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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ありふれた異世界で君と歩いていきたい

作者: 猫丸さん

 私は一国の王女だった。


 けど、私の国は魔王に滅ぼされた。


「――」


 ボロボロの布切れを身につけ、裸足で泥の混じった地面を歩く。


 みんな殺された。

 国の皆から慕われる国王だった父も。

 優しかった母も。

 私の側にいつもいてくれた近衛騎士のみんなも。

 いつも笑いかけてくれた国民も。


 みんな死んでしまった。


「――ぁ」


 涙を溢れさせながら、朦朧と森の中を彷徨っていた時のこと。

 私は一匹の魔物と出会ってしまった。


『ブゲゲ』


 オーク。

 醜悪な見た目をした、二足歩行の豚の魔物。

 男は殺し、女は犯す。そんな魔物だ。


 私はそれを唖然と見つめることしかできない。

 だって仕方がない。

 みんな殺され、私にはもう何も残ってない。もはや自分の貞操や命が危機に陥ろうが、どうでもよかった。


「――きゃッ」


 あっという間に組み伏せられ、最後の布切れを破り捨てられる。

 私はもはやほぼ全裸に近い状態にされた。


『グヒ、グヒ』


 オークの醜悪な見た目が眼前に迫る。

 鼻息は荒く、臭いには鼻が曲がりそうだ。

 でも抵抗できない。

 強い力で組み伏せられた私には、どうすることもできない。


「――」


 でも、声すら上げられない。

 この世の全てがどうでもいいと、そう思っていたから。


 幼き頃から守ってきた処女はここで散らされ、殺される。

 昔に夢見ていた、理想の男性に捧げるはずのもの。しかし現実は非情であり、私の夢は叶わない。


「――やだ」


 出ないと思っていた声が、最後に出た。


「やだよ」


 涙がさらに溢れ出す。


 こんな最後なんて、あんまりよ。


「――ぁ、ぁ」


 嗚咽を漏らして、目を瞑る。

 オークが迫ってきた最後の光景から目を逸らしたくて、これ以上開くことが嫌になったから。


 そんな瞬間だった。


 サンッと。

 乾いた、それでいて鋭い音が響く。


「――?」


 いつまでたってもオークから受けるはずの暴行がない。そのことに不思議に思った私は目をゆっくりと開けた。


 そこには。


「――あー。あんた、大丈夫か?」


 血飛沫を上げて倒れるオークと。


 黒髪黒目の剣を持った少年が立っていた。



 ★


 少年は自分を勇者だと名乗った。


 魔王討伐を目的とし、異世界からこの世界に召喚されたとのこと。

 私も文献でその知識を知っているが、しかし眉唾ものだと思っていた。


 だから少しだけ驚いた。


「――とりあえず何か着ろ。目のやり場に困るだろ」


 ぶっきらぼうにそう言う、勇者である少年。


 よく見ると、私と同じくらいの幼さが残る顔立ちだ。

 多分私と同じく、十代半ばを過ぎたくらいの年頃だろうか。

 中性的な容姿をしていて、女顔だと言える。


「……でも、他に着るものがないの」


 ボソボソと呟いた。

 自分でも驚くほど抑揚のない声だ。

 鏡を見ていないからわからないが、顔色は真っ白で目からも光が消えているはず。

 私は今、絶命のあまりあらゆることに自棄になっているのだから。


「――ハァ……」


 少年はそんな私を見ると、溜息を吐いた。

 呆れられたのかな。


「ったく。ほらよ」


 と思ったら、少年は身につけていた黒い外套を私に投げ渡した。


「とりあえずそれを着とけ」


 愛想なく少年はそう言った。

 だけど、この時の私はこの人の性格が少しだけわかったのかもしれない。

 口調や態度は悪いけど、根は優しい少年なのだと。



 ★


 それから私達は行動を共にし始めた。


 最初の方はその少年が。


「街までは送り届けてやる」


 と言ってくれたから。


 その際中に少年の名前を聞いた。


 名前はカズト・ヒイラギと言うらしい。

 変わった名前だと言ったら。


「まあこの世界の奴らからしたらそうだな」


 とさして反応を示すことなくそう言われた。


 そうして私達は街まで辿り着く。

 しかし私には路銀もないし、着る服だってカズトの外套意外にない。


 それを察したカズトは。


「ハァ。とりあえず一緒の宿を取るぞ」


 と私を宿まで連れて行ってくれた。


 そこからはなぜか知らないが、彼と行動を共にすることが当たり前のようになり始めた。


 まずは路銀稼ぎのため、一緒に魔物の討伐をした。

 私は魔法が使えるため、カズトが前衛で私が後衛を務めることになった。

 その時の彼は私の魔法に目を見開き、驚いていた。


 毎日のように冒険者ギルドに行って、依頼をこなしていく。

 また同時に、街から街を転々としていった。


 時には命からがら魔物から逃げ出したり。

 時には魔物に襲われ壊滅間近だった冒険者を助け。

 時には二人で街を散策して。


 いろんな景色に出会った。

 私は自分の国から出たことはないけれど、こんなに数々の景色がこの世界にあるのだと知って驚いた。


 いろんな人に出会った。

 冒険者の中には貴族の子息から粗暴な輩まで様々な人がいた。男も女も関係ない。

 また、冒険者以外にも多くの人に出会った。


 そこで私は知った。

 カズトの周りには、笑顔が集まることを。


「なんだよ、ジロジロと見て」


 彼は私がじぃっと見つめると、胡散臭そうな顔をする。なぜかその頬は少しだけ赤いけど。


 あ、プイッと目を逸らした。

 そんな彼の仕草が可愛く見えて、愛おしく感じる。


 いつからだろう。

 彼の姿をずっと目で追い始めたのは。


 いつからだろう。

 他の女の子が彼に話しかけてくる光景を見て、胸が痛み始めたのは。


 いつからだろう。

 彼の寝顔を見て。

 彼の体温を感じて。

 こんなに胸が温かくなったのは。


 彼の目的は魔王討伐だ。

 魔王がいるのは世界の最端にある大きな城の中。

 そこに行くまでに、たくさんの人をカズトは助けた。

 また、たくさんの人が彼に手を貸した。


 すごく温かな光景。

 だけどそれも、もうすぐ終わる。


 私達は気付けば、魔王の根城のすぐそばまで来ていた。



 ★


「寝ないのか?」


 焚き火のそばで火をずっと眺めていると、カズトが背中から声をかけてきた。

 そのまま私の隣に腰を下ろす。


 触れるまで僅かな距離。

 私はその距離を埋めたくて、少しだけ近付いた。


「はい。あまり、眠たくなくて」

「そうか。だけど明日は早い。寝た方がいいと思うんだが」


 そう。

 明日はいよいよ魔王との決戦の日だ。

 多くの冒険者や国の騎士が、根城の前にある森の中で待機している。そして明日に、一斉攻撃を仕掛けるのだ。


 私と勇者であるカズトの役割は、もちろん魔王の撃破。

 みんなが道を開けてくれる中、私達は真っ直ぐと魔王のもとへ向かい、魔王と一騎打ちをする。


 ううん。

 私とカズトの二人で、魔王を倒す。


「……思えば、いつもお前とは一緒だったな」


 ふと、カズトはそのようなことを溢す。


 確かに私達はいつも一緒だった。

 それがさも、当たり前のように。


「遂にここまで来た」


 そう。

 私達は遂に、ここまで来た。


「ねぇ、カズト」

「なんだ?」

「もしもこの戦いが終わったら、あなたはどうするの?」


 私は隣に座る彼へと目を向けた。

 どうしてだろう。

 それを聞いただけなのに、目頭が熱くなる。


「なんだよ。そんな不安そうな顔をして」

「だって」

「思えば初めて会った時より、よく感情を表に出すようになったよな」

「カズトは、私がそういう風になるのは不服?」

「いいや。そっちの方が断然いい」


 最後に「綺麗だ」と。

 ぶっきらぼうに小声でそのように呟いた。

 彼は私に聞こえないように言ったつもりなのだろう。

 だけど聞こえている。私が彼の声を聴き漏らすはずがない。

 ずっと、ずっと彼だけに目を、耳を、感覚を向けているのだから。


 彼は私の全てなのだから。


「あー、さっきの話の続きだがな」


 照れ臭くなったのか、彼は話を戻した。


「この戦いが終わったら、まあ、そうだな。どこかで平和に暮らそうと思ってる」

「どこかで、平和に?」

「ああ。流石にもう旅は飽き飽きした。もう少し、ゆっくりする時間が欲しい」

「そこに、私は居ていい……?」


 聞いた。

 もう、私は彼と離れて過ごす自分を全く想像できなかったから。

 だから、一緒に居ていいかと。

 そう聞いた。


「なんだ。当たり前だろ?」


 だけど彼はきょとんとしてそう言った。

 まるで私と離れ離れになることを考えてなかったかのように。

 私はそれがすごく嬉しくなって、胸がドキドキと高鳴って。


 体がふんわりと熱くなって、自分の頭を彼の肩に乗せた。


「――ったく」


 カズトはガシガシと自分の頭を掻く。

 だけど、私のそんな甘えに文句を言うことはしなかった。


 私の意識はそのまま、ゆっくりと途絶えていく。

 ああ、私は。

 彼を愛しているのだと。

 幸せな気持ちのまま、眠りについた。



 ★


「――ぁ、ぁ」


 涙が滝のように溢れ出てくる。

 止まらない。

 止まらない。


 私の足元には、体中から血を流し、息も絶え絶えなカズトが横たわっていた。


 魔王は討伐した。

 カズトの勇者としての力があの凶悪な王を破った。

 だけど、その代償は大きかった。


 終わったと、そう思った。

 その僅かな隙をつき、魔王は最後の力を振り絞って自爆を図った。


 そして彼は私を庇って、倒れた。


「おお、姫様! それと勇者様も!」

「勇者殿! ここにおられたか――ッ!?」


 後ろから、何人もの人がぞろぞろとこちらへ向かってくる音が聞こえた。

 しかし近付いては、全員が息を飲む。


 煤だらけの私。

 だけどそれはいい。


 剣を持つ右腕は肘から先が吹き飛ばされ。

 片足は炭化して真っ黒で。

 今にも死にそうな表情で呻く、カズトの姿。


 皆が、悟ったのだろう。

 勇者カズトの命は、もう長くないのだと。


「……終わったか」


 死にかけの状態で。

 それでも彼は、声を出す。


 いつものぶっきらぼうなものではない。

 とても穏やかな笑顔を浮かべていた。


「……どうして泣くんだよ。魔王は倒したぞ」


 私達を見て、カズトは苦笑した。

 彼の周りを囲むたくさんの人が、泣いているから。


 カズトに助けられた冒険者の少女は、わんわんと泣いていた。


 カズトとよく剣を交えて好敵手だと宣言していた貴族の少年は、顔を伏せて肩を震わせていた。ポタポタと、涙が零れ落ちている。


 私とカズトを子供のように世話してくれた騎士の人は、己の無力さを叫びながら地面を殴っていた。


 カズトを殺そうとして、しかし違う生き方を示された女暗殺者は唖然とした表情で絶望していた。


 カズトの剣を見繕った鍛冶屋の老人は、涙を溜めながらも彼の最後を見届けようとしていた。


 他にもたくさん、泣いていた。


 だけど一際、大きな泣き声が目立つ。

 わんわんと。

 いやだいやだと。

 まるで子供みたいに。


 誰だろう。

 いったい誰が――。


「――やだっ! やだやだっ!! カズトぉ……ッ。私を一人にしないでぇ……!!」


 私だった。

 誰か止めないのだろうかと思うほど大きな泣き声を上げていたのは、私だった。


 彼の体に抱きついて。

 どこか遠くに離れていきそうな彼にしがみついて。


 そんな私に。

 カズトは震える手を差し向けて、頬に触れる。


「……もうお前は一人じゃない。そうだろ?」


 涙で濡れた目を、周りに向ける。

 私と同じように涙しているみんなが映った。


「だからこれからもやっていける」


 弱々しいカズトの手が、落ちる。

 それに耐えられなくなって、どうにかしてカズトをこの場に留まらせようとして、その手を強く握った。


「やだよ……っ! カズトがいないと私はダメなのぉ!! まだ何も伝えられてない……感謝も、この気持ちも!! だから、お願いだから、……ぁ」


 段々と、カズトの瞳から光が消えていく。

 このままじゃ、カズトが逝ってしまう。


 だけど止められない。

 ちっぽけな私じゃ、止められない。


 チラと。

 カズトと視線があった。

 涙でグショグショの視界だったため、彼の姿が歪んで見える。


 だけど、その笑顔だけはくっきりと映った。


「――ありがとう」


 最期に一言だけ。

 それを言い終えた彼は、命の鼓動を止めた。


 みんなが顔を伏せる。


 その中で、私は。


「いやァ――――――ッ!!!」


 絶叫した。

 泣き叫んだ。


 慟哭が、辺りに響き渡った。



 ★


 俺は気付けば一人だった。


 両親は死に、妹と二人で暮らしていた。

 その妹も病で倒れて今はいない。この世から旅だってしまった。


 俺に残されたものは、和人(かずと)という名前と僅かな財産だけ。


 そんな時に。

 俺は交通事故にあった。


「ここは?」


 真っ白な空間。

 最期に目に映ったのは、確か、トラックに轢かれそうになっていた少女を押しのける光景だったか。


 そうか。

 俺は――。


「ええ。あなたは死んだのです」


 突然、声が聞こえた。

 優しげな声色には不快感よりも安心感の方が先に来る。

 これでも人一倍警戒心は強い方だと自負していたが、鈴の音のような穏やかな雰囲気が周囲を包み込むため心が落ち着いている。


「そうか」

「驚かないのですね」

「別に。今まで生きてきた時間も、死んでいたようなものだし」


 ただ寝て、起きて、食事をして、また寝るだけの毎日。

 妹がこの世から去った瞬間から、俺は生きる意味を見失った。


「それで、俺はこれからどうなる?」

「普通なら輪廻転生を経て、また生まれ変わります」


 俺はその言葉に、僅かに引っかかりを覚えた。

 普通なら、と。この声は言った。


「ただ。あなたには特別にお願いしたいことがあるのです」

「特別に、お願い?」

「はい。とある世界を救って欲しい」


 世界を救う。

 その意味があまり理解できずに、俺は首を傾げた。


「その世界は今、魔王という存在に脅かされています」

「魔王、っというと。あの物語に出てくるようなやつか」

「はい。本来なら生まれるはずのなかった、負の遺産。それはあの世界の者達だけでは退けることすらできません」


 ふんわりと。

 俺の体に温かな何かが注がれた。


「倒すことができるのは、私達女神の加護を受けた勇者と呼ばれる存在だけ」

「――」

「あなたには勇者となって、この世界を救って欲しい」

「いきなり言われても、ピンと来ないが」


 首を傾ける。

 彼女の言葉の半分も理解できていないからだ。


 そんな彼女はしかし、言葉を続ける。


「もしも世界を救っていただけたなら、必ずお礼はします。願うものを一つだけ、必ず叶えます。だから、どうか」


 そんなことを言われた。

 が、俺はその言葉に視線を細めるだけ。


 願うものなど、俺には何一つない。

 全てを失い、自分も死に。

 今願うなら、俺は早く死にたいと願いすらしてしまいそうだ。

 いや、死んでいるんだったな。


「別に、願うことなんて――」


 言いかけて、それ以降の言葉が口から出なかった。

 俺の意識がどんどんと霞始めたからだ。


「お願いします。どうか――」


 声が頭の中に響いて。

 そして。


「ここ、は?」


 気付けば、全く知らない森の中に立っていた。



 ★


 しばらく唖然としていたが、どうやらここは俺の住んでいた世界とは別の世界のようであることがわかった。


 なにせそこら中に、君の悪い化け物がうようよとしているのだから。


 しかし、戦う術はあった。

 いつの間にか持たされていた剣で魔物を葬っていく。

 原理や理由はわからないが、魔物と出会った瞬間に頭の中でどのように動けば魔物を倒せるのかが瞬時に浮かぶ。


 未だ理解不能で、夢のような話だが。

 どうやらあの女神の言う、勇者という存在になったらしい。


 街に辿り着いて、この世界のことについてある程度のことを知った俺は、他に目的もないため魔王という存在を目指すことに決めた。


 自棄になっていたのだろう。

 家族を失い、故郷を失い。

 世界にたった一人取り残された俺は、もはや女神の言葉に従う以外にやることなどなかった。


 そんな時だ。

 俺はあいつと出会った。


「あー、あんた。大丈夫か?」


 オークに犯されそうになっていた少女。

 歳は俺と同じくらいだろうか。


 酷い顔をしていた。

 憔悴しきって、全てに絶望してような顔だ。

 煌びやかな金色の髪と、澄んだ碧色の瞳を持った美しい少女。しかし感情という感情が抜け落ちたような人形みたいな様子を見せる。


 俺の質問にも、最低限の言葉でしか答えない。

 だが、俺はどうしても彼女を放っておけなかった。


 妹と、どこか面影が似ていたからだと思う。


 それからは、なぜか彼女と行動を共にするようになった。


「あんた。名前は?」

「……マリアンヌ」


 ポツリとそう呟かれた。


 どうやら少女の名前はマリアンヌというらしく、抑揚のない口調で言うには一国の王女であったらしい。

 しかし魔王に滅ぼされ、全てを失ったと。


 全てを失う。

 その経験は俺にも少なからずある以上、あまり他人事とは思えなかった。

 それもあって、彼女と行動を共にしているのかもしれない。


 そしてマリアンヌと共に、旅を続けていく。


 色々あった。


 冒険者として依頼を受け、結構な数の人を救った。

 その度に感謝されたが、マリアンヌは戸惑っていたな。

 向けられる好意にどうすればいいかわからないといった顔をしていた。


 時には一緒に街を散策した。

 数々の風景を目にして、俺はこの世界の空気が段々と好きになった。

 隣のマリアンヌも、景色を見る度に目を見開いていた。


 時には大型の魔物と遭遇し、死にかけた時もあった。

 俺が重傷を負って街に戻ると、マリアンヌはずっと看病をしてくれた。

 普段はあまり感情を表に出さない彼女だが、この時はかなり動揺して涙を流していた記憶がある。


 彼女は旅を続けるうちに変わっていった。

 最初こそ人形のような感情のない様子だった。


 けれど。

 よく笑うようになった。

 よく泣くようになった。

 よく怒るようになった。


 たくさんの人と俺達二人が関わっていくうちに、彼女は感情を取り戻していく。


 誰かに感謝されると彼女は笑った。

 誰かが傷つくと彼女は悲しんだ。

 まあ、俺が誰かと親しげに話している時に頬をぷっくり膨らませて足を踏んでくることだけは未だに謎だが。

 特に女と話す時は顕著にそうなる。


 しかし俺はそれらの光景に、なぜか嬉しさが込み上げる。


 何もしてやれなかった妹に、何かをしてやれたような気がした。


 ――そして魔王の根城まで辿り着く。


 色んな人が手を貸してくれた。

 しかも俺が頭を下げるでもなく、当たり前のように。


 お前に助けられた。

 あんたがいなかったら今の私はない。

 お前だからこそ、俺は手を貸そうと思った。


 みんな、そんな風に言ってくれる。

 しかし俺は何をしたでもない。

 ただ、この世界の中で好きなように行動しただけだから。

 その結果で周りがなぜか笑顔を見せてくれる。そのことが生前になかったから、嬉しくなっただけだ。


 でも、こういった心地は悪くない。


 魔王との決戦前夜。

 マリアンヌが俺の肩に頭を据え置きながら寝ている時に、こんな時間がずっと続けばいいのにと思った。


 だからこそ、世界を滅ぼそうとする魔王を倒すと心に決めた。

 例え、この命が尽きようとも。


 だって俺は、一度死んでいる死者なのだから。



 ★


 魔王は倒した。

 しかし俺は死にかけの状態になった。


「カズトさん! 死なないでください……ッ!!」

「カズト! このまま死ねば、僕と決着をつける約束はどうするんだよ……ッ!!」


 周りの奴らが俺に声をかけてくる。

 涙しながら、必死に語りかけてくる。


「……ッ。なぜだ! なぜ神はこの少年にこのような運命を定めるッ!! どうして勇気ある少年がこのような目に遭わなければならない!!」

「カズト。カズトカズト。ぁ、いやァ……」


 一様に同じ感情を表に出す。


 ここに来たのは百人以上の奴らで乗り込んだが、今ではその半分程度の人数しかいない。

 その全員が、俺のために涙を流してくれる。そのことが酷く嬉しく、同時に悲しかった。


 俺は誰かに悲しまれる存在じゃない。

 だけど、でも。

 やっぱり嬉しい感情の方が強かった。


「カズトォ……ッ。いや、いやいやァ!! 死なないでぇ……!」


 俺の体に抱きついて、いやいやと首を振り続けるマリアンヌ。

 これ以上ないくらいの悲壮感を顔に浮かべて、俺の手を握り続けている。

 絶対に離さないとばかりの、強い力で。


 思えばこいつには感謝の心でいっぱいだ。

 こいつがいなければ、俺は絶対にここまでこれなかった。

 自分のすべきことを見失ったままだった。


 もっと一緒にいたいと願ったから。

 こいつがいたから俺は、今日まで生きてこれた。


 そう思うと少し照れくさくなる。

 あぁ。今やっとわかった。


 俺は、こいつのことが――。


「――ありがとう」


 好きだったんだ。


 意識が徐々に暗くなっていき、消失していく感覚に襲われる。


 最後に聞こえたのは、この世の全てに絶望したような。

 そんな絶叫だった。



 ★


 気付けば、また真っ白な空間にいた。


 俺はやはり、死んだのか。


「ありがとう。ありがとう」


 俺の前には優しげな女性が微笑みかけている。

 頭から下まで、全てが真っ白な女。

 白髪に、白い羽衣。

 透き通るような白い肌に、神秘的な白の瞳。


 あんたが女神か。


 姿は初めてみた。

 とても神々しい、そんな気配を感じる。


「あなたは世界を救ってくれました。だから、ありがとうございます」

「……別に。俺がそうしたかっただけだ」


 そう。

 頼まれたからじゃない。

 俺が守りたいと思ったから守った。それだけのことだ。


 しかし女神はそう思わなかったのか、首を振る。


「あなたがいなければ、世界は滅んでいました。あなたがいなければ、私も消えていた」

「――」

「だから、あなたの願いを一つだけ叶えさせてください。私からのお礼です」


 微笑みかけてくれる女神。

 そう言えば前にそんなことを言っていた気がする。


「あなたが望むものはなんですか?」


 俺が望むもの。


 なんだろうと少し考え、しかし考えるだけ無駄なことを悟った。

 俺が欲しいのは人並みの幸せだ。

 好きなやつと一緒に過ごし、平穏な時間を共にする。

 それが俺の思う人並みの幸せであり、俺が望むもの。


 そうだ。

 俺はもう一度あいつらに。


 あいつ――マリアンヌに会いたい。


「――ふふっ。わかりました」


 女神は笑った。


「あなたの望みを叶えましょう」


 白く優しい光が俺を包む。

 徐々に意識が溶けていき、そして。


『今度の人生は好きなように生きてね――お兄ちゃん』


 妹の声が、頭の中に響いた。



 ★


 魔王を倒し、凱旋した私達。

 それからは世界中の国が騒ぎとなり、この報告を喜んだ。


 しかし私達全員の顔色は優れない。

 それはカズトが魔王と共に死んでしまったからだ。


「――」


 その中でも私は、まるで人形のように。

 感情の抜け落ちた様子で日々を過ごす。


 カズトがいない。

 それだけで、世界が酷く空虚なものに見える。


 カズト。

 カズト。


 どうして私を残して逝ったの?

 ううん。

 どうして私はまだここにいるの?


 私も、カズトのところに消えて無くなりたい。

 ああ、そうだ。

 私もカズトのところに行けばいいんだ。

 そしたら――。


「――」


 ダメだ。

 それをすれば、カズトはなんて思うだろう。

 彼はそれを望まない。だから、私は彼のいないこの世界の中で生きなければならない。


「ぅ……ぁぅ……」


 涙が止まらない。

 嗚咽が止まらない。


 やだよ。

 辛い。

 死んでしまいたい。

 私はいったい、どうすればいいの……?


「なんで泣いてるんだよ」


 ああ、カズトの声が聞こえる。

 どうして泣いているかだって?

 あなたがいないからに、決まっている。


「とりあえず泣き止め」


 顔に、布を押し付けられた。

 その感触が顔に伝わった時に、私はようやく顔を上げる。


 そこには、黒髪の少年がいた。

 私が最も愛した、勇者様がそこにいた。


「ただいま」


 彼は笑う。

 普段のぶっきらぼうな表情とは違い、穏やかな顔だった。


「どうして」


 私は言った。

 なぜ彼がここにいるのかはわからない。

 しかし触れる。

 触れられる。

 彼はここに、確かに温もりを持ってここにいる。


「――おかえり」


 だから私は涙を流しながら。

 込み上げる嬉しさと愛おしさを込めて。


「大好き」


 伝えられなかった言葉を、彼に伝えた。




読了ありがとうございました。



他作品「ただの欠陥魔術師ですが、なにか?」の更新については活動報告に記載してますので、ぜひお目を通していただければ。

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