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子犬で使い魔です

※1話目は短編の「呼び出された子犬です」と同じ内容です。

 緩い微睡みの中、引っ張られるような感覚がしてきつく目を閉じる。その感覚に耐えていると急に明るくなり、引っ張られる感覚も無くなったので、閉じていた目を開く。

 急な明るさに目がチカチカするが、それでも目の前の人物をはっきりと認識することができた。

 高校生くらいの目鼻立ちがすっきりとしているイケメンがこちらを覗き込んでいる。これで俺が女の子なら頬を染めるところだが、生憎そんな趣味は無く、若干顔を顰める。


「……犬? 随分と小さいが、まぁ、悪くは無いか」


 こちらを覗き込んでいた青年がそんな失礼な評価を下して来た。

 っていうか、犬なのか俺。そういえば視線がやけに低いし、手がふさふさだ。持ち上げて肉球を見てみたらぷにぷにで気持ち良さそうだった。自分では触れないのが心底悔やまれる。


「今日からお前の名前はウィルフだ。そして、俺がお前の主でエンリエだ」


 おーけー、ウィルフにエンリエな。了解。

 了承の意で頷けば、イケメンが驚いたような顔をする。


「もしかして言葉を理解しているのか?」


 え? 何、言葉わかんない系なの?

 それなら分からないフリをしていた方が良いかと何も分かりませんみたいな顔をして後ろ脚で耳辺りをカシカシと掻く。


「……偶然か。契約すら結んでいないのに意思疎通など出来るはずないか」


 あぁ、契約結んだら分かるの? それだったら早く契約結んでくんないかな。多分、そのせいでこの変な陣から出られないんだし。

 薄らと光る陣から出たいなと思ってイケメンを見つめていると、イケメンは何を思ったのか指先をナイフで傷付けた。突然の自傷行為に目を丸くすると、イケメンは血が出た指先を差し出して来る。


「舐めろ」


 は? 普通に嫌だ。何で血なんか舐めなくちゃいけないんだ。そんなの不細工だろうが、イケメンだろうがお断りだ。美少女なら一考するが。

 顔を背けると、グイグイと口許に指を押し付けられる。


「おい、舐めろ。契約できないじゃないか」


 いーやー

 頑なに拒絶するとイケメンが困ったように眉根を寄せる。


「おかしいな。召喚に応じた使い魔が契約を嫌がるなんて聞いたことが無いが」


 あ、自分使い魔なのね。なるほど。立ち位置がはっきりして少しだけすっきりした。でも、血を舐めるのは嫌。


「契約しないとソコから出られないぞ」


 イケメンの言葉に伏せていた顔を上げる。

 あ、やべ反応しちゃった。でも、まぁ良いか。偶然、偶然。


「……嘘じゃない。少なくとも俺はこの方法以外にお前を元の場所へ送り返すことも、ソコから出してやることも出来ない」


 真っ直ぐに見つめられたまま告げられた言葉に嘘は無いと感じて、少し悩むが、ずっとここに居るのは流石に遠慮したい。仕様が無しに血が付いた指先をペロリと舐める。不思議と血の味はあまりしなかった。それよりも身体が熱くなって、唐突に目の前の男の感情が伝わって来るようになった。どうやら意思疎通とは感情の共有のことらしい。

 男が現在、俺に向ける感情は――


「お前、やっぱり言葉が分かるんじゃないのか?」


 不信感だった。

 使い魔相手に持つ感情にしては恐ろしく不似合だ。




 それから俺とエンリエの生活が始まった。エンリエはどうやら学生のようで、学校に通っている。だが、俺の知っている学校とはかけ離れている。エンリエが通っているのはどうやら魔法学校のようで、指定の制服の上にローブを羽織り、魔法の授業を受けている。

 その中でエンリエはどうやら優秀らしい。良く分からないが、問題を当てられてもスラスラと答えるし、周りの扱いからしてそんな感じだった。


「エンリエ、とうとう使い魔を召喚したんだってな。お前が中々召喚しないから皆で時期と種類を賭けてたんだ。どんな奴だ?」


 笑顔で話しかけて来た人物が使い魔である俺を見て驚いた顔をする。大抵の奴が同じ反応をするので、正直飽きた。どうでも良いので大きくあくびをする。


「ま、さか子犬とはな。いや、犬は忠誠度が高いし、訓練によって多くの事が出来るから使い魔として優秀なのは分かっているんだが、何ていうか、まぁ……」


 似合わないよな。

 言葉を濁した友人の続きを心の中で呟けば、エンリエに睨まれる。言葉は伝わらないが、互いの感情は伝わるようで変な事を考えると睨んで来る。普通ならビビッてしまうかもしれないが、今の俺は犬だ。可愛い子犬だ。分かるはずも無いとばかりに、コロンと腹を出して服従のポーズ。怖くなんてないんだからな。


「と、ところでエンリエが召喚した使い魔なんだから大層凄いんだろ? どんな感じなんだ?」


 不機嫌な雰囲気に圧されたのか、友人はワタワタとしながら話を変える。だが、エンリエの眉間の皺は一層深くなる。


「――……だ」

「え?」


 小さく呟く声が聞こえずに、友人が聞き返す。それに、はっきりと苛立ちを表しながら吐き捨てる。


「駄犬だ」


 やだな。ちょっと言う事を聞かないだけじゃないか。




 寮に戻ったエンリエは、餌を持った状態で俺の前に座り込む。

 俺も大人しくエンリエの前でお座りをして、ついでとばかりに尻尾も振る。愛想は振りまいておいて損はあるまい。


「お手」


 手を差し出され、その上に可愛いフワフワの前足を乗せる。どうだ、肉球が気持ち良かろう。


「おかわり」


 先程乗せた足とは別の前足を乗せる。

 毎度のことながら、コイツは真面目な顔して何お手とか言ってんだと突っ込みたくなる。なまじイケメンだからか恐ろしく笑える。


「伏せ」


 続く指令に何だか面倒になり、早く寄越せと餌を持ったエンリエの手に鼻先を突っ込む。


「おい、面倒くさがるな! 手抜きして餌を得ようとするんじゃない! お前が本当は出来るのは分かっているんだからな」


 分かっているのなら良いでは無いか。手を上に持ち上げられ、餌を取り上げられる。その餌を奪う方法は何通りかあるが、それだけの労力を使って取るほどの量でも無い。

 叱るような目で見てくるエンリエに背を向けて、奥の部屋へと移動する。そして身体を縮めて、反動をつけて跳躍する。普通の小型犬なら到底飛べないような距離であっても使い魔だからなのか簡単に飛ぶことが出来る。

 そして、一番高い棚の上に着地をすると、そこに隠している餌袋を引っ張り出し、前足で押さえながら口を使って封を破る。


 もぐもぐしていると、怒りの感情が伝わってきて、怒りんぼだなと呆れる。それが伝わったのか更にエンリエの怒りが増した。


「無駄に高度な技を使いやがって……そこまでしてサボろうとするな!」


 大きな声を出され、耳を伏せて前足で押さえながらそっぽを向く。

 やれやれ。俺のご主人様は怒りっぽくて困る。



 怒ったエンリエに部屋の外に放り出され、フラフラと外を散歩する。一時間もすれば怒りが収まって部屋に入れてくれるだろう。

 それまではどこか暖かい所で昼寝でもと丁度良い場所を探していると、何やら憂いを帯びた美人を発見する。ただし、男だが。どうしたのかと近づいてみると、美人さんもこちらに気付き、憂いの表情を消す。


「君は、確かエンリエの使い魔で、ウィルフ、でしたっけ?」


 自分でも忘れかけていた名前を呼ばれて、耳がピンと立つ。

 ちゃんと名前を呼ぶなんて良い奴だ。顔が綺麗なら心も綺麗なのか。


「今はこれしか持っていないのですが、食べますか?」


 ササミのような物を取り出され、尻尾をパタパタと振る。しっかりとお座りして行儀正しく待ちの体勢になる。


「ふふ、良い子ですね」


 焦らすことなくササミを目の前に置かれ、更に好感度が上がる。エンリエは何かと芸をさせようとするから面倒なのだ。餌を前にして我慢など何故しなくてはいけないのか。

 ハグハグとササミを噛みながら不満を募らせていると離れたエンリエにも届いたのか、怒りの感情が伝わって来る。これは、もう一時間は様子を見た方が良いか。


 綺麗に食べ終え、お礼に美人さんの手の甲にスリスリと額を擦り付け、ついでにペロリと舐める。この人は犬が好きなようなので嬉しいだろうと思っての行為だったが、当たりだったらしく、嬉しそうに頬を綻ばせながら、頭を撫でられる。


「賢いですね。流石エンリエが召喚しただけあります」


 撫でる手が気持ち良くて、ゴロンと横になって身を任せていたが、人の近づく気配がして身を起こす。


「どうしたのですか?」


 急に動いたことに美人さんが不思議そうに問いかけてくるが、すぐに人が近づく音が聞こえてきて、そちらに顔を向ける。やがて姿を現したのは、クマ、ではなく熊のようにがっしりとした体格の男だった。


「ジャイロ……」


 美人さんと熊さんは知り合いなのか、美人さんが熊さんの名前を呼ぶ。


「こんな所へどうして?」

「エフスが一人でこっちに歩いて行くのが見えたから」

「追って来たのですか?」


 美人さんの問いかけに、熊さんがコクリと頷く。それに美人さんが強張った顔をして俯いてしまう。その様子に拒絶されたと思ったのか熊さんが悲し気な瞳をするが、心配することは無い。美人さんは赤くなった顔を見られないように俯いただけだ。

 俺の位置からは嬉しさに頬を染めている表情が良く見える。せっかくなら、隠さないで見せてやれば良いのに。


「隣、良いか?」

「どうぞ」


 声が震えるのを気にしてか、美人さんが素っ気なく答える。

 それに心折れることなく熊さんは隣に腰掛けるが、話題が無い。二人とも、そわそわとした雰囲気を出しているにも関わらず、互いに何も言えないらしい。

 ええい、まだるっこしい。


「くぅーん」


 可愛く鳴いて、美人さんにすり寄る。すると美人さんは相好を崩して優しく撫でてくれる。


「犬、好きなのか」


 熊さんの問いかけに、ハッとしたように美人さんが表情を引き締める。


「え、えぇ。嫌いでは無いです」

「そうか、俺の使い魔も犬型なんだ。小型犬では無いが、良かったら今度会ってくれないか?」

「会う、くらいなら良いですよ」


 動揺してツンとした言い方をしてしまう美人さんに、熊さんは優しく微笑み掛ける。

 おぉ、良い雰囲気なんじゃないか。

 もうひと押しとばかりに、美人さんの胸元へ飛びつく。それに驚いたのか、美人さんが仰け反り、後ろに倒れそうになる。


「危ない!」


 熊さんが美人さんを抱きこむように支える。自然と二人の距離は近くなり、至近距離で見つめ合う。


「……エフス」


 熊さんが切なそうに名前を呼び、顔を近づける。それに美人さんはそっと瞳を閉じて、受け入れる。

 ちなみに俺は、とっとと美人さんから離れて近くの地面にお座りしている。我ながら良い仕事をした。どうみても両想いだったからな。

 うっとりとキスに浸っている二人を見ながら自画自賛するが、段々とキスが深くなって行き、熊さんの手が美人さんの身体を撫でまわした時点で、退散することにする。

 早すぎるんじゃないかとか、初めてがお外でかとか色々思わないでもないが、本人たちが良いのなら良いだろう。それに言い出したら、そもそもが男同士だ。



 その後も宛も無く散歩していると良い匂いがして、そちらに足を向ける。どうやら厨房らしい。

 美味しい物を期待して裏口へ近づき、ちょこんと座る。勝手に入ると怒られるかもしれないと配慮して大人しく誰かが気付いてくれるのを待つ。

 すると近くにいた見習いらしき少年がこちらに気付いて近づいてくる。


「どうしたの? ご飯ほしいの?」

「わんっ!」

「そっか、ちょっと待ってて」


 元気に返事をすると少年は目元を和らげながら中へ戻り、ほどなくして皿を二つ持ってくる。左右に置かれた皿の中身は見た目だけなら遜色ないが、匂いが違う。迷うことなく美味しそうな匂いがする右の皿を選んで口を付ける。


「やっぱり、分かる? 右は師匠が作った料理で左は僕が作ったんだ。まだまだ修行が足りないなぁ」


 頑張らないといけないと思いつつも、師匠の料理を迷わずに選んで貰えたことが誇らしいのか少年は嬉しそうな表情を浮かべている。

 師匠が作った一皿を食べ終え、今度は少年が作った皿にも口を付ける。


「僕が作ったのも食べてくれるの? ありがと」


 師匠の料理に比べるとまだまだだが、少年が作った料理も十分に美味しい。綺麗に完食し、ご馳走様でしたと一鳴きする。


「おーい、何サボってんだ?」

「わっ、師匠すみません」

「あ? 犬か?」


 ぼーっとした感じのおっさんがどうやら少年の尊敬する師匠らしい。見た目からはあの繊細な料理を作ったとはにわかに信じられない。


「つーか、それ俺が作った奴じゃん。犬に食わせたのかよ」

「す、すみません……」


 少年にしてみたら自分の料理がどこまでの出来なのか実験する感覚だったのだろうが、自分が作った料理を犬に食われて喜ぶ奴は居ないだろう。師匠もどこか不機嫌そうだ。

 少年はそこで自分がやってしまったことに気付いたらしく激しく動揺している。

 可哀想ではあるが、料理はすでに俺の胃袋の中だ。大変に美味しく味わって食べたが、そんな事を言っても師匠の怒りは収まらないだろう。

 少年はすでに涙目だ。

 そんな少年の姿に悪意は無かったのだろうと師匠は深いため息を一つ吐いて、口を開く。


「犬には犬用に作る。次からは勝手にやるな」

「は、はいっ……!」


 今回は許して貰えたことで少年は安堵の表情を浮かべて何度も頷く。

 師匠はそんな少年の頭を軽く叩いて、踵を返す。


「せっかくお前用に気合入れて作ったつーのに」


 誰にも聞かせるつもりの無かったであろう独り言を拾ってしまう。犬だからなのか、使い魔だからなのか、嗅覚と聴覚はやたらと良い。

 特別仕様だったのか。知らなかったとはいえ、すまなかった。


 立ち去る師匠の後ろ姿を少年はじっと見つめる。


「いつか、あの人に美味しいって言って貰える料理を作るんだ」


 強い決意を感じさせる声に、茶々を入れずに大人しく耳を傾ける。犬耳なので本当に傾く。


「そしたら師匠に毎日料理を食べてもらって、代わりに僕が師匠を毎日……」


 ナニを想像したのか少年が恍惚とした表情を浮かべる。

 どうやら少年は見た目に反してがっつり肉食であるらしい。頑張れ、少年。そして師匠も頑張れ。色んな意味で。



 更に歩いていると何やら言い争う声が聞こえる。


「――信じられない! また浮気したんだ!」

「まて! 誤解だ! 今回は本当に」

「今回はって何だよ! 前も同じ事言ったじゃないか!」

「い、いや、言葉の綾だ! とにかく落ち着け!」


 完全に痴話げんかだ。怒りに燃える男と必死に宥めようとして油を注いでいる男。

 どうでも良いが、ここは同性愛者が多すぎないか?


「今度という今度は許さない!」


 怒りに燃えた男の手に濃い魔力が集まる。雷系なのか電光がバチバチとしている。相当集めているが、直撃したら一発アウトな奴ではないだろうか。本気で殺るつもりか。


「ちょ、それはマジでやばいから!」

「うるさい!」


 浮気を疑われている男が真っ青になって逃げの体勢に入る。逃げる男はよりによってこちらに走ってきており、一直線上に、俺、逃げる男、怒りに燃える男。

 ……これはマズイ。

 呑気に状況確認なんてしている場合じゃなかった。今更ながら逃げようとするが、それよりも先に魔力を溜め終わった男の手から高濃度の魔力が放たれる。


 あ、詰んだ。


 尻尾を丸め、目をキュッと瞑る。直後に爆音が響き、風圧により身体が飛ぶ。子犬だからコロコロと我ながら良く転がってしまう。ただ、ダメージはほとんどない。

 目を開けると、爆音が響いた辺りで逃げていた男が伸びているが、どうみても直撃したようには見えない。そうなると、やはりアレか。

 近くに居る人物を下から見上げる。


「帰って来ないと思ったら、何勝手に死にそうになってるんだ」


 エンリエが怒ったような、呆れたような顔をして見下ろしてくる。

 どうやらエンリエが横から魔力をぶつけて軌道を逸らしてくれたらしい。爆音は魔力同士がぶつかった音だったようだ。その証拠に、少し軌道が逸れた位置にあった林の一部が抉れ、火花を散らしている。

 ぶつかって威力が減った上でもアレだけの威力があるのなら、人に当たっていたら確実に死んでいただろう。その事に冷静になってやっと気付いたのか、怒っていた男が青褪める。


「も、燃えてる!」


 残念ながら青褪めていたのは愛した男を殺してしまいそうになったからでは無かったようだ。林の方に目を向ければ、確かに火が木の葉に燃え移り、どんどんと延焼していく。

 さて、どうするかとエンリエを見上げれば、頭痛でもするのか頭を抑えてため息を吐く。


「後処理できないようなら最初から使うな。仕方ない、水系が得意な奴を誰か……」


 どうやら林を燃やした張本人もエンリエも水系は得意では無いらしい。呼びに行くのを待っていても良いが、刻一刻と延焼範囲を広げている様子を見るにあまり猶予は無さそうだ。

 仕方ない。


「きゃうーん」


 わおーんと遠吠えしたかったのだが、予想以上に可愛い遠吠えになってしまった。子犬だから仕方ない。大きくなったら格好良く吠えてみせるさ。大きく、なるよな?


「何だ?」


 突然の遠吠えにエンリエが不思議そうな表情をする。感情を共有していても細かい所は伝わらない。だが、伝える気もあまり無いので別に良い。伝わらずとも見れば分かる。

 燃えている辺りの上空に水を作り出し、ある程度溜まったら一気に重力に任せて落とす。

 バッシャンと大きな音がして火が消える。


「す、すごい……」


 火災の犯人が呆けたように呟いているが、こちらはそれどころでは無い。水の量が多すぎたため飛沫が大分降りかかって来た。

 冷たい。

 そして、横からも冷気が漂ってくる。怒っている。確実に怒っている。水に濡れた事がそれほど腹立たしかったのだろうか。いや、でもこれは不可抗力だ。わざとじゃない。

 気まずさに視線を泳がせて見るが、頬の肉をグイッと引っ張られる。軽い身体は簡単に持ち上げられ、手足がプランと垂れ下がる。あ、両方足だった。


「おまえは! 何で、そう……あぁ、くそっ!」


 怒りのせいで言いたいことがまとまらないのか、舌打ちをされる。それと共に頬を掴んだ手が離され、地べたにベチャっと落ちる。動物虐待だ。使い魔が動物に分類されるのかは謎だが。


「何なんだお前は。契約は嫌がる、命令には従わない、すぐにサボろうとする。そのくせ、妙に意思疎通が図れているような態度を取ると思ったら、最後はこれか」


 えー? 使い魔って言うくらいなんだから魔力くらい使えるだろう。名前に魔って入っているくらいなのだから。


「不満そうにするな」


 バレた。感情共有って面倒くさい。


「面倒くさいって思っているのも知っているからな。今日はこれからお前がどの程度魔力が使えるのか徹底的に調べてやる」


 首根っこを掴まれ、持ち上げ運ばれる。

 やだやだやだー。今日は、もうお昼寝するんだ。いっぱい遊んだからもう寝る。エンリエのばかー、いけずー、あほー、おたんこなすー、えーと、おこりんぼー。


「この野郎、これでもかっていう程、不満の感情をぶつけてきやがって」


 ふはは。感情共有はこういう使い方もあるんだよ。いつも怒りの感情ばかり向けられている俺の気持ちを思い知れ。


「まったく、お前は……。心底腹立たしいのに、根本にある情も伝わって来るせいで切るに切れん。面倒な奴だ」

「本当にな」


 怒っているくせに根本はこっちを想っているのだからやっていられない。


「――は……?」


 あ、やべ。喋っちゃった。


End

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