうか。何故だろう。自分は何で、俺は――
「何をしている」
静かな声に、ノロノロと顔を上げる。エンリエは先程の驚きなど無かったかのように、いつも通り呆れたような表情を向けてくる。それを見て、ぐるぐるしていた思考が明瞭になる。
「お前は俺の使い魔だろう」
あぁ、そうだ。自分は――
「ウィルフ」
名を呼ばれ、小さな四足で走る。そのまま飛び上がって、エンリエの胸へと飛び込む。
難なく受け止められ、抱き上げられる。その腕に収まりながら、緩く息を吐きだす。毛並を乱雑に撫でられ、気持ち良さに目を細める。柄にもなく動揺して混乱していたらしい。
落ち着くまでの間、エンリエは何も言わずにひたすら撫でてくれていた。
その後、そんな恩を忘れる程に特訓と言う名のいじめを受けたが。
今日も今日とて絞られぐったりとして部屋に戻る。あれ以来、幻想の間には行っていない。多分俺が嫌がると思っているのだろう。仕組みが分かれば同じ失態を繰り返したりはしないが、好んで行きたい場所でも無いので訂正せずにそのままで居る。
訂正しようにも子犬だから訂正できないしな。ははは……
ふざけた思考をしてエンリエを見るが、いつもなら入る突っ込みが来ない。どこか気だるげに本に視線を落としたままだが、本の内容を追っているのかも怪しい。
「くーん」
机に乗り上げ、腕に額を押し付ける。本から視線をずらして撫でてくれるが、その手が少し熱い。
「……大丈夫だ」
いやいや意地張ってないで帰るか保健室行けよ。
「今日の勝負が終わったら帰る」
それって放課後だろう。勝負なんて延期しても良いじゃないか。何なら中止でも全然構わない。帰ろう―。ゴロゴロしたい。柔らかい寝床でゴロゴロを満喫するのだ。美味しいものも食べたい。消化に良ければ尚良し。仲良くなった厨房の少年に作って貰おう。
「そんなに心配するな」
うっさい。感情を読むな。
そんな俺の心配を嘲うかのように、勝負中のエンリエは絶好調だった。楽しそうに火の塊をぶっ放している様子は何処からどう見ても悪人だった。その場面だけ切り抜いたら悪夢として出てきそうな勢いだった。
「そんな、そんな……」
未だに勝負に敗れて項垂れている眼鏡の少年に彼の使い魔が申し訳なさそうにそっと近寄る。
「あ、違うんだ。お前は悪くない。よく頑張った」
そう言ってユニコーンの首を優しく撫でる。
少年の使い魔はユニコーンだった。勝負の前に思わず凝視してしまった。探せばドラゴンとかも居るのだろうか。
「僕に力が足りなかったから。相手に認識もされない訳だ……」
少年は自嘲するかのように悲し気に笑う。エンリエに誰だと聞かれたのが相当ショックだったようだ。
「知っているぞ。エフニールだろう? この前発表した魔力の循環に関する論文は中々興味深かった」
エンリエの発言に少年が驚いて顔を上げる。
「な、何で、知らないと言ったじゃないか!」
「最初に名乗らないからだろう。それか使い魔を連れて来い」
つまりエンリエはエフニールの存在は知っていたが、顔は知らなかったらしい。それはそれで酷い気もするが。エフニールも怒りのためか顔を真っ赤にしてプルプルと震えている。
「か、帰る!これで勝ったと思うなよ! また来るからな、忘れるなよ!」
真っ赤な顔のまま宣言してバタバタと去って行く。それをユニコーンがどことなく生温かい瞳で見ていて――もしかして顔が赤かったのは怒りのせいではなかったのだろうか。
マージュといい、罪作りな奴だ。
そんな事に欠片も気付かないご主人様に生温かい瞳を向ける。案の定、何だと首を捻られる。
「帰るぞ」
「わん!」
一瞬で意識を切り替える。わーい、部屋に戻ってゆっくり休むー。
――はずだったのだが、ただいま全力疾走中です。火の玉が飛んでくるわけでは無いが、可能な限り全速力で最短ルートを走る。
エンリエがぶっ倒れた。部屋に戻った瞬間に崩れ落ち、苦しそうな息を繰り返している。
目的地へ一直線に走り抜け、そのまま体当たりをして扉を開ける。勢い良く開いた扉に中に居た養護教諭が目を丸くしている。
「わんっ!!」
「エンリエのところの――まさか」
察したのか養護教諭は鞄を掴んで走り出す。
部屋に戻ると意識を取り戻したのか薄らと目を開けたエンリエが養護教諭の姿を見て顔を顰める。ついでに睨まれたが知った事か。
「睨む力があるくらいなら平気だな。強めの薬を出すから飲んで寝ろ。こればかりは時間が解決するしかないからな」
「くーん?」
「あぁ、大丈夫だ。お前のご主人様は昔から魔力が多くてな。こうして時々体調を崩すんだ。最近は良くなってきたと思ったけど。幻想の間に行ってあまり消費しなかったのか?」
エンリエが質問に答えずに無言で無理やり薬を飲み込む。態度が悪いが養護教諭は慣れているのか気にした素振りは無い。
そのままエンリエはベッドの中へ潜り込んでしまう。養護教諭はため息を吐きながら頭を掻いて立ち上がる。
「何度も言うが、それは病気じゃない。恥じる必要なんて無い」
盛り上がった山の頭の方を軽く叩いて養護教諭は荷物を持って扉へと向かう。
「じゃ、また変化があったら呼んでくれ」
「わん!」
素直に返事をすると頭をワシャワシャと撫でられた。どことなくエンリエに撫でられる感覚と似ている気がした。
さて布団の山と化したエンリエに視線を向けると養護教諭が立ち去ったのを確認してか、わずかに顔を出していた。完全に潜っているのは苦しかったらしい。
静かに跳躍し、枕元に着地する。
「……お前のせいじゃない。今回は元から体調が悪かっただけだ」
動くのも怠いだろうにエンリエは布団から片手を出して乱雑に撫でる。
撫でる少し熱い手のひらに身体を擦り付け、一歩近づいて額をくっつける。そこからゆっくりと溢れている魔力を吸収する。
すると少しは楽になったのか、エンリエの瞼が落ちて行き、呼吸が落ち着いて来る。そのまましばらく寄り添っていると穏やかな寝息が聞こえ始め、本格的に眠りについたらしい。その穏やかな寝息に誘われるように自分もうつらうつらと眠りに着く。
浅い眠りから目覚めてエンリエの様子を窺うと良く眠っているが汗をかいているようだった。
とりあえず額と首回りの汗くらいは拭くかとベッドから降りる。流石に子犬の姿だと難しいので幻想の間で強制的に思い出さされた姿へと形を変える。あの時の経験がまさかこんな場面で役立つとはな。
水を温めてお湯にし、タオルを浸して両手で絞る。人肌程度に冷ましてから額の汗と首回りの汗を丁寧に拭う。ついでに額へ手のひらを当てると熱は引いたようだが、魔力はまだ多いようだ。もう少し奪い取っておいた方が良いだろう。
「……人命救助ってことで」
誰に聞かせる訳でもない言い訳をして、そっと触れ合わせた。
翌日、エンリエは無事に体調が回復したらしい。朝、枕元で丸まっていた俺の頭をクシャクシャと撫でる手は平時の体温で安心する。
「お前が魔力を持って行ったおかげで助かった」
それはそれは。どういたしまして。
苦しんでいるご主人様を放っては置けませんからね。なんたって感情共有しているから苦しいの伝わってくるし。いやー、良かった良かった。
「ところで、昨日何かしたか?」
いーえ、何もしていませんよー。ベッドの上で丸くなりながら欠伸を零す。
「本当か?」
もちろん。ほーら、このつぶらな瞳が嘘をついているように見えるって言うのか。
顔を上げてエンリエと見つめ合う。疑惑の視線が痛い。
「……まぁ、良い。気のせいだろう」
そうそう、気のせい気のせい。
エンリエは何故かしきりに唇を気にしながら顔を洗いに部屋を出て行った。
END