妄執の女
濃密な香料が霧のように漂う一室。精緻な金細工の椅子に、気怠く腰掛ける女性が一人。白に近い金髪を結い上げ、濃い口紅を引いた彼女は細いパイプをくゆらせながら、報告を聞いていた。
「で?黄昏の館に続々と新顔が来てる原因が、拾ってきた女だっていうの?」
「サドラーが箝口令をしいたようで、断片的にしか話を拾えなかったのですが・・・エリザ・アッカーソン、ラルフ・アルマン、アンジュ・ベルがサドラーの麾下となりました」
「アッカーソンの小娘に、高級傭兵?」
髪と同じ色の眉をひそめながら、苛立たし気にパイプを煙草盆に打ち付ける。
「シュテファン・オルホフに、カトリーナ・オルソップも、以前に比べて頻繁に出入りするようになったようです」
「こちら側に靡かぬ教授に、マルサスの手先・・・」
パイプには飽きたのか、葉巻を取った彼女は火をつけると、独特の香りがする煙を吐き出した。ビロードの分厚いカーテンは半分ほど開かれ、窓からは薄暗い部屋とは対照的な明るい陽光が差し込んでいる。その光の中を細かな埃と煙がふわふわと舞っている。
「ふん、目障りな」
忘れようと思っても、今なお苦しめられる嫉妬そのものである緑の瞳の女は、歳もとらずあの時と変わらぬまま記憶に刻まれている。最後まで自身の尊厳と、彼女の立場を守り抜いた女。そして生き写しのような息子が、愛しき人の面影すら宿して心の平穏を脅かす。つややかなこげ茶色の髪、宝石のようなきらめく緑の瞳。
「殿下」
報告者が妄想につかまりかけた彼女の心を呼び戻す。
「ほかに分かったことは?」
「拾った女はフレイア・クルタイネンと名乗っているそうです。おそらく偽名でしょうが」
「女神の名前に金色とは、ずいぶんご執心のようね」
「ルイーザを呼んで相当買い込んだようですね。ともかく、サドラー隊の結束力は尋常ではありません。こちらが掴んだ情報も、結局のところ広まったところで問題がないと判断したものでしょう」
「とにかく泳がせて。今度こそ、徹底的にあの女の全てを消し去るのよ」
ぎらぎらと輝く瞳は、虚空にある何かを力強く見つめているが、報告者はこの世ならざるものを見るような姿に怖気づいた。しかし、おのれの命は惜しいし、守るべきものがある。承諾以外の選択肢は無い。
「御意」
報告者は部屋の外に出ると、大きく息を吐いた。体中の筋肉が緩むのがわかる。要するに、恐ろしく緊張していたのだ。
彼女は、殿下は現在を生きているようで、過去と嫉妬に囚われている。憎み、妬み、嫉んだ相手はすでにこの世のものではなく、今生きているのは殿下だ。それでも殿下は、あの女に関するすべてを徹底的に破壊し尽くし、葬り去らなければ安心できないのだ。いつ、自身の立場が脅かされるのかわからない不安に日ごと夜ごと苛まれている。
「寂しい人だ」
微かな独り言が吹き込んできた風にまぎれた。




