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タビサとアーサー  作者: 奈良沢水城
第一章 新しい生活
6/13

気軽な側近、嵐の帰還

今日も朝日が差し込むと同時に目が覚めた。隣の部屋の方に向けて聴覚を集中すると、アンナとエリカの声が聞こえてきた。

(今日は、エリカが一緒にいてくれるのね)

 昨日の体験から、どうやら誰かが呼びに来るまでは寝室にいても良いということが分かったので、とりあえずベッドの上でエリカが入って来るのを待つことにした。


 アーサーとは色違いのものらしいシーツの肌触りは良く、もちろん昨日新しく買ってもらった寝間着も最高の着心地だった。

(人間生活も悪くないわね)

 昨夜はアンナに手伝われながら風呂に入ったが、手伝ってくれる人間が一人に減るだけで、しかも相手が(一方的に)馴染みの女官ともなると、随分と気楽だった。久しぶりの女性―それも身支度を手伝える相手ができたのが本当に嬉しかったようで、急だったにもかかわらずアンナのお眼鏡に適った化粧品を用意してくれていた。

 「こんなにたくさんのもの、使い方覚えられるかしら」と不安になったが、容れ物の色形がちょっとずつ違ったからすぐに覚えられるだろうと思うことにした。

(まだ、アーサーの言ってた風呂が気持ちいいっていう感覚はわからないけれど・・・猫だった時ほどには不快ではないわね)


 昨日一日慣れないことをしていたせいか、昨晩はぐっすりとよく眠れた。

(今日は何をするのかしら?)

 猫としての生活を当時も今も退屈なものだとは思わないが、理由はわからないもののこうして人間となって新しい生活を始めてみると、今まで見ていたものが全く違うものに見え、体験すること全てがとても新鮮に感じられた。


ぼーっとしていると、寝室の扉をノックする音とエリカの入室を求める声が聞こえた。それにベルを一回鳴らして応える。これも昨日アンナが考えてくれた方法で、お互いの姿が見えないような状況では、用事がある時は三回、はいは一回、いいえは二回ベルを鳴らすことになった。


 昨日のアンナのようにエリカが朝の身支度のための道具をワゴンに載せて入って来た。

「昨晩はよく眠れましたか?」

そんな言葉で、またフレイアの新しい日常が始まった。


◇ ◇ ◇


「ねぇ、アーサーはさぁ、絆されたの?」

エフィーののんびりとした口調による唐突な発言に、書き物をしていたアーサーは一度手を止めて「なにが?」と返す。

「だからぁ、フレイアのことだよー。ディーンから話を聞いてびっくりしたけどさ、本人を見てもっとびっくりしたよー。ホンットにタビサにそっくりだよねー」

アーサーは、乳母兄弟の一人であるエフィーには昔から心を見透かされ振り回されてきたが、今回もどうやらアーサーの考えていることはお見通しのようだった。


 溜息を一つ吐いて肩を竦めると、エフィーはけらけらと笑った。

「そうだよねぇ。彼女見つけた場所が場所だしぃ?ホント、見事なくらい髪とか目の色がタビサとそっくりだよね。その状況、アーサーじゃなくてもやられちゃうかもねぇー」

ね、ディーンもこうぐっとくるシチュエーションだと思わない?と無邪気に言われて、ディーンはにべも無く、

「あの状況下で行き倒れの人間を見て見ぬふりしたら人として最低だろ」

と返す。

「うっわー。そこでそれしか思わないとか、ディーンって男としてどうなの?」

「・・・・・・・・・」

「沈黙するってことは、図星?夜会では引っ張りだこなディーン様の正体がそれって・・・ぶっ、くくくっ」

「・・・・・・・・・」

「エフィー、ディーンを可愛がりたいのはわかるけど、そのくらいにしてやってくれ。ヘソ曲げて仕事してくれなくなったら困るからな」

「・・・っ!」

からかわれていたことを知ったディーンが頬を染めるのを見て、アーサーもついついて笑ってしまう。


「うん、まぁでもタビサのことを思い出さなかったかって言われれば嘘になるかな・・・」

アーサーが少し遠い目をして言うと、エフィーが爆笑の代わりに微笑を浮かべた。

「綺麗な猫だったよねぇ。おばあちゃんになってもしゃんと座って、“アーサーのこと、見てますよ”って顔しててさ。アーサーがいっつもブラシかけてやったり、風呂に入れてやったりするから毛もつやっつやでふわふわで」

「そういえば、エフィーもずいぶんタビサを可愛がってくれたな」

「そりゃそうだよ!あんなに綺麗で賢い猫はそうそういないよ」

「・・・ディーンはよくタビサになにか話しかけてたよな」

アーサーが言うと、ディーンもしれっと返す。

「お前の主人がすぐ街中にフラフラしに行くから困るって言ってたんだ」

「そんな失礼なことをタビサに吹き込んでたのか!」

「失礼かどうかは胸に手当てて考えてみろ」

そんな思い出話をしつつ、すっと真面目な表情をしてエフィーが切り込んだ。


「でも、今後の問題としてフレイアをどうするつもり?間者の線は相当薄いみたいだけど、彼女のバックグラウンドが分かったとして、アーサーはあの子を妃にしたいの?」

「エフィーいくらなんでもそれは話が飛びすぎじゃないか?」

「何言ってんのディーン。確かにこの屋敷にはエリックの隊の近衛兵を含めて口の軽い奴なんていない。でも誰も出入りしてないわけじゃないんだよ?近いうちに必ず、“第一王子が身元不明の年頃の娘を拾った”って話が漏れるよ。そういう時に対策無しだったらどうなると思う?不穏なことを企んでるって言いがかりを言われかねないよ」

「だが、だからと言って妃にするっていうのは・・・」

「いや、エフィーの言うとおりだよ」

話がどんどん進んでしまうのを引き留めようとしたディーンを遮り、アーサーもエフィーの意見に同意する。

「少なくとも、今はまだ王妃たちに俺を叩かせるようなことをするのは得策ではない、というか俺たちにとってもフレデリックにとっても下策だ。当たり障りのない、それでいて掘り下げようもないようなフレイアの経歴を作らなきゃならないな」

アーサーは溜息を吐き、椅子の背もたれにぼふっと背を預けるとひじ掛けに腕を乗せ、楽な姿勢をとった。

「フレイアをどうしたいのか・・・どうしたいんだろうなぁ」

ぼんやりと考える主の姿をエフィーは興味深げに見つめる。


 幼いころから悲惨な経験をしたアーサーは、恋愛対象となるような異性を徹底して寄せ付けなかった。今も、アーサーの身の回りの女性と言えば、エフィーの母親でありアーサーの乳母であったアンナ、乳兄弟であるエリカ、軍人であるエリザ、そしてアンナの厳しい審査を突破した数人のメイドだけである。このメイドたちも屋敷を運営するために雇っているだけで、滅多なことではアーサーの身の回りの世話をさせることは無い。

 そんなアーサーに、身近に―それも婚約者のような待遇で傍に置くことを決めさせたフレイアはいったい何者なのだろうか?エフィーが見た限り、整った容姿をしているもののそれ以外は至って普通の少女のようだった。


(マナーを教わったことが無いようだったけど、だからといって立ち居振る舞いが粗野なわけでもないし。本当に、フレイアはどんな事情を抱えた娘なんだろうね?)


 フレイアに何かをしてやる時のアーサーはとても生き生きとしていて、まるでかつての飼い猫・タビサとのやり取りを見ているようだった。こんなにも楽しそうにしている主を見るのは久しぶりのことだった。愛猫のタビサが老いを感じさせるようになってから、アーサーはその死が来るのを覚えるようになったが、タビサが死んでしまってからは心の一部をもぎ取られてしまったかのように、空虚な様子でいることが常となってしまった。


(一目惚れ結構!相手が危険人物じゃないのなら良いじゃないか。君が彼女を―フレイアを求めるのなら、僕は精一杯協力するよ)


 一つ年上の乳兄弟は口元に笑みを浮かべると、実の弟のように可愛がってきた男に声をかけてやった。

「アーサーがちゃんと分かってるならいいんだ。そういうことはアブドゥルが得意だから、ヤツがこっちに顔を出したら・・・」

知恵を出させればいいさ、と言おうとしたところでドスドスという足音とバンッという扉を開く音が近づいてきた。

 ダーン!という音と共に現れた人物が艶のある低い声で「いよぅ、呼んだかい?」と声をかけてきた。


◇ ◇ ◇


 その数分前、フレイアが書斎でピータにアルファベットと簡単な単語の綴りを教わっていると、扉がノックされ「フレイア様にお客様がお見えです」と声をかけられる。今のところフレイアに個人的な客の心当たりは無く、思わずピーターを見ると、ピーターも同じことを考えていたのか、怪訝な表情で「どなたでしょうね?」と言ってから、扉に近づき声をかけてきた近衛兵に来客が誰であるのかを確認した。

「ああ、ザハウィー様でしたか。少々お待ちくださいませ」

そう言ってピーターはこちらに来ると、

「近衛師団の方で、アーサー様の護衛官を務めていらっしゃるアブドゥル・ザハウィー様がお見えですが、お会いになりますか?」

(ああ、アブドゥルね。こちらも懐かしいわね)

会います、と頷く。


 そうして、黒い詰襟に金の釦や装飾の軍服を着た、この王国では珍しい容貌の男が入って来た。

「初めまして、フレイア様。近衛師団サドラー隊のアブドゥル・ザハウィー中尉です。突然の訪問にもかかわらず、お会いくださり光栄です」

この国ではかなり珍しい浅黒い肌に、灰銀色の髪を緩く後ろに撫でつけた男が、片手に帽子を持ったまま優雅に腰を折った。

(この人も・・・相変わらず女性に対する態度は完璧ね)

恋多きこの男の話を度々アーサーはタビサに愚痴っていたし、実際に態度が豹変する瞬間を見たこともあった。

〈はじめまして〉

習いたての挨拶を紙に書き付け、一応口も言葉通りに動かし挨拶をする。

「今後、フレイア様の護衛をすることもあるかと思いますので、どうぞお見知りおきくださいませ」

〈よろしくお願いします〉

(うん、文字が書けるのはやっぱり便利ね)

基本的に、人間の言葉は猫として生きていた頃にずっと聞いていたことから、問題なく聞き取れるし、よく理解しているから、文字や読み方を教われば日常会話を書くことはそう苦も無く覚えられるだろうと感じていた。

(猫との大きな違いね。あの頃は、自分の名前くらいは認識できたけど、書かれた文章を理解できなかった―というよりも、それ以前の問題で理解しようという気も起らなかった)



 フレイアが文字を書くのを、アブドゥルは切れ長の瞳を細めて観察していた。

(ふーん、確かにエリザの報告通り無害そうな人間に見えるな・・・)

自信の頭の中に叩き込んである危険人物のリストと、報告されているそれらの人物の身体的特徴にも合致するものは無かった。

 腰まで届く艶やかでオレンジに近いような赤い髪は緩く波打ちながら腰まで届き、その髪に縁どられた小作りな顔に金色の瞳が印象的だった。まだおろしたての飾りも何もないドレスが良く似合っていた。

(あー・・・こりゃアーサーが気に入るのもわかるな。無欲そうだもんなぁ)

昨日、アーサーがフレイアのために仕立屋を呼び、大量の普段着とドレス、靴にアクセサリーを注文・購入したことも、さっき詰め所に寄って聞いてきたが、どうもその時にこの娘はどの素材が好きか、どんなデザインが好きかということは言ったものの、あれが欲しいこれが欲しいと物をねだる様子は一切見せなかったという。むしろ、景気よく服を買い与えようとするアーサーと、アーサーと一緒にテンションが上がっていたらしいアンナとルイーザを何度も止めようとしていたらしい。

(アーサーがちっとは明るくなるなら、良いじゃないか。フレイア様、よろしく頼むよ)


 満足したアブドゥルはいたずらっ子の笑顔を浮かべると、

「これからアーサーの部屋に奇襲を仕掛けるつもりです。大きな音が聞こえても、驚かないでくださいね?」

と茶目っ気たっぷりに言う。

(まったく、あなたのそのいたずら好きも相変わらずね)

「はいはい」と頷いた。

「では、私はこれで失礼いたします」

突然やって来たアブドゥルは、帰る時もあっさりしたものでまた優雅にお辞儀をすると部屋を出て行った。

(まったく・・・嵐のような人ね)

苦笑したままピーターを見ると、ピーターも「しょうがない方ですね」と言って笑っていた。

隣の部屋から思い切りドアを開く音が聞こえてきて、また静けさが戻って来た。


◇ ◇ ◇


「はぁ・・・本当にお前はうるさい奴だな」

「そういうお前は本当に辛気臭い奴だな」

胡乱なものを見るような目つきのアーサーと、ニヤリと笑うアブドゥルの間に流れる空気はとても気安い。

「良い娘そうじゃん、フレイア」

「会ったのか?」

「今さっき、な」

「で、お前の判断は?どうせエリザの報告も受けてるんだろ」

「よくおわかりで。今のところ軍で把握している危険人物リストに合致するような人物はいない。未確認の人物の可能性も否定はできないから、しばらくは要観察だな。といっても複雑な情報をやり取りできるような状態でもないしな。とりあえず、マルサス公爵の情報が入ってきてから警戒レベルをもう一度検討する、で良いだろう」

表情を引き締めてアブドゥルが事実と私見を述べると、アーサーとディーン、エフィーが一様に頷いた。


「それと、サドラー隊長が護衛官候補に挙げた高級傭兵のことだが」

「うん。エリックから話を聞く限り、こちらが求めるような能力が備わっているようだが?」

「そう、能力もそうだが、もちろん性格にも問題は無い」

「なにかほかに問題があるのか?」

歯切れの悪い話し方をするアブドゥルにディーンが眉根を寄せて訊くと、アブドゥルが申し訳なさそうな顔をした。

「それがな、その高級傭兵がそろそろ拠点を移すかどうか検討しているらしいんだ。だから、交渉に行くならとにかく早く行った方が良い。それと、気に入ったならある程度金のかかる条件だったとしても、呑む覚悟をした方が良い。そいつの傭兵としての実績を別にした経歴を考えると、軍としては一番下の階級からスタートしてもらうしかないからな」

「ああ、もしかして上の学校まで行ったことが無いのか?」

アーサーが思い当たったことを訊くと、アブドゥルが首肯した。

「隊商育ちなんだ。大規模なところの出身だからきっと初等学校レベルのことは教わっているし、教養もそんじょそこらの人間よりはあるだろうけどな」

「なるほど、たしかにそれだと兵としての雇用になるし、そうなると高級傭兵の稼ぎからは随分落ちるし、経歴に箔がつくといっても仕事内容とは釣り合わないし、そう魅力的ではないかもしれないね」

平民出身で平民の事情には当然詳しいエフィーが納得したように言うと、「そういうこった」とアブドゥルも同意する。


「と、いうことだそうだがディーン、どうだ?」

アーサーの言葉に、ディーンも考えつつ応える。

「まぁ、あれだな。一度会ってみないことには何とも言えないな」

宮殿では存在を疎まれているアーサーではあるが、行動を制限されているわけではなく、むしろ王族にしては過ぎるくらいに自由だった。そのこともあり、アーサーはいくつかの事業の運営をしており、そこからの収入がずいぶんとある。そのため、高級傭兵が多少条件を吹っかけてきたくらいでは困ることも無いのだが、それにも限度というものがある。

「まぁ、そうだな。じゃあ、今日のうちに連絡を入れて会えるようにしておく。だからディーン、エフィー。申し訳ないが、仕事の予定が狂うかもしれない」

「げぇっ」

エフィーが素直に嫌そうな声を上げる。

「いやだよ、俺。仕事の順番が入れ替わるくらいならいいけど、増やすのだけはやめてくれよ!てゆーか、仕事が増えるんだったらこっちにも文官の数を増やしてくれ!」

「俺も、エフィーに同意だ。こっちだって、人手不足なんだ」

ディーンも露骨に嫌そうな顔をしている。

「だ、そうだが、殿下?文官も増やしてやったらどうだ?」

「えー・・・どうしても増やしてほしいのか?」

気が進まないが、エフィーもディーンも真顔でぶんぶんと頷いている。

「しょうがないなぁ・・・じゃあ、国立大学の学生と地方の役所から見繕ってきてよ」

「・・・その心は」

ディーンが問えば、

「余計なつながりが無い人間が良い☆」

と言う。

「誰が探すの?」

とエフィーが問えば、

「もちろん、いつも通りエフィーだよね♪」

と笑顔で返って来る。

「自分たちの部下になる人間だろ?自分で探せよ。変な奴連れて来たら減給だぞ❤」

アーサーは極めて無邪気そうな笑顔を浮かべているが、エフィーとディーンには邪気の塊にしか見えなかった。


「とりあえず俺は傭兵ギルドに行ってくる。誰の名義で依頼を出す?」

「サドラー少佐と私の名前で依頼を発注してください。依頼内容は、一年間の護衛任務、契約更新もあり、基本給は新任の少尉と同等、それ以外の詳細な契約内容、条件は応相談。こんなところでしょうか」

ディーンが話しながらその内容を書き付け、アーサーに渡す。

「ん、良いんじゃないか?それで。とりあえず、エリザと交替で護衛と女官まがいの仕事をさせることを考えると、実際に与える階級はともかく、俸給は少尉待遇が妥当だろうな」

内容を確認するとアブドゥルに渡した。

「面接には俺と・・・アーサーも行きたいんだな?」

「もちろんだ。この屋敷に怪しげな奴なんか入れたくないからな」

「・・・あとは、サドラー隊長が随行する」

露骨に呆れた顔をしながらアブドゥルが、「ツッコミするのも疲れた」と言わんばかりに続ける。

「それと、山岳国境警備隊には昨日のうちに伝令を出しているから、一週間くらいで移動してくるはずだ」

「わかった。対応する」

「じゃ、今度こそ行くわ」

とても一国の王子に対するものではないような軽い態度でアブドゥルが出て行った。


「まったく、騒がしい奴だ・・・」

背もたれに寄りかかり、こめかみを揉みほぐしながらアーサーがぼやく。

「まぁ、フットワークは軽いよな」

エフィーが言うと、ディーンも相槌を打った。

「ザハウィー家には独特の人脈があるからな」

「もともとは南方の国の人だっけ?何代か前に貴族になったんだよね?」

エフィーは以前見たザハウィー家の資料を思い出しながら言う。

「そうだ。ザハウィー家はもともと南方から来た隊商で、分家するような形でこの国に住む商人となったんだ」

「ディーン、お前、ザハウィーのことはそれだけ知っていて、なんでアッカーソンの情報が抜けてたんだ・・・!」

アーサーが大げさに言うと、ディーンは一気に耳まで真っ赤になった。

「なになになに?なんかディーンが面白いことしたの~?」

「うるさいッ!!なんにも面白いことなんかない!!!」

乗って来たエフィーに、アーサーはディーンがエリザの出自について全く抜け落ちていたことを話すと、エフィーは腹を抱えてげらげらと笑っていた。


「ま、ともかくこれで護衛官の話は進みそうだし、文官の方はどうせお前ら引き抜きたい奴なんかとっくに決まってるんだろ?そいつらの経歴を早いとこ回してくれ」

エフィーの笑いがおさまってからアーサーがそういうと、むすっとしたままディーンが頷いた。

「もーそんな拗ねないでよーディーン」

にやにや笑いながらいうものだからディーンの神経を逆撫でするだけのようだった。と言っても、こんなやり取りはアーサーの執務室では日常茶飯事であり、どうせディーンもすぐに機嫌を直すだろうと、アーサーはやりかけていた仕事に視線を戻す。

 自分の生まれついた環境は選べないし、とてもではないが居心地の良いものではなかったが、その後自分が手に入れた―或いは作った環境は、気安くとても居心地の良いものだった。

 ディーンやエリックは五大公爵家の人間でありながら驕ったところが無いし、アブドゥルは最早貴族にすら見えない時がある。エリザは平民とは言え、大商会の娘であるが非常に謙虚で気遣い屋、エフィーに至っては本当に血がつながっているのではないかと錯覚するほどに気の置けない仲だ。


(恵まれてるな)


これで自分も王族などでなければ。せめて貴族であったなら。


(考えても詮無いことだな)


 とりとめのないことを考えているうちに、嵐のような男がやってきて騒ぎの種をばらまいて行ったのも忘れて、いつの間にか目の前の仕事に没頭していった。


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