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タビサとアーサー  作者: 奈良沢水城
第一章 新しい生活
9/13

【閑話】チョコレートケーキテロ Side.新米近衛兵

 初めまして、上等兵です。数か月前に憧れのサドラー隊長に「俺の隊に来ないか?」と言われて、ついつい近衛師団の宮殿付きの部隊からサドラー隊に移動してしまいました。

 サドラー隊長直々に誘われたのでなければ、本当のことなど何も知らなかった―知ろうともしなかった僕は、サドラー隊への移動を断固拒否したと思います。なぜって?だって、サドラー隊とはつまり第一王子を護衛する部隊であり、王妃に睨まれている第一王子の護衛隊に入ってしまったら出世を諦めるしかないと言われていたからです。田舎から出てきて弟妹達のための仕送りをし、故郷に錦を飾るためにも高等学校上がりなりに(これだって僕の田舎の人たちみんながお金を出してくれた)可能な限りの出世を目指していた俺としては出世の打ち止めなど断固として阻止したかった。


・・・阻止、したかったんだけどなぁ。


 ずっと憧れていたサドラー隊長に言われたら、さ・・・もう緊張するわ、嬉しいわで、「不束者ですがよろしくお願いします」と言うしかないじゃないか!!えっ、なんか違うって?気にしない気にしない。


 だから、サドラー隊に配属されてからも―王国軍人の、それも近衛兵としては間違っているのは重々承知だが―王族やましてやアーサー殿下ではなく、僕は心酔するサドラー隊長への忠誠を誓っていた。



 けれど、この数か月で、僕は認識を改めないといけないと感じていた。

 “忘れられた宮殿”と呼ばれる屋敷に住む“黄昏の王子”などという噂をどうして自分は信じ込んでいたのだろうか。

 確かにアーサー殿下は王族にしては変わっているところがある。人前に出る公務には殆ど顔を出さず、夜会に参加することも主催することも無い(この王国の王族は比較的夜会などの遊びが好きだ。娯楽が少ないからかな?)。“王族的”には人前に出ない上に、屈折した物言いをしたりするものだから、口さがない宮殿の人間には精神病のレッテルまで貼られていた。

 しかし、思い立ったらすぐ!の行動でサドラー隊長を筆頭とする護衛官や僕たち一般の兵も巻き込まれててんやわんやになることはあるものの、できる限り許される限り御自ら街に出かけては御自分の目で物を見て判断を下し、政務を執り行っていた。どうしても自分の手で調べられないようなことは、護衛官の一人であるザハウィー中尉に調査を任せていた。


そう、アーサー殿下は王族として人前に出ることを避けてはいたが、母方の姓を使って街に出ては国民との交流を深めていた。僕は情けないことに、この屋敷に詰め始めて、アーサー殿下の供もするようになって初めて我が王国の第一王子は国民からの信頼はすこぶる厚い人物だということを知った。


◇ ◇ ◇


 今日は、初めてフレイア様の護衛をすることになった。アーサー殿下がフレイア様を屋敷に招かれてから、サドラー隊の勤務ローテーションは若干変更が加えられ、僕は比較的早い段階でこの任務が回って来た。


 ・・・驚いた。


 何に驚いたって、同年代の女性になど興味がないのではないかと思わせるほど浮ついた噂も無ければ、屋敷に勤めていてもそんな気配を微塵も見せなかったアーサー殿下が突然女性を屋敷に住まわせただけでなく、恋人も斯くやというほどの可愛がり方をしているのだ・・・。


 朝、第一王子付き筆頭女官のアンナ・バージャー様といっしょにフレイア様のお部屋まで行く。今日、一緒にフレア様の護衛を担当する同期と一緒に応接室で控えていると、朝の身支度を終えられたフレイア様が出てこられた。

 ここで僕はさらに驚くとともに、納得した。これはアーサー殿下もイチコロだろう、と。

 フレイア様は緩やかに波打つ赤い髪を腰まで伸ばし、金色の瞳がきらりと印象的な美しい人だった。シンプルなドレスに艶のある絹のショールをかけ、右手には濃紺にアーサー殿下の紋章が入った小さなノートと一目で高級なものとわかるペンを持っていた。

 挨拶をすると、にっこりと笑い、お辞儀をしてくださった。聞いた話では病か何かで声が出せないとのことだったが、それでも明るい性格なのだろうことが伝わってくる雰囲気を纏っていた。


◇ ◇ ◇


 朝食を終えられたフレイア様は一度部屋に戻られると、大きめのノートと部屋にやって来たピーター・ラインズ殿からもらったらしい辞書を持ってサンルームに向かわれた。今日は天気がいいからここでアンナ様と綴り方の練習をするらしい。

 途中、お茶を持ってきたメイドもアンナ様の許可を得て一緒に文字の練習をおしゃべりを交えながら楽しんでいらっしゃった。


 昼食の時間が近くなったころ、サンルームの声を聞きつけたらしいアーサー殿下がいらっしゃった。礼をすると、こちらのことなど殆ど目に入っていないのだろう様子で片手を上げたアーサー殿下が、蕩けるような笑顔を浮かべて「何してたの?」とフレイア様に声をかけられた。


 ・・・殿下、そんな表情もおできになったのですね。


 フレイア様は小さなノートに書きつけたり、唇をゆっくりと動かすことでアーサー殿下と会話を楽しんでいるようだった。アーサー殿下もそれを一瞬でも見逃すまいとするかのようにフレイア様を見つめていた。


「これから食堂でお昼を食べようと思ってたんだけど、フレイアはどうする?」

そう声をかければ、フレイア様はにこにこしていた表情をさらに輝かせて、そしてアンナ様に顔を向けた。それは「駄目です」なんてとてもじゃないが言えないような表情だった。座っていらっしゃったフレイア様にアーサー殿下が手を差し出すと、頬を染めて、それから手を差し出す様は本当に可愛らしかった。


「今日、午後は街に出かけるんだけど、何か欲しいものはある?」

「?」

フレイア様はきょとんとしてからすぐに首を横に振られた。

「なんにもないの?」

とアーサー殿下がじれったそうに問えば、うーん、と考えてからやはり何も思いつかなかったのか、困ったように首を傾げられた。

「じゃあ、なにかお菓子を買ってくるよ。甘いものは好き?」

こちらには「うん」としっかり首を縦に振って返していらっしゃる。

「今、街で人気のものを買ってくるし、夜食べようか」

そう言うアーサー様の表情は、恋人を慈しむ男そのもので、もしも街娘がこんな表情を向けられたら腰を抜かすのではないかと言うほど糖度高めな空気が漂っていた。

 ちなみに、アーサー殿下は艶やかなダークブラウンの髪に緑の瞳が特徴の美丈夫だ。そこに“有能な王子”の肩書がつけば、落ちない女などいないだろう。


さて、話が逸れたが、アーサー殿下から夜のお茶に誘われたフレイア様は、アーサー殿下のそんな態度に慣れているのか腰を抜かすことは無かったが、心底嬉しそうに笑った後、きゅっとアーサー殿下の手を握っていた。


 ・・・あの、昼間っから独り者にこんな光景を見せつけるなんて何かの拷問ですか?恋人いない歴=これまでの人生ですが、なにか?


 だがしかし、この時の僕は知る由も無かった。まさか夜に、砂を吐いて発狂したくなるような様をじっと静かに見続けなければならない状況にさらされるなんて・・・。


◇ ◇ ◇


 夜、湯浴みを済ませ髪もきちんと乾かしたフレイア様がアンナ様に伴われて出てきた。その後ろに、同期の男と共に付き従いアーサー殿下の部屋に向かう。

 殿下は、常にご自分の周りに他人がいる生活に慣れていらっしゃるせいか、僕が部屋の中で待機していても(護衛担当の片方は入室するようにエリック隊長から指示されている)気にするような様子は無かった。むしろ、僕の方が他人のプライベートを覗いているような落ち着かない気分になった。

(近衛兵として早く慣れなきゃ・・・)

あくまで部屋の警備をするためと表面上は無表情の仮面をつけたまま悶々と立っていた。すると、アーサー殿下は期待を込めた目で何やら掌に載せた箱をフレイア様に差し出していた。


「フレイアに似合うと思ったんだ」

受け取ってもいいのかどうか悩んでいる様子のフレイア様のために殿下が箱を開けると、フレイア様はパッと目を見開いた。

「今、街の女の子たちの間ではこういうデザインが流行ってるんだって。・・・気に入ってくれたかな?」

なかなか受け取る様子を見せないフレイア様に、不安げな表情を浮かべた殿下がフレイア様の表情を窺うように見ていた。

(その箱、街の女の子に人気の装飾品店のものですよね。しかもその箱の色、一番高いシリーズのものですよね)

つい最近、田舎にいる可愛い妹のために同じ店に行った僕は、可愛いと思ったデザインのものを買おうとして、庶民としては少々手の出しづらい値段に泣く泣く、自分の財布にもお手頃価格なシリーズのものを購入したのだった。他国軍の兵の俸給に比べれば僕たちはまだもらっている方だけど、それでも決して高給ではない・・・。

 僕が落ち込んでいるうちに、目の前では薄桃色の空気と甘ったるい香りが漂ってきそうなやり取りが繰り広げられていた。


 フレイア様はアーサー殿下に全て預けきったような様子で髪を差し出し、アーサー殿下はフレイア様の洗いたての髪に髪飾りを付けると、「似合うよ」とずくずくに煮溶けた果物の砂糖煮のような甘い表情と声でフレイア様の髪を手櫛で梳いている。

 殿下に向き直ったフレイア様は嬉しそうに笑顔を浮かべて小首をかしげている。殿下が持って来た手鏡を覗き込んでいたフレイア様はいろいろと満足したのか、鏡をテーブルに置いて代わりにいつも持ち歩いているノートに何事かを書いて殿下に差し出す。何が書いてあるのかはわからないけれど、殿下を喜ばせる言葉が書いてあったらしい。二人で見つめあったままなにか言葉を交わしている。


 ・・・ねぇ、なんで僕こんなリア充見せつけらんなきゃなんないの?爆ぜろ!てか、もげろ!!!


 目の前で繰り広げられる光景になんとなく腹が立ってきたが、「僕はサドラー隊長に引き抜いてもらった近衛兵。スマートに、スマートに、目の前の仕事を全うするのみ」と心の中で唱えていると、お茶のセットを載せたワゴンを押したアンナ様が帰って来た。



 アーサー殿下が「お気に入り」と言ってフレイア様に食べるように促しているケーキは、王都にある老舗菓子店のもので、味が良いことは言うまでも無く、日持ちするためにお土産としても人気のあるものだった。

 殿下に促されたフレイア様はケーキを口に入れた途端に目を丸くして、隣に座っていたアーサー殿下に美味しいと言っているようだった。その後もったいないと言わんばかりにちょこちょこと食べているフレイア様に殿下も気をよくしたのか、「今度また買ってくるよ」と声をかけている。


(あなたは妻にお土産を約束する夫ですか)


 いや、うん。この二人、本当に数日前に出会ったばっかりなの?うそでしょ?うそって言ってよ隊長ぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!


(ああもう嫌、いつまでリア充見せつけられないといけないの?)

そんなことを考えていたら、隣にいた経験豊富な女官はこちらのことなどお見通しだと言わんばかりに、

「初夜の立会人をするのに比べたら、どうってことないわよ」

ボソリと釘を刺された。

(初夜・・・の、立会人・・・?)

 ・・・・・・・・・。


 ・・・・・・・・・・・・。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 うん、たしかに。それはちょっと居た堪れないかも・・・。


 僕の頭の中のもやもやを一気に払拭するアンナ様の言葉で冷静になると、アーサー殿下が心配そうにフレイア様の頬を撫でている。

(ん?なんだろう、具合を悪くされたのか?)

体に緊張が走り、アンナ様に目配せすると、殿下に呼ばれたアンナ様が水の入ったピッチャーとコップを盆に載せて持って行った。

 どうやら、ケーキに含まれていた酒に酔ってしまわれたようだった。具合が悪くなったのでないなら良かっ・・・た・・・。

 少し緊張を緩めたところで、力の抜けたらしいフレイア様がくたっと殿下にもたれかかった。満更でもなさそうな様子の殿下はフレイア様の頭を撫でている。

「次からケーキ買うときは特注しないとダメかな?」

甘ったるい声でそんなセリフ吐かれても・・・。


 ソーデスネ ソウサレタホウガ ヨロシイノデハナイデショウカ


と、冷めた言葉しか出てこない。実際に警備をする立場の人間からすれば、屋敷の中でならともかく、外でこのように正体を無くされると大変なので、酔っぱらったのも屋敷でのことでよかった、と明後日な方向のことを考えてしまう。


 よしよしと頭を撫でられたフレイア様は更に脱力した様子だった。アーサー殿下も「あーあーあー・・・しょうがないなぁ・・・」なんて仰ってますが、ずぇったい!そんなこと微塵も思ってませんよね?!!お顔がデレデレですよ!!!

 と、思っていると殿下は軽々とフレイア様を抱き上げ、部屋を出て行かれようとする。

(あー・・・俗に言うお姫様抱っこですかーそうですかー王子様がやったら本当にお姫様抱っこですねー・・・って)

そんなことを考えている場合じゃなかった!と思い、殿下に

「自分がお運びします!」

と言って駆け寄ると、

「良い。私が運ぶから問題ない」

と言われてしまう。そうは言ってもと思って「しかし・・・」と食い下がったら、

「聞こえなかったか?問題ないと言っているのだ。何度も言わせるな」

それはそれは冷ややかな目で、睨みつけられてしまいました・・・。

「はい・・・!」

もうさ、ここ数年で一番肝が冷えたよ。目線だけで殺されるんじゃないかと思った・・・あ、やばい、ちょっとちびったかも・・・。


 アーサー殿下は僕の存在なんかとっとと忘れたのか、宝物を独り占めするようにフレイア様を抱いて行ってしまう。

 殿下の部屋の外で待機していた同期と合流して、すぐ隣のフレイア様の部屋まで向かい扉を開けると、殿下の後に続いて部屋に入ったアンナ様に、

「貴方、馬に蹴られなさい、無粋ね」

とアホの子を見るような視線と共にトドメを刺された。


 無粋、そっかぁ、無粋か・・・はは・・・確かに僕、空気読めないで自分の仕事優先しちゃうところがあるって前の上官にも言われたなー・・・。


 自分の欠点を端的に指摘され落ち込んでいると、ものすごい勢いで扉が開き、さすがに驚いていると、口元を手で押さえたアーサー殿下がものすごい勢いで私室に戻って行かれた。呆気にとられてついぼんやりと見てしまったが、夜の少々薄暗い廊下でもわかるほどアーサー殿下の耳が真っ赤に染まっていた。


(何があったのかはわからないけど)


 “黄昏の王子”様も、普通の人間だったんだなぁ。


 今日一日、随分とうらめやましい(恨めしい+羨ましい)光景を見せつけられたが、こんなことはまだまだ序の口だったことを、後にサドラー隊全体で思い知ることとなった。


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