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タビサとアーサー  作者: 奈良沢水城
第一章 新しい生活
4/13

護衛官の苦労

 夕食時になり、アーサーとタビサ改めフレイア、そしてディーンの3人が食堂の席についていた。給仕には、アーサーの乳母であり、現在は第一王子付き筆頭女官となったアンナ・バージャーとその娘であり女官でもあるエリカ・バージャーがおこなっている。

「フレイア様、なにか御用の際は手を叩くか、こちらのベルを鳴らしてくださいませ」

アンナがにっこりとフレイアに説明する。この屋敷に久しぶりに女性の住人が増えたことが嬉しいらしい。一年前にエリザがこの屋敷に来た時もものすごい喜び様だった。元々、アーサーの母親が実家にいた頃からのメイドのため、第一王子付きの女官になってからも、長く培ってきた能力を日々バリバリと発揮していた。


 フレイアは運ばれてきた食べ物をじっと見つめた後、意を決してカトラリーに手を伸ばす。見よう見まねでスプーンやフォークを持って動かしてみるが、なかなかうまくいかない。悪戦苦闘するフレイアを見かねて、アンナが丁寧にカトラリーの使い方を教えている。


(うーん・・・これは、貴族の娘の線は薄いだろうな・・・というか、一体どんな環境で育ったんだろうか。それとも、幼いころに誘拐されたか・・・)

そんなことを考えつつ、アーサーも食事を進める。


 食後は、食事をするだけですっかり疲れた様子だったフレイアをエリザに任せ、アーサーはディーンとシガールームで寛いでいた。二人とも煙草はやらないが、酒はそれなりに嗜む。

グラスの中の琥珀色の液体がガスランプの灯りにとろりと揺れる。

「・・・そういうわけで、ディーン。可能性は低いと思うが、マルサス公爵と夫人に今回の件を報告したうえで、貴族の子女の誘拐事件が起こっていないか調べてもらってくれないか」

「わかった、お義母さまも余計なことを喋る質ではないから安心してくれ」

ディーンは請け負うと、グラスの中身をちびりと舐めた。部屋の中には心地よい空気がゆったりと流れていた。


 昼間にエリザとした会話を反芻していたアーサーは、ふと気になったことをディーンに尋ねてみることにした。

「それにしても、お前、なんでエリザのことを知らなかったんだ?」

「・・・なにがだ?」

「何がって・・・エリザはアッカーソン商会の娘だぞ」

「は?」

心底わからないという表情を浮かべるディーンに、アーサーも怪訝な表情になる。

「いや、だから。エリザ、父親についてマルサス家に出入りしていた時期があるようだぞ。夫人のサロンにも出入りしていたようだし。それなのに、お前、エリザのことを全く知らないようだったから」

そこまでアーサーが言うと、ディーンも深々と考え込んだ。

「・・・まず、確認したいんだが、アッカーソンの娘は何人いる?」

「二人だ。エリザの下に一人いる」

「歳は?」

「エリザの3つ下だ。今、18だったかな?」

「・・・なるほど」

「なるほどってなんだよ」

アーサーが眉根を寄せ「一人で納得するな」と言えば、ディーンも両手を上げて「まぁまぁ」と制する。

「たぶん、俺たちの歳の差が原因だ。俺がマルサスの家に入ったのは9歳の時。で、15から21まで寄宿舎だろ?エリザが行儀見習いで王宮に上がってたのはいくつの時だ?」

「13、4歳だったかな?」

「ちょうど俺たちが寄宿舎にいた時期と被ってるんだよ。おそらく、うちに出入りしてたのもその頃からだろうし。だから、面識が無かったんだろうな」

うん、と一人納得するディーンに、アーサーは呆れて言葉が出なかった。

「・・・なんだよ、アーサー、その顔は」

「・・・いや、いくら寄宿舎にいたからって、自分の家に出入りしてる特に懇意の商会のことくらい、普通もっとよく知ってるだろ」

とても貴族の―五大公爵家の跡継ぎとは思えない発言に、さしものアーサーもただただ呆れるしかなかった。


「・・・・・・」

「弁解があるならもう少し聞いてやるぞ」

ふんぞり返って座るアーサーに酒の瓶を向けると、腕を伸ばして手にしていたグラスを差し出してきたので、酒を注ぎ足した。自分のグラスにも酒を注いでから伏せた目で上目遣いにアーサーを見ると、偉そうに顎をしゃくって続きを促して来たので、渋々思うところを述べることにした。

「マルサスの家はな、家に関することはお義母さまの仕事なんだよ。所領の運営に関わるような買い物であれば俺も把握してるんだが、アッカーソン商会はお義母さまの領分なんだ」

ちびちびと酒を舐めるように口にしながら言うと、アーサーも得心したようだった。しかしそれ以上に思うところがあったのか、再び眉間にしわを寄せながら身を乗り出して来た。

「お前・・・遠慮しすぎは夫人にも失礼だぞ」

「わかってる、今は大丈夫だ。もう、昔の話だ」

「そうか、ならいいが」

再び背もたれにぼすっともたれかかると、ローテーブルに足を乗せ、王子らしからぬ姿勢で酒をくいっと呷った。

「それとな、アーサー」

「なんだ?」

「俺の知ってるアッカーソンの娘といえば、ちょっと年が離れてる、とんでもなく賑やかな子なんだ」

「は?」

「エリザとは全然性格の違う“アッカーソンの娘”のことは知ってるんだ」

「・・・・・・」

「だから、エリザの履歴を見た時も、あのアッカーソンの娘だと思わなかったんだ」

「・・・・・・・・・お前、時々ものすごい馬鹿だよな」

第一王子の側近が、主についている武官のバックグラウンドを覚えていたいなど、本来ならば「馬鹿だよな」の一言で済むようなことではない。しかし、第一王子に仕官する人間の身上調査を担当しているのはもう一人いる側近、エフィー・バージャーと武官たちであるし、それ以外の仕事は基本的にディーンがひたすらにアーサーに付き従い片づけているのだ。仲間たちを信頼しているからこその無知だったのだろうと、アーサーも笑って流している。

「・・・自覚が無いわけじゃない」

グラスを両手で持ったまま、両肘を左右それぞれの膝につき、思わずうなだれると、それを見たアーサーがクスクスと笑う。

「まぁ、アッカーソンの二女は一度会ったら忘れられないほどのじゃじゃ馬らしいからな。そっちが印象に残ってもしょうがないな」

そんなアーサーの言葉を聞いて、王族としては引きこもりの部類に入るのにやたらと情報が早く、その範囲も広いことに改めて驚く。


 それから少し、他愛もない話をしていると、部屋に聞き慣れたノックの音が響いた。

「入れ」

アーサーが言うと、幾何学模様の細工が施された真鍮のノブがガチャリと回り、がっしりとした体躯の男がくたびれたような雰囲気を背負って入って来た。

「エリック、お前も飲むか?」

「ああ、もらう」

エリックと呼ばれた男が慣れた手つきで部屋の隅にある棚からグラスを取ると、背もたれがしっかりとしたビロード張りの椅子にどさっと腰を下ろした。アーサーが差し出す瓶にグラスを近づけ、中身を注いでもらう。

「アーサー。俺が言いたいことは一つだけだ。気軽に人間を拾ってくるな」

「ははは・・・悪い、手間をかけさせるな」

アーサーも兄貴分であり、自分の筆頭武官であるエリックには頭が上がらない。

「今、エリザたちに会って来た・・・アイツのためにも早く家庭教師を付けてやってくれ。意思疎通するだけでも大変そうだったぞ」

「善処する」

「それと、警備要員を増員していいってことだったな?」

「ああ。ありがたいことに俺が自由にできる金がずいぶんとあるからな。お前が必要だと思う人数の人員を集めてくれ」

エリックは柔らかい茶髪を掻き上げると盛大にため息を吐き出した。

「大体お前は王子としては人前に出ないくせに、街中を頻繁にうろちょろするし、買い食いはするし、少しはこちらの身にもなれ」

「その件に関しては、譲る気は無いぞ。市井の普段通りの生活は、こちらも市民として行かなければ見られない。市民生活の実情に沿った政策を立案しようと思ったら、必要不可欠なことだ」

「いや、わかってる、お前の言いたいことも考えだって、実績もよくわかってる。俺が言いたのは、それをするにはあまりにもお前の周りに人手が足りないと言ってるんだ。人見知りとかほざいて人間の選り好みなんかすんな」

アーサーが生まれた時から知っていることもあり、人目の無い場所でのアーサーに対する態度は非常にフランクだ。

「でもさ、エリック。誰も好き好んで“黄昏の王子”になんか仕えたくないだろ。逆に積極的に俺のところに仕官しようとする奴なんて、ゴロツキと紙一重のワケありだろ?じゃなかったら、王妃の差し向けた間者だろうが」

ディーンもエリックもアーサーの言葉を否定してやりたかったが、これまでのアーサーの身辺については余すところなく知っている二人だからこそ、口を噤むしかなかった。

「少なくともフレデリックが成人するまでは死にたくないしな」

“その後ならどうなっても構わない”という考えを言外に匂わせながら、アーサーは気だるげに酒を口に含んだ。


「ところでサドラー少佐、警備要員に目星はついているのでしょうか?」

五大公爵家の子息同士ということもあり、ディーンは自分よりも年上のエリックにはとても丁寧に接する。アーサーとは、王子と側近として以前に友人であるから、屋敷の中では学生時代のように接している。

「ああ、一人は山岳国境警備隊の男だ」

エリックも酒を少し口に含んで湿らせてから、その男について話し始める。

「俺が教官をしていた教育隊にいた奴なんだが、今は山岳国境警備隊の斥候部隊にいるんだ。山の中にいるくらいだから体力や腕っぷしの強さは折り紙付きなんだが、なにしろあいつは変装がうまくてな」

「そんな人材がいるんですね」

語られた人材について、ディーンが感心したような声をあげる。

「体格なんかが同じ隊の他のやつらと比べると細身でなぁ、どこにそんな力があるのか不思議でしょうがないんだが、とにかく市中に連れて行ってもそう不自然じゃないやつだぞ。どこぞの職人だって言って通用するような容姿だ」

「ふーん、いいじゃないか。上手にこちらに呼び寄せてくれ」

アーサーは少し興味を持ったのか、口元に笑みを浮かべている。


「それで、もう一人なんだが・・・軍属でなくてもいいなら、一人エリザみたいなのに心当たりがある」

エリックの言葉に、アーサーは「ん?」と片眉を上げて、先を促す。

「高級傭兵なんだが・・・どうだろうか?」

「俺は、こちらが求める仕事をこなせる人間なら所属は気にしないが。ディーンは?」

「私もアーサーに同意です。高級傭兵ということは、ある程度の礼儀作法も身に着けているのですよね?」

ディーンの確認に、エリックは「ああ」と肯定する。

「南の方から流れてきて、この数年はこの国を拠点にしてるようだ。拠点登録も出されてるから、“自称傭兵”みたいなものではないな」

「ウチで拠点登録を出すには、そもそもどこかの傭兵ギルドに登録して3年以上、実績も一定以上ないとできないからな」

納得したようにアーサーも頷く。

「王宮式のマナーは叩き込まなくちゃならないかもしれないが、大規模隊商の護衛指揮を執ったり、貴族の臨時私兵としてやってきたりしたやつだから、手間のかかるやつでないのは確かだ」

「ふーん・・・そんなやつが、“第一王子”に仕官してくれるかね?」

第一王子という部分を強調して、懐疑的な様子を見せるアーサーに、エリックもどのように目当ての傭兵を引き入れるかを説明する。

「とりあえず、ギルドを通して指名依頼をする。まずは、一年の年限付きで第一王子付きの武官をさせる。傭兵ギルドからの出向ってことになるかな・・・。お互いに気に入れば、契約更新ってとこかな」

「なるほど。仮に一年だけの仕官となったとしても、相手方には第一王子付き護衛官の経歴が残るということですね」

「そういうことだ」

エリックは大きく頷いた。

「男の方は、俺の護衛官をしたことで出世に響かないように配慮してやってくれ。女の方は、一度会ってみよう。希望する条件があれば、ある程度聞いてやろう。それだけ優秀な高級傭兵なら、国外に放出するのは惜しいしな」

アーサーは残り少なくなった瓶の中身をグラスに全て注ぎ、口元に運んだ。それを見ていたディーンは、咎めるような視線を向けるがアーサーは気にする風でもない。

「わかった・・・とりあえず、明日アブドゥルがこっちに顔を出してから予定を組もう。とりあえず、えぇと・・・フレイアか。フレイアの世話はエリザ、アンナ、エリカの三人で回して、フレイアの身元調査の結果がでるまではアンナとエリカがつく日は近衛兵を付けよう」

ただでさえ人手が足りないというのに、これからのことをアーサーに説明した結果、目の前に山積みとなった新たな仕事に、エリックは再び盛大な溜息を吐き出した。それを見たアーサーも苦笑するしかなかった。


◇ ◇ ◇


 男たちがシガールームに集まっていたころ、アーサーの寝室にはフレイアとエリザの姿があった。

「フレイア様、自己紹介が遅くなってしまい、大変失礼いたしました。本日よりフレイア様の身の回りのお世話をさせていただきます、近衛師団サドラー隊のエリザ・アッカーソン少尉です。よろしくお願いいたします。御用の際はお気軽にベルなどでお呼びください」

仰々しい自己紹介に、思わずフレイアは姿勢を正した。

(私相手にそんなにかしこまらなくてもいいのに・・・随分と真面目な娘さんね。それにしてもどうしたものかしら・・・)

とりあえず、アーサーからもらったノートとペンを差し出し、エリザを指さし名前を書くように促した。

「私の名前を書けばよろしいのでしょうか?」

問い返すエリザに、大きく頷き返す。エリザはノートを受け取ると名前を書いて、フレイアに返した。

「こちらがエリザ、こちらがアッカーソンと読みます」

(うーん・・・これからずっとこんな無表情でいられたら、私の方がしんどいわね。気配だけじゃなくて、表情が良く見えるっていうのも困りものね)

そんなことを考えていたフレイアは、エリザの黒い制服の裾を引っ張り、ベッドに座っている自分に視線を合わせさせると、おもむろにエリザの口の両端を指で吊り上げた。戸惑っているエリザに、フレイアは満面の笑みを向ける。

(お嬢さん、せっかくのお顔が台無しよ)

戸惑いながらもこちらの顔を見ていたエリザは、フレイアの意図を悟ったようで、強張った笑みを浮かべた。

「申し訳ありません・・・笑顔を作るのが苦手で・・・努力いたします」

(うーん・・・笑顔って努力して作るものなのかしら・・・まぁ、今日のところは良いかしら)

フレイアがうんうんと頷くと、エリザはホッとした様子を見せた。

「フレイア様の明日以降のご予定を説明させていただきます。明日からは、私、アンナ様、エリカ様の三人が交代で身の回りのお世話をいたします。それと、近いうちに家庭教師の先生がいらっしゃってフレイア様には勉強をしていただくことになります」

しっかりと頷いて、「わかった」と伝える。

「それから、明日は仕立屋が来て、フレイア様の服をお作りすることになっています。これにはアンナ様が立ち会います」

(アンナね、わかった)

フレイアが了解したのを見て取ると、エリザはほっとしたように肩の力を抜いた。昼間にフレイアを風呂に入れた時は、超危険人物の可能性を疑って、それ以降はフレイアが声を発せないことと字を読み書きできないことから、どうやってコミュニケーションを取ればよいのかとても悩んでいたのだ。

「もしもわからないことがあったら、手を挙げて教えて下さい。どこがわからなかったのか、確認いたしますから」

それで連絡事項はすべてだったのか、エリザは制服のポケットから懐中時計を取り出し時間を確認すると、湯浴みをするかどうかを訊ねてきた。昼間に入ったので良いだろうと思い、首を横に振ると、寝間着と顔を洗うための道具を持ってきた。顔を洗ってから着替えているとその間にエリザはてきぱきと片付けをし、水差しと薬を床頭台に置いた。


「ドクターから今日は早くお休みいただくようにと言付かっておりますので、こちらの薬を飲んでお休みください。私は、隣の部屋におります」

エリザに差し出された薬を飲み、ベッドに潜り込む。

(ああ、そうだ)

ぱっとエリザに顔を向けると、「いかがなさいましたか」と身をかがめてきた。フレイアはエリザの右手を両手で包むように取ると、目線を合わせた。

(伝わるといいな)

ありがとうとよろしくの気持ちを視線に込めて、声は出ないけれどはっきりと唇を動かした。すると、こちらの言いたいことが伝わったのか、エリザはほんのりと口元に笑みを浮かべると、「いえいえ。こちらこそよろしくお願いします」と返して来た。


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